462 問題はいつも突然に
バサリ、バサリ!
「・・・」
ダダダッ、ダダダッ、ダダダッ、ダダダッ・・・!
「・・・」
国が違えば生えている木々の種類も違う。緑あふれる国と言うのに違いはないが魔王ゲウルク達と出会った場所は南国の様な長く大きな草やジャングルよろしく蔦やフルーツなどが生成されている場所だった。茶色いサボテンらしきモノや、毒々しい極彩色のバナナっぽいモノ等、なかなか手を伸ばすのに勇気が要りそうなモノが多かった。ギノ(純)にとっては正直、ゲウルクがいてくれたおかげで食べられる食材が増えて大助かりではあるのだが・・・。
ダダダッ、ダダダッ、ダダダッ、ダダダッ・・・。
「一緒に乗る必要、なくね?」「何を言うか、クマルテに乗るのは私の義務だ・・・!」
親熊に背に一緒に乗る魔王にギノはこれで何度目になるかも分からない疑問を投げかけた。それに対しゲウルクは腕を組み堂々とおかしな発言で答えてくる。斜め後方を並走中の魔王のペットが悲しそうな瞳で見つめて返してくるのだが当の本人は気付いていなかった。どうしてこうなったのかとギノの心には疑問が尽きなかった。
事の発端は5日前・・・。
「改めて見ても本当にそっくり・・・」「ギノって名前も一緒だし、やっぱり本人なんじゃないの?」「でしたら、私達はとっくに彼の毒牙にやられているでしょう」「あ、そっか」「(本当に、何してんだよ持ち主・・・)」〔よっぽど本能に忠実だったのか、それとも能力で助長されたのか・・・〕【ぼく達の様に、能力が意思を持って支配したとか?】〔可能性はありますね〕「(嫌な話だ)」
ジロジロとギノ(純)を左右に頭を揺らし確認するナリアナとシェンラ。ヨシュアの言葉で膨らんだ話題に心の中で不快に思いつつも適当に笑みを浮かべて黙っていた。
「処刑されたという噂を聞いた数日後に、脱走したって聞いた時は驚いたからね」「よっぽど油断してたんでしょうね。じゃなきゃ、周りが気付くもんでしょう」「そちらの事はよく知らないが、一日中・・・交代で見張りをしていたとしても、どこかに穴はあるモノだ。その者自身が力を隠していたのか、あるいは協力者がいたという線も捨てきれん」「・・・そうなると誰が・・・」「まさか四天王の生き残りが・・・?」「可能性はあるけど・・・。まずは俺達も何とかして帰還するためにこちらの世界をどうにかしないと」
お互いにある程度事情を話し終え、数十分。ゲウルクが魔法で狼煙のような合図を送り、少しして数人の部下らしき者達が草原の向こうから姿を現した。カイルはゲウルクの部下が渡してくれた手荷物に感謝して受け取ると、ダチョウの体にサイのような頭をした動物のリュックに引っ掛けた。「それではご武運を」と頭を下げる部下に魔王が適当に返すと、風の様に草の中へと立ち去って行った。
「あの人達に手伝ってもらった方が良くないですか?」「流石に種族バレで警備が強化されてしまう」「見た目は(私達と)同じに見えるけど・・・」
ギノから今度がゲウルクに方向を変えて、魔王をジロジロと見るシェンラ達。
「先ほど、カイルも同じ事を言っていたが・・・どうやら、君達の目には我々は人間と遜色ないらしいな」「どういう事?」「魔力の波長なんだって。血に宿るごく少量の魔力が影響して、こっちの世界の人間にはゲウルクさんは魔族として見分けられるそうだよ」「(DNAみたいなもんか?)」〔分子に宿るマナで細分化されているのかもしれません〕「へー・・・じゃあ、変装とかも難しいんだ」「魔法でなりすませる者もいるが・・・今から、向かってもらう事を考えるとな・・・」「「「んー・・・」」」
その言葉にどう答えたらよいのか悩むカイル達。
「ま、文句を言うならコイツにしてほしい」
ガッとギノの肩に手を乗せた魔王。まだ出会って短いのに物凄いフランクな事に驚きと関心してしまうが、今回は仕方ないと思うギノ。
