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転と閃のアイデンティティー  作者: あさくら 正篤
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455 新たな世界は大勢の歓迎に包まれる

 そこは長方形をした優に数百人は入りそうな大広間。その中心に降り立った者達は突如、玉座の手前の階段で立つドレス姿の少女から歓迎の言葉と同時にお願いを告げられる。


「我が願いを聞き届けよく来てくれました異世界の勇者様の皆様。どうか私達の国を世界を救うお力をお貸しください」「「「・・・???」」」


 ようやくその眩しさから解放された学生服姿の少年少女達は恭しく頭を垂れる少女と予期せぬ状況に混乱を起こしてしまった。テレビなどでしか見た事ないような城の内装。そこにはずらりと等間隔で並ぶ物々しい兵士や魔法使いの姿があった。その後方にはまるで観察する様にこちらを見てくる貴族らしき者達。いきなりの出来事に転移してきた者達は固まって、知り合い同士で密集するのも無理なかった。


「(ボソ)ね、ねえ・・・一体どうなってるの?」「(ボソ)私だって分かるわけないじゃん」「(ボソ)というか何これ? なんかの舞台? ドッキリとか?」「(ボソ)にしてはめっちゃ凝ってねえか? なんの番組だよ。 外人ばかりじゃん」「(ボソ)いやでも、さっき話したあの子。めっちゃ日本語だったぞ?」「(ボソ)え? ってことはやっぱり何かのドッキリ?」「(ボソ)でもさ~。あの光は眩しかったけど、そんな時間合ったか?」「(ボソ)セットにしては本格的過ぎる気がするし・・・。どうなってるの?」「(ボソ)・・・考えてたってしょうがないか・・・。あのすみません」「(ボソ)ちょっと磯部君・・・!」「「「・・・」」」


 笑ってはいるが戸惑いが隠せず埒が明かないと感じた磯部と呼ばれた学生が一歩前へと出た。止めようとした少女や心配そうに見守る者達を置いて彼は話しかけて来た少女へと質問する。


「すみません。これは何かの撮影ですか?」「? さつえい? よく分かりませんが違います勇者様。私達はあなた方のお力をお借りしたく誠に勝手ではありますが異世界から召喚させていただきました」「召喚って・・・」


 現実感の伴わない返事に流石の彼も困った様な表情を見せるが、周りから感じる視線と空気が嘘でない事を示しているかのようでますます混乱してしまっていた。それでも現状を受け入れないと話は進まないと観察すればやはり一番最初に目に入ってきたのは、まるで絵本の中から飛び出たお姫様の様な女の子だった。長い金髪に黄色い瞳が磯部をジッと見つめ返す。


「(ウソじゃないって事は・・・ホントに?)」「(ボソ)ウソ・・・」「(ボソ)え、マジなの・・・?」「「「・・・」」」


 ようやく彼が理解したのと同時に状況を察した者の一部が黙り、一部が呟き、カメラやスタッフがいないかと周囲を見回すのは仕方ない事だった。


〔これは・・・また妙な所へ・・・〕「っ・・・~~~・・・っ!!」


 中には何があったのかゴロゴロとその場で転がっている者もいるが、不思議?な事に誰も取り合う者はいなかった。


「突然の事で混乱するのは当然です。こちらの都合でお呼びしてしまい大変申し訳ありません。ですがっ、どうしても私達はあなた様方の──」「何言ってんだテメエ?」「っ!」「「「!」」」


 それ程大きな声を出したわけではなかったが私服姿の男が口を挟んだ瞬間、空気が一変する。


「鹿熊・・・」


 磯部は少し眉間に皺を寄せて険しい表情を見せる。一触即発を彼だけじゃなく、同じ学生服を着た者達も瞬時に気付く。何故なら、彼の態度に明らかに兵士達の気配が変わった様な気がしたからだった。その目は鹿熊から一切逸れる事が無く、何かあった時にいつでも鎮圧できる無言の圧力があった。それに気付いた様子も無く鹿熊は少女へと近づいて行く。ゆっくりと、その距離が縮まっていくたびに控えていた兵士や魔法使い達からの圧力が増していく。武器へとゆっくりと手を伸ばしていく姿が見えた。


