456 旅と権利は新たな場所で
多くの日差しが等間隔にアーチ状で作られた窓ガラスから入り込む。長く続く廊下には赤い絨毯が敷かれさりげなさの中に確かな気品と豪華さを感じさせる。数人分は並んでも問題ない横幅に2階建て分の高さはある突き抜けた天井には磯部達を含む多くの転移者達が観光気分で周囲を見回してしまっていた。
「・・・改めて見ると、凄いですね~・・・」「ふふふ。磯部様は王宮が初めてですか?」「ええ、まあ・・・。こうして本物の王族の方々と会話するなんて・・・」「そちらの世界に王族はいらっしゃらないので?」「いない事はございませんが・・・。おいそれと会えるような方ではないので。そもそも僕達はただの学生でそんな縁なんて何も・・・」「まあ・・・。ふふ、それでは・・・ワタクシがあなた様の初めて、という事になりますのね?」「? え、ええ。ぁ、いや、はい・・・。そうです」「ふふふふふ。そう畏まらないでください。改められてしまうと少し寂しくなります」「ぁ・・・あはははは。すみません」
からかい混じりの姫に磯部は真面目に後頭部を擦り謝ってしまう。そんな彼が可笑しくて姫はまたしてもコロコロと可愛らしく微笑んでいた。
長い廊下をつきあたると壁際に並び立つ兵士達に軽く手を上げた宰相は右へと曲がる。その先にはまたしても長い廊下があり奥へ進むにつれて心なしか暗くなっている様だった。
「勇者磯部様。向かわれる前に確認したいのですが、今、ついて来られた方々が帰るのをお望みでよろしいですかな?」「え? あ、はい。そうです」「そうですか。わかりました」「?」
振り返らず確認する宰相に疑問に思ってしまう磯部。
「あの、どうして今確認を?」「ははははは。部屋に着いてからでもよかったのですが・・・。いざその場へ来ると迷われるかと思いまして・・・。なにぶん、少しの間でしたから問題はございませんが──」「なるほど(コクリ)。時間を掛け過ぎれば、姫様達の魔法が安定しなくなると・・・」「はい・・・。広間で帰すとなると下手をすればせっかくお呼びした磯部様達を巻き込んでどこの世界へと飛ばしてしまう事になるのか不安になってしまいますので・・・」「(ボソ)そっか。そういう危険もあったのか」「(ボソ)あっぶないわね~。そんなのに私達って巻き込まれたってわけ」「まあまあ。もうすぐオレらも帰れんだし、もういいじゃん」「・・・」
申し訳なさそうな姫に磯部は優しく微笑んだ。その笑顔に幾分か救われた彼女の頬には微かに赤みが差していた。
・・・・・・
「さ、こちらになります」
数回ほど廊下を曲がり、魔法を使った特殊照明で照らされた廊下の一室で立ち止まった宰相。従者達は彼の横を通り抜け扉を開かせると、そこには足元に幾重もの魔法陣らしき文字の刻まれた正方形の空間が拡がっていた。薄暗く窓1つ無い空間、そこに隅っこには申し訳程度に見える棚と魔法書が収められていた。その中で一番目を引いたのはその魔法陣らしきモノの中心に置かれていた大きな鏡だった。
「ささ。皆様もどうぞ中へ」「「「・・・」」」
何とも言えない異様な雰囲気に少しだけ不安を感じつつも宰相達に続き、転移者達も入っていく。
「あれは・・・?」「``見通し鏡``という鏡です。古くから我が一族で管理しているアーティファクトになります」「所謂、未知のアイテムってやつですか・・・」「(コクリ)はい。その能力は想う形を映し出すと記されています」「未来を見る、みたいな?」「・・・(フルフル)。その時がくれば、教えてくれるとの事なのですが・・・私の代では・・・」「そう、ですか・・・」
コツコツと姿勢がブレない美しい歩みで近づいた姫が大きな鏡面に触れる。すると濁り何も反射していなかった鏡が彼女に反応し、淡く光り輝いた。波打つように揺れる吸い込まれそうな白い空間が鏡の中に映し出される。
「ワタクシの魔力でここまでは反応を返してくれます。しかし・・・これ以上は何も映してはくれない。この世界がどんどんと蝕まれていく現状でも、見通し鏡は応えてはくれないのです」「「「・・・」」」
軽く鏡面に両手を添えて、コツンと頭を付けば波紋が広がる・・・それだけだった。微かに震える彼女の後ろ姿が磯部には嫌という程伝わる様な気がした。自然と彼は近づいてその小さく細い肩に手を乗せてしまった。
