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15.VSゴム筋肉ヒトデ妖獣 その3

 小学校のグランドの植え込みの陰。魔法少女アイシクルが、懸命に魔力を溜めていた。グランドには交通規制が敷かれていて、誰も人は入らないようになっている。キリやナースコールが警察に頼み、そのようにしてもらったのだ。

 魔力を溜めているアイシクルの傍には青蓮が待機している。魔法に注力したいアイシクルを守る為である。接近戦で今回のヒトデ妖獣を圧倒できるのは彼女しかいない。

 今回の作戦のキーはアイシクルだ。彼女の氷魔法はヒトデ妖獣に対して効果的だった。氷で捕らえて動きを封じられたなら、後は簡単に仕留められるはずだ。しかも、彼女の氷塊の魔法は複数体同時に仕掛けられる。ただし、その為には広いスペースが必要だ。だから小学校のグランドを借りたのである。

 アイシクル達からやや離れた位置にはキリがいた。周囲の監視と、やはりアイシクルを守る為、そして同時に彼女は伏兵でもある。氷でヒトデ妖獣の動きを封じたなら、早々に退治するのだ。

 そして更に離れた位置にはスピーダーがいた。彼女もアイシクルを守っているのだが、彼女がヒトデ妖獣を攻撃する為には加速が必要だ。だから距離を取っているのだ。ナースコールは治療担当だから戦闘を避ける為、より距離を取っている。

 グランドの隅にいる紐野繋はその光景を見ながら「今のところは順調だな」と小さく呟いた。準備が整うまでにヒトデ妖獣に見つかってしまったら全てやり直しになってしまう。それまで奴らに気付かれる訳にはいかない。そのタイミングでゴロゴロとまるで雷のような音が小さく響いて来た。

 「あっちも順調なのかな?」

 と、それで彼は空を見上げる。もっとも彼の眼には何も見えない。一部空間が歪んでいるような気がしないでもないが、気の所為かもしれない。

 実は小学校のグランドの上空にはライがいるのだ。透明化の魔法を自身に使って見えなくなっているが、彼女もそこで魔力を溜めている。雷撃魔法を使う為だ。その小学校のグランドを選択した理由の一つが彼女の雷撃魔法だった。

 彼女の雷撃魔法は、電界獣プラスとマイナスを使えば確りと攻撃対象にヒットする。しかし、それでは魔法の範囲は狭くなってしまう。広範囲を対象にするには、近くに電気の通り易い物があっては駄目なのだが、小学校のグランドの近くには高い建物がないのだ。だから、ヒトデ妖獣が空に跳ねたタイミングで魔法を使えば、ヒトデ妖獣に落雷するはずだった。幸い、ヒトデ妖獣達にはビルの上を跳ね回って遊ぶ癖があるらしい。魔力を溜めつつ待ち構えていれば、いずれ小学校の校舎の上を跳ねる可能性はかなり高かった。この点に関しては運任せなのだが。

 「……まぁ、もしいつまで経っても現れなかったら、ライの透明化の魔法を解除すれば良いだけだしな」

 ライが上空で透明化の魔法を使っているのは、魔力が溜まる前にヒトデ妖獣が襲ってきたらまずいからだ。が、充分に魔力が溜まった状態ならば問題はない。雷撃魔法は複数体を同時に攻撃できるからあまり困らないはずなのだ。

 “ライは嫌がるだろうがな”と思いつつ、紐野は周囲を見渡す。ヒトデ妖獣が近くに来ていないかと考えたのである。それで彼は体育館の上にくるりと回る影を見た。

 “うん?”

 そんな事が可能な動物は普通は街にはいない。ほぼ間違いなくヒトデ妖獣だ。彼は確信をすると急いで魔法少女ファン・コミュニティのチャット欄に打ち込んだ。

 『来たぞ! 体育館の上に、ヒトデ妖獣がいる!』

 それに直ぐに反応してキリがその方向を見やり、杖を構えたのが分かった。強く握りしめ、真剣な表情を見せている。

 その時、体育館の上のヒトデ妖獣が大きく跳ねたのが分かった。小学校の校舎の上を目指しているようだ。

 “今じゃねぇか?”

 そう紐野が思った瞬間だった。激しい落雷音が響く。それと共に雷撃が空に跳ねたヒトデ妖獣を撃ち抜いていた。ライの雷撃だ。そのままヒトデ妖獣はグランドに落下をする。ボトリ。

 “よし!”

