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評議会


 ◆◆◆


 ――ティアナ白煌びゃっこう剣師団けんしだん――


 世界最古の組織。創始者は四大始祖である《しろがねの一族》。古くより【異世界人】や【魔人獣】から市民を守ってきた傭兵集団であり、元々は荒くれ者の集まりであった。厳格な組織運営で知られ、世界秩序が安定した現在では規律や礼節を重んじる卓越した剣技を持つ集団として尊敬の対象にもなっている。

 永世中立を謳い、国家間の紛争の仲裁などを担い、世界秩序の維持に多大なる貢献をしている。そのことから世界中の信用を得ていた。

 国家というよりは一大組織という側面が強く、領土的野心もないため、【クルシュキガル赫灼帝国かくしゃくていこく】領土内にある離島に独立自治区として本拠を構えるに留まっている。

 独立自治区の住民はおよそ一千万人だが、剣師団に所属する人数は事務職合わせて二十万人ほど。世界中に支部があり、武力を活かした警護業務や信用の高さを売りにした銀行業も運営しており、世界四大勢力の一角に数えられている。



 ティアナ白煌剣師団 本拠地マグナ・ティリス


 剣師団を統べる団長と十名の剣師長が一同に集結し、重大事案の対応を決める剣師長評議会。会議はイリスフィアの事案を巡って紛糾していた。


「――認められぬ。異世界人を弟子にするなど」


 剣師団団長アルバトロス・ゾロアは静かに、しかし断固とした態度で告げる。

 剣師団を束ねるアルバトロスは五十歳を超えているが、肉体的にも精神的にも衰えは見受けられない。引き締まった肉体に、洗練された精神は数多くの修羅場を潜り抜けた歴戦の猛者であることを窺わせる。

 そんな彼からは一般人であれば意識を失ってしまうほどの威圧感が放たれていた。


「剣師長の弟子の選定は国籍、性別、人数、能力問わず自由なはずでは?」


 対するイリスフィアは物怖じするどころか、飄々と反論する。


「勿論、お主の言う通りだ。しかしそれはこの世界の人間に限ってのことだ。秩序を守る側の我々が、秩序を乱す側の異世界人を引き入れるなど論外だ」


 円卓に囲んで座る九名の剣師長は団長の言葉に頷く。


「確かに儂は弟子を取らないお主に、後進を育成してほしいと常日頃から進言していた。それが何故よりにもよって異世界人を弟子にしようとするのだ。お主の研究者気質は知っているつもりだが、今回ばかりは看過できぬ」


 イリスフィアはこれ見よがしに溜息を吐く。


「彼の能力は『超速再生』。《あかの一族》であるネムリア皇女の炎を受けたにも関わらず、肉体は即時再生していた。もし能力の一端でも解明できれば、この世界の医療技術は飛躍的に進歩する。もしかすると、不死の力も得られる可能性だってある」


 不死という単語に、剣師長の数名が反応する。人間は誰しも死を恐れ、克服しようとする。実力者とて例外ではない。


「仮に解明できなくとも、彼の再生能力は役に立つ。異世界人や魔人獣との戦闘において、彼を先頭で戦わせれば相手の能力を知ることができる。得た情報を基に対策をすれば、こちらの損耗は最小限となる。これ以上の理由はいるかい?」

