表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/37

13.VSゴム筋肉ヒトデ妖獣 その1

 それはとあるRPGだった。

 パソコン画面上に公式サイトが映っている。そしてそこには“イベント企画・モンスターデザイン募集結果発表”という文字がデカデカと強調されてあった。

 少年はその画面を凝視している。彼はそのRPGのファンで、どうやらその企画に応募したらしい。採用されたモンスターデザインの中に自分のものがないか探しているのだ。

 “それ”はそんな少年の姿を観察していた。“それ”の今の仕事は新たなデザインを起こす事だったが、実を言うと彼はプロのデザイナーでも何でもない。組織はプロのデザイナーを雇ってはくれないのだ。金もかかるしリスクもあるから。生成AIには既に何度も頼っていたが、もうそれほど効率良く利用はできなくなっていた。ある程度はパターン化してしまっているし、奇抜なデザインを要望するとリアリティがなくなり過ぎて使えない。生成AIを巧く活用するのにも技術が必要で、場合によっては酷くコストがかかってしまう。

 だから“それ”は、その少年の考えたモンスターデザインが使えないかと思っていたのである。

 「ない…… なんでだよ?」

 少年は相当に自信があったらしく、自分のデザインが採用されていなかった事にショックを受けているようだった。がっがりした様子で肩を落としている。

 少年の様子に、“それ”はにやりと笑う。

 どうやら、そのデザインを頂いてしまおうと考えているようだった。

 

 丸っこい足。見ようによっては、コブのようにも見えるそれが波打って動いている。ゴムのような質感。全体の形はヒトデのように見えるが、星型とは言い難く、足は全て丸みを帯びている。そして中央には大きな目。大きさは大人の背丈ほどしかない。あまり大きな方ではない。

 100メートル程先の道路上にその妖獣はいて、ゴミ箱を漁っていた。紐野繋はその姿を見て、

 “今回は少しは凝った造形なんじゃないか?”

 という感想を持った、鼠やら熊やらザトウムシやら。最近は既存にある生物のデザインをそのまま借用したような妖獣ばかりだったが、この妖獣は少し変わっている。ヒトデをベースにはしているようだが、少なくともそのままではない。

 「あまり強そうには見えないわね」

 魔法少女キリが呟くように言う。

 K太郎から連絡を受け、妖獣が現れたという場所に行って彼女らはその妖獣を見つけたのだ。

 “K太郎から連絡が来たって事は、連中がキリに倒させたい妖獣なんだろうな”

 そう紐野は思う

 連中の本当の目的は分からないが、魔法少女を利用して何かをしている事だけは確かで、恐らくは間接的に彼女達を操ろうとしているとも彼は考えていた。だからこそ、魔法の力を与えたり、認識阻害で互いの交流を封じたり、特別なケアをしたりしているのだろう。

 ヒトデ妖獣はキリに気が付いていないようだった。熱心にゴミ箱を漁っている。

 「20メートルくらい距離を取って攻撃してみるわ」

 市街地だから、あまり強力過ぎる魔法を使う訳にはいかない。彼女は妖獣に近付き深呼吸をすると、連撃をイメージして魔力を溜めていく。

 「風の刃。猛連撃。カマイタチまみれ!」

 声と共に彼女は風の刃を放った。ゴミ箱が散乱して生ゴミが宙を舞い、そしてヒトデ妖獣は跳ね飛ばされて壁に激突した。防御力が高いのか切断はできなかったが、効いてはいるように見えた。足で中央の目を守っている。どうやら弱点らしい。

 「やあぁぁぁ!」

 叫び声と共にキリは風の刃を連発した。大きなダメージは与えられなくても、手数で押し切ればなんとかなるという作戦だろう。

 “おし! このまま抵抗させずに倒し切るがベストだな”

 遠目で見ている紐野はそう考えていた。ただ、コストをかけているだろう特殊なデザインの妖獣が呆気なく倒せる訳はないと疑って警戒もしていたのだが。だからだろう。彼はビルの影からもう一体、ヒトデ妖獣が近付いて来るのに気が付いたのだ。

