5 男っていうか俺はつらいんだよ
次に向かったのは隣にあるお店・・・魔法店だ。
クリスはそのお店で魔法の簡単なレクチャーを受けていた。
魔法店の中は周囲に本が並べられ、真ん中奥のカウンターにスクロール、その隣から左端までが杖やステッキ系、護符のようなものからアクセサリーといったものが並べられていた。
「「「こんにちは」」」
「あら、クリス君たちいらっしゃい」
「こんにちはミミさん」
クリス達の挨拶に、30センチくらいの白黒の猫のミミさんが返事を返した。
見た目がまんま猫の姿で2本の後ろ足で立っている。
猫専用の少しゆったり目の服を着て、これまた専用に帽子をかぶり、小さな眼鏡をかけたこの猫は、この店の店主、レイシーさんの使い魔である。
まあ、ほぼほぼメイドというかレイシーさんの世話係のような状態なんだけど。
「レイシーさんいますか?」
「あらクリス君、また魔法を学びに来たの?」
「はい。
まだ自分の内のマナっていう感覚を掴むのがいまいちで」
「う~ん。
クリス君、魔法の素質がないわけではないんだけど・・・どうしてかしら?」
ミミさんは右手で左肘を支え、左手を頬につけて小首を傾げる。
「そもそもクリスって戦闘に向いてないんじゃない?」
ミィナが、今までクリスの付き合いで魔法店に来た時に見ていた印象からつい、そんな事を思い口に出す。
「え!?いや、それはまだわからないと思うんだけど」
しかし、クリスにとっては思った以上に動揺してしまい驚いてしまう。
「でも、まだマナを感じられないんでしょ?」
「そうだけど・・・」
見かねたロークがすかさずフォローに入る。
「まあまあ。
こういうのは向き不向きってものがあるもんだから」
「その点、ロークはすごいわね!」
「え!」
「だって、私は本のことはわからないけど、いろいろ読んでいくつも魔法が使えるようになったじゃない」
「そ、そうかな」
「だって、もともと風魔法の素質があるからそれはすぐに覚えられたっていうけど・・・。
それだってほんとは覚えたり、使いこなすのに普通はもっと時間がかかるってシスター長たちが言ってたもの。
だから、ロークはやっぱりすごいのよ」
「・・・う、うん。
・・ありがとう」
恥ずかしさをごまかすために前髪をいじったりしながら頬を赤めるローク。
ミィナに言われた純粋な賞賛に落ち着きがなく照れていた。
それをミミさんが微笑ましく見ていた。
まあ、俺もだけど。
「・・・・どうしたの?」
部屋の奥から、クリス達の方へ近づいて来る女性。
先っぽが真ん中から折れ曲がったとんがり帽子をかぶり、暗紫系のマント、中に水色のキャミソールワンピースを着た、見た目が少女のレイシーさんが目をこすりながら現れた。
身長が140センチにギリ足らない(本人は絶対にあると主張)くらいで、きれいなスカイブルーの髪が鎖骨まであり、普段から眠そうな感じでうわ瞼が少し下がっている様に見える。
その瞳からは綺麗なアメジストの目がはっきりと見える。
いつもどこか独特の空気感を纏っているというか、とてもマイペースなのんびりさんだった。
魔法店といえばエルフとか人間とかをイメージするが、体はほっそりとして、どこか・・・というか明らかに13,4才くらいの感じに見えるが、彼女はドワーフだったりする。
「あ!んもう、やっと起きた。
もうお昼はとっくに過ぎてますよ」
「・・・ん。
思ったより面白い本だったから朝まで読んでしまった」
「またなの?
昨日早く寝るように私、声を掛けましたよ?
