赤く
こんばんは、お久しぶりです。シラスよいちです。
今回はだいぶ時間かかりましたがリクエストのあった恋愛ものを書いてみました。
今回は「嘘」がテーマです。それではお楽しみください。
ハイボールを片手に妻と晩酌に興じていると、彼は不意に思い出す。
「あー、あのアニメか。ヒロインの声可愛いよね」
――声豚が、作品自体の質より出ている声優だけでアニメを選ぶな
「あー、〇〇くんですね。もしかしたら駄目かもしれないけど連絡先の交換促してみますよ」
――イケメン捕まえるためなら何でもする清楚ぶったカマトトに紹介する訳ねぇだろ
終始こんな具合で本心を出さず、周りに媚びを売り建前だらけの嘘を吐く。
自分が非難されないなら、バレない嘘を吐き続けることに抵抗はなかった。
たまに湧き上がってくる何かと頭痛には知らない振りをした。
あくる朝、彼は窓辺の席でいつもと変わらぬ高校の朝につまらなさを隠しきれず欠伸を噛み殺す。雲間から顔を出してきた太陽が眩しい。そろそろ教室に担任が現れて事務連絡に来る頃だ。
いつもと違い、近づいてくる足音が2つ聞こえる。
ドアが開いた。担任の後ろを着いてくるのは1人の転校生だった。
「赤坂朱里です!よろしくお願いします」
世の男に嫌いな奴はいないであろう清楚を絵に描いたような整った容姿。優しげな柔らかい高音の声。
これは男に囲まれるだろうなと彼は独りごちる。
「せいぜい女子共を敵に回さないことだな」
彼は興味を失ったのか、窓の外の晴天に目を向けた。
授業が終わると、転校生の周囲には案の定人だかりが出来ていた。
彼は目をハートにして遠目で眺める仲間の男子連中に呆れながらも、右に倣えで笑っていた。
とは言っても半分苦笑である。
やがて眺めるのにも飽きた彼は、仲間内に帰ろうぜと笑いかける。
話しかけられなず指を咥えて見ているコミュ障が可哀想だと判断したからだ。
彼が教室を出るとき、転校生もそれに便乗する形で
「私も引越してきたばかりで荷解きがあるから、皆またね」
と半ば強引に有象無象を引き剥がした。
そして彼らにもじゃあねと手を振る。
「あぁ、(清楚ぶって)お疲れ様です」
彼も笑って返す。
彼が家に帰るなり、母親が干渉してくる。
母親は昔からヒステリー持ちだった。
父親が単身赴任する前はもっと酷かった。
「帰ってくるとき連絡しなさいって言ってるのに。大体ねぇ…」
「明日はちゃんとやるから」
親を一言宥め部屋に入ると、彼は大きく息を吐き出した。
部屋着に着替えると、そのままベッドにダイブし頭痛を忘れるべく目を閉じた。
彼が目を覚ますと10時を回ったところだった。
リビングへ降りるとラップの掛けてある夕飯が置いてあった。
「まだ夕方だってのに寝て、具合でも悪い訳?」
相変わらず棘のある母親の嫌味には気が付かない振りをして、出来るだけ元気な声で返す。
「なんでもないよ、授業が難しくて疲れたのかも」
食べ終わると彼は、夜の街を歩きに出かける。
彼自身の意識を捨てて雑踏そのものとして夜闇をふらふらと歩く時間が、1番彼を落ち着かせた。
この彼の散歩で一応の目的地になっているのは街の中心部、大きな病院に隣接する小さな古びれた教会である。
缶コーヒーを片手に、教会前のベンチでゆっくりと深呼吸する。
「何してるの?」
前を見ると、赤い帽子を被った昼間の転校生がいた。
「塾帰りですよ、転校生さん」
話しかけるなと暗に示した彼を意にも介さず、彼の隣に座る。
1人の時間を邪魔され、少し不快だったが相手にしない訳にも行かない。
「転校生さんは何でこんな深夜に街に?」
彼女は顔を俯かせて答える。
「祖母があちらの病院に入院しているの。今日はお見舞いに」
「…そっか」
「貴方は同情しないんだね」
「はい?」
意味が分からなかった。
「他の人は私に同情するんだ。大変だねとか、いつでも相談乗るよとか」
「はぁ」
「そういうの、迷惑なの。ありきたりな言葉で無責任に手を差し伸べられるのは」
「なるほど」
世の中には少なからず、偽善にも関わらず自分がさも良いことをしたかの様に振る舞う輩が少なからずいる。仕方のない事だ。
彼にしてみれば、面倒で流しただけのことだったのだが。
あまり口を開かない彼に、彼女は慌てて言葉を続ける。
「ごめんね、まだそこまで親しくもないのに愚痴っちゃって」
「いや、愚痴りたいときに愚痴る方が健康的だと思いますよ。此処で会ったのも何かの縁ですし」
関わると面倒だと顔をしかめそうになるのを堪えて彼は社交辞令の嘘を吐く。
「あのさ、おじいちゃんの家に越してきたばっかりでこの街のことまだ詳しくないの。良ければ色々教えて欲しいから、ライン交換しない?」
「あぁ、まぁ良いですよ」
微妙な反応を示しながらもパーカーからスマホを取り出し応じる彼に、彼女は嬉しそうに礼を言った。
「ありがとね、研士郎くん。私はそろそろ行くよ」
彼は、久しぶりに学校外で人と話したなと妙な感慨にふけった後1度スマホの画面を確認する。
ラインに追加された名前を前に彼は不思議そうな顔をした後、一瞬だけ可笑しそうに小さく笑った。