 紐野はガッツポーズを取った。

 これで仕留められていれば良し。そうでなくても構わない。まだ罠は張ってある。

 ヒトデ妖獣がグランドに落下するのと同時だった。アイシクルが「アイス・エイジ!」と声を上げる。その瞬間、グランドのほとんどを氷の塊が覆い尽くした。当然、ヒトデ妖獣は動けなくなる。

 ヒトデ妖獣は耐久力が高いのか、まだ生きているようだった。たがそれは想定内だ。

 次に間髪入れずにキリが空に舞う。そして、

 「旋風の刃!」

 と鋭い風の渦を放った。氷に張り付いて露わになったヒトデ妖獣の大きな目玉を貫く。大きく体がバウンドし、そのまま動かなくなった。恐らくは倒した。

 「やったぁ!」

 魔法少女達が喜びの声を上げる。紐野も自然と微笑んでいた。

 「まだ安心できないわよ! どんどん来てる!」

 そこで上空から声をかけたのはライだった。無意味と判断したのか、或いは自身を囮に使うつもりか、透明化は解いている。

 紐野が声を聞いて見渡すと、彼の直ぐ後ろから何かが大きく跳ねた。ヒトデ妖獣だ。ライに襲いかかろうとしている。キリがグランドにいては雷撃が使い難い。慌ててキリがその場を離れると、ライは直ぐに雷撃を放った。ヒトデ妖獣に落雷する。先と同じ様に氷塊の上に落ちて動けなくなった。

 その後で直ぐにもう一体が現れキリに襲いかかったが、彼女は「ほうら!」と大きめの風の刃をまるでホームランを打つようなフォームでカウンターで放ち、そのヒトデ妖獣を空に向かって弾き飛ばした。ゴムのような材質だからよく弾むらしい。そして、そのままライの雷撃で撃ち落とし、やはり氷塊で動けなくする。

 “これで後、二体!”

 そう思ったところで「うんならドロップキック!」という声が聞こえて来た。スピーダーが一体見つけてドロップキックをくらわせたようだ。ヒトデ妖獣は吹き飛んで、グランド内を転がり、氷塊に捕まる。

 “後、一体”

 それとほぼ同時だった。

 「どりゃあああ!」

 と、今度は青蓮の叫ぶ声が。どうやら残りの一体はアイシクルを狙ったらしい。アイシクルを守っていた彼女は背負い投げで氷塊に向かってヒトデ妖獣を投げ飛ばしていた。氷塊で捕える。

 ――これで全てのヒトデ妖獣を氷塊に捕えた事になる。後はゆっくりと一体ずつ魔法で撃破していけば良いだけだ。

 “よっしゃ! 勝ち確!”

 紐野はガッツポーズを取った。

 「キリ。さっさとやってくれ!」

 氷塊に捕らえたとはいえ、まだ生きている。抜け出してしまうかもしれない。

 「分かってる!」

 キリは飛ぶと直ぐに旋風の刃を放った。一体、これでまた退治をした。残りは3体。ところがそう彼が思ったタイミングで、

 「あたしにもやらせなさいよ!」

 そんな声が響いたのだ。

 見ると、それはファイヤビーだった。魔力を充分に溜めているのか、炎を纏っているかのような彼女のミディアムボブの髪がボウボウと猛っている。

 “まさか!”とそれを見て紐野は思った。

 「おい! やめろ! お前の炎の魔法と氷塊は相性が悪い!」

 しかしその彼の制止の声は無駄だった。

 「メラメラ・スペシャル! 炎の杭!」

 そのまま彼女は炎の魔法を放ってしまう。それは力強くヒトデ妖獣を撃ち抜き、燃やし尽くした。が、それと同時に高熱の魔法は周囲の氷を溶かしていた。そして、残り二体のヒトデ妖獣達は溶けかけた氷を破壊し、脱出してしまう。

 「クソッ! 逃がして堪るか!」

 冷静に考えれば、2体ならば魔法少女達で連携すれば倒すのはそれほど難しくない。だからそこはスルーで良かったはずだ。だがその時紐野は思わず条件反射で爆弾を握り、脱出したヒトデ妖獣に向けて投げつけてしまっていた。見事に命中したが、足で防がれてしまっていた。

 “まずい”とそれを見て彼は思う。今までの行動を見る限り、ヒトデ妖獣は攻撃を受けるとほぼ条件反射的に反撃をする。

 大きな目玉が彼を睨んだ。

 竦む。

 その次の瞬間、ヒトデ妖獣は弾むように彼に向って突っ込んで来た。

 “逃げ……”

 彼は駆け出そうとする。だが、遅過ぎる。人間の足で逃げ切れるはずがない。しかしそこで声が聞こえた。

 「危ない、紐野君!」

 キリが飛び込んで彼を突き飛ばす。そのまま杖を構えて彼女は風の魔法でヒトデ妖獣を迎撃しようとした。が、もうそれは間に合いそうになかった。間近に迫ったヒトデ妖獣のゴムのような筋肉が大きく膨らんでいる。強烈な一撃を入れるつもりだ。キリは目を瞑った。

 が、何も起きなかった。

 目を開くとヒトデ妖獣は動きを止めている。よく見ると黒い色をした獣がヒトデ妖獣に取り憑いていた。

 「磁界獣Sよ」

 見ると、いつの間にかにライが地上に降りて来ていた。彼女の頭の上にはもう一匹の磁界獣のNが乗っていて、Sを磁力で引っ張っているようだった。彼女の魔法でヒトデ妖獣の動きは止まったのだ。

