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転と閃のアイデンティティー  作者: あさくら 正篤
468/470

463 仄暗い影と輝きだす希望

 ズォンズォンズォン、バキンバキン、カンカン、キンガンガン・・・!!


 食堂での戦闘は激しさを増していた。


 懐に踏み込んでの斬り上げに、回転斬り、飛び出しての突きを磯部は弾き、切り返す。すると鹿熊も負けじと軌道の読みにくいしなやかで変幻自在の動きで切り込んでいく。何とか剣の腹で受け流し、踏み込んで斬り上げ、振り下ろし、斬り払いと3連撃を繰り出した。大きく飛び退る鹿熊。両者の実力は拮抗していた。


「何だ、そのダガーっ?」「はは、イカしてんだろ? お前を血まみれにしてやる最高の武器だよっ・・・!」


 ヒートアップした鹿熊のUの字ナイフが変化。刃の部分が両刃へと形を変え、まるで主の意図を理解するかの如く、切っ先がブレる様な揺らめく動きを始める。


「魔剣かっ」「はっ♪ 知ってんじゃねーか。ならこいつはどうだっ・・・?!」「!」


 前傾姿勢から更に腕を下げ、硬質タイルをひっかき火花を散らしながら飛び込んでくる鹿熊。警戒していた磯部の数メートル手前で振り上げると、いくつかの黒い影が放射状に広がり、立体へと姿を現した。バウンドしたそれはボールから犬のような獣の形へと変化、磯部へと襲い掛かってくる。


「(スラストレンジ・・・!)」


 魔力を膨れ上がらせた磯部が、獣へ向かって高速で横切りからの斬り上げという十字斬りを繰り出す。すると目の前に出現した剣の衝撃波が重なり、宙に幾重もの斬撃がカマイタチの様に変化し切り裂く。黒い獣が斬撃を真正面から受け止め、霧散した。その途端、微かに右後方から嫌な予感を感じで振りかぶると・・・ガィン、というぶつかり合う音がして鹿熊が大きく後方へと下がった。


「ひゅ~♪ なんだ、思った以上にやるじゃん。地下に居たクソ共、違ってお利口に鍛えてたってかっ?」「・・・そうやって、他人を小馬鹿にして見下す事しか出来ないのか・・・お前は」「出来ねえなっ・・・! ビビッて抵抗してこねえ奴が悪ぃんだよ。テメエみてえになっ・・・」「・・・否定はしない。だがそれは、傷つけていい理由にはならない。お前は自分の不満を晴らしたいだけだろ」「当たり前だろうがっ! それのどこが悪い・・・!」


 ブォンブォン、カンカン、ガキンドゴン・・・! ガゴン・・・! カキン、カン、カキン・・・!!


「いい加減にしなさいあなた達っ・・・! 自分達が本当に何をやってるのか理解しているの・・・?!」「うっるせ~な。分かってるから、やってんだろうがよっ・・・! 後でその口も含めて、オレがたっぷりと塞いでやるから、大人しくやられろよ!」「!」


 伸びてくる谷川の手甲付きクローを双剣で受け流す志保。しかしまだ、彼女の中に微かに迷いが生じているのか、動きが僅かに鈍かった。結果、クローによる攻撃を避けるが、着ていた防具と服が少し裂けてしまった。


「お~♪ なんだよ結構、着やせするタイプかよ。早く喰っとけばよかったぜ❤」「死んでもお断りよ」


 破けた箇所から見えるブラと大きな胸に興奮する谷川に気持ち悪さを感じながら、志保は強引に防具の余っていた部分の布を挟むことで隠す。


「んだよ~。もっと見せてくれたっていいのによ~。何なら、今度はスカート・・・いやパンツも剥いちゃおうぜ♪?」「本当、何も変わらないわね」「はぁ? あっちと違って、こっちじゃ強ければ向こうから喜んですり寄ってくるぜ? サツなんていねえし、こんな古臭い世界っ・・・楽しまなきゃ、馬鹿だろ・・・! オレの武勇伝も含めて、ちゃんと子孫を後世に残してやらねえとなぁっ・・・!」「・・・。(ここまでなんて・・・)」「何だ? ようやく、ちょっとは理解してくれたのかよ・・・? まあ、アイツ(鹿熊)と違って、オレはお前は割と好きだぜ? ホントマジで。・・・あのくそ真面目な奴やマークしてたサツとかのせいで全然出来なかったけどよ~。今ならお前をやりたい放題っ・・・❤!!」「っ・・・」