「すみません。(この世界の)冒険者って事で潜入できるのは、今の所カイルさん達だけみたいなので」「「「・・・」」」「あの・・・?」「あ、いや。ごめん。そんな風に改めてお願いされると・・・」「私も、少ししか会った事がありませんので、上手く言えませんが・・・。何というかよそよそしくて、妙な感じがします」「こう、本当に見た目も声も一緒なのに別人だから・・・」「頭が混乱する・・・」「そうよね~。何ていうの? 心だけが入れ替わった?みたいな?」〔あの妖精、鋭いですね〕
苦笑する様な微妙な顔をする少年少女達。今回のギノの頼みには協力するが、調子が狂ってしまうようだった。
〔おそらくですが・・・素体となるマナに残る、情報子・・・というのでしょうか。それを頭ではなく魂が感じ取って、引っ掛かりを持っているのでしょう〕「(見た目もあって脳がバグを起こしてるのか・・・)」〔なるほど・・・。これは挑戦状ですね?〕「(は?)」〔その場繋ぎの肉体とはいえ、私達がマナで所有権が負けている、という事ですね。良いでしょう。純、少しだけお待ちください。私が完全にこの素体の情報子まで手中に収めて見せましょう〕【ぼくも手伝う!】「(ほどほどにね)」〔徹底的にです〕
何やらプライドに火を付けてしまったようで、ギノはとりあえず相棒の事は放っておく事にした。今回は下手をしたらたくさんの人の命に危険に晒す恐れがあるためにもう一度を確認を取る。
「改めていいますが確認を取って下さればいいので目立つことはしなくても大丈夫です」「・・・ああ。俺達と同じ転移者達の無事の確認と保護だな」
流石に経験者という所。ギノの雰囲気に気付いたカイル達の表情が切り替わった。
「でも今から行って間に合うかしら・・・?」「ギノの話を聞く限り、下手な事は起こせんだろう。密偵の話では姫が保護していると聞く」「やっぱ仲間が忍び込んでるんじゃん」「下手には動かせん。あちらも過敏になっている以上。不自然な行動はとらせられないからな」
タチアが指差し文句を言うとゲウルクはため息混じりに現状を伝えた。
「あそこの王や民も基本は、私と同じ平和を望む者だ。ただ問題は・・・」「貴族・・・ですか?」「国を統治、管理するとはそういうモノだ。気の置ける腹心がいても限界がある・・・」
ヨシュアの問いに肯定とも否定とも言わず応えるゲウルク。
「一度得た美味しい果実は、手放せない。どこの世界でも、考える事は一緒なのですね」「あー、あのデブを思い出してしまったわ」「ベタブの様にブヒブヒ泣いてたね。シェンラ、楽しそうだったもんね~」「苦しんだ人の為よ。アイツのせいで何人死んだと思ってるの」「でも裏金を全部、見つけたのは良かったな。あれで皆の暮らしが随分と良くなったと思うよ」「ふふふふふ。もう一度、言ってみたいですね?」「ぺ!」
過去話に花を咲かせ、笑い合うカイル達。それを見てギノは彼等に協力を頼んだのは正解だったと確信した。
「もし、危険な状況にあった時は・・・」「任せて(コクリ)。私達が何とかして助けるから」「でも、その後はどうするの?」「部下に知らせておこう。上手く街を脱出し、他国へ移動していれば私の部下が君達に接触してくるはずだ」「でもそれは・・・最悪な時、ですよね?」「(コクリ)ああ。まずは首都エウルロストに入ってからだ」「内情が分からなければどうする事も出来ないもんね」「街の構造もよ。どこからか奇襲を受けるかもしれないしね」「援護は私とペッカがするね」「ぺ!」「(コクリ)。みんな気合いを入れていこう」「「「おおう!」」」
一丸となったカイル達は身支度もそこそこに用意された動物の背へと乗り始めようとする。それを後方腕組みよろしく笑みを浮かべて眺めていたゲウルクは何を思ったのは大きく頷いた。
「うむ。では私達も行こうか」「(・・・何言ってるの、この人?)」