 「キリ! 気を付けろ! 仲間だ!」

 K太郎は妖獣が一体だけとは言っていなかった。今回の妖獣は複数体いるのだろう。

 「ありがと!」と礼を言うと、横から迫って来るヒトデ妖獣に向けてキリは風の刃を放った。見事にヒットし後方に大きく跳ねる。やはりそれほど強くない…… と彼女は思ったようだった。だがそれが油断だった。後方に跳ねたヒトデ妖獣は丸くなり、ビルに激突するとまるでゴムボールのように跳ね返って来たのだ。しかも、角度がおかしい。恐らく自らビルの壁面を蹴ったのだろう。通常なら空に向かって跳ねるだろうに、彼女に向かって突進して来ている。加速もしている。

 そのトリッキーな動きと予想以上の速度に彼女は反応ができなかった。そして、目の前にまで迫って来たボール状のヒトデ妖獣は、突然大きく開き、足の一つに力を込めたようだった。一本の足だけ大きく膨らみ、ゴムが伸びるような動作で彼女を強く殴った。彼女は防御するだけで精一杯だった。弾け飛んだ彼女は紐野の横の壁に激突をした。

 “なっ!”

 予想を遥かに上回るスピードとパワー。しかも変則的で予測し辛い。こんなのが複数体いる。

 “これ、まずくないか?”

 キリが弾き飛ばされるのと同時に、キリの連撃をくらっていたもう一体が動き始めた。二体同時の攻撃。下手すれば、このまま畳み込まれてキリはやられる。

 迷っている暇はなかった。紐野は爆弾を取り出すと迫って来る二体に向かって思い切り投げた。一体に爆弾は命中して爆発したが、足で防がれていた。どうやらあのゴム製の筋肉のような体はかなりの耐久力を持っているらしい。大きなダメージにはなっていない。

 爆弾攻撃を受けなかったもう一体が紐野を見る。どうやらキリから彼にターゲットを変えたようだ。

 “おいおい! あんな攻撃を僕が受けたら、全身の骨が砕けて即死だぞ?!”

 必死に爆弾を掴もうとするが間に合うかどうかは分からなかったし、仮に間に合っても距離が近過ぎれば爆発に巻き込まれる。

 “まずい! まずい! いきなり大ピンチだ!”

 が、そこでこんな声が聞こえて来たのだった。

 「うんならドロップキーーック!」

 信じられない速度のドロップキックが、紐野を襲おうとしていたヒトデ妖獣にヒットする。妖獣を吹き飛ばし、着地したドロップキックの主はにこやかに笑った。

 「やっほー。爆弾の人!」

 それは魔法少女スピーダーだった。スピードに特化した魔法少女だ。

 その姿を見て彼は思い出した。今日は火曜だったのだ。彼女の出撃可能日。

 そこで先ほど爆弾を受けた方のヒトデ妖獣が、ドロップキックを放ったスピーダーを睨みつけた。どうやらまたターゲットが変わったらしい。

 「おっ! やる気?」

 と、スピーダーはぴょんぴょんと跳ねて挑発したが、それを見て彼は言う。

 「ちょっと待ってくれ。キリがダメージを負ったんだ! 一時退却したい!」

 スピーダーはそれを受けるとキョトンした顔でキリを見、状況を理解したのか、

 「オッケー! じゃ、逃げよう!」

 と頷くと、紐野をひょいと肩に乗せ、軽く駆けてキリも素早く抱え、そのまま「うんならかしていこー! キーン!でございまーす!」と叫びながらその場から逃げ出した。

 彼女の速度にはついて来られなかったらしく、ヒトデ妖獣達は追っては来なかった。

 

 「お待ちー。ナースコールちゃんの出前を届けに来ましたー」

 

 自治会で所有している小さな小屋が、この地区にはある。坂道の途中で死角になっており、見つかり難いという事もあって紐野とキリはそこに隠れていた。

 その明るい声の主は明らかにスピーダーで、だから妖獣でない事は分かっていたのだが、それでも紐野は大いにビビりまくった。

 ガラッと元気よく開き戸を開けて小屋に入って来るスピーダーに向けて「おい。もう少し静かに来いよ」と文句を言う。妖獣に見つかってしまうかもしれない。それに力なくキリが言った。