 歯茎を見せて満面の笑みを見せる谷川。発せられた言葉と姿に、遠くで見守っていた姫やクラスメイトを含めた女性陣が気持ち悪さに身を震わせる。俯き震える志保の姿は谷川にとっては嗜虐心を煽られる、まさに格好の獲物にしか映らなかった。


「っ・・・」「なんだよ? 諦めるん早くない? (サッサと諦めろよ。堪能させろって・・・♪)」


 頭からつま先までじっくりと嘗め回すように谷川。脳内麻薬が滾って来そうな志保の姿に、男の本能が今にも爆発してしまいそうだった。必死に抑えているのは、日本にいた頃に得た経験を基にしているからだった。確実に、美味しく、堪能して頂ける状況へと、我慢しているに過ぎなかった。己が欲望を存分に満たすための重要なプロセスだった。そしてそこから得られる快感こそが・・・自分を最高の頂へと昇らせてくれることを谷川は気付いていた。


「さあさあ。どうする?(諦めろ、楽しませろ、襲わせろよ・・・!)」


 ジリジリと間合いを計り、今にも飛び掛かり挑発を見せて志保の動きを観察する。すると・・・。「?」震えていた志保の動きが止まった。そしてゆっくりとため息を吐いた。


「(もう、とっくにダメだったのね)」「およ?」


 キッと意志を持った強い目つきをへと変わる志保。ゆっくりと長めに息を吐き、双剣の柄を強く握り直す。変化した彼女に少し驚いた表情を見せる谷川を置いて、魔力がユラユラと体の外へと溢れ出していく。


「どこかで変わると思ってた」「?」「(2人は言ってたけど・・・どこかで手を取り合えるんじゃないかって思ってた)」


 ある日の深夜、渡されたアイテムとこの世界の情報。そして・・・ゲーム知識。教えてくれた2人の友達に志保は迷いを見せていた。呆れていても、最低だと思っていても・・・。どこかで彼等は・・・反省してくれるんじゃないかと・・・。改めて手を取り合って、この世界を救う事が出来るんじゃないかと、一縷の希望を望んでいた。しかし結果は・・・。


「大丈夫かっ」「!」


 志保の下へ一緒に冒険に出掛けていた男子達が駆け寄ってくる。ギョッとした谷川は来た方角を目で追った。するとそこではボロボロになり、他のクラスメイト達に追い詰められている野田と清水の姿があった。「どけよ雑魚が!」「調子乗ってんじゃねえぞ!」と喚き散らしているが負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。冒険者として経験を着実に積み始めていたクラスメイト達はそんな事では脅しにならずジリジリと無言の圧で追い詰めていっていた。


「っ!」


 正面にいる志保達を確認し、形勢が一瞬にして不利になったと頭の中で過ぎる。相手に気付かせないようにチラリと鹿熊達の様子を窺うと・・・そこではまだ笑っている仲間と戦っている磯部の姿があった。自分から進んで楽しく斬り込んでいる鹿熊は余裕そうに見えるが、谷川からすれば明らかに不利にしか映らなかった。何故なら攻撃を受けているはずの磯部の立ち回りがどんどんと良くなっていたからだった。攻撃を誘い、ミスを誘発させ着実なダメージを与えていた。興奮もあってか軽傷だという事を過小しているのか鹿熊は、動きが鈍くなっている事に気付いていない。どうする?と時間の問題に自分の身の保険を考え始めて谷川だったが・・・時間切れだった。