「鹿熊、待て・・・!」「何の撮影か知らねえけどな~、オレには関係ねえんだよ。っつうかちゃんと許可撮れよ。なにプライバシーの侵害してんだよ」「確かに。いきなりセットに放り込まれて、こっちは見世物にされるとか勘弁だわ~」「ホントそれだよな~? 何偉そうにしてんだか。ちゃんと礼儀ってもんをやってくれねえとさ~? これだからテレビってウザいんだよな~」「分かる~w。マジでそれ。そんな所に拘らなくてよ~? その金で俺等にちょっとは恵んでくれよ~」「谷川。野田。清水・・・。お前等、いい加減に──」「黙れ磯部。お前だって、ぐっ・・・!」「おい! っ!」「「!」」「「「!」」」


 便乗した1人、野田が調子に乗って不用意に近くにいた兵士の腰に差していた剣を引き抜こうとした結果・・・問答無用で押し倒されてしまった。鹿熊達は怒りを露わに殴り掛かろうとするよりも先に抜剣した切っ先が野田の目の前にあった。恐怖と嫌な想像に勇者と呼ばれた者達の数名が小さく悲鳴を上げる。


「「「・・・」」」〔なかなか面白い所に来てしまいましたね~?〕「~~~っ・・・!! ぉぉ~~~・・・!」


 唾を飲み込む音が聞こえてきそうな緊迫感の中、暢気に話す相棒の言葉を少年は取り合うことが出来なかった。後頭部を抑えて先ほどからゴロゴロと何度も寝返りを打って転がっているしか出来なかったからだった。停止した空間にしてほんの数秒、ようやく口を挟んだのは少女だった。


「待ちなさい。彼等はまだ事情を呑み込めて──」「姫様。どうやらそんな悠長な事を言ってる場合ではありませんぞ」


 彼女の脇からゆっくりと前へ出て来たのは少々運動不足気味に思われる小太りに見える男だった。階段手前まで歩くと無礼を払った野田達を見下ろす形のまま話を続ける。


「勇者様方の住まれていた国では、どのような計らいが行われていたのかは存じませんが兵士の武器を冗談半分で奪い取ろうなどと・・・危険を通り越して、自殺を望む者の所業ですぞ」「ですが・・・」「(コクリ)分かっております。まだ状況を飲み込めていないのでしょう。幸い・・・怪我をせずに済んで何よりです」


 好々爺の様な笑みを姫と呼ばれた少女に見せた男は振り返ると適当に手を水平に振ると兵士は剣を鞘に戻し、他の者達ともども大きく後ろへと下がった。その瞬間、野田から気の抜けた様な情けない声が漏れるが誰も文句を言える者はいなかった。


「申し訳ありません」「いえ。コイツ等が失礼をしたのが悪いので、気にしないでください」「・・・ありがとうございます」


 姫だけでなく磯部を含めた多くの転移者達が安堵の息を漏らす。少しだけ空気が和らいだ所で鹿熊達の方へと磯部は振り返った。


「少しは考えて行動や発言をするんだ」「・・・ほ、本物?」「(コクリ)ええ。訓練用の刃を潰したモノではありませんので、どうかご注意を」「「「っ・・・」」」


 野田達は思わず息を飲んだ。鈍く反射して光る色合いと重厚感。兵士の向ける冷たい目とリアリティー感にようやく彼等も状況を理解したのだった。嫌な汗を掻き、彼等がゆっくりと引き下がった。ため息をついてしまう磯部には他の学生達も他人事ではなかったので同意してしまった。


「ぉ・・・ぉぉ~・・・」


 未だに消えない痛みに左右へゴロゴロとしている者がいるのだが・・・。やはり誰もその事には取り合う者はいなかった。


〔(・・・明らかに目立ってるのに・・・。)不思議なモンですね~〕


 相棒だけが不思議そうにつぶやきながら状況を見守っていた。


 ・・・・・・

 ・・・


 両手を前で組み、少し目を伏せて申し訳なさそうに自分達の世界の現状を話す姫に心を奪われてしまう男達。庇護欲を掻き立てられる可愛らしい少女に明らかに目を奪われている者が数名いた。それに対して女性達が白い目で彼等を見ているのだが、気付いた様子は無かった。


「──という状況なのです。我が国はおろか、いずれ人類は全て、魔王の手により滅ぼされてしまうでしょう。ですからその前に・・・どうか勇者の皆様にお力をお借りいただけないかと。・・・勝手ながら召喚させていただきました」「「「・・・」」」「それは・・・流石に無茶ですよ。彼等(野田達)は多少ケンカなどならあるでしょうが、僕達同様・・・``本気の戦い``という意味では素人同然です」「(ボソ)別に好きであーなったんじゃねーよ」