 「ビビり過ぎよ。いつもはもっと偉そうにしているじゃない」

 「お前な。こっちは一発でも攻撃をくらえば即死なんだぞ?」

 「今更でしょー? わたしは普段から注意しているじゃない」

 そのやり取りを聞いて、スピーダーの後ろから声が上がる。

 「あらあら。思ったよりも元気そうね、キリちゃん。安心したわー」

 魔法少女ナースコール。

 治癒魔法が得意な魔法少女である。

 小屋に隠れると、紐野は戦線状況の確認の為に魔法少女ファン・コミュニティを開き、彼女が現れている事を知ったのだ。どうやら彼女はキリが強力な攻撃を受けたのを知ってやって来てくれたらしいのだが、何処にキリがいるのか分からないようだったので、スピーダーに頼んで連れて来てもらったのである。

 「久しぶりよ。あんな破壊力のある攻撃を受けたのは。手強いわ」

 ナースコールが近付いて来ると、キリは愚痴なのか警告なのか分からない口調でそう言った。

 激しく殴られ、全身を打ち付けられたキリは身体中が痛んでいた。自ら治癒魔法を使ってある程度は回復していたが、ダメージはまだ残っている。

 それを聞くと、ナースコールはキリに手をかざして治癒魔法を発しながら頷いた。

 「うんうん。みんな、大変みたいねー。手こずっているみたいよー」

 紐野が口を開いた。

 「情報収集はしている。まずは状況の整理からだ」

 彼はスマートフォンを凝視していた。

 「どんな感じなの?」

 と、キリが尋ねる。

 「青蓮やアイシクルなんかが闘ったみたいだな。お陰であのゴム筋肉ヒトデ妖獣の特性がかなり分かって来た……」

 

 ――魔法少女青蓮がヒトデ妖獣の攻撃を防いだ。吠えた犬に反応して、ヒトデ妖獣が攻撃をしようとしていたからだ。

 すると、直ぐにヒトデ妖獣はターゲットを彼女にしたようで、コブのような足で彼女を薙ぎ払おうとした。が、体術に優れた彼女はその前に内側に入り、力の入らないだろう根元に入り込むと、中央にある大きな目玉に双掌打を入れた。

 「プギャアア!」

 それほど力を込めた打撃ではない。しかし、それでもヒトデ妖獣は悲鳴を上げた。目玉が弱点と考えてまず間違いないようだ。

 青蓮は追撃をしようと拳を握ったが、そこで自身に迫って来るボール状の物体に気が付いた。彼女はそれに寸でで対応した。手を添えるようにすると、ボールの力の方向を変えていなす。

 ボールは彼女を通り過ぎたが、その瞬間に大きく広がった。その姿に彼女は戦慄の表情を浮かべる。それがヒトデ妖獣だったからだ。

 二体。

 恐らく彼女はこのヒトデ妖獣と相性が良い。1対1なら勝てる自信があったのだろう。だが、二体同時となると分が悪いと思ったようだった。触れた感触から、妖獣のゴムのような筋力の恐ろしさを彼女は感じ取っていたのかもしれない。

 彼女は他の魔法少女を見つけて協力して立ち向かった方が良いと考えたのか、向きを変えるとヒトデ妖獣達に背を向けて逃げ出した。

 

 ――スーパーマーケットの食品売り場。魔法少女アイシクルがそっと棚の陰からヒトデ妖獣を覗いている。

 ヒトデ妖獣は生鮮食品を漁っていた。特に海産物が好きらしく、好んで口に入れている。普段は見えないが、大きな目玉の下に口はあるようだ。あまり大きくはないが。

 「すいません。助けてください。このままじゃ、商品を全部、あいつに食われちまう。やっつけるか追っ払うか。お願いします」

 彼女の後ろには店員がいて、彼女にそうお願いをしていた。彼女は「任せて」と数度頷くと魔力を溜め始め、

 「アイス・ホールド」

 と小声で言った。

 すると、ヒトデ妖獣の足元に氷塊が生成されていく。足を捕らえる。それに気が付いたヒトデ妖獣は暴れた。だが、その所為で凍った地面に残った足が触れてへばりつき、完全に動きを封じた状態になった。