「うん、私は大丈夫」「(!)」「ただちょっと・・・私の覚悟が、甘かっただけだから」


 ユラユラと体から波紋の様に志保が魔力を放出する。それだけで谷川は何故か脂汗が止まらず、周囲を高速で視線を動かし脱出経路を探し始めた。


「無理だから」「!」


 しかし、その視線と行動心理を読まれた志保から冷たく告げられ、一気に頭に血が上る。


「いい気になるなよ雑魚がよっ! お前みたいな奴はいつでも好きにできんだよっ! 真面目ぶってんじゃねえぞクソが!!」「・・・」


 冷めた様な目が谷川を突き刺す。それは志保だけじゃなく周囲にいる者達からも注がれた。だが、その責められている様な白い目も谷川には自分がやった行いの結果だとは思っていなかった。


「(どいつもこいつも馬鹿にしてんじゃねえぞ。殺してやる。こんな世界知った事か! 絶対、殺してやる・・・!)」


 込み上げる怒りと黒い感情に反応し谷川の魔力が体から沼の様にボコボコと溢れる。「「「!」」」驚くクラスメイト達を置いて、志保はただ静かに見ていた。


「お前が・・・。テメエみたいな・・・クソが・・・ミクダシテンジャネエーーーーーーッ・・・!!!!」


 叫びと共に噴き出した粘土質の高い魔力は谷川を包み、体へと張り付きコーティングしていく。


「あ゛? !!」「(何だ・・・?!)」


 突然感じた魔力と生ぬるい突風に鹿熊と磯部も思わず止まり、変化していく谷川に驚愕する。


「ゴミガッ・・・。イツモ、イツモイツモイツモイツモッ・・・! ウットウシインダヨーーー!!」「「「きゃあああっ!!」」」


 弾けるように爆発した魔力の衝撃波に見守っていた者達が悲鳴を上げる。


「これはマズい、今すぐ止めなくちゃ──」「大丈夫」「「!」」「私に任せて」「・・・そんな、でもっ・・・!」「大丈夫だから」「「・・・」」


 止めようとしたクラスメイトを遮り、振り返った志保。その言葉と柔らかく微笑んだ表情に加勢しようとした男子達は黙って、少し後ろへと下がる。「磯部君!」「!」呼ばれた彼と鹿熊は我に返り、戦闘中だった事を思い出す。両者、後ろへと下がり間合いを計っている所へ志保の言葉は続く。


「私、決めたからっ・・・。だから、あなたも自信を持ってっ・・・」「ぁ゛?」


 理解できない鹿熊は訝しむが、正面を向き直った磯部は正眼に構え一呼吸すると噴き出す様に半透明な白い魔力を吹き上がらせて答えた。


「ああっ!」「!」


 たった一言。力強く頷きと共に溢れ出した魔力に鹿熊の警戒心が最大限に上がる。


「何だよ、お前・・・。手加減してたってか?」


 鹿熊は気付かない。それは本人の内にある望みが入っていた事を・・・。それに対して、磯部は首を横に振って答える。


「そんなつもりはなかった。ただ・・・無意識に僕も、同じ学校に通うクラスメイトであるお前達を止める為に、どこかで迷っていたのかもしれない」「ハッ、嘘ついてんじゃねえよ。本気で焦ってたくせによ」「傷つけるのが怖かった・・・。おそらく隊長も・・・お前達を止めようと、考えてしまっていたんだ。自分が怪我しようとも」「バッカじゃねーの? あれは弱かっただけだっての。負けを認めたくねーとか、無駄なプライドだっせー♪」「本気で止めるという事はっ・・・。最悪・・・お前達を殺す事になるからだ」「・・・」


 余裕を見せて笑っていた鹿熊から表情が消えていく。


「最初の方は何があったのかは知らない。ただ、これだけは言える。もしあの場で、お前達が姫様や皆にあれ以上危害を加える様な事があった場合。それはどちらにも大きな被害・・・死者を出す最悪の結果になっていたからだ。感情や欲望だけで動いているお前達とは違って、隊長も皆も周りや状況を考えて抑えていたんだ。命の重さを、理解しているからだっ」「・・・。うっざ」