あの時、適当に返したお返事はそれだったんですね?」
「ん」
「ん、じゃありません。
そもそもこのお店はあなたのお店であって使い魔である私のものではないんです。
お店の店主としてしっかり仕事をしてください」
「・・・ごめんなさい」
もともとマイペースな方なんだけど、今日は寝起きのため一段と声のトーンが低い。
(まだ頭が働いてないな、あれ)
ミミさんの注意もこの数日で何回も見てきたため、もはや通例になっていた。
ゆっくりと頭だけミミに下げた姿勢から戻した後、レイシーはクリス達を見る。
「・・クリス。
今日はどうしたの?」
「あ、この前に教えてもらった自分のうちのマナを感じるのがいまいち掴めなくて」
「この前もそんなこと言ってたね?」
「・・・はい」
それを聞いたレイシーは人差し指を顎に当て天井を向いて首を傾げた。
「うーん、でもおかしい。
クリスはもうマナを感じ取れてるはずだから、少しずつでもそのマナを動かしたりできるはずなんだけど・・・?」
「やっぱりクリスにはそういうのは早かったんじゃない?」
「いやそんなことない・・・と思うんだけど」
ミィナの指摘に尻すぼみになっていく。
「(ないとは思いたくはない。
だって、MPがあるんだしそれで使えないんじゃ何のためのMPなんだか・・・)」
落ち込んでいくクリスを見たミミがレイシーに。
「レイシーさんの教え方が悪かったんじゃありません?」
「そんなことはない。
簡単な基礎のことだからそんな専門的なことは話してない」
「・・・そういって、気づいたらステップを何段も飛ばして魔法を発動した部分を説明したんじゃないですか?」
「心外。
そんなことは・・・・・・しない」
「いま間があったのは何ですか?」
一応レイシーさんから体内のマナについては教えてもらっていた。
といっても、説明されたことは以前クレアさんに教えてもらった事とほとんど同じ。
一人一人マナは持っていて、それは自然なことだという事。
つまり人間だけではなく世界に当たり前にあるものだということ。
レイシーさんに教えてもらったのは感覚的な事だった。
考えるのではなく感じろ。
そんなことを言われ、そのあとミミさんの軽い詰問の通り、魔法を放って「じゃあ、やってみよう」と言われただけだった。
レイシーさんなりに基礎というか・・・本来は素質が少しでも出れば自然と感覚的にどうすればいいのかが解るらしく、いちいち説明するほうがむしろ難しい部分があるという話らしい。
(これは、地球に住んでいた者だからこその弊害なのか?)
クリスはそんな風に思ってしまった。
(いや、人格は以前と同じだとは思うが、肉体はこの世界の住人なんだから使えるはずなんだが・・・)
どうも俺の場合は何かが違うのかレイシーさんからも回路部分がズレていると言われる。
だからと言って諦めたくはない。
せっかくの魔法のある世界、使いたくなるのが、身につけたくなるのが人ってもんだろう。
と、いうことでもう一度レイシーさんに見てもらおうとこの魔法店に来ていた。
「しかし、困った。
もうこれ以上クリスにマナの感覚を教える基礎の話はない。
それに・・・もしかしたらクリスはマナによる身体強化がメインになっている可能性がある」
「マナによる身体強化?」
「マナとは精神であるのと同時にエネルギーも多少は関係してることはわかる?」
「はい。
孤児院のシスターに教えてもらいました」
「ん。
あくまで精神力とエネルギーを使う・・・けどその過程で生命が使われるかもという仮説。
それは一説だけで、普段から生命を削ってたら人の寿命なんてあっという間に無くなってしまう」
「はい」
「だから、使える量自体が、その時点の状態に重きを置かれるのが普通。
MPはあくまでその目安、それ以上のマナを使って亡くなるということ自体が・・・ごく稀。
普段はMPが無くなると、その時点で脱力状態が強く出て魔法が発動することはない。
それがこの世界の摂理」
「・・・」
「もし、クリスが魔法をうまく使えないのなら魔法を行使できない理由、もしくは別のことにMPが今は使われていると考えるのが普通」
「それが身体強化」
「ん」
「ねえ、レイシーさん。
しんたいきょうかって何?」
話の内容で気になったワードを聞くミィナ。
「言葉通り、体を強くすること」
「?」
「はぁ・・・レイシーさん。
それじゃそのまますぎてミィナちゃん達には解りませんわ」
「?」
なぜ?と本気で思っているレイシー。
自分の興味があることが優先されるレイシーさんらしく、どうでもいいことには大雑把になるところがある。
今回がまさにそうでミミさんが補足して教えてくれた。
「身体強化とは・・・先ほどレイシーさんがおっしゃったように自分自身の肉体を強くするものですわ。
肉体を強化すれば普段の力が一時的に向上、力が強くなったり速く走れたり、体が頑丈になったりするのですわ。
身体強化に向いているのは、戦士職のような接近戦のタイプには必要な能力の一部でして。
一定のランク、レベルに達した冒険者の方々が使えば2~5倍は強くなれるのですわ。
そして、使いこなし極めた人は10倍以上の能力にまで昇るといわれています」
「「「へ~」」」
感心するクリス達。
しかし、果たしてクリス以外がどの程度理解できているのかは不明。
続けてミミが指を1本立てて説明を続ける。
「ただし、使うためにはMPやステータスには表記されない気力・・・また人によっては体力を代償にして強化するといわれています。
能力の上げ幅によって消耗量のスピードが段違いになりますが・・・。
それでも使いこなすと接近戦の戦いにとっては、``これほど大きな助けになるものはない``なんて言われるほどのものなんですわ。
そして・・・なんとこの能力、マナと同じくらいこの世界に生きるものは自然と持っていたりするものですわ。
スキルとして明確に身に着けたことがステータスに表れていれば、ない時よりもハッキリとその力の凄さが実感できるのですが・・・。
だからといって身体強化は何もMPが多くなくても使えるものなので、皆さん知らず知らずに何らかの行動時に使っていたりするものなのですよ」
「「「へ~」」」
「ん」
これが常識らしい。
クリス達は感心し、レイシーは当然と頷いていた。
「クリス君にお聞きしたいのですが・・・?