「仲間同士で殺し合わせるつもりか。剣師にあるまじき外道な発想だな」


 イリスフィアは不敵に微笑む。


「これほどのメリットを提示されても拒絶すると言うのかい? 君は理解ある人間だと思っていたが、わたしの見込み違いだったかな。団長殿?」


 地位的にも、年齢的にも上であるはずのアルバトロスに対し、敬語すら使わずに煽るような態度を取るイリスフィア。

 イリスフィアが異端児とはいえ、礼節を重んじる剣師団において失礼なことには変わりない。他の剣師長たちも顔を顰めている。


「口には気をつけろ、イリスフィア・マハ剣師長。しかし、医療技術の発展は魅力的であることは認めよう」


 アルバトロスは瞼を閉じて、少し間を置いてから頷く。


「わかった。秋月解世をお主の弟子にすることを認める。ただし、少しでもこちらが危険と判断したら、お主が反対しようとも剣師団の総力を持って始末する。それで良いな?」

「――剣師団にわたしが倒せるのかい?」


 イリスフィアの言葉に空気が揺れる。会する一同は思わず身構える。


「不穏な発言は慎め。お主の実力はここにいる誰しもが認めている。だからこそ、ある程度は自由にさせているのだ。あまりに度が過ぎれば、こちらにも考えがある」


 団長であるアルバトロスは流石の対応で、動揺せずに粛々と警告をする。

 イリスフィアは相好を崩すと、両手を挙げる。


「冗談冗談。本気にしないでおくれよ。いいよ、君たちが危険と判断したなら解世を煮るなり焼くなり自由にすればいいさ」


 彼女は手をひらひらとさせ、話は終わりとばかりに自分の席へと戻って行った。



 評議会終了後、退出するイリスフィアの後を追いかける者がいた。


「イリス姉さん!」

「おや、ユスフじゃないか。わたしに何か用かい?」


 ユスフウォラ・マハ。マハ家長男でイリスフィアの弟であり、彼女と同じ白銀の髪を持つ爽やかな青年。年齢は十六歳。将来を有望視されている人物であった。


「何か用かいって、相変わらず姉さんは冷たいな。折角久しぶりに会ったんだから、話くらいしようよ」


 苦笑交じりに肩を竦めるユスフ。


「そういえば、アルバトロスの弟子に選ばれたそうじゃないか。弟がエリート街道まっしぐらで姉さんも鼻が高いよ」


 今頃思い出したかのように、弟を褒め称えるイリスフィア。ユスフは現在アルバトロス団長の弟子兼秘書官に任命されており、先ほどの会議では書記を務めていた。


「心にもない世辞を言わなくていいよ。それに弟子って言ったって、アルバトロス団長は後進の育成に力を入れているから、弟子は百名以上いるんだ。そのうちの一人ってだけだよ」


 ユスフは少しだけ寂しげに眉を曇らせる。

 ユスフ本人は謙遜しているが、弟子に選ばれない者も大勢いる中で、最難関とされる団長の弟子に選ばれただけでも誇るべきことであった。


 一般的に剣師団は剣師見習い→剣師→剣師長→団長と階級が別れており、剣師見習いから剣師への昇格は実技試験と学科試験に合格する必要がある。その後は剣師として実務・実践を積みながら、実績を築き上げることで剣師長への昇進を目指す。

 イリスフィア本人は剣師見習いから数か月という異例の速さで剣師長へと上り詰めた鬼才で、生ける伝説として多くの剣師から崇拝の対象となっていた。


「……姉さん、異世界人を弟子に迎えるって本気なの?」


 真剣な眼差しでイリスフィアへ問う。


「ユスフウォラ秘書官。君は評議会で何を聞いていたんだい? 議会の決定事項だろう」

「そうだけど……。異世界人は父さんと母さんの仇だよ?」


 ユスフは過去を思い出し、拳を握り締める。


「有益な人材がいれば、活用するのは当然だろう。そこに異世界人も何も関係ないよ」


 イリスフィアはユスフを鼻で笑った。そんな彼女に、ユスフはぽつりと漏らす。


「姉さんは、父さんと母さんが異世界人に殺されたあの日から変わったね」


 ユスフの呟きに、イリスフィアは僅かに驚いたように目を見開き、弟を覗き込む。


「興味深いね。なぜそう思うんだい?」

「何となくだよ。姉さんはあの日以来、人が変わったように研究や修行に没頭したよね。剣師団にスカウトされてからは、あっという間に剣師長になった。姉さんは優しい人だから、皆を守るために努力しているんだと思ってた。だけど……ごめん、上手く言葉にはできない。最近僕には姉さんが何を考えているのか、わからないんだ。いつか姉さんが手の届かない場所に行ってしまいそうで不安なんだ」


 ユスフは抱えていた心境を吐露する。

 イリスフィアは語り終えた弟の頭に手を置き、髪をくしゃくしゃにする。


「あっはは、なかなかどうして、我が弟は勘が鋭いじゃないか」

「茶化さないでくれよ! 僕は心配しているんだ。僕の自慢の姉さんだから」


 ユスフは嫌がりつつも、姉の手を払いのけることはしない。


「嬉しいことを言ってくれるねえ。君の心配はもっともだユスフ。だけどわたしは『人類』のために行動している。それだけは信じてほしいな」


 凛々しくも麗しい姉から優しい微笑と視線を向けられ、ユスフは頬を赤く染め、言葉に詰まる。


「う、うん。信じるよ」

「それじゃあ、お勤め、頑張るんだぞ」


 ぽんぽん、と頭を柔らかく叩き、イリスフィアは踵を返す。


「――ユスフウォラ・マハ。御しやすい男だ」


 イリスフィアは陰を感じさせる笑みを浮かべた。


 ◆◆◆


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