 切羽詰まった状況なのは理解できるが、現実問題、自分達が素人であるという事実は変わらないと磯部は代表して述べる。


 ``いち学生に過ぎない自分等に何が出来ると?``


 その表情から容易に伝わってくる内容に対して、姫は待ってましたと大きく綺麗な瞳で磯部達を見た。


「それはご安心を。ステータスを開いてみてください。そこには皆さんのジョブや能力値が表示されると思います」「ステー・・・タス? なんだかゲーム──っ」「「「ぇ!」」」



 【 磯部 健太(いそべ けんた) 】


 ジョブ: 騎士 レベル 1


 体力 : 120  魔力 : 70  攻撃力: 18  防御力: 22

                    知力 :  7  抵抗力: 15

                    器用 : 10  素早さ: 13

                    運  : 11


 突然、目の前に浮かび上がった半透明な緑の画面。驚く磯部達と別に、この世界の住人達は違う反応を示した。


「騎士・・・! 既に恩恵を・・・?!」「高い・・・。 1でその数値・・・」「呼び出すのは正解だったのか・・・」「何度でも出来る事じゃないといいますが。これは・・・期待できますね・・・」「これなら・・・ワタクシ達も・・・」「ええ。未来が明るくなりますわ」


 兵士を筆頭にたまたま見えてしまった者から驚きと感嘆の声が漏れ聴こえる。中には既に明るい未来が見えているかのような話しぶりだった。


「それが、ステータスです。皆様が個々に持っている能力値でございます」


 姫の言葉を最後まで聞き終えるよりも早く、磯部のステータスを覗き込んだ誰かが口を挟んだ。すると、堰を切ったように次々と転移者達も言葉を発して騒がしい場の空気に雪崩れ込んだ。


「何だよこれ。マジでゲームみたいじゃんか」「でもこんなの、普通出て来ねえだろ」「だったらやっぱり本物って事?」「・・・聡美、なんか喜んでない?」「うーわ、なんだろ? なんかめっちゃワクワクしてきた」「分かるっ。呼ばれたって事は、やっぱ・・・そういう事だよな?」「作り物じゃなくて全部本物なんだよね? だったら・・・やっぱ、僕等って本当に・・・勇者・・・」「・・・嘘、マジかよ・・・!」「俺って選ばれたのかっ・・・! マジでっ・・・?!」「そうなんじゃねえの? だって、違う世界に来てるんだぜ?」「ね、ね、ステータスを見ようよっ・・・!」「わかったっ。分かったから落ち着いて」


 舞い上がり、異世界に飛ばされたという事実を少しずつ受け入れながら彼等は``ステータス``と・・・嬉々として自分の能力値を確認し始めた。期待に胸を膨らませていた彼等が職業やスキルに一喜一憂するその表情には喜び、悔しさはあれど既に不安は薄れ始め、新たな希望と未知の世界に心躍らせる者も少なくなかった。「・・・」黙って様子を見守っていた姫は、我が事のように安堵して静かに口元を綻ばせた。


「良かった・・・。少しは納得して頂けたようで・・・」「ええ。これで・・・世界は救われましょう」


 彼女の呟きに宰相の小太り男は深く微笑みながら頷く。姫は玉座に座る()へと振り返れば。黙って見守っていた王もまた静かに笑みを見せてゆっくりと頷くと片手を突き出すように持ち上げた。


「(コクリ)うむ。まずは歓迎しよう。異世界からの救世主を・・・!」「「「!!!!」」」


 盛大な歓待のムードを漂わすラッパなどの音が城内に響き渡り、クラッカーでも放ったように上空にはキラキラと紙の花びらが宙を舞っていた。続いて明るい音楽と歓声が転移者達を出迎えられた。拍手を送られた少年少女達は戸惑いつつもその態度は満更でもない様子だった。


「ちょ、ちょっと待ってよ。分かってるのっ? 私達、戦わなくちゃいけないのよっ・・・?」


 浮かれ始めていた彼等には1人の女の子(クラスメイト)が冷静に呼びかける声が耳に届かず、いつしかため息を吐いて諦めてしまうのだった。


「・・・っ・・・。何なんだよ・・・これ・・・」〔お? ようやく回復しましたか? ふふ、どうやら・・・なかなか面倒な事に巻き込まれてしまいそうな予感がしてますよ?〕「・・・(何で、楽しそうになんだか知らないけど・・・)。あ~痛かった~・・・」


