8 決めていたことだからっ
さあ、ここからが本番、このステイメッカにきて早1か月。
今まで何かと理由があって先延ばしにしてしまったモンスター退治による経験値稼ぎをする時がやってきた。
・・・かなり緊張する。
自分ではある程度覚悟を決めたつもりでも本番が迫ってきたら緊張で心臓がバクバクしてきた気がする。
このための準備をしてきたつもりだ、だから大丈夫・・・・と、思いたい。
不安が募るが、いざ出陣!
そう言ってステイメッカの町の門前を通過する。
「おや、クリス君じゃないか。
クレアちゃんの手伝いは今日はないのか?」
「うん。
今日は一人で森の入り口の草原に行こうと思ってるんだ」
「そうか、あまり無理はするな?
そんなことをしたらクレアちゃんが悲しむからな」
「わかってるー。
行ってきまーす!」
「・・・あの子も、来た時よりずいぶん明るくなってよかったよ」
ここにきて間もないころにステイメッカの町の門の兵士を見たクリスは、以前間違えて貴族の屋敷の門の方へ向かってしまい騎士に冷たく追い返された事実があったため、町の門の兵士も同じじゃないかと疑い警戒していた。
当時は本当に死にかけていたので、その苦い記憶が町の兵士たちにも向いてしまった。
あの頃を知る、もうそろそろ引退を迎える兵士のおじいさんはあの頃を懐かしんで、今との違いに微笑ましくなった。
そんなことを思われてるとはつゆ知らず。
今日、初めて狩りをするクリスは上手くいくかどうかで頭がいっぱいだった。
失敗しても逃げればいいとみんなにもクレアにも言われた。
「クリス君。
・・・どうしても自分で戦いたいのね?」
「うん。
こればっかりはクレアさんのにも譲れない」
「・・・・ふぅ。
んもう、クリス君ったら、ホントこのことには頑固ね。
あと、いつも言ってるじゃないクレアおねえちゃんでいいって」
「・・・いや、それは」
「どうしてクリス君はそこも頑固なのかしら・・・」
「それは別に」
「?」
「あっ、いや何でもない。
それじゃあ、行ってくるね」
「ん~。
さすがに3歳の子供を一人で行かせるのは怖いけど・・・クリス君はとてもしっかりしてるし・・。
うん、わかったわ。
気を付けて行ってね?
それと、絶対に無茶はしないでね?
危なくなったら逃げること。
いい?お姉ちゃんとの約束よ?」
「うん、わかったよ」
「HPが無くなったら、必ず逃げるのよ?」
「りょうーかーい!」
「無茶しただめだからねー」
最後のあたりから町に向かって駆け出したクリスに念を押すように掛けるクレアだった。
HPが無くなったら逃げるように。
これはどういう事かというと、ゲームのHPの場合は大体が死亡なのに対して、この世界のHPとは一種の保護膜である。
例えHPが0になろうと死ぬわけではない。
体、精神を含む魂にどうやら保護する守りが入っているのだという、クレア曰く。
だから、心臓に刺されても命が失うことはなく、血は出ても、その幕が心臓の機能の補助に働きある程度、鼓動を維持してくれるらしい。
保護膜、超便利!