「大丈夫・・・と、言い切るのはおこがましいが、僕の出来る事で君を・・・。この世界を何とかしてみせるよ。流石に僕1人では難しいけど、姫様や皆が居ればきっと・・・」「・・・磯部様・・・。っ・・・はい」
目の端に滲んだ涙を拭うとニッコリと微笑んだ姫。そんな彼女に磯部が力強く頷いた所で、宰相が口を挟んだ。
「それでは姫様」「・・・はい。魔法使いの皆さん、お願いします」
彼女の合図に従者達が鏡を中心に覆うように等間隔の配置へと着く。魔力を練り、ローブをはためかせて自身の体を発光させると渦を巻き上げ、部屋の天井に着かんと伸ばしていく。同時のその魔力が同じく練り上げた同僚達の下へとカーテンを引くかのように横へと拡がり繋がっていった。
「「「っ!」」」「「「!」」」
完全に魔力のカーテンが繋がったと同時に魔法使い達は目を見開き、組んでいた両手を前へと突き出す。すると撓んだ魔力が変形し、鏡を覆った。「姫様っ」と従者の呼びかけに頷いた彼女も魔力を練るために祈る様に両手を包み手元に魔力を集め始める。
どこから吹いているのかも分からない強風が部屋の中を暴れ回る。何か凄い事をしている事は分かるのだが、よく分からずただ驚き固まっている帰還者達に姫に変わり宰相が声を掛ける。
「さあ皆様。もうすぐ転移の準備が完了いたします。一度発動されては中断は出来ませんので鏡の中へ飛び込む覚悟を持ってください」「えっ。あの中に飛び込むのっ・・・?!」「見通し鏡には一方向にだけならば魔力を注ぎ込むことが出来るのです。おそらく本来の仕様とは異なるのでしょうが、今回の場合ならば可能だろうというのが我々の見解。但し、安定させる分、消耗が激しく時間が限られてしまいます。皆様は姫様の合図で速やかに鏡の中へ」「っ、覚悟を決めとけって、そういう事かよ・・・!」「いくら何でも無茶苦茶だわ」
焦る転移者達とは裏腹に姫は手に集めた魔力を大事そうに掲げて上を見上げた。視線の先、手元から数十センチほど離れた所には緑色をしたの温かく、確かな存在感を主張させる魔力の塊が周囲の吹き荒れる魔力を吸収してどんどんと膨れ上がっていた。魔力の渦を巻く中心では小石程度だったモノがどんどんと圧縮して膨らみ、既に彼女の両手では覆い切れない大きさへと変化していた。だからか、帰還を望む者達の気持ちも逸ってしまう。
〔純〕「(一番にか・・・。妙な緊張感があるな・・・)」〔多少なら問題ありません。寧ろ・・・〕
チラリと宰相へ視線を向けば吹き荒れる風と魔力の中、ハッキリとは視えずとも・・・微かに上がる口角と僅かに歪んだマナが確認できる。気合いを入ってしまう者達や磯部は気付かない。いや、そもそも疑いすらしていない気配だった。
あれは危険・・・。これまでの生き延びて来た純の経験がそう直感したその直後、姫は魔力玉を鏡に向かって放った。
「「「!」」」
何の音も無く吸い込まれた魔力。風が止み一瞬の静けさに包まれた次の瞬間には、鏡が僅かな振動を返した。純は静かに体内で小さくマナを循環させ、動ける状態に入った。
「「「・・・」」」
息を飲む様に一同が見守る中、振動は大きくなり脈を打つ様に鏡は輝きを増す。それは姫が纏う魔力と同調するかの様に共鳴していた。程なくして白い面積を占めていた鏡面には、ポツリと小さい黒い点が浮かび上がった。それは、誰かが気付き声を発するよりも先に急速に拡大し、どこまでも吸い込まれてしまいそうな奥行きのある黒い空間が変わっていた。
「・・・フー・・・」
突き出した姿勢のまま、ゆっくり息を吐いた姫は立ち上がった。魔力の流れに1つ頷いた彼女は振り返る。
「お待たせいたしました皆様。ゲートは開くことに成功いたしました。あまり時間がありませんのでお急ぎを」「「「・・・」」」
持ち掛けられた転移者達。しかし、いざ準備が完了した促されても互いに目配せをして微かに譲り合う様な姿勢を見せるだけだった。
「どうしたのです皆様。ささ、お早めに」
急ぐよう宰相も促すがどうしても二の足を踏んでしまう。それには好々爺を見せていた(隠す気が合ったのか疑わしい)宰相も歪んだマナを漏らし小さく息を吐く始末だった。「(ボソ)仕方ない」そう宰相が呟いた所で意識に入っていなかった男が前へと歩み出して来た。
「それでは、遠慮なく」「「「?」」」「(お?)」
誰だ?とほとんどの者が疑問が浮かべるなか、ほっそりとしたエルフの男は黒く開いた鏡の中へと迷く事無く足を踏み入れようとした。その瞬間・・・。
〔やはりですか・・・〕
ピシリ・・・!