太い厚い腕を回し、ガシっと肩を掴まれた時、どこかでとても嫌な予感がした。確認を取るために振り返れば、彼は明後日の方向を見ていた。何だ?と思い視線の先を辿れば、草原から魔王の部下が(ビクラーンズ)熊と同じくらいのサイズの、一頭の赤紫色のヒョウを連れて来た。2本の太い牙に鋭い爪、研ぎ澄まされたような瞳にしなやかな肉体からは・・・どんな獲物も逃さないという威風堂々とした佇まいが感じられた。雄ライオンを思わせる立派な鬣もまたその威厳ある存在感を際立たせていた。
「お前の事だ。他にも何か隠しているな?」
手を上げて合図を送れば、部下はヒョウを解放し、頭を下げてどこかへと消え去って行く。走って来たヒョウはさっそく何かを確認する様に熊達と鼻を近付けたりとコミュニケーションを取り始めた。
「何を言ってるんですか?」「ディハリアの庭なんて目地らしい所、何でお前が知っている」「(あ・・・)」「転移した時にたまたま話題に出たとか、しらじらしい事を言うつもりか? あそこはかつて、他種族が手を取り合った``結びの地``と言われる場所だ。ディハリアなんて地名を知っているのは古文書を読めた者達だけだ」「(しまった・・・)」
ニヤリと笑った口元の笑みが大きくなる。2メートル越えの巨体で影になるくらいに顔を近付けられる。
「私は見届けなくてはならん。もちろん、お前が手伝ってほしいというなら、協力を惜しまんぞ・・・♪」「・・・はぁ」〔諦めましょう〕
顔をゆっくりと逸らし、観念したギノに「そうこなくては♪」とバシバシと肩を叩き楽しそうに笑ったゲウルクはヒョウや熊達の方へと歩いて行くのだった。
・・・・・・
そうして強制的に同行させられ、ギノ達は転移(転落)してきた国の近くまで帰って来たのだった。確かにゲウルクの(正確には部下の)情報を元に上手く国境を抜けながら森の中を走っていた。
「いや堂々とした発言がそもそもおかしいんだけど、それ以上に・・・」「?」「あっちの子が可哀想でしょ。ずっと魔王が乗ってくれるのを待ってるよ」「・・・」
指差し示してくれた事で、見てくれていると気付いたヒョウの表情が明らかに明るくなった。ジッと見つめるゲウルクに期待を寄せているのがありありと伝わってくる。ここで拒否しようものなら・・・。
「いや、やはり私はどうしてもクマ──」「クマッシュ、タックル」「くぁ~♪」「ぐがっ・・・!」
問答無用で強制降車させる。楽しそうにする子熊の視線の先で、ゲウルクは盛大に草木をバキバキと破壊しながらゴロゴロと転がって行くのだった。
・・・・・・
・・・
「ここかディアリアの庭だ・・・」
頭に枝が絡まり、薄汚れている魔王がキリっと表情だけはしっかりと決めて口に出す。
「・・・」〔この人、わざと? それとも本気ですか?〕
ヒョウの背に乗り風格を漂わせているが、あまりの不格好な為に相棒ですら本気で混乱していた。
【マスター、この下っぽい・・・】「(の、ようだね)」
気を取り直し周囲を確認してみると、そこは森の中にポツンと存在するストーンヘンジに似た遺跡だった。距離感は掴み難いが、1個10メートルはありそうな太く細長い石がまるで積み木の様に門の形に並んでいた。永い時を刻んだのか蔦や草木が絡まり、その枝には小さな小鳥達が楽しそうに鳴いていた。ギノ達が気になったのは渦を巻き並ぶ石群の中心だった。そこから薄っすらと濁ったマナが狼煙の様にいくつも漏れていたのだった。
「正直、ここに来るのは随分と久しぶりだ。一体何がある?」「「???」」「・・・」
投げかけられたギノはゆっくりとクマルテから降りて、遺跡へ向かって歩いて行く。不思議そうにする熊達も続き、ゲウルクもヒョウから下りて追いかけた。
「(サポート)」〔随分と深いですね~。私の視界でも先が見えません〕「(ボソ)という事は・・・」〔ええ。どうやらクエストの対象は奥深くかと・・・〕「! なんだ・・・?」