 「チャンス!」

 それを見てキリは風の魔法を使おうとした。が、ヒトデ妖獣は足を閉じて弱点の目をカバーしようとしている。

 間に合わない。

 そこで別の声が響いた。

 「うんならドロップキーーック」

 スピーダーだ。

 突進して来た彼女は超高速でヒトデ妖獣に後ろからドロップキックをくらわせた。それでヒトデ妖獣の目玉が大きく前に突き出される形になった。それを見てキリは大きく杖を振った。

 「今だ! 旋風の刃!」

 細く鋭利な旋風が、ヒトデ妖獣の目玉を貫く。当然、妖獣は絶命した。

 残りは一体。

 そこで「うおりゃあ!」という気合の入った声が紐野の耳に入った。見ると青蓮がヒトデ妖獣と闘っている。どうやら残りの一体はアイシクルを狙ったらしい。

 青蓮はヒトデ妖獣の足による攻撃をいなし、その流れで内側に一歩踏む込んで、ヒトデ妖獣の力があまり入らない位置にまで潜り込む。

 至近距離。

 彼女は大きな目玉に両の掌を当てた。

 「一対一で闘いたかったのよ」と彼女は言う。

 “仲間がいなければ!”とでも言いたげな表情で青蓮は技名を叫んだ。

 「超・背通掌!」

 足の踏む込みと体重移動、そして魔法の力。ゼロ距離で、波をイメージした高威力の打撃を叩き込む。

 技をくらったヒトデ妖獣の目玉は大きく震え、何らかの液体を流しながら大きく倒れ込んだ。

 動かない。

 「フーッ」

 と、彼女は息を吐き出す。

 倒したようだ。

 どうやらそれで全てのヒトデ妖獣を退治できたようだった。

 

 「あんたねー…… 突然やって来て足引っ張てるんじゃないわよ!」

 

 終わった後の、小学校のグランド。青蓮、アイシクルは既に帰り、ナースコールだけが残って警察に色々と説明していた。そんな中で、キリがファイヤビーを叱っている。

 ファイヤビーは叱られて不貞腐れていた。反省しているようには見えない。

 「お前なー…… もう少しくらいはチームワークを大切にしろよ」

 思わず紐野はそう言ってしまっていたが、“まさか自分がこんなセリフを言うとはな”と内心では思っていた。キリが続ける。

 「って言うか、最近、あんたどうしてそんなにやる気があるの? やる気があるのは別に良いけどさ、少し功を焦り過ぎよ。落ち着きなさいって」

 それを聞いて、ファイヤビーは「なによ」と返す。

 「そんなの分かり切っているじゃない。どうせあんただって、報酬目当てでがんばっているのでしょう?」

 何故か紐野を見ながら彼女はそう言った。

 「は?」とそれを聞いてキリは声を上げ、“は”と紐野は心の中で疑問符を飛ばす。

 「K太郎」

 と、一言、キリが言った。

 「どうせいるんでしょう? 出て来なさい」

 すると一呼吸の間の後に、「なんだい、キリ?」と本当にK太郎が姿を現した。狐のような兎のような獣。首を大きく傾げている。それの首の辺りをキリはむんずと掴む。まるでぬいぐるみのようにキュッと締まる。頭がプランとなった。

 「“なんだい”じゃないわよ。なによ、報酬って? わたしは初耳なんだけど」

 「え? 欲しいの?」

 首を思い切り絞められているのに平気でK太郎は話していた。

 「そりゃ、欲しいに決まっているでしょうが! こちとらずっとただ働きなのよ? ちょーだいよ!」

 「そうかい? でも、君の場合、相手はやっぱり紐野君になるのかな?」

 それにキリは首を傾げる。

 「は? 相手? お金じゃないの?」

 「お金じゃないよ。君ら人間の経済社会に影響を与えるのは極力控えたいからね。ボクらが与えられるのは、精神的な報酬だけさ」

 「精神的な報酬?」

 「そう。異性との間の交友で、とても気持ち良くなれたりっていう…… まあ、そういうものさ。だから訊いたんだよ。相手は彼しかないないと思ったけど」

 それを聞くなり彼女は顔を真っ赤にした。

 「そーいうのだったらいらないわよ! 冗談じゃないわ!」

 何故か紐野も睨まれた。

 「そうかい? なら、報酬はなしってことで」

 そう言うと、K太郎は早々に消えてしまった。逃げたようにしか見えない。

 「とにかく、これからはもっとチームワークを大切にしなさいよ」

 それからキリはよほど恥ずかしかったのか、ファイヤビーにそれだけを言うとそのまま退散していった。

 ファイヤビーは「フンッ」と反省しているようには見えない態度で返すと、そのまま何処かへか去っていってしまう。

 一人残された紐野は考えていた。

 “報酬?”

 以前にK太郎から聞いた話と違っていると思ったからだ。“純粋性”がK太郎達にとって重要だと言っていたはずだ。報酬の為に魔法少女が妖獣退治をするのだったら、その“純粋性”とやらは失われてしまうのじゃないだろうか? 何故、連中はファイヤビーに報酬を渡してやる気を出させたんだ?

 

 “やっぱり、何かがおかしい”

 

 不気味な予感を彼は覚えていた。

本編とはまったく関係のないオマケ

挿絵(By みてみん)

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