ここ最近、何か行動しているとすぐに疲れが出たりなんてありませんか?」
「え?」
「あ!そういえば、クリスいつもちょっと歩いたりするだけで``疲れた疲れた``って言ってなかった?」
「いや、それはミィナやアーシュ達が案内したり``あそこ行こう!、ここ行こう!``とか言って無理やり連れて行こうとするからだよ。
少し前まで松葉杖で生活してて、ついこの間まで、義手とかじゃなかったんだから」
「いや、それでもよく疲れたって言ってるの僕も聞いたよ?
どこかに出かける前の朝とかに」
ミィナ、ロークが思い出したのかクリスの行動をレイシー達に告げる。
「あ、いや、あれはいろいろと疲れがたまって」
「その年で疲れがたまるってどんな生活してるの君?
まだ3才くらいだよね?」
若干呆れてしまうレイシー。
「・・・そうなんだけど・・・」
説明しても信じてもらえないため、クリスはそれ以上の事を言えなかった。
しかし、そんな話を聞いていたミミは合点がいったのか指を鳴らしてクリスを指差した。
「もしかしたら、クリス君は最近、身体強化が出始めたのかもしれませんね。
おそらくスキルとまではいきませんがその能力で生活の補助機能として働いているのかもしれませんわ」
「「「あ~~~」」」
「え?」
ミミさんの推測にクリス以外の3人が納得。
「今はまだ能力が出てきたばかりで体とマナがうまくかみ合わず使えていないのが原因なんだと思いますわ。
だから、それが魔法の基礎のマナの感知にも影響しているんでしょう」
「・・・なるほど」
レイシーがクリスを見ながら納得していた。
「じゃあ、今はクリスに魔法は無理ってことね?」
「ん・・・今の段階では、無理」
「そう・・なのかぁ」
「ははは、まあクリス、落ち込まないでそれも今だけだから」
「・・・ん~」
「あきらめなさいクリス」
まだ納得のいかないクリスに切り替えるよう話すミィナ。
「しかし、クリス君?
ものは考えようですよ?
今、身体強化が自然と出て疲れが表れているのなら・・」
「あ!そうか・・・。
そこからマナの流れを感じたら・・・」
「はい。
魔法は使えませんが基礎は掴めるかもしれませんよ?」
「おおー!」
こちらからしたら異世界人にあたるクリスは・・・この世界で生きていくのは難しいと突き付けられていたが・・・怪我の功名、と言えるのか。
自分のハンディが・・・まさかの可能性を見いだすカギになった事で、やる気が燃えだす。
「頑張ってください。
そこから先はあなたのやり方次第ですから」
「はい!ありがとうございます!」
目を細め笑顔で返すミミ。
クリスはとてもいい笑顔で返すのだった。
その後、レイシー達に礼を言ってクリス達は魔法店を去って行った。
「まったく、あの子くらい元気に色んな事に興味を持って行動してくれたら・・・」
そう言いながら主であるレイシーを見るミミ。
それにレイシーは目を逸らし。
「無理。私は私が興味が持ったものだけに全力を注いで生きていたい」
「・・・。
はぁ~、そんなことで、どうやって生きていくんですか。
生きていくのは何かといるんですよ?」
「・・・そこはミミを信じてる」
「・・・はぁ。
私の主はあなたですからそうしますが・・・ご自分のお店なので進んで仕事はしてくださいね?」
「・・・善処します」
「それ、やらない人のいいわけですよね?」
「・・・・・・・」
魔法店の日常はこうして過ぎていく。