まあ、そうだよな、そこまで強くない攻撃で1ダメージを喰らって、俺のように最初から異常に少ない(と思われる)HPだとすぐに死ぬことになるだろうし。
そういう意味では当然かもしれない。
だから、HPが残っている限り生存率は地球にいたころよりも高くなると考えられる。
骨折はしても、痛みは出るし、症状自体がなくなるわけではないが。
それでも``死``には繋がらないらしい。
ただし、まあ当然、例外もある。
首を跳ね飛ばされたり、原形がなくなるような圧死とか、心臓が丸々なくなるほどの風穴があいたりした場合は助からないらしい。
例えHPが高くても関係ないはない。
当然か。
しかしこれにも例外があり、何らかのスキル、あるいは称号のようなもので守られていたりすれば、どういう偶然に判断されるのか致命的なダメージを喰らっても、生き残るらしい。
それに該当しやすいのが、勇者。
勇者という存在はこの世界にもいて、英雄とは別に存在するもの。
勇者はホントにいろいろと派生しているらしく、生まれ持って称号を持ってる者、スキルにそれじゃないかと考えられるものを所持している者、勇者にしか扱えないものを使える者、この世界にいるとされる妖精たちに選ばれた者、国の王が認めて成ったもの、教会が認めた者とまあキリがない。
とにかく、そんな都合に恵まれた者は何故か助かるらしい。
とまあ、勇者の話はこれぐらいにして。
HPが生き残るうえでとても使えるものなのは確かだ。
こればかりに頼るってのは危険だが今はあてにしよう。
門を出て、通行人が使う通り道から外れ、草原の森の入り口付近へ向かう。
そして、歩くこと10分くらい。
あたりを見回し、ようやくスライムの幼体、リンスラを見つけた。
「ちょっと助かった。
あ、いやここからが本番だった」
たとえモンスターだとしてもネズミの幼体スモーラットやゴブリンの幼体のココブだとどうしても生き物を殺めてしまうという意識が攻撃をためらってしまうから。
そういう意味では、ザ・異世界という地球では存在しない生きているけど、生き物?に分類されてしまうスライムは精神的にクリス助けていた。
これは、かつて地球で育って平和な日本で生きた元日本人の勝手なエゴの部分があることをクリスはまだ理解していなかった。
しかし、この世界では生きていくうえで、さらに冒険者になるうえで今後もたくさんの命を自分の目的のために殺める覚悟が必要だった。
まだ、その部分の気持ちの整理がクリスは足りなかった。
そして、そのことを少しずつここから実感してくるのであった。
「とうとう来た!
この時が!
この時のためにスリングショットを作ったんだから」
この1ヶ月にクレアやシスター長たちのお願い、お手伝い。
モルド、アーシュの採取、討伐したものを門前でまったりしながら、手伝った報酬としてわずかながらもらったお小遣いで、パドさんの雑貨屋に向かった。
スリングショットの要のゴムや持ち手のグリップ部分、威力を安定してあげるためゴムの部分を2種類、柔らかく伸び縮みの伸縮性が優れているところと硬めでしっかりと強く押し出す部分を厳選して選びパドさんとも話して、木もパドさんの善意で特別にお店であまり使わないものを貰い完成させた、今持てる最高の武器に仕上げたスリングショットだ。
「まだ、向こうは気づいてない」
自然と小声で言葉を発してしまった。
思ったよりまだドキドキしている。
「すぅ~っ・・・〈よし!〉」
手ごろな小石をつまみ、スリングショットの堅いゴムの中へめいいっぱい引き約10メートル先のリンスラに向かって照準を絞った。
「ッ!!」
ビュッ!
3才ではなかなか正確に飛ばせないところを、義手と身体強化を使って、にわか弓構えで狙い撃った。
その石は、リンスラの真ん中にある小さな結晶に当たって砕き、貫通した。
「・・・や、やった」
目の前のリンスラは結晶を失ったためその場で小さな水たまりを残して消えた。
スライムは幼体から生体に、そしてスライムとして進化をし続けると結晶が無くなり、わかりやすい物理的弱点が無くなって、厄介さが跳ね上がってくる。
しかし、今はまだまだ生まれて間もない幼体。
小さな子供でも払えるモンスターだった。
「よし!次!」
スリングショットの確かな手応え、その威力に確信を持ったクリスはさらなるモンスターを探して辺りを散策し始めた。
「うっ、スモーラット・・・とココブ」
辺りを散策しリンスラを4匹さらに狩った後、近くに林からスモーラットがそのさらに後方、林の奥の14メートルぐらい先辺りにココブがこちらに後ろを向いているのを確認した。
「死体では何度も見たが、生きている姿を見ると・・・」
スモーラットはスモールラットの進化前の容体。
大きくても10センチ~15センチまで、これは幼体の中でもオトナ?な部類になる。
名前からスモールラットのほうが小さいと思われたりする、がそれは一部は正解だが、それ以外は違う。
スモールラットは進化したてだとスモーラットのオトナ?に比べると小さいが、大人になってくると優に30センチにまで登るとモルドに教えてもらった。
何が違うのかというと、進化すれば幼いモンスターはそのステータスの成長率が倍くらい違ったりするもので、そのため、幼体の時のようなゆっくりとした戦闘にはならず。
一応、初心者冒険者並みのちゃんとした戦闘意識で挑まないといけない。
そうしないと、手痛い経験と教訓だけが残る。
長く冒険をするベテランになると、それもまた良い経験と、懐かしんだりするが、新人の、それも夢に向かって突っ走っているような若い子には残したくない恥ずかしい経験と考えてしまう。
生きていくことが何よりも大事。
そう思わせられる言葉と、死にかけたクリスは心から共感した。
(・・・そういう意味でいくと、もう初心者冒険者をそろそろ超えるのにアーシュはあの調子で戦っているのか?)