 無表情に変わり、ただ自分の思った事を口にした鹿熊。それは相手に何の思いやりも何もない彼の1つの本心だった。その瞬間、磯部の中でも同時に鹿熊達に対する思いやりの一部が覚めていった。残念に思う。だが・・・同情してやる事は出来なかった。


「そうか・・・」「・・・」


 もはや会話は無意味。ピリピリと両者の間で張り詰めた空気が空間を支配していく。


「私も・・・あなたを倒すから。恨みは受け取ってあげる・・・」「ウゼェウゼェウゼェ・・・。ハアアアアアアウゼエエエエエエエエエ・・・・・・!!」「「「うっ・・・!」」」


 双剣をクロスする様に構えて重心を下げた志保。かきむしる様な仕草をした谷川は、その感情を表す様に濁った黒い髑髏の仮面とフルプレートを着込んでいた。まるで魂が成仏できていない怨念を纏うかのように苦悶に満ちた表情がいくつも浮かび上がっている。気付いたクラスメイト達が思わず口元を抑えた。


「シネヨ。サッサトイネクナレヨ・・・。オマエラモ、コンナセカイモッ・・・! トットトツブレロヨーーーーーッッッ・・・!!」


 湧き出した谷川の感情と魔力の波紋に、鹿熊も歪んだ笑みを浮かべた。その目が魔力に反映されてか怪しく濁った黄色へと輝く。そんな2人の変貌を志保と磯部は黙って構えたまま見ていた。



「(あれは・・・!!)」


 食堂入口の端から顔だけ覗かせていた宰相は驚き目を見開いた。一瞬だけ思わず歓喜したくなったが注目が少年少女達にあるとはいえ周囲の目を気にして自制する。それでも収まらぬ感情を必死に脳内で分析して落ち着かせる。


「(まさか・・・転移時に既に目星を? 何という思慮深さ。そして何たる失態・・・! 気付けなかったのがこんなに惜しまれるとは・・・!)」


 ギリギリと壁を掴む手が軋むほどに強く握られ、後悔する宰相。


「(まさか、私があの方の力に気付けないとは・・・。どうすればこの場を・・・)」


 ギロギロと気付かれないように周囲を注意深く見回すが、助けられるチャンスが無かった。ここで彼等を止められる者は限られ、使いを動かすのは悪手にしかならないと分かる。権力を以てしても、この場での最良の望ましい結果は導き出せないと気付いてしまう。寧ろ、今後を考えれば一気に不利になりかねない状況は避けるしかなかった。だからこそより一層、宰相の後悔が強くなる。


「(あいつ等め・・・。一体どのような対応をガキ共にしたのだ・・・)」


 手が真っ白になるくらい握り悔しがる宰相を知る者は誰もいない。



 そうした外野の心配や思惑を置き去りに、事態は急速に終焉へと向かう。


「「死ねやぁっ・・・!!」」


 飛び出し鹿熊と谷川が叫んだのは同時だった。単調で読みやすい。がそれゆえに、シンプルで最大限の力を発揮できる魔力を使った突撃からの突き出しだった。それに対し奇しくも磯部、志保ペアも小さく息を吐いて相手を見据えた。


「アルバウントツヴァイ」「ピクシブアクセレイト」


 細く伸びる濁った怪しい魔力の直線に白く発光した魔力と淡い緑の魔力が優しく包み込むように掬い上げる。


「「がっ・・・!」」


 鹿熊のナイフと魔力を半歩下がりながらの回転斬り上げで往なし、そこから振り下ろしと横回転斬りですり抜ける磯部。突き出した谷川のクローを上から叩きつける様にして剣で流し、振り上げてきた反対の手は更に下から掬い上げる様にして逸らすと同時に踏み込み懐へと滑り込む志保。前を向いたままの谷川の下から鳥が羽ばたく様に錐揉み回転しながら前方へと斬り上げて跳び上がった。

