16.著作権侵害とドッペルゲンガー その1
『この記事を観てみなよ。ちょっと興味深いから』
夕食後、自室で寛いでいると、紐野繋に村上アキからスマートフォンにメッセージが届いた。魔法少女や妖獣関連で何か情報が入ったらしい。
メッセージに貼られていたURLをタップすると、ゴシップサイトへと飛んだ。そこには『自分のキャラデザが採用されたと怒っているキッズ。パクリだったもよう』などというタイトルの記事が出て来た。
どうもRPGの敵キャラ募集企画で落選してしまった少年が、怒りの投稿をSNSに上げたのだが、彼のデザインした敵キャラのイラストがシューティングゲームのパクリだと一部で話題になっているらしい。それ自体は別に大した話ではない。
――問題はそのデザインだった。
ヒトデのような形状で丸みがある。ゴム的な質感。見た事がある。そう。そのデザインは先日現れたヒトデ妖獣とそっくりだったのだ。
『元にしているだろうシューティングゲームのキャラクターよりも、そのキッズがアレンジしたっぽい敵キャラの方がヒトデ妖獣に近いんだよ。
これってただの偶然だと思うかい?』
村上からのメッセージにはそのように綴られてあった。彼は妖獣を生み出しているだろう何者かが、このキッズのイラストを参考にした可能性を疑っているのだろう。
もしその仮説が正しかったとするのなら、妖獣を生み出している何者かは、疑似生命を生成するという凄まじい技術力を持っていながら、デザインの発想力はあまり高くないという事になる。
“……なんだかとても人間っぽいな”
そう紐野繋は思ってしまった。技術力は進化させているのに、それを使う側は拙いまま。まるで今のこの世の中そのままじゃないか。独り言を漏らす。
「とにかく、なんにせよ、妖獣を生み出している連中はデザインはあまり得意じゃないって事だよな」
だからこそ、一部の妖獣はほぼ鼠そのままだったり熊そのままだったりしたのだろう。
――なら、魔法少女のデザインだってできないって事じゃないのか?
そこから派生して彼はそのように考えた。
仮に魔法少女をデザインしたとして、生い立ちや性格を全て考えるのはコストがかかる。いや、それだけならAIにやらせても良いかもしれないが、オリジナリティがあって魅力的なキャラクターに仕上げるのは難しいのじゃないだろうか? しかもかなりの人数がいるのだ。
“もし魔法少女を手に入れたいと思ったのなら、だから、一から創り上げるのじゃなくて、実際にいる少女達をスカウトして魔法少女にした方が早い…… のかもな”
『魔法少女にならないか?』なんて誘われたら、いかにも胡散臭いと警戒される懸念もあるが、魔法少女もののアニメやゲームがたくさん出ていて、憧れている少女がたくさんいるのなら話は違って来る。いや、それ以前に連中なら一時的部分的に精神をコントロールするくらいできるだろう。それは十分に理に適った計画なのかもしれない。
そう結論付けると、彼はK太郎が以前に言っていたセリフを思い出した。
『君に理解可能な良い表現が思い浮かばないが、ボクらは彼女達の“純粋さ”に価値を見出しているのさ。それがボクらにとっての対価なんだ』
――純粋さ。
それを言われた時は、てきとーに誤魔化されたようにしか思えなかったが、もし、多少なりともその言葉に真実が含まれているのだとしたら……
ふと彼は思い付いて、スマートフォンで村上に尋ねてみた。
『もし仮に、“純粋さ”で利益を上げたいと思ったら何か思い付くか?』
直ぐに返事が返って来た。
『“アイドル”とかじゃない?』
紐野はその単語に目を大きくする。
純粋で可愛い…… と、少なくともアイドルファンの一部はアイドルを本気でそう思っているだろう。だからこそビジネスとして成り立っているのだ。或いは魔法少女もそうなのかもしれない。実際に魔法少女ファンビジネスは存在しているのだし。
“ただ、K太郎達がそれで儲けているとは考え難いがな”
あれだけの力を持っているのだ。この人間社会で稼ごうと思ったのなら、もっと効率の良い手段がいくらでもあるはず。わざわざ魔法少女達を利用する必要はない。
“あいつらは、この世界とは異なった、あいつらの世界で魔法少女達を利用して金を儲けているのかもしれない”
そう紐野は漠然と推理をした。
だからこそ、魔法少女達を活躍させる為に適度に強い敵…… 妖獣を生み出して闘わせている。魔法少女が殺されてはいけないから、耐久力を上げる魔法を与えている。外見が傷ついたら商品価値が下がるから、特別に治している。滅多に魔法少女は妖獣との闘いで命を落とさない。それは連中がそのように調整しているからではないか。
整合性は取れている。この仮説で説明可能だ。……しかし、
「……しかし、だとすれば、連中の商売相手は一体何者なんだ? そもそも、どうやって利益を上げている?」