思わず見惚れてしまいそうな歴史的風景。しかし油断しかけていた魔王もかなり中心地に近づいた事で違和感に気付いたようだった。周囲に目をそれとなく配る。警戒しているが場所までは特定できていない様子だった。そんな彼にギノは振り返ると平べったい形の大きな岩を指し示した。息を飲み、先を進むギノの後を付いて行く。到着した瞬間、ギノは違和感に感じた。
「ん?」「どうした?」
警戒する魔王を置いて、じっくりと20メートル位はありそうな巨大な岩のテーブルを見る。そしてしゃがみ込んで段差の様に凹んでいる下を覗き込んで違和感の理由に気付いた。
〔誰か、来ていますね〕
サポートの言う通り、自然で出来たモノではない微かに動かしたような擦れた痕が見られた。「っ」「おい」驚くゲウルクを置いてギノは力を入れて岩を掴むと押してみた。1トンはあるかもしれないと思っていた岩はすんなりと動いた。いや・・・独りでに開いていった。・・・そして似つかわしくないマナが外へと大量に溢れ出したのだった。
「なっ・・・!」「ぐるるるるるるる」「「ぐぉ~~~~~」」
濁ったマナに鳥達は驚き飛び去り、ヒョウや熊達は毛を立てて牙を剥き出しにして唸る。開かれた岩の中にはずっと下へと続く坂があった。奥には薄っすらと明かりのようなモノも見えていた。
「これはどういう事だ? なぜこんなモノが・・・?」「(知らないのか・・・)」
覗き込むようにギノの横まで来たゲウルクが中を覗き込む。そして勢いよく振り返った。
「お前は、ここの事を知っていたのかっ?」「(まあ、そう来るよね)」
分かっていた事にため息を溢すのをグッと堪え、首を横に振って否定した。
「ちょっと前にも言ったけど、ここに来たのは初めてだよ。それより、この事について誰か知っていそうな人とかいますか?」「・・・いいや(フルフル)。こんな隠し通路は──! この魔力はっ・・・」
何かを思い出したのか、驚きと共に改めて漏れ出て来た魔力を凝視するゲウルク。しばらく凝視していた魔王はニヤリと笑う。
「まさかこんな所で出くわすとはな。お前について来て正解だったぞ」「〔【?】〕」
よく分からないので、とりあえずギノは落ち着きのない熊達を宥める事を優先した。ゲウルクもまた頭を押し付けてくるヒョウを撫でて落ち着かせる。
「魔力には独自の性質が備わっているのを憶えているか?」「この世界の人間や魔族にはってやつですね?」「そうだ。それは特定の場所にある流れにも言える事だ。そして・・・ここは。私が、いやっ・・・。歴史を紐解く者が欲しがるモノが眠っている場所だ」「ふ~ん。(心当たりがあるのか・・・)」「なんだその反応は・・・。これは歴史的いやっ、世界が驚く大発見なのだぞっ?」「え? あ、いや。そういうわけでは・・・」
焦るギノとの温度差に急にため息を吐いていじけた様にヒョウに抱き着く魔王。
「まあ、お前はこの世界のモノではないから、その反応も仕方ないのだが・・・」
ブツブツと文句が漏れて来そうなジト目にサポートの方が先に根を上げ、ため息を溢す。
〔面倒ですね。ギノ・・・〕「(はいはい)すみませんでした。その・・・ゲウルクさんは何がわかったのですか?」「・・・まぁいいだろう。ここには空白の歴史が残されている」「・・・空白の・・・」【歴史・・・?】「(コクリ)そうだ。懇意にしている友人に見せてもらった古い文献にはかつて・・・世界の為に尽力を注ぎ、いつしか消えた王と騎士がいたという話がある」
王は近くにあった適当な石に腰を落ち着け、話し始めた。
「それがいつの時代、どんな国で、誰が統治していたのか。今も形を変え存在しているのか、それとも滅んだのか・・・どの文献にも記されてはいないのだ。唯一、状態の良かった貴重なモノの一部から私も見させてもらっただけなのだ」「・・・魔力からそれが関連していると?」「(コクリ)間違いない。意図的に抹消された文献にも微かに、ここと同じ魔力波長が残されていた。私も突然の事ですっかり忘れていたが・・・このひり付かせつつも魔力を吸い込もうとする波長。確かにあの文献で感じたモノと同じだ」「それが・・・ここに・・・」