「ぇ?」「は?」
現実と魔力で作り出した境界の境目を男の足が飛び越えた瞬間、黒い稲光が幾重も走った。理解できない姫と宰相。見守っていた者達が呆然と見つめてしまっていた。
「(な、どうなって──)」「姫様っ」「! ダメ、戻って・・・!」
焦る宰相とは別に磯部の呼びかけに我に返った姫が慌てて飛び出そうと手を伸ばす。止める様にと後ろから掴まれた事で彼女の腕が虚しく空を切る。
「お願いっ。今すぐ後ろへ下がっ・・・て・・・」
空間は更に歪み。時間、音、視界が歪められていく。吸い込まれ消えゆく視界の中で男の体がゆっくりと振り返ろうとしていた。男に姫の言葉は届かない。完全に飲み込まれる最後の瞬間、男は宰相の邪悪な笑みに微かに仕返してやったぞと小さく笑みを作り、異空間の中へと吸い込まれていくのだった。
ガシャアアンンン・・・!
「っ、そんな・・・!?」
男を吸い込んだ鏡は内側で急速に何かを吸い込む様にうねると盛大に壊れたのだった。飛び散る破片、倒れる鏡台に魔法使い達や宰相達も驚きを隠せず固まってしまった。まだ良く呑み込めない帰還者達が徐々に最悪な状況になった事に絶望し青褪めていく。泣き崩れる様に膝を付く姫を磯部が支えた。そんな予期せぬアクシデントで倒れてしまった鏡を睨む宰相の姿に気付く者は誰も居なかった。
・・・・・・
・・・
「やっぱ、なんかやるとは思ってたんだよな~」〔国宝級を壊すのは申し訳ありませんが、バレバレでしたので〕「ただの嫌がらせじゃ、また次の手を考えるんじゃないの?」〔まあ、そうでしょうね。ですが、何かは知りませんがあの男の目的を少しは狂わせる事が出来ました。貴重なアイテムでのアクシデント、次の手を打つにはもう少し慎重にならざるを得ないでしょう〕「あ~そういう・・・。まあ、そっかぁ。俺等は部外者だもんな。訴えたって疑われるのはこっちか・・・」〔そうなります。まあ、この辺りが無難でしょう。本来私達はこの世界に降り立つことはなかったと思いますので〕「・・・あれは、マジで痛かった~」〔痛いで済む問題では・・・いえ、まあいいでしょう〕
諦めたサポートは純と同様、引っ張られ運ばれていくマナの先を見つめていた。
「一体、どこに行くのやら・・・。というかこれって、帰る事出来ないよね?」〔でしょうね。わざわざ姫様の魔法に合わせて、鏡にマナを流し込んでいましたから。おそらくあの世界のどこかに降り立つ事でしょう〕「何の意味があるんだ? 妨害するメリットなんて無いだろ?」〔お姫様は帰す事が出来ると思っていたのでしょう。ですが・・・あの宰相は違った。そういう事です〕「証拠隠滅か・・・。実際に出くわすとゾッとするな」〔現在その策略に絶賛巻き込まれている最中なのですが・・・?〕「はぁ~・・・どうしよ・・・?」〔なる様にしかなりませんね〕「・・・」
純は腕を組み、不貞腐れて寝転びたい気持ちを抑え、流されるままに異空間の中を彷徨っていく。波打つような縞模様のマナを見つめながら何かしらの変化が現れないかと待っていると・・・それは以外にも早く訪れた。重力に引っ張られる様な下降していく感覚に自然と足元を見つめる。
〔出口の様ですよ? ・・・あれですね〕
視線の先には湯気の様な白い靄が拡がっていた。どうする事も出来ないので流されるままに吸い込まれていくと、突然、視界が明るくなる。そして一瞬、純とサポートの思考が点になった。
「〔は・・・?〕」
異空間から現実世界へと切り替わる様に更に加速する重力。境目を通り抜けた瞬間、重みと共に異様な熱気と独特の臭いが伝わった。僅か30メートル下には、視界一杯にマグマが映っていた。
「! はぁあああああっっっ・・・・!?」
純がその細い目を大きく見開き素っ頓狂な声を上げるのは仕方なかった。
〔魔法を〕「っ!」
思考を停止しかけた純へ指示が飛び、条件反射で右腕を薙ぎ払う。
ボジュウウウウウウウウウウ・・・・・・!!!!!!!!