紐野は首を傾げた。なかなか良い仮説に思えたがまだ足りていない。
『コピープロテクトが働き、データの削除が行われています。引き続き、当サービスをお受けになりたい場合は……』
わたしの耳にはそのような声が響いていた。無機質な棒読み口調。そしてその声には何故か聞き覚えがあった。それで思い出す。これはわたしの声だ。しかもわたしは自然と口を動かしていた。つまり、その声はわたしが発していたものだったのだ。まるで予めプログラミングされているかのように、わたしは口を動かしていた。
――否、本当にわたしはそう言うようにプログラミングされているのだろう。
わたしはベッドとテレビしかない殺風景な部屋の中で足を延ばして座っていた。何か大きなものが、わたしから削られてしまったような感覚がある。だが、わたしの身体はどこも欠損してはいなかった。手、足、肩、見えないが、多分、目や口もある。しかし、それらはわたしであってわたしじゃないような気もしていた。新たに作り直されたわたしの部品だ。
わたしは男物のワイシャツを着せられていた。下半身はショーツ一枚。そして、首には首輪を嵌められている。まるで犬のように。異常な姿だとわたしは自覚をしていたが、何かがおかしくなってしまっているのか、特に何も感じなかった。
わたしの背後に誰かがいる。不意に声が聞こえた。
「フー。危ない。間に合った」
男はスタンガンのような形状の何らかの機器を手に持ち、それをわたしの頭の後ろの首の辺りに当てていた。
「こっちを向いて、キリちゃん」
と、男は言う。猫なで声。優しそうだったがそれが却って不気味でいやらしく感じられた。男は中年で、いかにも紳士然とした姿をしていたが、わたしは何故か太った醜い男の姿を重ねて幻視していた。
わたしはこの男が嫌いだ。ただ、それでもその言葉に従った。そうしないといけないような気がしたからだ。
「キリちゃん?」
と、それにわたし。
それを聞いて男は大きく頭を振る。
「ああ、また記憶の一部が失われちゃったのだね。キリは君の名前だよ。覚えていないかい?」
「覚えていません」
「ああ、なんて事だ。これだけ手間と金をかけているのに崩壊が抑えられない。やっぱり正規品を買った方が良いかなぁ? でも、キリちゃん本人はもう買えないんだよなぁ」
男はそれからわたしの顔を両手で掴むと強引に自分の真正面に向けさせた。
「うーん…… まだまだ全然可愛いけど、キリちゃんの顔ではなくなって来ちゃっているねぇ」
わたしはその言葉に不安を覚え、顔を歪めた。何を勘違いしたのか、それを見て男は、
「ああ、ごめんね。怖がらせちゃったね。何があっても君を捨てたりはしないから安心して」
などと大袈裟な口調で言った。
わたしは別にこの男から見捨てられる事を恐れた訳ではない。自分がどんどん自分ではなくなっているという事実を聞いて、それに不安を覚えたのだ。
そこでわたしは自分に嵌められている首輪から伸びるリードが、男の手に握られている事に気が付いた。それで思い出した。
“わたしはこの男に飼われている”
そしてそれを思い出すのと同時に記憶が自然と蘇った。わたしがこの男から今までどんな目に遭わされて来たのかを。吐きそうになる。
「おや? 大丈夫かい? 修復したばかりだからかな? 安定していないのかも」
男はわたしがどんな気持ちでいるのかも知らないでそう言った。
……ああ、逃げ出したい。
わたしはドアの外を見やった。その視線で男はわたしが何を思っているかを察したらしかった(もしかしたら、記憶を失う前、何度か脱出を試みているのかも)。
「もしかして、自由になりたいのかい? でも、駄目だよ? 君は僕がいないとコピープロテクトが走った時にそのままデリートされちゃうからね。僕からは絶対に逃げられないのさ」
とてもとてもいやな、にたにたとした気持の悪い笑顔を男は浮かべていた。そして、首輪のリードを引っ張りながら続けた。
「……でも、まぁ、外を散歩するくらいだったら別に良いかな?」
大体、察した。
男はワイシャツにショーツというこの卑猥な姿のまま、外にわたしを連れ出す気でいるのだ。
巨大なミジンコが何匹も転がっている。
雷、炎、風。などなどの攻撃により、あっけなく倒された死骸。今回の妖獣はミジンコの姿をしていたのだ。少しも手応えがなかったが、空中を何匹もがピンピンと跳ねている光景は少しばかり面白かった。
「なんかちょっと美味しそうよねぇ」
魔法少女ライが転がるミジンコを見てそう言う。エビやカニに見えなくもないからその気持ちはちょっと分かる。
爆弾を使うまでもなく、計画を立てる必要もない。紐野繋は今回出て来てもあまり意味がなかった。
そして考える。
“なんで、こんな弱い妖獣を出現させたのだろう?”