まるでホラー演出か舞台演出の様に魔力の煙がモクモクと地上へと溢れ出してくる。そこからゆっくりと上がって姿を見せるのが歌手なのか、それとも・・・危険な化け物か・・・。面倒な気持ちが湧き上がらなくもないがギノは、とりあえず軽く息を吸うと地下に通じる坂をもう一度覗き込んだ。
「行くのか?」「まあ、ちょっとやらなくちゃいけない事がありそうなので」「ハッキリしないな~」「・・・戦いになる事は想像できますけどね」「・・・」「どうします?」「勿論、付いて行くに決まっている」「数に入れていいですか?」「当然だろう?」「・・・」「? 何だ?」「いや・・・高みの見物をしそうだと」「おいおい、馬鹿にしないでくれ。一応私も魔王だ。一度決めた事は曲げはせん」「「「・・・」」」「な、なんだその目は・・・。ギルガル、貴様までなんだ。私が嘘を付くとでも思っているのかっ・・・?」
出会って5日、悪い人ではないがどうも信用に欠けてしまう所はギノだけでなく熊達にも共通の認識だったようだった。
・・・・・・
ガシャーーーンンン・・・!!
宰相は私室のテーブルに並べられた豪華な昼食を床へとぶちまける様に払った。慌てた様にローブで身を隠した部下が片づけ始める。
「どうなっている・・・!?」
ダンッとテーブルを叩きつけた腕の痛みを無視してゆでだこの様に紅く染めて顔で怒鳴った。次の瞬間、向かいに座っていた貴族の男は飛び跳ねる様にテーブルの脇へと移動して土下座をした。
「申し訳ございませんっ。こんな事になるとは──」「子供と見て侮っていたのではないのかっ!」「いえ、決してそのような」「ならばどうして、あの小僧共が──!」「「「ははははは」」」
微かに遠くの方から聞こえる笑い声に宰相は窓の外を睨んだ。外では打ち解けてきた磯部と兵士達が休憩中に雑談している姿が見える。そっと覗き込んでいた宰相はフと兵士の隊長が何気なく見上げたのに気付き慌てて、身を隠すように窓から離れた。
「くそ、忌々しい者共が・・・。貴様らの使いでどうにか出来んのか・・・!」「それが・・・我々の想像を上回るほど勇者の成長が早く・・・」「あの鹿熊とかいうクソガキ共を操れなかったのか・・・!」「いえ、そちらは確かに順調にっ・・・! あの勇者達は、自らの能力に溺れ、気付かぬうちに用意した女共の術中に嵌っておりましたので・・・」「その結果があの襲撃失敗かーっ・・・!!」「ヒィッ! 申し訳ございません・・・!」
燃料をくべられた宰相は怒りのままに中身の入ったグラスを投げつけた。壁を盛大にワインとガラスの破片が飛び散る。すぐ近くを飛んできた感覚にビビった貴族の男はこれでもかと頭を床にこすりつけ謝罪する。また増えてしまった汚れを気にすることなく宰相の部下が黙々と片づける。
「あれのどこが手綱を握るだ馬鹿者っ・・・!」「ははぁーっ・・・!」
目を血走らせギリギリと歯軋りする宰相。忌々しく思い出したくもない不快な事だった。
・・・・・・
ある日の昼食中にその騒ぎは起こった。
食堂は一気に喧騒と悲鳴に変わる。そこでは突然、現れた鹿熊、野田、谷川、清水が突然、近くを通ったクラスメイトと兵士を叩きのめした事から問題が始まった。突然の事に場が凍り付き周囲が呆気に取られている内に野田と清水はたまたま居合わせた女の子を襲い掛かった。慌てて止めようとしたクラスメイトと兵士を谷川が横から殴り叩きのめし、救援に向かった者達を鹿熊が襲い掛かる事で、食堂はパニック状態になっていった。
「ふっは♪ 弱え雑魚がっ。粋がってんじゃねえよ・・・!」「何否定してんだよ。オレ達、ゆ・う・しゃ。分かる? 君らに拒否権はないのっ」「ウオッフ~❤ これこれ~♪ やっぱ勇者っつう大変な立場にあるんだから、もっとこっちも癒してくれねえと。ほらほら、ん~❤」「イヤァーッ・・・!」