 何が起きたのか理解できないまま、鹿熊と谷川は斬られ、口から血を吐き白目を向いたまま滑るようにして床を転がるのだった。


「「「・・・」」」


 目の前で起きた事が理解できない者が多くいる中、磯部はゆっくりと息を吐き残心を解き、志保はまるで重力を無視したようにゆっくりと着地した。


 数秒後、大歓声が上がった。


 何が起こったのかはほとんどの者達には分かっていないようだが、これで決着が付いたという事だけは確信できたようだった。疲れて僅かにグラつく磯部と志保にクラスメイト達が駆け寄っていく。


「は? え? 嘘だろ?」「どうなってるんだよ・・・?」


 半分意識が飛んでいた野田と清水は倒れた仲間2人に呆然としてしまう。しかしまだ状況が飲み込めていなくとも周りはそういう訳にはならなかった。笑みを浮かべ見てくるクラスメイト達に2人の男は顔を引きつらせ、ゆっくりと迫ってくる影の大きさにビビっていた。叩きのめされたのは言うまでも無かった。



 その後・・・事態を重く見た王族達は鹿熊達の処遇についての議題に頭を悩ませていた。王家に刃を向けた者達へ即刻の処刑を望む声もあった。呼び出したこちらの勝手もあり、最低限の恩情を与えてはという情状酌量を求める声もあった。貴族達からの意見に悩ませていた王は直接被害に遭った娘と兵士。そして・・・磯部達の気持ちを確認した。その結果・・・。


「先の騒動の4人は禁固刑と処す。再び問題が起こらぬように魔力の抑制と首輪は、世、自らが監視の下、護衛に行わせ交代制による管理下に置く。特別製の魔力牢獄だ。脱出する事は出来ぬであろう・・・」「「「・・・」」」


 甘いという意見をグッと飲み、貴族達は引き下がったのだった。


 ・・・・・・


 そうして現在・・・。宰相でも助け出すことが出来ず、ただ無駄に失敗に終わった騒動。あまつさえせっかくの貴重な人材を失うばかりか発言権も危ぶまれてしまう状況に立たされる結果になり、宰相は怒りが抑えられずにいた。


「重要な逸材を無駄に浪費し、私にまで被害を及ぼすとは・・・。貴様っ、目を掛けた結果がこの仕打ちか・・・!」「誠にっ、誠に申し訳ございません・・・!」「出ていけ。貴様の顔など見たくもない」「そ、それだけはっ・・・!」「貴様の事情など知った事かっ。早くこの役立たずを摘まみ出せっ。静かにだ・・・!」「お待ちを、宰相閣下っ・・・。 どうかご再考をっ。どうか、どうか私にもういち、ぐほぅっ──」


 宰相の指示に使いは貴族の両腕を掴み、無理矢理体を起こし上げる。震える体で請う貴族に魔力を込めたボディブローを叩き込み、沈黙させると一礼してズルズルと部屋の外へと連れ出していくのだった。再び沈黙が訪れ、いくらか怒りが消えていくのを感じる宰相。遠くから微かに聞こえる楽し気な声に忌々しさを想いつつも宰相もまた部屋を出て行ったのであった。


 ・・・・・・


「っと、ハッ・・・! フン・・・!」「ぎゃ」「ギィッ」


 ブンブンと魔王と言う名に相応しい禍々しい大剣を片手で振り回すゲウルク。目の無い流線的な獣を一刀。返す手で怪しく光るオラウータンっぽいモンスターを屠った。


 ディハリアの庭と呼ばれる遺跡の地下に入り数時間。中は洞窟と人の手が入ったであろう通路が半々の中をずっと下りて来ていた。特殊な魔法による松明なのか明るく照らす部屋の中をゲウルクを始め、熊とヒョウが縦横無尽に駆け回っていた。


「ガウッ!」「くぁ~♪」「ぐぁ~」


 ヒョウによる切り裂きに熊によるタックルで周囲にいる襲い掛かってきたモンスターを掃討していく。ブリキのような見た目の中身がよく分からない軟体生物。マナによって毛をうねらせたイノシシやウリ坊を問答無用でなぎ倒していったのだった。