 ブリッジの形になり、大きな目玉が天井を向いている。

 「チャンス」とそれを見て彼女は言うと、「アイシクル・フォール」と小声で言った。天井につららができる。それはヒトデ妖獣の目玉を狙っていた。

 何もなければ、そのまま止めを刺せそうだったが、そこで邪魔が入った。背後から、もう一体のヒトデ妖獣がボール状になって回転しながら迫って来ていたのだ。

 それにアイシクルが気が付いた時には既に遅かった。彼女は跳ね飛ばされてしまう。つららの魔法は消え、氷塊で捕えていたヒトデ妖獣はその隙に脱出してしまっていた。

 跳ね飛ばされたアイシクルは、スナック菓子の棚に突っ込んだが、大きな怪我はないようだった。だが、二体のヒトデ妖獣は彼女を敵と認識したらしく、睨みつけている。ピンチである。

 だが、そこで“バチチッ!”という大きな鞭で叩くような電流が流れる音がした。軽くヒトデ妖獣の一体が痙攣をする。

 「アイシクルちゃんに手を出しているんじゃないわよ!」

 そこには妙な姿の少女が立っていた。

 黄色い髪、瞳の中にイナズマのマークが浮かび上がっている。黄色で縁取られた印象的な黒い衣装を身に纏っていた。

 魔法少女ライ。

 電磁気系の魔法を得意としている少々特殊な魔法少女だ。

 「プラス。戻って来なさい!」

 ヒトデ妖獣には小さな兎のような鼬のような薄い黄色の獣が取り付いており、もう一体、似たような獣がライの肩の上には乗っていた。

 電流は肩の上の獣から、プラスと呼ばれた獣の方に流れたらしい。指示を受けたプラスは素早く彼女の肩の上に戻っていく。彼女は愚痴るように言う。

 「電撃、ちっとも効いてないわね。ゴムっぽい体だけど、電気を通さないのかしら?」

 アイシクルを睨みつけていたヒトデ妖獣の一体が、彼女を睨む。ターゲットが変更されたようだ。その瞳に彼女は竦んだ。

 「ちょっと、あたし、痛いの嫌なんだけど…… これは逃げた方が良さそうね」

 そう言うと彼女はアイシクルを脇に抱え、次に肩の上に乗っている二匹の獣達に指示を出した。

 「電界獣プラスとマイナス。電磁変換よ。磁界獣NとSに変わりなさい」

 その指示を受けると、それまで薄い黄色だった二匹の獣達は黒みを帯びていった。それから彼女はアイシクルに尋ねる。

 「氷の道を作れる? 薄いやつで良いから」

 アイシクルは小さく頷いた。

 すると、それから瞬く間にスーパーマーケット内に小さな氷の道ができていった。

 「流石、アイシクルちゃん! よし! 逃げるわよ! S! あたし達を引っ張って!」

 その指示を受けると、Sと呼ばれた元はマイナスだろう獣は飛び出していった。そして氷の道の上を飛んでいく。磁界獣Sはライの肩の上にいる磁界獣Nと引き合っているらしく、Sに引っ張られてアイシクルを抱えた彼女は滑り始める。意外に高速度だ。ソリの要領で、そのまま彼女は氷の道を滑って逃げていった。

 

 自治会の小屋。

 紐野繋から話を聞き終えると、ナースコールが声を上げた。

 「大変! アイシクルちゃん。攻撃を受けちゃったの?」

 「そうみたいだな」と彼は答える。

 「もっとも、大した事はないみたいだが」

 「私、一応、治癒に行ってみるわ」

 そう言うと彼女はスピーダーに目で合図をした。察した彼は無言でスマートフォンでマップを見せて、アイシクルとライがいるだろう場所を示す。マップを確認した後で二人は外に出て行った。

 キリと二人きりになると紐野は彼女に尋ねた。

 「そっちは大丈夫そうか?」

 「治してもらったから、少し休めば大丈夫だけど……」と彼女。表情を曇らせている。

 「これからどうするの? あのゴム筋肉ヒトデ妖獣。かなり厄介みたいだけど?」

 彼女は不安そうだったが、彼は何故かにやりと笑って返すのだった。

 「安心しろ。必要な情報は集まりつつある。魔法少女ファン・コミュニティの新機能が活かせそうだぞ」

本編とはまったく関係のないオマケ

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