谷川は自分が倒した兵士や男達を何度も蹴り上げ、楽しそうに笑い。清水と野田は兵士、魔法使い、メイドの中から気に入った女の子をその恩恵と立場にモノを言わせ強引に抱き寄せる。胸を揉み、キスを迫ったり、服を破り、下着まで強引に脱がせようとしていた。
「鹿熊・・・テメー・・・っ」「ちょっと強くなれたからって調子に乗ってんじゃねえよっ」「あがっ!」「きゃあーっ!」「中田君!」「ぐがぁっ!」「吉森様・・・!」「止めるんだ君達!」「ぉ、隊長さ~ん、登場~っと♪」「っ・・・!」
騒ぎを聞きつけた兵士隊長に野田が新たな参加者を楽しむ様に言った。その間も胸を揉んでいる手を引き剥がし、パンツやスカートを必死に掴んで逃げようとする少女を決して逃さない。少し遅れて護衛を引き連れた姫が現れると鹿熊は隊長を無視して、彼女へと標的を変えた。
「(どうなっているっ?)一体何が」「鹿熊様、皆様・・・。今すぐ落ち着いてください」「あ~やっと現れたっと」「姫様お下がりをっ」「っ!」「っと、思ったよりもやるじゃねえか」
隊長が腕を掴み下がらせる事で鹿熊の振りかぶった手は空振りに終わる。
「あとちょっとで、その服のしたが拝めたのによ~」「っ」
舌なめずりをするような上から下までじっくりと見つめるその視線に、姫はおぞましさを感じて身を引いた。全体の状況を冷静に素早く見た隊長はゆっくりと抜剣した。その様子に両手をヒラヒラとさせて鹿熊と谷川が挑発する。
「おいおい。早すぎるんじゃねえの?」「というかオレ等勇者だろ? おっさん分かってんの?」「分かっている。能力に溺れれば、等しく誰かが止め、罰しなければならない。それはお前達のいた日本という国でも同じはずだ」「・・・うっぜ」「くだんね~トコばかり、何処も一緒かよ。ホントマジやってらんねーわ」「だったら倒そうぜ。そもそもこんな国も世界もどうでもいいじゃん」「そうそう。好きにやっても全然問題ないじゃん」「そうだな~」
清水と野田の言葉に同調する鹿熊は嗤い魔力を解放させた。体から吹き出しうねるように溢れ出たその量と質に周囲にいた者達が驚いた。
「ひと月と足らずにこんな・・・バカなっ・・・」「いくら何でも早すぎる・・・」「あれを止めろって言うのかよ・・・」「(あれは・・・本当に魔力か・・・?)」
解放者の性格に反映されたような歪な魔力に注意深く観察する隊長。周りの驚愕に包まれた反応に気を良くしつつも、どこかで興ざめした鹿熊が頭を掻きながら、ゆっくりと隊長の下へと近づいて行く。
「こんな城も街もサッサと壊して、どこか行くかぁ。ったく、どこかのヒーロー様はやっぱビビった見てえだしな~。隊長さん? サッサとどいてくんない? その姫は俺が遊ぶから」「好きにさせると思うか?」「やってみろよ。ほら、来い」
一歩踏み出せば斬れる位置に居ながら、鹿熊は気にせず手で招く様に煽り、挑発を掛ける。「隊長」という部下達の心配の声を耳にしながら、彼は心の中で謝罪して、一歩踏み込んだ。
「(お)♪」「!」
上段斬りを寸前で躱すと足を捻り横へとステップして離れる鹿熊。逃がすまいと追いかける隊長。
ブン・・・、ブンブン・・・ブン・・・ブゥン・・・!
「お~。やる~、あとちょっとだったな~♪」「舐めるなっ」
踏み込み切り払い、袈裟、切り上げ、突きからの薙ぎ払い。隊長は相手を殺さないまでも容赦しない攻撃を繰り出していた。しかしその全てが半歩ほど、鹿熊には届かず回避されてしまう。
「オラオラどうした。サッサとしねえと反撃するぞ?」「っ!」
隊長も魔力を湧き上がらせ、剣にその魔力を纏い始める。いよいよ本気になったと感じ取った鹿熊は、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべたまま僅かに体を傾かせた。右足を前に、左腕を引くような姿勢で他留まる。隊長は瞬時に反撃を警戒して、剣を振りかぶった。次の瞬間・・・。
ダアアアンンン・・・!!