〔鎧袖一触ですね〕【おお~。みんな強い】「(ラクで助かる)」「一人だけラクするのはズルくないか?」「いや、そんな事ないけど?」


 戦闘中でもゲウルクの目は誤魔化されなかった。適当にギノはマナで隠れ潜んで襲撃しようとしていたモンスターを弓を番えて射る。「ゲ」「ギャ」と小さな断末魔を上げて頭や首が無くなった、人型をした何かが転がった。


「一応、戦ってはいますよ?」「・・・」


 どうしても疑わしいのか目を細めてギノを見るゲウルク。地下へ深く潜るにつれてモンスターのステータスが強くなり、一回の襲撃数も戦闘に掛かる時間も増えて来た事でゲウルクは集中力が切れてきたようだった。戦闘を終えた熊達とヒョウがギノ達の下へと戻ってくる。


「これくらいの数、魔王なら雑務とかで慣れていたりするものでは?」「ふん。私は必要なこと以外は全部、部下に任せている。そうやって国を回せているのだから、問題あるまい」「・・・」〔いっそ清々しいクズですね〕


 腕を組んで堂々とする姿にヒョウは喜んでいるようだが、聞いている限り部下の苦労が偲ばれる思いだった。


「よくそれで、堂々と」「これも日頃の賜物だ。王と言うのはその立ち振る舞いから、既に見られているのだからな」「あ~」〔あ~〕「ちょっと待て。その反応はオカシイだろ。明らかに私がダメなモノと──」「〔あ~〕」「ちょっと待て。まずはその誤解から解きたいのだがっ・・・?!」


 何度も相槌を打ちながらギノは熊達を引き連れて、呼び止めようとするゲウルクを無視して先へ進むのだった。


 ・・・・・・


 更に地下へと潜り数時間。一定の階層によってまるでステージが変化したかのように明かりがLEDのような明かりから赤い蛍光ランプのような光へと変化していた。


〔赤い色は時間間隔を加速させると聞きますね〕「(あと少し短気になるとか攻撃性が増すとか・・・)」〔フム。この場合・・・もしかするとゲームで言う所の``バフ``というモノが掛かっている状態なのかもしれませんね〕「(ん? リアルに?)」〔はい。マジに、です〕


 周囲を見回し味方に変化がないか状況確認するが・・・。


「ん?」「くぁ~zzz くぁ~zzz」


 ゲウルクは時折、音がした方を注意深く見て、問題ないと先々進み。子熊は親熊の背で爆睡をかましていた。熊もヒョウも特に興奮状態になっている様子もなく、こうなると相棒の言葉が疑わしくなってしまう。


〔・・・本来なら、多少影響はしそうなモノですが・・・〕「(本当にあるの?)」〔まあ、そう思うのが普通でしょう。とりあえず少しだけマナの出力を上げてください〕「? ・・・(あ)」〔ね? 言った通りでしょう?〕


 少しだけ鋭敏にさせる為に出力を上げたギノは、確かにサポートの言う通り微かに何かを浴びせられている感覚がある事に気付く。正直、微弱過ぎて受けている感覚すら分からないほどだった。


【マスターには効かないけど。他の皆はどうして?】〔単純に耐性があるのか、この地形のマナを弾いているのかもしれません〕「(弾く?)」〔似て非なる性質です。分かりやすく言えば、これには悪意が入っています〕「・・・。(魔王なのに効かないのか・・・)」〔あ~、そうですね~〕「む? 何やら不快な気配・・・」【マスター達の気配は感じてるっぽいね】〔く、無駄に器用ですね〕


 キョロキョロと辺りを見回す魔王に、サポートは自分のマナコントロールの自信を脅かされていると感じ対抗意識を燃やす。


「(負と言えばいいのか、その手の気配とかに反応しやすいんだな)」〔んー・・・。それでしたらもう少しこの地下ダンジョンらしきものの攻略にも役立てると思うのですが・・・〕【自分に対してだけ反応がいいとか?】〔・・・とても世間体を気にするタイプとは思えないのですが・・・〕「何だ? またか?」「(どうやらその辺りは一応、王様って事らしいな)」〔く、まだまだ私の技術が未熟だという事ですか・・・。いいでしょう、ここは``仮に``負けを認めてあげましょう〕