 上体を起こし周囲を見ながら後頭部を何度も擦り呟いてしまう純。彼の声も当然、誰にも聞こえる事は無かった。


 ・・・・・・

 ・・・


「では僕達が世界を救えば・・・」「はい(コクリ)。私の魔力も安定して皆様を元のいらっしゃった世界・・・時間と場所へとお戻しする事が可能だと思います。・・・呼び出しておいて大変身勝手なお話ではありますが」「いえ。それが約束して頂けただけでも安心します・・・」「・・・・・・信じてくださるのですね・・・」


 控えめにしても驚きを隠せない姫に磯部は曖昧な笑みを見せて、頭をポリポリと掻いてしまう。


「・・・見分ける自信は無いけど・・・。何となく・・・姫様が嘘を付く人ではないというのは分かりましたので」「・・・ありがとうございます」「・・・」


 その言葉が聞けただけでとても嬉しいのか綺麗な花が咲いたような笑みに自然と磯部は少し頬を赤らめて見惚れてしまった。純真で愛おしく感じてしまうその瞳に吸い込まれてしまう彼に、少女もまた惹き付けられてしまい黙って見つめ合ってしまうこと数秒・・・。


「ぉ゛ほんっ!」「「!!」」


 学生服の1人の少女の咳払いにビクリと小さく肩を跳ね上げ、我に返った2人。磯部が振り返れば睨む同級生とニヤニヤと嫌な笑みを見せるクラスメイト達の姿がそこにあった。


「王道っつうのはわかるけどよ~。いくら何でも早過ぎない?」「段階踏めよ。いきなり色んなモンをすっ飛ばす気かよっ」「ち、ちが──」「磯部君って~・・・実は結構、手が早いタイプ?」「いが~い。あ、でも、元々それが本性だったりして?」「何だよ。それならもっと早く言えよ。そんなら俺がいい子紹介して──」「真面目な人を巻き込まないでよ。ね?志保」「・・・」「・・・(ぁ、やべ)」


 振られた女の子の半眼になって睨みつけるかのような表情に察した男達が雲の子を散らすように彼女から離れていく。明後日を向いて顔を合わせない彼等を置いて、彼女の視線は自然と正面にいる磯部へと固定された。「(ここで僕かよ・・・)」と男達を見れば、苦笑交じりに片手を上げて謝っているポーズが見えた。同じく周りにいる女の子グループもまた「(ゴメーン)」とジェスチャーで謝罪していた。思わずため息を吐きながらも磯部は志保と呼ばれた少女へと真面目な顔を向けた。


「ごめん。君が色々と考えてくれている時に、ちょっと浮かれすぎてたよ」「・・・うん・・・。分かってくれれば、いいよ・・・」


 何とも言えない空気が辺りに包まれようとするが、磯部は切り替えして振り返る。


「すみません姫様。これから少し皆で話し合いを」「ああっ、はい、どうぞ。私こそ気付かなくて」


 気恥ずかしそうにしながら後ろへ下がっていく姫。タイミングを逃すまいと宰相が声を掛ける。


「勇者磯部様・・・。急かす様で恐縮なのですが姫様の魔力波が残っている内に・・・」「(コクリ)・・・具体的には・・・?」「そうですな~・・・」


 宰相は腕を組み首を捻って、後方にいる姫に確認を取ると・・・彼女は両手を見つめて何かを確かめた後、指を3本立てた。磯部へと視線を戻し、顎を擦りながら考えていた事を答える。


「余裕を持って考えると・・・恐らく1時間あるかどうかと考えた方がよろしいかと。皆様をお呼びする時の姫様の魔力量と時間を考慮に入れますと・・・安全に送り返せるのはそれくらいかと・・・」「それ以上は無事に元居た場所へは難しいと?」「(コクリ)はい。この世界は魔王共のせいで大規模な魔力は不安定ですので」「よくそんな状況で、僕達を・・・」「正直に申し上げれば・・・賭けもいい所でした。いくつもの条件と僅かな可能性を胸に、神が我らの祈りに手を差し伸べてくださったのだと」「・・・そうですか」


