俺TUEEE系のネット小説を書いたら、クラスのドS美少女に読書感想文の課題図書にされた
「リク!」
魔王との最終決戦の最中、傷付いた俺を心配するように、婚約者のレーナが叫ぶ。
俺はレーナを心配させまいと、彼女に振り返り笑って見せた。
「心配するな。俺が何者なのか、レーナが一番よくわかっているだろ?」
「そう……だね。うん、よくわかっている! 世界最強の魔術師にして、世界最強の剣士にして、世界最強の召喚術師にして、世界最強の暗殺者。王国の英雄、それが勇者リクだもの!」
そう。俺はチートスキルを持ってこの異世界に転生し、あらゆる能力において世界最強を極めた男・リク。俺が勝てないというのなら、一体誰が魔王に敵うというのだろうか?
「だけど俺一人の力じゃ、正直苦しい戦いになりそうだ。絶対に負けられない最終決戦、必ず勝つ為には……レーナ、君の力を借りたい」
「喜んで!」
助けを請われたことがそんなに嬉しかったのか、レーナの顔がパーアッと明るくなる。
俺に抱き着き、口付けをするレーナ。キスという行為を介して、王女たるレーナの魔力が俺に注がれる。
混じり合う、勇者の魔力と王女の魔力。でも、それだけではない。
レーナの俺への愛が流れ込むことで、俺は更なるパワーアップを可能とするのだ。
「リク……死なないでよね」
「死んでたまるか。魔王がいなくなった平和な世界で、俺はレーナと幸せに暮らすんだ」
俺は聖剣に魔力を込める。
眩い輝きを放つ聖剣は、この世の邪悪を消し去るに足る大魔力を有していた。
「いくぞ、魔王。ラブ・インパクトオオォォォ!」
限界まで引きずり出した俺の魔力と、無限大の愛を込めた一撃は、魔王を一刀両断する。
そして世界には、平和が訪れたのだった。
◇
「……ふぅ」
自室のパソコンの前で、ネット小説を書き終えた俺・宮前陸は一息つく。
ネット上で本作『転生した全能者は愛の力で世界を救う』の連載を始めて、完結するまでおよそ2年。ようやく執筆活動にひと段落がついた。
元々ラノベやアニメが好きで、自分でも書いてみたいと思って始めた執筆活動。下手の横好きではあったけれど、よくもまぁ2年も続いたものだ。
こういうのって、よく「応援してくれる読者がいるから頑張れる」って言うけれど、俺の場合、そんなことはない。
だって俺の小説のお気に入り件数は僅か1件。自分の才能のなさが露呈しているみたいで、穴があったら入りたい気分になる。
「たった一人の読者の為に――」なんてカッコいいことが言えれば良いのだけど、結局俺は自分が書きたいから書いていただけなのだ。
だから勿論執筆活動をしていることを、友人はおろか家族にも言っていないし、この先言うつもりもない。
誰にも知られず、自分で楽しめれば良い。要するに、自己満足なのだ。
誰かに評価されることはないけれど、その代わり恥ずかしい思いをすることもない。俺は今の生活が、思いのほか気に入っていた。
「さてと。それじゃあアニメでも見るとしますか」
パソコンをシャットダウンした俺は、スマホで動画配信アプリを開く。
今は夏休み。明日も学校がないから、早起きする必要はない。思う存分夜更かし出来る。
視聴するアニメは、勿論俺TUEEE系だ。
◇
有意義な夏休みは瞬く間に過ぎ去り、やって来た始業式。
友達のいない俺にとって、学校という場所は苦痛でしかなかった。あぁ、早く家に帰って小説を書きたい。
幸いにも今日は連絡事項と夏休みの宿題の提出で終わる。お昼前には、下校出来るだろう。
俺はクラスメイトたちと同じように、所定の箱に夏休みの宿題を提出していく。
全員が宿題を提出し終えて、担任が確認している時……事件は起こった。
「……ん?」
提出された読書感想文をざっと読みながら、担任は眉をひそめる。
そして一人の女子生徒の名前を呼んだ。
「最上。ちょっと来なさい」
「はい」
担任に呼ばれたのは、最上花枝。クラスの学級委員を務める、真面目ちゃんだ。
成績優秀でコミュニケーション能力が高く、簡単に言えば俺とは正反対の存在。クラスメイトじゃなかったら、関わりなんてまるでないだろう。
そんな優等生が担任に険しい顔をさせるとは……一体何をしたんだろうか?
担任は最上が書いたであろう読書感想文を突き出しながら、彼女に尋ねる。
「これは何だ?」
「読書感想文です。私の好きな小説を題材にしました」
「そうは言ってもな……よく知らないのだが、これってラノベってやつじゃないのか?」
「そうですね。ついでに言えば書籍化されていない、ネット小説です」
最上のやつ、ネット小説を読書感想文の題材にしたのかよ。しかもジャンルがライトノベルって……そりゃあ怒られるわな。
他人事のように呆れている俺だったが……その余裕は、そう長く続かなかった。
「『転生した全能者は愛の力で世界を救う』。私はこの作品のファンなんです!」
「!?」
俺は思わず椅子から転げ落ちそうになる。
……おいおい、嘘だろ? その題名、めちゃくちゃ聞き覚えがあるんだが?