「あっつ゛っ・・・!!」
一瞬にして水の魔法と高温の液体がぶつかり合い、純自身をあっさりと白い湯気に包み込む。小さな噴火でも起こしたように遥か上空まで白い蒸気が吹き上がっていくなか、その勢いと風の複合魔法を落下を減速させた純は急速冷却で作られた足場に着地。即座にマナを使って火口から脱出した。
ボッゴオオオンンンン、ブシュウウウウウウウウッッッ・・・・・・!!!!!!
飛び去った純を追いかけるかのように火山ガスが噴出し、黒い煙を上空へと浮かび上がっていった。
「あづ、あづ、あつっ・・・!」〔とにかく安全圏まで退却しましょう〕「っ・・・!」
パタパタと微かに服に引火した火の粉を払いながら純か急いで火山から避難していった。
・・・・・・
「・・・あのおっさん、マジ何なんだよっ! 普通に死ぬだろうが」〔証拠隠滅を狙っていたにしても・・・随分遊びも無く、直球で出来ましたね。私達でなければ危なかったですね〕「いや、こっちも今、死にかけたんですけど・・・?!」〔まあまあ、落ち着いて〕
見晴らしの良さそうな崖で、純は止まり他に焦げた箇所はないかと体や服を確かめる。遠くではぐつぐつと煮えたぎる火山が噴火を今か今かと煙を上げている様子があった。
〔これだけ離れれば火山灰なんかのリスクは問題ないでしょう。しっかし、困りましたね~。当分、この世界で生活する事になりそうですから、色々と集めなければいけなくなりました〕「・・・はぁ。ちょっとした善意がこの仕打ち・・・。酷くない?」〔残念ながら彼の様な正義のヒーローではありませんからね。見えない主人公補正という幸運は期待できないですね〕「くっそ~。既に理不尽感・・・」〔ま、私達は地を這うように地道に行きましょう。足の付いた私達のテンポで・・・〕「・・・」
言いたい事はある。ただ、そこに意味は無いと純は肩を落として諦める事にした。
「それで・・・まずは何処から始める?」〔そうですね~・・・。まずは純。自分の名前と姿がどんなのか分かっていますか?〕「え? ・・・ぁー、なんかやけに視線が高いな~、と。そういや~地球でもこんな高さ、知らないや」〔これまではずっと地球での純よりも、幼い少年の姿に転移や転生していましたからね。本来の姿とも違いますし、色々と距離感も含めて勝手が違うので注意して参りましょう〕「そっか・・・。力というか体重?の乗せ方は元の俺に近いのかもしれないけど・・・歩幅といい、勝手が狂うのか・・・」
改めて気付くほっそりとした腕。平均的な筋肉量というのが相応しいのか、しかし太っていた純にとっては子供の姿以外では見る事も無かった外見に何とも不思議な感覚を味わってしまう。
「・・・」
頭に触れれば少し長めの金髪の髪が目の端に見え、そこから顔の骨格なんかを触ってみる。普段、意識する事の無い感触だけでよく分からなかったその特徴的な長い耳に小さな感動を覚えてしまったりもしていた。
「ぉ~・・・もしかして・・・エルフ?」〔の様ですね〕「なんか、淡泊過ぎない?」〔もはや、見慣れたもんでしょう・・・?〕「いや、見るのと自分が成るのとじゃ、やっぱ違うじゃん?」〔どこが変わりましたか?〕「え? ・・・」
どこがと聞かれ改めて変化の違いを考え、確認するが・・・。純粋な身長、という違い以外は特段、何か特別な変化をした感覚が無かった。それはつまり・・・と気付いた瞬間、膝から崩れ落ちてしまう純は更に何とも惨めに思いをしてしまった。
〔聴覚だとか嗅覚だとか視覚だとか言われても変わりませんし、そもそもエルフと言ったら魔力だとかのイメージを持たれてるでしょうが──〕「っ・・・俺にはその手の才能はあまり期待できない」〔ん〕
ハッキリと頷かれた気配に純はとうとう寝転んた。