 多くは語らず、何とも言えない微妙な表情で磯部は曖昧に答えた。それを宰相も理解しているのか必要な話だけを伝える。


「送り返せる人数は限られています。長引けばそれだけ可能性が少なくなる事には十分にご注意を」「分かりました」


 深々と頭を下げて後ろへと下がっていく宰相を尻目に、磯部はさっそくクラスメイト達と相談を始めるのだった。


 ・・・・・・


「俺達の成長次第だろ? 良くて半年くらい?」「それはあくまで希望でしょ? ここはゲームじゃないんだから・・・。そもそも私達、モンスターらしき存在と殺し合いをしなくちゃならないのかもしれないのよ? いま冷静になって考えればむっちゃヤバいじゃん。そんな覚悟、アンタ達はあるの?」「「「・・・」」」


 女子の1人の質問にお互いの顔を見合わせて黙り込んでしまうクラスメイトの面々。


「ぃ・・・ぃや。一応、その覚悟を訓練とか?で慣らすつもりなんでしょ? 確かにいま言われっと怖くて出来ねえけど。それも含めてなんじゃねえの?」「そもそも帰れるのだって数人じゃん。って事はしばらくここに残るって事じゃん。その間、どうするよ? 俺等、戦争なんてニュースや教科書とかでしか知らないただの現代日本人だぜ? サバイバル技術なんて、誰が持ってんだよ。スキル的な事考えたら有坂とか本田ぐらいじゃん」「木ノ内さんも持ってたよね? あとほっちゃんも」


 ボブヘアの女の子は友達の言葉にすぐさま首を振った。


「林間や野外学習を当てにしちゃダメ。あんなの結局、用意されてるのが前提。ゲームっぽい所があってもパッと見た文明レベル、分かるでしょ?」「・・・自販機とかコンビニとかあるわけないか・・・」「そんなの期待するだけ無駄だろ。初めから分かってたじゃん」「「「・・・」」」


 ガックリと首を落ちてしまう女の子達。ファンタジー世界にいくらか理解がある者達とそうじゃない者とでその差がハッキリと現れていた。すると違う意味でやる気が削がれ、やさぐれてしまう者も当然現れる。


「私、帰りたいんですけど~。っつうか、私達って巻き込まれた側じゃん。何でこんなに悩まなきゃならないわけ?」「まあまあ、落ち着いて・・・」「自然災害に文句言っても仕方ないって」「自然って、これ人が、っていうか・・・あの姫さんが巻き込んだ事じゃん。はぁ~、もぉ~、何でこうなるわけ」


 その場でしゃがみ蹲ると髪をくしゃくしゃにして俯く少女。友人がそんな彼女の背中を擦るようにそっと手を乗せて宥めている。似た様な状況が何人も見受けられた磯部は組んでいた腕を解く。


「梶くんに、工藤さん、新橋君に舟木さんにはこの状況は厳しいみたいだな。彼等だけでも姫様達に頼んで帰らせてもらおう。今ならたぶん無事に日本に帰る事が出来るはずだから」「・・・。(コクリ)うん、その方がいいでしょうね──」「あの~」「うわぁっ・・・!」


 賛同しようとした瞬間、ヌッと脇から声を掛けられた女の子が驚き飛び跳ねた。近くにいたクラスメイトの数名も突然の彼女の声にビクリと肩が飛び跳ねた。そこにはこれまで全く彼等の視界にも入っていなかった、明らかに異世界の住人らしき者達の姿があった。その中の1人、目元までをボサボサと髪で隠したガタイの良い男が割って入ったのだった。


「その・・・。盗み聞き、したのは・・・申し訳ないんだけども・・・。それは・・・オラ達も・・・数に入れてもらえたり・・・するの・・・かな?」「ぇ・・・ぇぇ・・・?!」


 男の言葉に賛同する様に3人の太った40代くらいの褐色の男。色白で少し頬こけた30代の女性と学生達と同い年くらいのエルフっぽい少年が後ろに控えるように立っていた。


「ぇ?・・・ぇぇ・・・?!」


 話しかけられた女の子は驚きを隠せずギョロギョロと彼等を見回した後、そのままぐるりと首を回し同級生に視線で訴えていた。「(居たっ・・・?! こんな人・・・いた・・・?!)」その目が何を訴えているのかを容易に理解できた者達からは小さく首を横に振る答えが返って来る。クラスメイト達もまた驚きを隠せず困惑した状態だった。


「(仕方ない)」


 そこへ周りから少し引いた意識で状況を見守っていた磯部が率先して彼等の前へと立つ。


「今の所、僕達のクラスメイトで帰った方が良さそうなのは4人程です。そこに居る皆さんを含めても8人くらいなら・・・早めに姫様にお願いすればなんとか」「・・・そうか」