 悔しそうであり、どこか楽しそうにも感じる相棒にギノは苦笑しながら先を進むのだった。


 ・・・・・・


 赤い空間の階層を抜けてから螺旋階段を下りていくと、色は徐々に深緑と濁った黄色へと明かりが変更されていく。何とも怪しさ満点で濃煙なマナの密度に、いよいよギノ達も核心に迫る気配を感じ取っていた。それはゲウルクはもちろん熊達も感じ取っていた。一番下まで辿り着くと、数人ほどが横並びでも十分な通路へと出た。縦も横も広い通路はおよそ100メートルほど真っ直ぐに伸びていた。出口から見える景色を見たゲウルクは、そのあまりに巨大な空洞に呆気に取られた。


「何なのだここは・・・? ・・・これが、歴史の・・・城なのか・・・?」


 出口から薄っすらと遠くに見えていた建物。それはまるで壁をくり抜き、後から嵌め込んだかのように城が存在していた。空洞だけでおそらくそこらの町が1つ分は入りそうな空間だった。そこへ半分以上も占めるほどの敷地を城が支配して建てられている様だった。壮大なスケールの建築だった。一体何の為にこんなモノが存在しているのかまるで分からなかった。その時・・・。


〔ギノ〕「?」【人だ・・・】


 相棒たちの反応に、ギノは視線を下へと向けた。すると、数十メートルほどの下の城への道に通じる道路からこちらに向かって駆けている者がいた。その後ろには何やら大型の人や翼の生えた大ヘビなどが追いかけている様だった。


「魔王様、どうやら緊急事態みたいですよ」「何? !」


 ギノの視線に気付いたゲウルクが走って逃げている気付き、異空間から大剣を召喚した。


「援護しますので、救助を」「了解した。行くぞ。お前達、付いて来い・・・!」「ガウッ」「「くぁ~」」


 出口脇に折り返し階段があるのにも関わらず、ゲウルクとヒョウ、熊達は途中途中にある段差を使って、崖からダイブする様に下りていった。


〔どうやら魔王も含めて、ここに来るまでのモンスターで相当レベルアップしたようですね〕「羨ましい限りだね~」【大丈夫。マスターも強くなってるよ】「そう言ってくれると、少しは助かるよ」〔それではギノ、モンスターの数もありますので弓でのアレをやってみましょう〕「こういう時にしか出来なさそうだな」


 ゲウルク達が降り立ち、逃げている人と合流するまでにはまだ1分以上は掛かる。それを見越してギノはゆっくりと弓を斜め上へと掲げ、弦を引き絞った。いつもと少し違うのは弦を摘む手首にマナを集束させている事だった。


〔おそらく数は300はくだらないでしょう〕「どれだけ城の中に隠れ潜んでいたんだか」


 体内からマナが薄っすらと手首へと集まっていく。それは鼓動をギノの手に光の輪っかを作り出した。


〔調整と威力はお任せを。今度こそ、私の実力を発揮してみましょう〕「頼んだ。・・・それじゃあ・・・。(安直だけど・・・)アローレインっと」


 相棒の事を信じて、矢を空高く射ったギノ。それは真っ直ぐに光の軌跡を空洞の照らし飛んでいった。「何?」「何だ?」と逃げている人や予想していなかったゲウルクが明るく照らした空を見上げた瞬間・・・。一筋の光は途端に急降下し、どんどんと加速しながら分裂していった。


「へ?」「はあ゛あ゛あ゛っ!?」


 驚き呆気に取られる人達がいる中で光の矢はさらに加速。まるで意思を持っているかのようにうねり、少女の後方にいた巨大なモンスター群に向けて1本ずつ貫いて行くのだった。「きゃあああっ!!」突然の光の飛来と衝撃に少女は頭を守る様に抱えて、全力で前へと走る。そんな彼女の後ろにいた4,5メートルはくだらないサイズのモンスター達の胸や腹、頭をドスドスと貫通し深々と地面に突き刺さっていく矢。