数日後の月曜、下校時刻を迎えた学校で彼は彼女から話しかけられる。
そんな彼は午後の授業に耐えかね眠そうな目を擦り、帰り支度をしていた。
「――付き合って」
「はい?」
「今日の放課後、買い物に行くから付き合って」
唐突すぎる誘いに、彼はタブレットを飲み込もうとしていた口をぱくぱくさせる。
「ほら、暇でしょ。荷物持って」
まわりの視線が気になるのか少し頬を赤くさせて彼を急かす。
促されるまま慌ててバッグを持ち、珍しく目を白黒させながら周囲の好奇や嫉妬の目から逃げるように教室を出ていった。
2人はどこかノスタルジックな夕日を横目に、何を話すともなく街へ出てくる。
「なぁにその顔?」
彼女が顔を覗き込んで問うてきたので、彼は自分がどんよりした顔になっていたことに気付く。
「なんでもありませんよ」
――あーぁ、明日からどんな目で見られることか。最悪だ、好奇と嫉妬でクラスの馬鹿共があることないこと噂するんだろうな。
今後苦汁を舐めさせられることに嫌悪感を抱きつつも、彼は平気な顔をして嘘をつき笑顔を作る。
「もしかして、私と買い物するの嫌だった?」
「嫌じゃないですよ」
より1層笑顔を固めて彼は返す。
彼女は何を思ったのか、彼に詰め寄ると肩に手を乗せ力を込める。
「痛いよ」
「ようやく敬語も抜けたね」
彼女は笑って一旦言葉を区切る。
――別に気を許してない。反射で言葉が出ただけだ。
「研士郎くん、肩に力入れなくて良いんだよ?」
「は?」
意味が分からなくて、イライラしてくる。
「祖母が良く言ってたの。肩肘張らずに、ありのままでいれば人に好かれるよって」
「どういう意味?」
イライラを隠し切れずに食い気味で噛み付く彼に彼女も困惑し、しばらく考えた後口を開く。
「研士郎くん優しいけど、よく分からない。なんだか役所の人と話しているみたい。私と仲良くしたいの?したくないの?どっち?」
困ったように笑う彼女に困惑し、彼はキレて本音を吐く。
「どっちでも良い。仲良くしたければ仲良くしなよ」
「そんな言い方ないじゃん。意味が分からないよ」
彼女もそんな彼の態度に耐え切れなくなり、踵を返した。
「私、帰るね」
冷たい彼女の声で冷静になる。どんどん小さくなっていく彼女の赤い帽子が消えていく火のように見えた。
「終わったな」
乾いた笑いをこぼすと、彼は家へと足を引きずった。
吐き気と頭痛が酷く、その日は寝ようにも寝られない。
次の日、学校を休んだ。
部屋に鍵をかけて椅子に座って、叫んで、虚無になって、呪詛を吐いて、虚無になって、明記出来ないほど彼は壊れていた。
また次の日も学校を休んだ。この日彼は何をしていたか何も記憶していない。
案の定次の日も学校を休んだ。
彼は気が付くと、夜の街を徘徊していた。
いつもの癖で歩いていたようだ。ただふらふらと、生きる屍がいっそ本物の屍にならんと足を引きずっていた。
いつもの教会のベンチに身を転がす。
ろくに食事も取っておらず飢えきった体でただひゅうひゅうと細く息をする。
もう立つ気力もなかった。意識が朦朧としてくる。
しばらくするとパトカーのサイレンが近付いてきて、屈強な警官が2人近付いてくるのが薄く見える。
――あぁ、警察か。終わりだな
もう1つ、人影がすごい勢いで近付いてくる気がする。
最後に見えたのは、赤い走馬灯だったか。
「研士郎くん、研士郎くん」
女の高い声で目を覚ました。
「転、校生…?」
「良かった、私のことは分かるみたいだね」
「お茶、飲める?」
ペットボトルのお茶を差し出してくるのをゆっくりと受け取って、口に持っていく。
意識が徐々に戻ってくると、彼はようやく口を開く。
「なんで赤坂さんがここに?」
「…祖母のお見舞い」
「なんでこんな面倒事に首を突っ込むんですか?得もないのに。俺が面倒臭い人間だってこともこの前分かったはずですよね」
「…惚れた弱みよ。変にクールで変に気を使うあなたが気にかかってしょうがないの。ここ最近も心配でしょうがなかったの。分かれ!」
小さく握った拳を振るわせて、勢いで何故か帽子を思いっきり投げてくる。
唖然とする彼。
「嫌なことは嫌って言っていいし、その分嬉しいこと、楽しいことには嬉しい、楽しいって言って欲しいの。独りよがりに色んなもの我慢して、大人ぶった気になるな」
半ば強引に彼の身体を引っ張って、家はどっちと優しく問いかける。
街灯の灯りが映した彼らの影は、重なり合って1人分にも見えた。
目の前で、赤ワインと共にアップルパイを美味しそうに食べ進める小さな口を見て彼は幸せそうに笑う。
「可愛いなぁ、朱里は」
「やけに素直だね、研くん」
「誰かさんが素直にしてくれたからね」
そう言うと、彼女も懐かしそうに微笑む。
「全部私のおかg、お陰だね」
今大噛みした明るい彼女には本当に救われてばかりだ。
腹につめた石のような重荷はもう消えた。
代わりに手に入れたささやかな幸せは、赤く赤く満ちている。
いかがだったでしょうか?
割と似たような作風になってしまっているのが現在の悩みです。
もっと色々な人格を書いてみたい!!挑戦していきます。
ではでは、また次回作で会いましょう。