 磯部の言葉に男達は口元を綻ばせ、安堵の息が漏れる。その一瞬で互いに僅かながらも同じ境遇の同士という気持ちが、空気が軽くさせるのを磯部だけでなく周囲の者達にも伝わった。


「時間もそんなに無いと考えた方がいいでしょう。他に誰か、帰りたいものは居るか?」


 最終確認とクラスメイトに呼び掛けるつもりで見回す磯部。彼の言葉に数人ほどが「(どうする?)」と互いの顔を見合わせる様子が見受けられる。が、メンタルを大きくやられそうになっている者以外は比較的問題が無い様子だった。


 そこへ状況を聞いていたサポートが主に声を掛ける。


〔純・・・〕「(?)ぁ、そっか。すいませ~──」


 一瞬、理解できなかった純は手を上げて前へと進もうとした時だった。


「んだよ、ちょっとくらい良いだろうが。いちいち突っかかってくんじゃねえよ・・・!」


 そんな声が広間内に響いた。発生源に視線を向けると、そこには志保と鹿熊達の不穏な空気が広まっていた。その後ろには友達であろう女の子とどうしていいのか分からず少し困惑気味の姫の姿があった。


「手を貸してやるつってんだ。だったらそれなりのもてなしてもらっても文句ないだろ」


 イライラしているのが周囲にも分かるくらい、あからさまなため息を吐き、片手を首に回してケンカをするための準備運動でもしている鹿熊。


「(ボソ)あれ、ヤバくない?」「(ボソ)また問題起こす気? さっきので分かったんじゃなかったの?」


 周りからの避難めいた視線など気にもかけず、鹿熊は志保達を見下すように。野田達は頭からつま先までをジロジロと値踏みする様に見ていた。時折、姫やメイドを見ては口元が緩んでいた。


「あ、あの。それは私が責任を持ちまして可能な範囲で──」「具体的に何してくれんの? やっぱ姫様ならその辺り・・・分かってんだろ?」「ちょっと」「黙れブスッ。「っ」テメエに聞いてねえんだよ」


 睨みつける少女。だが睨み返され、少し凄まれ怒鳴られるだけで怯んでしまっていた。明らかな力関係に、鹿熊のイライラがヒートアップする。彼が一歩前に歩くと無意識に志保はジリと後退してしまう。それでも強く意志を保って向き直ると、鹿熊は密着する手前で立ち止まり頭を少し屈めて顔を近付けた。


「あんま調子にのんじゃねえぞ? テメエなんかいつでもヤれんだからよ~。ここは日本じゃねえし、オレは勇者だ。テメエ1人くらい潰されてもこの世界にとっちゃ、救って貰えれば文句は出ねえんだよ」「そ、そんな事──」「馬鹿かテメエ? ここは弱肉強食なんだよ。 地球なんかよりも強い奴が好きに生きていいルールなんだよ。いい加減、ウザい正義感で絡んでくんじゃねえよ。テメエから真っ先に潰すぞ」「っ!」


 ビクリと肩を震わせ反応した瞬間。ニヤリと鹿熊が笑みへと変わりゆっくりと志保の肩に手を乗せる。


「あんまビビんなよ。冗談だ冗談。ブスって言ったのは謝るって。オメエも悪くねえんだ。オレと居たいってんなら考えてやってもいいんだからよ」「触らないで」「おほ♪ そんな怒んなよ」「志保・・・」「行こう?」「うん・・・」


 腕を反対側の肩に回し、抱き寄せようとした所で彼女は払い除け、友人と姫を連れて鹿熊から離れていく。そんな彼女達の・・・姫の背中に向かって野田達が楽しそうに声を掛ける。


「ちょっと待ってくださいよ~♪ 責任って・・・一体、どんな責任を取ってくれるんですか~?」「やべ~、なんか滾ってくる~♪」「うっしゃあ。それじゃあまずはどの子にしようかな~?」「おいおい待てよ。この前もお前そうやって、おれの狙ってた子、先に頂いてたじゃねえか。今回はおれが先だかんな?」「ここはジャンケンしようぜ?」「あ、ずりぃ。そんなら俺も混ぜてくれよ」「よーし、まずはこの一週間でどれだけの子と楽しい時間を過ごしたかで勝負しようぜ?」「負けた奴は何する?」「そりゃあ・・・。勝者に3日くらいお気にの子を献上だよ」「うわマジかよ」「前みたいに潰すなよ?」「分かってるって」「(ボソ)サイッテー」


