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元素術


「いいね、似合ってる似合ってる」


 机に腰掛けるイリスさんは俺の姿を見て、満足気に頷く。


 数日後、投獄生活からようやく体力が戻り、イリスさんの執務室で剣師団の制服に袖を通した。

 剣師団の制服は白を基調とした儀礼服を思わせるデザインをしており、戦闘服でもあるため動きやすいように伸縮性のある素材が用いられていた。

 支給された武器は反りのない片刃剣、所謂直刀で鍔はないが日本刀に近い構造をしている。こちらも柄や鞘まで白で統一されており、歴史的なこだわりがある洗練された業物であることが窺えた。


「不思議と身が引き締まる思いです」


 かっちりとした服に身を包まれ、剣師団の一員であるという実感が湧く。

 記憶もなく、異世界人というこの世界の敵性因子であることだけは判明している状態から、剣師団という属性を与えられ、どこか安堵する自分がいた。


「それは僥倖。剣術はおいおい教えるとして、君にはまずこの世界の理と剣師団の役割について知ってもらいたいと思う。実際に見てもらった方が早いから、今日は外で実習だ。ついて来たまえ」


 俺はイリスさんに言われるがまま、街から遠く離れた遺跡まで案内される。遺跡はかなり昔の建築物のようで遺跡全体が森と一体化していた。面積は広大で正面からでは全貌が掴めない。

 この遺跡に来る途中に関所があり、イリスさんによれば限られた者しか近づけない制限エリアということだった。そのため周囲に人気は全くなく、この地域だけ外界から隔絶されていた。


「ここはわたしたちの世界では『先史せんし遺跡』と呼ばれている。有史以前に存在した謎の古代文明。現在よりも遥かに高度な技術を保有していたとされていて、世界各地にはこのような遺跡が点在しているんだ」


 イリスさんは慣れた様子で遺跡の中へ足を踏み入れる。俺もそれに続く。


「なかなか浪漫のある話ですね」

「そうだろう。遺跡の中には先史文明の失われた技術の残り火のような物品も数多く出土している。故に遺跡を探索する一攫千金狙いの冒険者も少なくない」


 イリスさんはどことなく愛おしげに遺跡の壁を撫でながら、奥へ奥へと歩を進める。遺跡の奥へ進むにつれ、森は深くなり、日中にも関わらず薄暗くなってくる。


「しかしほとんどの遺跡は国によって管理され、立ち入りが制限されている。なぜならば、命の危険があるからなんだ」


 イリスさんは徐に直刀を抜き、奥の暗闇に向けて切っ先を向ける。


「そもそも何故、高度な技術を有する文明が滅びたのか? 有力な説の一つは『あれ』だ」


 彼女の視線の先、暗闇の中には不気味に蠢く何かがいた。その何かはこちらに気づいたのか、人間の悲鳴にも似た奇怪な呻き声を上げながら近づいて来る。


「『魔人獣まじんじゅう』――あの怪物こそが先史文明を滅ぼした一因とされ、異世界人と並び現代の人々を脅かす存在。そしてわたしたち剣師団が討伐すべき敵だ」


 薄明りに照らされ、姿を現した魔人獣は、どことなく人の形をしていた。

 人間の頭部にあたる部分は肥大化し、口元には鋭利な牙、全身は硬そうな鱗に覆われ、両手両足の巨大な爪は殺意に溢れている。

 人間というには醜悪で、動物というには凶悪な生命体。


「奴らには個体差があり、羽を持つ個体、毒を持つ個体、擬態能力を持つ個体、いずれも複数の生物が掛け合わさったような特徴がある。今回の個体は高硬度の皮膚と大きな爪、肉弾戦に特化した個体のようだね。少しわたしから離れておくれ」


 イリスさんの指示に従い、俺が距離を取るのとほぼ同時に、魔人獣は彼女に飛び掛かる。

 筋力が異常に発達しているのか、その速度は目で追うのがやっとなほどだ。

 イリスさんは怪物の凶悪な一撃を花びらのようにひらりとかわす。

「次に、この世界の理『元素術げんそじゅつ』について紹介するよ」


 魔人獣の猛攻を回避しながら、悠長に説明を続ける。


「『地の元素術』」


 イリスさんは刀身を地面に突き刺す。すると突然、土が盛り上がり、彼女と怪物の間に土の壁が一瞬で形成される。更に土の壁は生き物のように前進し、魔人獣を遺跡の壁に叩きつけた。


「『水の元素術』」


 今度は彼女の周囲に四本の氷柱が現れる。そして彼女が刀を魔人獣に向けると、連動するように氷柱が怪物へと襲い掛かり、四肢を穿った。

 怪物は四肢を貫かれ、氷柱の杭で壁に磔にされる。


「『火の元素術』」


 直刀の刀身が炎を纏う。イリスさんはそのまま投擲すると、炎の剣は磔になった魔人獣の身体の中心を貫き、そこを起点に体内から怪物の全身を焼き尽くした。

 怪物の聞くに堪えない絶叫が木霊する。


「『風の元素術』」


 イリスさんが手を伸ばすと、突風が吹き、刀が意志を持ったように彼女の手元へ戻って来る。そのまま彼女は一、二、三、四、五度、虚空を斬った。

 一拍置いて、燃え盛る怪物の四肢は切断され、最後に頭部と共に肉体は崩れ落ちる。

 不可視の斬撃により、怪物の命は絶たれた。


「どうか安らかに眠っておくれ」


 あれだけ実験体のように様々な攻撃で痛めつけて殺しておきながら、イリスさんは目を閉じ、怪物の冥福を祈る。それはただのポーズではなく、心から悼んでいるように思えた。

 俺にはそれが意外だった。

 イリスさんは普段飄々としているが、言動の端々から冷酷さの片鱗が垣間見える時があった。

 俺に対しても表面上は弟子として親切に接してくるが、時折実験動物を見るような視線を感じることもあった。異世界人だから当然と言えば当然だが……。

 だからこそ、彼女が見せた異形の化け物への情に少し驚いた。


「今見せたのが、この世界の住人が使う『元素術』だ。マナと呼ばれる大気中のエネルギーを地水火風の四大元素に基づいた現象に変換し、行使することができる。人によって能力の差はあれど、この世界の住人全員が使うことのできる能力だ」