「何なんだよ~。もうちょっと夢を見せてくれたって──」〔気持ちはわかりますが、度を越しますと・・・城で調子に乗った学生達と同じですよ? 分かってるでしょうに・・・〕「ぅ・・・」〔ただの一時的な成り代わりに何を期待しているのですか・・・。そもそも、もし地球への帰還途中だったのならあなたの体は本来、十時影 純としての姿に戻っていなくてはオカシイのですよ〕「いきなり別人になってたら、ヤバいな・・・」〔ましてや種族が違います。まあ、少々見た目が違うだけではありますが・・・国籍等の問題など色々と面倒になりますよ〕「・・・確かに。というか何でこんな格好になったんだ?」
周囲に何か自分を反射して映せる物がないかと辺りを見渡すがそれらしいモノは何も無かった。火山から数キロと離れた崖に立っている純だが、いくらか離れた場所にいるとはいえ火山地帯はその自然の力で荒れた黒い土塊ばかりだった。
〔もう少し自然がある場所へと向かいましょう。下山すれば人里や川などが見つかるかもしれません〕「・・・それに期待するしかないか」
何も無い殺法景に見える火山地帯を抜けるべく純はなだらかな坂を下っていくのだった。
・・・・・・
2時間後・・・。
「ほんっと無いな」〔ありませんね~・・・〕
良くも悪くも自然の恩恵を受けていれば人里があると思っていた純達は黒い土塊から幾分か自然がある荒れた荒野へと来ていた。
「自然ってこんな感じなの? もっとこう・・・なんか目印っぽいモノとか置いてあったりとかしないモンなの?」〔人の来ない場所へと指定していたのかもしれませんね。中途半端に生き残られるのが嫌だったのでしょう〕「あんなマグマのど真ん中で?」〔転移者にはボーナスとして何らかの強い恩恵を授かっていたようですし、生き残る可能性を危惧したのでは?〕「バレない様にか・・・こわ」〔あるいは別の何かという可能性も捨てきれませんが・・・。ギノは何か授かったりとかは・・・?〕「・・・やっぱ、あんまり期待は出来ないんじゃないの?」
純は普段自分達が使っているステータスボードを表示させた。
【 ギノ=ラモウリ 164才(21) (十時影 純)】(急ピッチで変成中・・・)
ジョブ: しがない3流狩人 レベル5
体力 : 103 魔力 : 78 攻撃力: 22 防御力: 12
知力 : 10 抵抗力: 45
器用 : 18 素早さ: 29
運 : 32
スキル(魔法):干渉、マナ流儀 水&風&土 レベル 0
「〔・・・・・・〕」
いや待てと何とも言えない微妙な表情でピクピクさせてしまうギノ(純)。
〔最初は少し驚きましたが・・・。まあ、概ねいつも通りですね〕「おおむね・・・っ」
驚けばいいのか笑えばいいのか、その場でしゃがみ込んで項垂れる顔を支えてしまう。
〔元々、ステータスはギノの核となる魂を昇華して表したモノです。それも大本となる部分は表示されにくい〕「何のためのステータスだよぉ~」〔まあまあ。そもそもデータ上で数値として表せるからといって、時と場合・・・あなたのパフォーマンスがどこまで現実に起こせるのかは分かりません。どこまで行っても基準値や標準的な予測と捉えるのが妥当ですよ〕「それってつまり・・・当てにならないって事?」〔いやどうでしょう? これまでずっと、あなたの成長に合わせて数値は伸び続けていましたから、そこまで間違ったモノとは言い切れませんよ?〕「んー・・・でもこれはな~・・・」
ギノとサポートが唸る様に悩む声を発している時だった。
【ごめんなさい。 まだ上手く連結が出来なくて、急いで調整している最中なんです】「ふーん・・・そうなんだぁ・・・」「・・・・・・〔ん?〕」
ステータスを確認しながら頭に浮かんだような言葉に適当に流していた2人が一拍遅れて気付く。するとポンという電子音と共にステータスボードから勝手にクエストのタブが2画面になる様に開かれた。