……いや、ちょっと待て。落ち着け、俺。
この世界には数え切れない程のネット小説が溢れているんだ。酷似した題名のネット小説があっても、なんらおかしくはない。
だからきっと、最上が課題図書にしたのも俺以外の誰かが書いたネット小説で……
「この作品、丁度夏休みの間に完結したんですよ。ねっ」
最上の視線が、明らかに俺に向いている。
……間違いない。彼女は俺の書いたネット小説を課題図書にしていて、そして俺が作者だと気付いている。
「夏休みに完結したことが、読書感想文の課題図書にする理由にはならないだろう? 今検索してみたんだが、この作品、お世辞でも良い作品とは言えないじゃないか。文法が間違っているし、漢字の変換ミスも多いし。始まりだって、いたって普通だ。えーと、何々……「気が付くと、そこは異世界だった」」
それから担任は、『転生した全能者は愛の力で世界を救う』の第一話を音読する。
周囲からは、「何これ」という嘲笑が聞こえる。
ぎゃああああ! 音読するの、もうやめてくれ!
こんなの、公開処刑以外の何ものでもない。
担任は最上への罰のつもりなんだろうけど、彼女の何万倍もダメージ受けているの、俺だからね? 瀕死寸前だからね?
当の最上はというと……必死で笑いを堪えていた。
この女、確信犯じゃねーか。俺を辱める為だけに、『転生した全能者は愛の力で世界を救う』を課題図書にしたんじゃねーか。
二学期初日は、授業もないので本来楽に終わる筈だったのに……気付けば高校入学以来最大の精神的ダメージを受けていた。
◇
放課後になり、俺は逃げるように下校しようとする。しかし……運悪く、最上に捕まった。
「こんにちは、宮前くん」
「……出たな、魔王」
「あら? 私が魔王なら、世界平和の為に討伐される運命なのかしら? ラブ・インパクトオオォォォ! って」
やめてくれ! これ以上俺の傷をえぐらないでくれ!
羞恥で赤くなった顔を両手で覆い、その場でしゃがみ込む。
見なくてもわかる! 最上のやつ、今絶対にニヤニヤしてるだろ!
最上を睨みつけながら、俺は尋ねる。
「どうして『転生した全能者は愛の力で世界を救う』を、俺が書いているって知っているんだ? 家族にも話していないのに」
「夏休み前だったかしら? 宮前くん、廊下でマイページにログインしていたでしょ? その時チラッと見えたのよ」
迂闊だった。
誰も見ていないだろうと思ってログインした結果、まさか秘密を知られてしまうことになるなんて。
障子に目ありならぬ、廊下に目ありだ。
「ネット小説のことをクラスメイトに知られるのは恥ずかしいけど、それ以上に嬉しいよ。こんな身近に、俺のファンがいたなんて」
「は? そんなの嘘に決まってるじゃない」
地獄に突き落とすように、最上は俺の発言を一蹴する。
「あなたの作品に面白味なんてこれっぽっちもないわ。まず情報量が多すぎる。設定を詰め込みすぎて、これじゃあ読者がついてこれないわ。それに何この主人公、最強すぎない? あと無駄にカタカナのルビが多い」
「……すいません」
「しかも主人公リクって。あなたの名前なんですけど? 自分が最強にでもなったつもり?」
「……本当、すいません」
最早恥ずかしさを通り越して、虚しささえ覚えてくる。もういっそ、俺を殺してくれ。
「だけどまぁ、一つ賞賛すべきところがあるとしたら……宮前くん、本当に自分の作品が好きなのね。それだけは、読んでいてわかったわ」
「……まぁ。好きじゃなかったら、書き続けることなんて出来ないし」
「だから……新作を楽しみにしているからっ!」
そう言い残して、最上は下校する。
……これって、あれですか? もしかして、ツンデレってやつですか?
◇
家に帰って、俺は今日の出来事を思い出してみた。
記憶を辿り始めて数秒で、死にたくなった。控えめに言っても、今日の出来事は最悪だろう。
だけど最上に対して怒りが湧いてこないのは、最後の一言のせいだろう。
「新作を楽しみにしているから」。まさかそんなことを言ってくれる読者がいるとは思わなかった。
そもそも俺の作品に、読者がいるのかどうかさえわからない。辛うじて一人いるのは確定しているけど……ん? ちょっと待てよ。
俺の小説をお気に入り登録してくれているのは、たった一人。その一人が最上であることは、ほぼ間違いないだろう。
なんだかんだ言いつつ、最上は俺の小説を全部読んでくれていた。そうでなければ、あそこまでバカに出来る筈がない。
俺のクソみたいな小説に、長い間付き合ってくれた。その事実に直面すると、不思議と胸が温かくなる。
そんな風に感じていると、マイページにメッセージが届いた。
送信主は、唯一の読者……最上だ。
『私って素直じゃないから、好きなものや好きなことを「好き」って言葉に出来ないの。だから好きなものを全面で表現出来るあなたを、尊敬しているわ。でも……あなたが『転生した全能者は愛の力で世界を救う』の作者だとわかった時、この胸に芽生えた感情はきっと敬愛じゃない。だからね……あなたは私を魔王と呼んだけど、そんなの嫌。私を「りく」のレーナにして下さい』
……何だよ、この女。本当に素直じゃないな。まさに小説に出てくるような、そんなヒロインじゃないか。
どうやら最上の提出した読書感想文は、俺への恋文だったようだ。
『俺たちの戦いはこれからだ!』というありふれた返事をしてから、俺は新作の執筆に入る。
次はジャンルを変えて、ラブコメでも書いてみようかな。
売れないラノベ作家と、彼をバカにしながらも陰では誰よりも応援しているツンデレ少女の恋愛譚を。