 異世界人の俺からすれば、信じがたい魔法のような能力だ。


「それを俺も使えるように修行するということですか?」


 少しだけ期待を込めて尋ねるが、期待に反してイリスさんは首を横に振った。


「いいや、残念ながら君たち異世界人は『元素術』を使うことが不可能なんだ」

「どういうことですか?」


 不可能という強い単語が気になった。


「この能力はね、この世界の住人に予め備わった出力器官を用いて使用しているんだ。異世界人の遺体を解剖して確認したんだけど、君たち異世界人と我々の身体構造はほぼ同じだが、君たちにはその出力器官がない。だからいくら修行したところで一生『元素術』を使うことはできないよ。今回見せたのは、あくまでもこの世界の理についての紹介だよ」


 さらりと怖い単語が発せられたが、敵を知るためには当然の行動なのかもしれない。


「結構便利そうだったので、残念です」


 俺の率直な感想にイリスさんは笑みを零す。


「君たちからするとそうだよね。だけど、便利すぎる能力というのも考えモノだよ。身の回りのことはある程度『元素術』を用いて解決してしまう。それ故に文明や技術が何百年、何千年経っても進歩しない。不便こそが人類を進歩させる種子だからね。わたしたちの文明は行き詰っている。だからこそ、高度な技術を持った先史文明に魅せられる者が後を絶たないんだ」


 彼女の言う通り、俺の知識記憶の中だけでも、文明的には俺がいた地球文明の方が進んでいた。『元素術』で事足りてしまっているが故に、この世界には電気も、車も、銃もない。地球の歴史で言うところの中世で時代が止まっていた。


「イリスさんは聡明なんですね。普通の人はそんな考えにすら至らないと思います」

「ふふ、褒めても何も出ないよ?」


 世界の理については理解できたが、一つの疑問が生まれる。


「しかし、俺を弟子にするとのことですが、『元素術』を使えない異世界人を弟子にする意味はあるのですか? 再生能力を持つとはいえ、ただそれだけです。『元素術』を使えない時点でこの世界の誰よりも弱いと思いますが」


 凶悪な魔人獣を呆気なく倒すことのできる『元素術』。それを使うことのできない異世界人を育てるよりも、使うことのできるこの世界の人間を育てる方がどう考えても有意義である。


「おや、もしかして劣等感を感じているのかい? そんなことはないよ。わたしはこの世界でも最上位の強さを持つ人間だ。普通の人間はわたしほど上手く『元素術』は扱えない」


 イリスさんは自らを誇るように、胸に手を当てる。


「例えばさっきみたいに四属性の攻撃を同じ威力、精度、速度で繰り出すことは一握りの人間しかできない。剣師団の人間すらね。だからこそ剣師団は武器としてこの直刀を使う。元素術だけに頼らない剣師団が武力として頼られる訳さ」


 遠隔攻撃もできる元素術がありながら、何故武器を使うのか疑問に思っていたが、ようやく合点がいった。


「それに異世界人は基礎身体能力がわたしたちよりも高い。加えて君の再生能力のように近接戦闘で有利な固有能力を持っていることが多い。だから経験則が当てにならず、どうしても最初に一定の被害が出てしまうんだ。ただ、異世界人の固有能力は元素術ほど汎用性のある能力ではないから、数の有利を維持しつつ、能力に対して適切な対処をすれば、いずれ倒すことができる」


 イリスさんの説明に、彼女が俺を弟子にした理由に思い至る。


「それで俺ですか。再生能力を持つ俺が当て馬となって相手の能力を引き出し、適切な対処を編み出すまでの時間稼ぎをする。そういうことですよね」


 再生能力のある俺なら、大怪我を負ってもすぐに再生する。身体を張ったトライ&エラーができる唯一の人間。

 これまで兵士が命賭けで行っていたことを俺が成り代わることで、犠牲者の数を減らすことができる。


「察しがいいね、端的に言えばそういうことだ。酷いと思うかい?」

「思わないと言えば嘘になります。ですが、存在価値を示さなければ俺は異世界人として処分される。生きるためには仕方のないことです。幸い異世界人としての記憶がないので、異世界人に対する同胞意識はありません。それであれば有利な側に味方した方が得策です」


 俺に選択肢はない。ただでさえ、異世界人は憎悪と恐怖の対象だ。この役割でさえも大きな反対があったのは容易に想像がつく。それを断りでもすれば、ただの危険因子でしかない。

 利用価値を示し続けることが、今の俺にできる唯一の生き残る道だろう。

 右も左もわからない絶望的な状況でも、俺だって生存意欲はある。


「あははっ、割り切りの良い性格をしているね。ますます君を気に入ったよ」


 イリスさんは朗らかな表情で、俺の顔を覗き込む。


「君をただの当て馬にするつもりはないよ。わたしの唯一の弟子として他の剣師を凌駕する剣師に育てるつもりだ。君もそのつもりでいておくれ」


 その日から、イリスさんとの修行の日々が始まった。

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