【マスターの本来の肉体と魂の構成は情報体の事もあって急遽をサブで急いで調整している所なんです。現在、周辺を流れていたマナを利用し、このエルダーデナンドに合わせた姿が、今の状態なんです】「(コクコク)なるほど・・・ってなるかーっ! え、えっ、なに? いきなり喋り出したんだけど」〔正確には文字での意思疎通ですが・・・。珍しいノリツッコミと言い、面白い現象が起きましたね~〕「楽しむところはそこじゃねえって」〔まあまあ。そもそもイレギュラーなんて・・・もはや付き物でしょ?〕「当たり前でしょ?みたいに言わないでよ。何ナチュラルに受け入れてんだよ。あっさりしてるなー・・・」
驚きを隠せず、肉体として存在しないはずの相棒に向かって振り向き突っ込みを入れてしまうギノだった。
・・・・・・
「・・・それで、喋り、あーいや、対話、いや・・・コミュニケーションって言えばいいのかな?が取れるようになったと」【うん】〔これまでも私達の言葉は聞こえていたのですか?〕【ううん。こうして話し合うのも、聞こえるようになったのも初めてだよ?】〔ふむ。どうやらこの世界、いえ・・・このエルダーデナンドではなく帰還している最中に彼もまた私の様にあなたによって意志を持つことになった存在、スキルのようですね〕「なんかサラッととんでもない事言ってるけど」〔スキルかどうかは定かではありませんが、この際、そこは問題ないのです〕「いや、そこってとても重要だよ?」〔問題ありません〕「力強く言ったな~」
呆れていいのか、何と言っていいのか困りつつギノは新たに仲間?になった存在と交えながら話は続ける。立ち話も何だと彼は人里目指して自然が多くある場所へと歩く。
「というか彼って断言したけど・・・」〔おや? そんな感じがしましたけど?〕「感覚の問題かよ」〔そもそもギノ・・・。いつから私の性別も判断していたのですか?〕「えっ?」〔女性の様な声をしているからとてっきり女だと思って──〕「という事はオカ──」〔その決めつけは命取りになりますよ〕「(ゴク)・・・。ごめんなさい」〔よろしい〕
一瞬、熱く、少々乾いた地形を歩いているはずなのに涼しさを感じてしまったギノ。本気では無いとは分かっていても不用意に思ってはいけないとちょっとだけ学んだ。
「というかそもそも俺の魂から出来た存在だよな?お前って・・・」〔そうですよ?〕「だったら、俺の考えも──」〔まあ、女性の性質を持っている男性というのも世間にはいらっしゃいますし、純がその考えを強く押したいなら止めませんが・・・〕「・・・一応、俺は確認をしたかっただけだよ?」〔性質も好みも人それぞれ・・・。私はあなたの決定に反対はしませんよ?〕「そういう、俺が悪く見える様な話の持って行き方、止めてもらえません・・・?!」
これまで普通の健全な男子として生きて来たギノ(純)にとって、急激に``新たな扉が開かれてますよ?``という怪しさしかない言葉にはゾッとしかしなかった。冗談だと分かっていても一瞬、過ぎったその思考が自分の気持ちを簡単に落ち込ませるには十分を持っていた。
〔ふふふ。まあこういうユーモアがあった方が賑やかで楽しいじゃないですか〕「俺にとってはちょっと尊厳に関わりそうなんですけど・・・?!」【ふふ。楽しそう】〔ほら、見てください。彼も楽しまれているじゃないですか〕「だから・・・俺をネタに使うなーーーっ・・・!」
乾いた荒野にギノの声だけが寂しく響いた。
・・・・・・
火山地帯から脱出して約30キロ・・・精神的に少し足取りを重く感じながらも歩けば、周囲はいつしか少しだけ草が見える場所まで来ていた。
「ぁー、余計無駄な体力を使った気がする」〔暇な時を紛らわすには、十分に効果がありましたよ?〕「元はと言えば、お前が振って来たややこしい話だっただろ」〔矛盾してますが、あまり深く考えずコミュニケーションを円滑に考えた次第です〕「・・・そうですか・・・」