「ガハッ!」「「「隊長・・・!」」」「「「!」」」
隊長は床へと仰向け押し倒されていた。何が起こったのか理解できず多くの者が驚愕に包まれる。仰向けに倒された隊長の胸には刃物が深々と刺さっていた。口から洩れる血など気にせず剣を持つ柄に力を込めて振り払う。
「おっと」「ぐぅっ!」
すると刺さった刃物が鹿熊によって強引に引き抜かれ、より多くの出血とダメージを受けてしまった。引き抜かれた鹿熊の手にはナイフがあった。Uの字に曲線を描く様に曲がる刃物は鎌にも鉤爪にも見える。ボタボタと滴り服にも沁み込んでいく血も気にせず、鹿熊はナイフをユラユラと振り子のように揺らす。
「なんだ。思ったよりも結構やるじゃん」「惜しい」「あとちょっとで、面白かったのに・・・」「おっさんしぶて~っ」「はぁ・・・っぐ・・・」
左胸・・・胸と腕のつなぎ目を左手で抑えるようにして立ち上がる隊長。斬り結んだ瞬間、鹿熊は隊長の首を突き刺そうとした。欲を言えば、そのまま掻っ切ろうとしていた。隊長は引っ張り込まれバランスを崩された最中、鹿熊のナイフの軌道を回避するために敢えてその勢いに乗って致命傷を避けたのだった。
「もっと踏み込めよ~。そうしたら楽に殺せたのによ~」「「「!」」」
クラスメイト達は鹿熊の何気ない発言に大きく目を見開き恐怖した。日本でも時々、問題行動を起こす彼だった。殺すという発言も本気ではマズいと分かっている冗談が何となく伝わっていた。しかし今、異世界に来た事でその言葉に掛かる重みと意味が、これまでとは明確に違う事を彼等も知った。
「お前等・・・本気で・・・」「あ゛? ったりめーじゃん。何いまさら良い子ぶってんだよ。お前等も殺し合うんだよ。オレ等となんも変わんねーじゃん。馬鹿なの?」「「「・・・」」」「うーわ、ここで引くとかマジありえねーw。お前等どんだけ馬鹿の集まりなんだよ」「強ければ正義だろうがっ。 そんなのどこの世界でも同じだっての・・・!」「「「っ・・・」」」「けっひゃひゃひゃ。今頃、自覚してんの遅えって」「もっと早くしてれば、無事だったのにな~w」「「「っ・・・」」」「っ」「!」
立ち向かえない自分達の弱さと悔しさに多くのクラスメイトが顔を歪ませて俯いてしまう。その態度が余計に助長させるとしても、多く子供が彼等に逆らう勇気を持てずにいた。嗤う鹿熊達。その隙をついて魔法使いが氷柱を放った。攻撃は野田に向かって飛来する。咄嗟に野田は掴んでいたメイドを盾にした。
「がふっ」「「「!」」」「ああ~。俺の可愛いペットがー・・・!」
深々と腹部に刺さったメイドの女の子はその場で倒れてしまった。周囲の女性から小さな悲鳴を上げるなか、谷川は放った魔法使いの男の顔面に飛び蹴りを喰らわせた。「がくっ!」と男は妙な声を漏らし、周囲のテーブルなどを巻き込みながら盛大に壁に向かって転がって行った。ガラガラと砂埃が舞う中、顔を陥没させた男は死にかけの虫の様にヒクヒクと痙攣していた。
「いやあっ!」
またしても悲鳴が上がった。あまりの恐怖に誰もが逃げ出したい気持ちに駆られた。だが周囲を見回す野田、谷川、清水の目には、誰も逃がさない脅しと気持ち悪い笑みが張り付いていた。
「んだよ~。ほら掛かって来いよ~。何ならこっちから言ってやろうか?」「っ・・・!」
ジリっと鹿熊が僅かに踏み込めば、隊長は脂汗を掻きながら僅かに後退する。
「隊長・・・!」「来るんじゃない。姫をお守りしろ・・・!」「「「!」」」
思った以上の出血に自分でも危険な状態だと分かっている隊長。しかしそれでも戦闘態勢を解かず冷静に分析していく。数の上では圧倒的に勝てる。ただ、相手の実力が未知数だった。自分の油断も大きく、今ここで部下を動かせば被害が拡大する事は目に見えていた。何もしなければいずれは負ける。かといって動かせば大量の被害が出ると予想された。
「・・・」「ほら来ないなら・・・行ってやるよ」
隊長は自分の失態に内心苛立ちを覚える。姿勢を低くし武器を構え始めた鹿熊に、最後の決断が迫られるまさにその時だった。横から飛び込んで来た誰かに鹿熊はナイフで応対した。
バギイィィンンン・・・!!