 誰かが発した言葉などまるで聞こえず鹿熊達は既に想像の世界に酔いしれ始めていた。そんな様子には流石に誰もが呆れるばかりだった。


〔まるで猿ですね。動物よりも知性があると言っても、突き詰めると本能で生きている者の思考はなんとも・・・〕「(ホント、どこの世界も変わんないな~。理性よりも欲望が勝ちやすいというか・・・融通が利く世界に来てしまった事で、そのタガが外れやすくなっているのかも・・・。これって結構マズいよな?)」〔いえ、大丈夫です。やはりどこの世界でも正義のヒーローというのはいる者ですよ〕


 状況を見守っていた純達の目にゆっくりと鹿熊達に近づいていく磯部が居た。彼はテンションが上がり奇声に近いゲスな笑い声を発する鹿熊の腕を掴んだ。「あ?」左腕を掴んだ人物を見る彼だがその顔にはまだニヤけ面が残り、状況を完全には理解できていないようだった。


「いい加減にしろよ? お前達」「おい、何掴んでんだ──っ!」


 僅かに俯き、磯部の顔がハッキリと見えなかった。払いのけようとした鹿熊は強烈な腕の痛みに顔を歪め睨みつけようとするが、それよりも先に目の前のクラスメイトの変化に驚きの表情へと変わる。


「ここは遊び場じゃない。お前達の言動は全て・・・皆にまで迷惑が掛かる事をいい加減理解しろ」「テ・・・メエ・・・っ。離せ・・・よ・・・」


 磯部の内側から淡く白い光が波紋となって広がり噴き出す。だが鹿熊にとっては驚く以上に到底、常識では考えられない力で掴まれた、痛みから自然と膝を屈しそうになっていた。呆然とその様子を見ていた野田達はようやく我に返ると凄みを利かせるように強気な態度を見せるが、明らかに小物に映ってしまっていた。


「お、おい、何すんだよ」「さっき伸二が言っただろうが。冗談だって。何マジになってんだよ」「テメエこそ、力を手に入れたからって調子に乗ってんじゃねえよ」「・・・」「「「!」」」


 磯部は何も言わず野田達を見た。ただそれだけで・・・彼等の勢いは簡単に止まった。


〔良くも悪くも本能に忠実ですね~。どうやら上下関係を悟ったようですよ〕「(・・・その言葉が合ってるのかは微妙な気がするけど・・・。あれは・・・マナを発しているだけ? それにしては・・・)」〔ええ。たぶん、純の予想通りですよ〕


 サポートの言う通りか、様子を見守っていた周囲から言葉が漏れ聴こえてくる。


「既に魔力を使って・・・?」「いや、それだけじゃない。まだ弱いがおそらくスキルも・・・」「基礎能力値が高いと起きるとは聞いた事あるが・・・」「私も初めて見ます・・・。勇者磯部は、本当に我らの世界を・・・」「磯部様」「!」


 名を呼ばれた磯部は冷静さを取り戻すと掴んでいた手を離した。同時に発していた魔力も霧散して消え去っていく。周囲にどよめきが生まれた。


「す、すみません」「い、いえ。大丈夫です、磯部様」


 姫は視線に意を汲んだ宰相は軽く咳き込むことで凍り付いた場を和ませた。畏まり申し訳なさそうな磯部へと姫は近寄っていく。


「助けていただきありがとうございます」「・・・(ペコリ)」「・・・あなた様には他の勇者様方とは違う特別な力が秘められているようですね。もしかすると、それはとても大切なモノなのかもしれません」「特別・・・」「・・・これからゆっくりと身に付けて行きましょう。それは、あなた様自身を助ける力となります」「・・・・・・そう、ですね」「「「!」」」


 自分の中で溢れ出た力の感覚を思い出しつつ振り返ると鹿熊達がビクリと僅かに肩を上がらせる姿が見えた。何も言わない彼に警戒しつつ、居心地の悪さから舌打ちをして鹿熊達は大人しく引き下がるのだった。