アーシュはある意味大物かもしれないとクリスは思った。
林の奥にこちらに背を向けたココブを見る。
ココブはゴブリンの幼体。
幼体と名付けられているのは、そもそもモンスターの進化は異常なことが多すぎるためである。
人のように少しずつといった成長過程をすっ飛ばして進化することが多々見られるからだそうだ。
そのため、モンスター全体を、進化前、進化後とは別にその中に幼体、成体、兆体、超種とザックリと分けられている。
そして今回のココブ。
見た目はゴブリン=醜い醜態とかのイメージがわくが、この世界は人と同じく十人十色、割と可愛らしい愛嬌のあるような容姿もいるため、まるで人を殺しにかかっている意識に感じられたりする。
そのため最初は、冒険初心者にとってちょっとした、覚悟を持たせ、戦闘に対する意識を根付かせる1つの試練になっていたりする。
ただ、幸いなことにギャギャッ!とかガア--!とか言語を話すわけではないらしい。
しかし、同じ種族同士で指示を飛ばしたりしていることがあったりするため、向こうは伝わる言葉で話しているだけの場合もある。
また、容姿もあくまで愛嬌がある者もいるという程度。
この世界には、姿が似ていると言われる事もあるが、魔物も存在しているので混同しやすいが明確に違いが対峙した時の雰囲気とかでわかるらしい。
魔物の話は置いといて、目の前のココブに意識を向ける。
身長は30センチぐらい。
顔から半分を布で隠し目の部分に丸く穴を開け、上半身裸、腰に簡素な布、手には体の半分もあるだろう、自身の腕より太い木の棒を持っている。
「早いかもしれないがいずれ戦うかもしれないんだ。
俺にとっても心を・・・覚悟を決めるために!」
声は潜めていても鼓舞するように、自分に聞かせ自信を奮い立たせた。
「はあ~~~・・・・すぅ~。
ッ!・・・ッ!」
深く深呼吸して落ち着かせ、まずは近くの手前にいる無警戒のスモーラットを撃つ。
すかさず、さらに、林の奥に居るココブ目掛けて撃った。
「ガギャァッ!・・・グゥ」
「ッ!(仕留めきるには弱かったか)」
頭に大きく石が当たり、紫の出血を出しながらもヨロヨロとその場から逃げようとする。
(迷うな!ここで迷ったら、今後もダメになる!)
クリスは心を鬼にして急ぎ近づき、ココブが落とした木の棒でココブの頭に振り下ろした。
鈍い感触が、頭を潰し砕けた感触が手に伝わった。
「・・・・はぁ~。
これが・・・殺すということ・・・」
無事、スモーラットとココブを倒し安堵した。
クリスは手に残る感触とともに頭に、心に実感として伝わってきた。
これがこの世界で自分が決めて生きるって決めたこと。
そういうことなんだ、と強く感じた瞬間だった。
レベルが上がりました。
非常に簡素に表示された文章を、クリスはただ見つめていた。