「止めろ鹿熊っ!」「はっ。黙れよヒーロー気取りがっ!」
そこには磯部がいた。飛び出して斬り掛かった磯部の剣をナイフで受け止める鹿熊。強引に斬り払うがその力は拮抗し、2人は床を滑って大きく引き離された。「磯部様!」と思わず姫が叫び、駆けだそうとした所へ脇を抜けて野田の奇襲を防ぐ者達もいた。志保達である。
「あなた達、何してるのっ!」「ちっ」「馬鹿は止めろっ!」「何考えてるんだっ」「っと」「んだよ。鬱陶しいなー・・・!」
冒険に出掛けていたクラスメイト達の帰還に皆が涙を拭い安堵の声を上げる。
「姫様、皆も早く安全な所へ」「誰か急いで怪我人の治療をお願い」「させるかよ」「逃がすかっ」「「どっちがだ」よ」「「!」」「はぁ?」「油断か?」「! がっ」「おい!」「こっちだ」「! おぐぅ・・・!」
鹿熊、谷川は磯部と志保のペアに阻まれ、油断してしまった野田と清水はクラスメイト達によって吹き飛ばされた。「さ、早く」という志保の指示に皆が一斉に避難と救護を始める。
「って~・・・。(どうなってる?)」「ッチ、てえなぁ゛~・・・!」
手の痺れを消す様に振る鹿熊と谷川に油断しないように警戒する磯部と志保。
「(ボソ)磯部君。そっちは任せてもいい?」「(ボソ)ああ。任せてくれ。君も油断しないで」「(ボソ)大丈夫・・・」
冒険帰りの疲れた状態の志保は改めて気合いを入れ直す。それは磯部も同じだった。鹿熊達には気付かれないように自身の武器の状態と、腰に下げたアイテムを軽く外から手で触れて確認する。
「テメエッ、今度こそぶっ殺してやるよ磯部っ・・・!」「テメエもだ。ぐちゃぐちゃに遊んでから、殺してやるからよぉっ」「「・・・」」
殺意を剥き出しに声を荒げるそこには、もはやクラスメイトの面影は感じられなかった。
「(力を持つと人はこうも変わるの・・・?)」
聡美達に教えられた情報と目の前で起きる現実が、いやでも志保の中で負けられない状況だと伝えてきている。
「(ありがとう2人共・・・)磯部君」「ああ。ここで・・・倒す」
心の中で感謝し決意を込めた志保の意志に、磯部も理解し力強く頷いた。
「「やってみろよーーーっ・・・!!」」
もはや隠す気もなく本能のままに魔力を爆発させた2人へ、磯部と志保は飛び込んで行くのだった。
「(ど・・・どどど、どうなっているーーーーっ・・・?!)」
食堂の入り口。たまたま目撃してしまった宰相は滝のような汗を流しながら、覗き込むようにして状況を見ながら内心パニクっていたのだった。
【 ギノ=ラモウリ 164才(21) (十時影 純)】(急ピッチで変成中・・・)
ジョブ: しがない3流狩人 レベル 8
体力 : 239 魔力 : 173 攻撃力: 45 防御力: 33
知力: 28 抵抗力: 77
器用: 40 素早さ: 58
運: 67
スキル(魔法):干渉、マナ流儀 水&風&土 レベル 1