「(ボソ)こんな事で、本当に僕達は日本に帰れるのか?」


 一抹の不安を覚えつつも磯部は揉めていたクラスメイト達を気遣いながら話し合いを再開させるのだった。


〔まるでボス猿か何かを見ているようでしたね?〕「(厄介事になりそうな予感しかないんだけど・・・)」〔それは、純が読んでいるラノベや漫画の様な事ですか?〕「(事実は小説よりも奇なりって言うから、実際あの手のタイプが大人しくなるなんて思えない)」〔まあ・・・それはわかりますね。性質が違いますね。たぶんこの世界で力が付けば調子に乗りますね〕「(もしかして・・・今回って、それを何とかしなくちゃいけない感じ?)」〔さあ~、それはどうでしょう・・・。少なくとも今回の私達は完全に巻き込まれた形ですので、部外者ではないかと・・・〕「(じゃあ、あまり介入するのも・・・)」〔ええ。サッサと我々の世界に帰りましょう〕


 腕を組み、手に顎を乗せて学生達を見ていた純とサポートは幸い?それぞれが自分達の事で手一杯だったという事もあって悪目立ちせずに済んでいた。純達を置いて話は進み、宰相と姫の催促で転移者達は魔法使いらしき者達が大事そうに配膳用ワゴンで運んできた半透明な水晶へと案内されていた。


「これは先ほど皆様が確認されたステータスの・・・更に深部。隠された能力と可能性を調べるためのアイテム、クリスタラークです」「クリスタ・・・?」「特別製の鑑定水晶ですわい。自身で唱えて見るステータスとは違い、その者が持つ潜在能力や隠された力までもが表示させる事が出来るのです」「え、そんな凄いモノが・・・?!」「マジかよ。じゃあ、オレ達ってもっととんでもねえの・・・!?」「あくまでもここに浮かび上がるのは可能性です。今後の皆様次第でその能力は変わっていきます」「(コクコク)はぁはぁ。映し出されるのは現段階の可能性だけって事か・・・。ってことは、私が戦闘系になる事も・・・」「(コクリ)はい。皆様次第です」「「「おお~・・・!」」」


 既に残る事を決めていた者達は思考を切り替えて色めき立つ。誰から調べるかとワクワクと不安が入り混じった顔でお互いに視線を交わし、譲り合う様な状況になっていた。そこへ宰相は磯部へとゆっくりと近づいて行く。


「それで磯部様?」「?」「先ほどのお話は・・・?」「・・・ああっ。はい、元の世界に帰る者達は決まりました」「・・・そうですか。分かりました」「?」〔・・・〕


 僅かにマナを揺らがせながら頭を下げた宰相は磯部から一歩離れた。そのまま少し大げさに左手を掲げる様に拡げると声を張った。


「それでは元の世界へ帰還を望まれる方々は、私と共に別の部屋へとついて来て下され」「あれ? ここで(召喚された場所)帰さないの?」


 転移者の1人の質問に、少し気恥ずかしそうにもじもじとさせて答える姫。


「他の魔法などの干渉を避けるためだと・・・。先ほどは、他の魔法使いの協力もあって出来た事ですので・・・」「それじゃあまた同じように──」「大規模魔法は一度使うだけで、周囲の魔力に影響が出てしまう事がございます。今回は予想以上の数の召喚でしたので、大事を取って別室で」「そこでなら少人数ならば姫様の残りの力を持って返す事も可能かと」「そ、そうなんです・・・か?」「・・・(コクリ)」


 控えていた魔法使い達の言葉と勢いに圧倒されそうになりながら志保が姫に確認すると、小さな頷きが返って来た。どうしよう?という視線を向けられた磯部が一歩前に出る。


「僕も付いて行って構いませんか?」「? ええ、それは別に・・・」


 2つ返事の姫の言葉に、宰相は好々爺を思わせる笑みで頷くと先導する様に広間の入口へと歩き出していった。


「磯部様」「(コクリ)はい。それじゃあ長谷部さん、ここはお願い」「うん、任せて」


 クラスメイト達と軽く手を上げて挨拶を交わすと磯部は姫の後を追いかけていった。続く様に魔法使いや帰還を望む転移された者達が追いかけていく。


〔純・・・〕「(・・・はぁ。何事も無く、ね)」


 少し肩を落としながら純も彼等の後へと続いて行くのだった。







 【 ??? 十時影 純】(緊急変成中・・・)


 ジョブ: ???


 体力 : ???  魔力 : ???  攻撃力: ???  防御力: ???

                     知力 : ???  抵抗力: ???

                     器用 : ???  素早さ: ???

                     運  : ???

 スキル(魔法):干渉、???

 随分と遅れての更新となりました。


 やっぱり、書き続けないと色々な事が忘れていくなぁ~と感じる今日この頃です。

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