「おい、ギノふざけるなっ・・・!」


 後方にいるギノに向かって魔王が文句を言っているが、次々と突き刺さる矢の音と倒されていくモンスター達にそれは簡単に掻き消されていくのだった。


 ・・・・・・


「はぁ・・・あぁ・・・。あは・・・あはははは。私・・・生きて゛る゛・・・」「の、ようだな」「ひゃいっ!」


 階段近くの開けた原っぱらしき場所で大の字に寝転んでいた少女は、ゆっくりと歩きながら声を掛けたゲウルクに飛び跳ねた。


「え? ぁっ・・・え? ガルミット?」「(!)・・・ほほぉ~? 私の本名を知っているとは貴様は誰だ?」「(あっ・・・)」


 慌てて口を塞ぐ少女に魔王は背後に黒いモノが見えそうな怖い笑顔で近づいて行くのだった。


 ・・・・・・


〔ほら、今回こそは完璧でしたよ?〕「出来れば地面の穴ぼこは避けられなかったのか?」〔贅沢を言われても困ります。まあ・・・そんなあなたの為に、私も日々、色々と磨いて行きましょう〕


 やる気を漲らせる相棒にちょっとだけ失敗したか?と思いつつも飛び下りて魔王の下へと駆けていく。改めて惨状を見た時、まあ自分でも多少やり過ぎた感が否めないので小言を受け入れようと近づいて行ったのだが・・・。そこには何故か、腕を組んで説教しているかのようなゲウルクと怒られている様な正座をした少女の姿があった。またヒョウは彼女を逃がさないようにとグルグルと周りを巡回しながら少女を警戒。熊の親子は彼女の近くで座り込んで様子を黙って見ていたのだった。


「何事?」「? ああ。少々、込み入った話があったのでな」「・・・」「〔【???】〕」


 理由は分からないが近づいて行ったその時だった。俯いていた彼女がギノの方にバッと顔を持ち上げると大きな声で話しかけた。


「お願いっ! 友達を助けて・・・! 時間が無いの・・・!」「!」「・・・」〔ギノ。この子はおそらく、あの時城にいた・・・〕「(召喚された子か・・・)一体どうしたんですか」「私を逃がすために聡美が1人残ってるの。やっぱり今のレベルであそこは危険だった・・・!」「落ち着いて」


 切羽詰まっていたのか頭を抱え、今にも泣きそうな少女にギノはゲウルクへ視線を送った。ため息を吐いた彼は組んだ腕を解く。それを受けて再び少女へと視線を戻す。


「それは近くですか?」「あの城の中っ。お願い、力を・・・!」「案内しろ」「! ・・・こっち・・・!」


 頷いた少女は立ち上がると同時に先行しようと走りかけたその時・・・。


「少女を乗せろ」「がうっ」「へ? うぉおあああっ・・・!」


 ゲウルクの指示を受け、ヒョウは器用に牙で服を掴むと乱暴に首を動かして少女を強引に自分の背中へと放り投げた。弧を描き落ちて来た少女は驚きつつも必死に装備させられたヒョウの革に掴んだ。


「この方が早い指示を、出してもらおう」「ぇ? あ、うん。分かりました。あっちです。わあああっ・・・!!」


 少女の指差しでヒョウが急加速で駆け出して行く。ゲウルクを始めギノとクマルテも置いて行かれないように駆け出して行くのだった。






 【 ギノ=ラモウリ 164才(21) (十時影 純)】(一時的、改変完了)


 ジョブ: しがない3流狩人 レベル 8 → 11

 体力 :UP↑451 魔力 :UP↑336 攻撃力:UP↑108  防御力:UP↑92                       

                        知力:UP↑53  抵抗力:UP↑139

                         器用:UP↑95 素早さ: UP↑121

                          運:UP↑111


 スキル(魔法):干渉、マナ流儀  水&風&土 レベル 1 → 2

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