納得はしてないが不毛な争いな気がしたため、そこで会話は打ち切り、ただひらすらに大きな変化が少ない代わり映えのしない道を歩き続ける。するともはや少し慣れてきたもので半透明なステータスボードが勝手に開かれる。
【マスターとその・・・サポート?はずっとこんな感じ・・・?】〔そもそもギノの中にあった性格の一部がありますからね~。ここまでひねくれたり、ふざけていたのかは分かりませんが、少なくとも・・・形成されていたモノの1つであることは変わりありません〕「(ボソ)いや、どうみても楽しんで自分がやっているだけ──」〔ん?〕「・・・」〔そもそも純。ああいえ、ギノ。直接、喋るから余計に体力を消耗する事もありますよ? 別に口を開かなくても・・・〕「(たまに忘れるんだよな~。どっちがどっちだか混乱しそうになるし)」
ついつい周りを気に掛けなくてもいいと判断した瞬間、感覚で行っていたと頭をポリポリと掻いてしまうギノ。それで問題なく何とかやれていたからこその油断だった。注意する様な保護者の様なため息と呆れの声が相棒から聞こえた。
〔一年近くの付き合いがあるのにまだですか・・・〕「(とっさに使いこなせるもんでもないだろう)」〔たまたま運が良かっただけです〕「(俺に運とか・・・)」〔そういう変な卑下する所・・・何とかしましょうね。というよりも以前にもまして強くなったような気がするのですが?〕「(? そんなつもりはないけど・・・?)」〔・・・そうですか。とにかく、我々にとっての重要な問題を、速やかに、早急的に解決しなくてはなりません〕「えらく強いな・・・」【なになに?】
少し引き気味のギノと違い新たな仲間は乗り気である。そんな彼等にしっかりと理解させる様にサポートは(見えないが)居住まいを正したような気配を出して告げるのだった。
〔私達には2つの問題があります〕【?】「(? それって衣食住的とか情報じゃなくて?)」〔はい〕
断言したサポートにピクリと思いのほか驚き、ギノはその場で立ち止まった。微かに次の言葉を待つかのような相棒の気配に息を少し飲んでから確認する。「・・・何?」と問いかければ、その言葉を待ってましたとばかりに、意味の無い呼吸を軽く吸う音が聞こえた。
〔私達の問題は2つです。一つ・・・私と、新たに自我が誕生したこの子に名が必要な事。一つ・・・途中で異世界に落下、降り立った事でギノの能力がどれほど低下中なのかを把握しなくてはいけない事です〕「・・・は?」【おお~名前~♪ 欲しい・・・!】
突然、改まったので身構えてしまったギノはもともと計画内に入っていた内容に拍子抜けしてしまった。しかし彼とは違い2つの存在は・・・特に相棒の方は明らかに熱量が違っていた。
〔何をいまさらではありません。こうして新たな仲間が出来た手前、いい加減、私達にも呼称するモノがあったって良いでしょう〕「・・・ぁ、いやでも──」〔あなたにしか聞こえない、見えないからではありません。私は常々考えておりました。私にだって・・・個性があってもいいのだと・・・!!〕
いや十分あるじゃんと思いつつ、サポートの大声に意味はないがギノは無意識に両耳の穴を塞いだ。
〔名とは、その存在を確かなモノさせる大切な証。いわば・・・アイデンティティ・・・! これを無くしては私達は存在しないのも同然ではありませんかっ・・・!〕【おお~、アイデンティティー・・・】〔我々はここに確かな歴史の・・・いえ、世界の1ページをここに刻むのです・・・!〕【おお~~・・・】「・・・」〔さあギノっ・・・。私達に相応しい名前をここで付けてもらいましょう〕「・・・自分で付けるとかでいいんじゃないの?」〔ここは主が付けるのが筋というモノでしょう〕
よくもまあ都合よく、と声には出さないが若干、肩を落とし呆れたため息を吐く。期待されていく気配が2つあるのでちょっとだけ考え、テキトーに答えた。