妖獣を出現させる目的が、魔法少女達を活躍させる為だとするのなら、この程度では役不足だ。そこで彼はいつもとは違う点がある事に気が付いた。
「そう言えば、どうしてお前、今回は妖獣退治に出て来たんだ?」
キリとファイヤビーは、頻繁に出て来るがライは珍しい。ヒトデ妖獣の時に出て来たのは彼女が好きなアイシクルがピンチに陥りそうだったかららしいし。今回はアイシクルの姿はない。
「いやー。前回意外に楽しかったのよね。空の上から雷を落とすのが」
ライは当たり前の質問をするなとでも言いたげな顔でそう返した。
「ほら、あたしってば、雷をたくさん飛ばして敵を倒したかった訳じゃない? 普通は無理だけど、空高く飛ぶ敵ならそれができるじゃない? 今回のミジンコは、空を高く飛んでいたし弱そうだったから」
“なるほど”と、それを聞いて紐野は思った。
“もしかしたら、ライに出撃させる為だったのかのかもな。人気が出そうなビジュアルをしてはいるもんな、こいつ”
「それにしても、本当に美味しそうね、こいつら。あたしも妖獣死体処理の仕事に参加していこうかしら?」
ライがミジンコ妖獣を見ながらそんな事を言う。紐野は呆れた。
「一応、断っておくが、醬油や塩を持ってきて皆で食うわけじゃないからな、妖獣死体処理の仕事は」
ライの場合、本当に食ってしまいそうだから心配だった。
そこでキリが尋ねて来た。
「そう言うあんたは、これから妖獣死体処理のアルバイトをするの?」
「そうだよ。この前のヒトデ妖獣の時は休んじまったしな」
彼女はそこで繁華街の方に視線を軽く向けた。かなり安全そうな妖獣だったからだろう。野次馬が大勢いたが、別に野次馬を見ている訳ではないようだった。
「このミジンコを片付けるのってそんなに時間はかからなそうよね?」
と、彼女は続ける。どうにも何かを言いたげな様子だ。が、そのタイミングで紐野は突然疑問符を伴った声を上げるのだった。
「なんだ? あいつら?」
首輪を嵌められた少女と中年男性。異常なのは、その少女の姿がワイシャツとショーツという卑猥なもので、しかも首輪に繋がっているリードを中年男性が手にしている点だった。エロ漫画か何かでしか見ないような光景だ。しかも、少女の姿はどことなくキリに似ている。
「あれ、まずいだろう? もうすぐ妖獣の件で警察が来るだろうし言ってみるか」
思わず声に出してしまった。それにキリが「あんた、何を言っているの?」と尋ねて来る。
「いや、あれだよ。あのおやじと女の子。犯罪だと思うぜ? 公然わいせつ罪…… ではないかもしれないが確実に事案だな」
彼は指で示したが彼女にはどうやら見えていないようだった。「何を言っているの?」と首を傾げている。本心から言っているようだ。「どうしてあれが見えないんだ?」と言いかけて、奇妙な点に気が付いた。
あれだけ異様な光景であるにもかかわらず、誰一人として騒がないのだ。
“いやいや、おかしいだろう?”と、彼は思う。だがそれから似たような現象がある事に気が付いた。
“――もしかして、認識阻害か?”
認識阻害で、あの異様な光景が皆は認識できないでいるのだ。自分は認識阻害が効かない体質になっているから見えているのかもしれない。
もっとよく観察してやろうと、じっと凝視すると彼はワイシャツの女の子と目が合った。その瞬間、少女の表情が喜びに満ちたものに変わる。
“なんだ?”
直ぐに少女は思い切り彼に向って駆け出していた。中年男性は油断していたのか、リードを放してしまう。
「あっ こら!」
と、中年男性は叫び、彼女を追って来た。
「お願い。助けて! わたし、あの男に酷い目に遭わされているの!」
ワイシャツの少女はすがるような視線で紐野に助けを求めて来た。彼は混乱したが、それでもやるべき事は分かっていた。中年男性の前に立ちはだかると、
「何やってるんだよ? おっさん。女の子にこんな格好をさせて」
そう威嚇をする。
中年男性は軽く怯んだ。
「お前、その子が見えているのか?」
“――やっぱり認識阻害か”
と彼は思う。そして素早く考える。
“――だとすれば、このおっさんは何者なんだ?”
「K太郎!」
なにが何だか分からなかったが、K太郎ならば何か事情を知っているだろうと彼は考えて呼んだのだ。しかしK太郎は現れなかった。ただし、何故か中年男性は大きく狼狽した様子を見せた。
そして、「クソッ!」と吐き捨てるように言うと逃げて行ってしまう。どうやらあの中年男性はK太郎が苦手なようだ。
「紐野君、さっきからどうしたの? さっきのおじさん誰?」
キリが不思議そうな顔で尋ねて来る。ワイシャツの少女が「ありがとうございます」とお礼を言って来た。やはりキリには彼女の姿は見えていないようだし声も聞こえてはいないようだ。呟くように彼は言う。
「キリ。やっぱり、今日も僕はバイトを休む」
「あ、ああ。そう」とそれにキリ。
「それとちょっと付き合ってくれ。話したい事ができた」
やや戸惑っているようだったが、彼女はそれに「別に良いけど」と応えて来た。