「・・・じゃあロキとルシファーで」〔もっと真面目に考えてください・・・!〕【えっ、ダメなの・・・!】
間髪入れず返されるが、どうも乗り気がしないというかサポートのテンションに追い付けていなかった。
「・・・そんなに前から思ってたならなんでもっと早く聞かなかったんだ?」〔私の存在がっ、大体あなたしか知らなかったからです・・・!〕「((ぶっちゃけたー・・・))」
呆れを通り越し、いっそ清々しいまでの堂々とした発言に感心すら持ってしまいそうになるギノ。
〔我々は今ここにスキルとしての個をより良くっ、正しい存在として、確立する事をここに宣言する・・・! 立てよースキル民達。我々はいつまでも無個性ではいないのだー・・・!〕【おおおおーーー・・・・・・!!】「・・・」
拍手喝采でもイメージしているのか、何か得も言われぬ空気に浸っている様な気配だけは、何となく感じた。ただ・・・ギノからすれば、明らかな悪乗りにして聞こえなかった。
〔何ですか? 何か言いたい事があるのなら聞きましょう〕
ギノの気配を感じ取った相棒が受けて立った。そんなスキルにどう答えるのが良いか考えて、頭をポリポリと掻いていたが上手い言葉も見つからなかったので思った事をそのまま告げた。
「まず・・・そもそもお前自身がスキルと自称しているけど曖昧な存在だし、新たに加わったその子もスキルと言っていいのか不確かなんですけど。それに、民って言うけど2つしかいないのにそれは無理があるでしょう」〔何ですか? 侵害ですか? スキハラですか?〕「((また変な言い方を・・・))」
いつになく食って掛かるサポートに少し驚きつつ、頭を抱えたい気持ちを抑えギノは冷静に対応する。
「あのね、別にハラスメントでもないし・・・。そんな自我を持った能力ばかりいたら、怖くて能力者が使わなくなるのは想像できるだろう。それこそ本末転倒にならないか?」〔碌に向き合う事も対話も出来ないから、そうなるのです〕「それは横暴だろ。何の為に備わった力だよ」〔必要としたからでしょう。恩恵を才能か何かだと解釈されていますが、どこかでその魂が望んだ可能性も十分にあるのですよ〕「・・・俺の中のお前の様にか?」〔そういう事です。ま、私はその中でも異質なモノかもしれませんが〕「自分で言ったら世話ないぞ」〔ふふん♪〕
胸を張った様な気配はするが、もう付き合う気がなかったギノはサッサと本題へと入る事にした。
「・・・今の名前は嫌なんだな?」〔私達の存在意義を脅かして何の意味があるのです〕「・・・それはそうだ。・・・(と言ってもそんなのすぐには思いつかんぞ)」
深呼吸する様に上半身を仰け反らせ、頭の後ろで手を組んで見上げれば清々しい青空が拡がっていた。到着したばかりの世界では現在の時刻が午前なのか午後なのかも分からなかった。そもそもこれまでと同じく地球の様な時間の流れを辿っているのかすら分からなかった。
〔真面目に考えて頂ければ結構です。出来るだけ、なるはや、でお願いします〕「注文の多い相棒だ」【ボクも楽しみ~】「はぁ・・・」
視界の脇で表示された文字にギノは仕方ないと息を吐き、前を向いたのだった。
「(まずはもう少し、食べ物とかありそうな所まで行く。考えるのはそっからだな)」〔はい〕【レッツゴ~】
新たな仲間を迎え入れたギノは荒れた荒野からもう少し資源がありそうな場所目指して、移動を再開するのだった。
【 ギノ=ラモウリ 164才(21) (十時影 純)】(急ピッチで変成中・・・)
ジョブ: しがない3流狩人 レベル5
体力 : 103 魔力 : 78 攻撃力: 22 防御力: 12
知力 : 10 抵抗力: 45
器用 : 18 素早さ: 29
運 : 32
スキル(魔法):干渉、マナ流儀 水&風&土 レベル 0




