448 世界へのいろは
キラキラと舞い降りる雪の様な結晶が済んだ青い瞳の中で光り輝く。
「友達には手を出させない」「っ・・・!」
切っ先を下げ、正面から見つめる透き通った様な彼女の姿に、見惚れるを通り越し思わず気持ちで怯んでしまいそうになるルグルット。
「あなたは・・・何も分かってない。与えられた力を、ただ自分の欲の為に使う。そんな世界に、従う人はいても付いて行く人はいない」「っ、はっ・・・! どちらにしても同じに聞こえるが?」「縛り付けた世界はいずれまた誰かが解放する。あなた達は・・・嫌っている世界と同じ事を繰り返すだけよ」
コツ・・・コツ・・・とゆっくりと周囲に音を響かせるように歩いて行くユティ。遠く離れていても明瞭に彼女の声は届いていた。正面へと向き直り、相手の出方を窺うように話に乗るルグルット。互いの距離が少しずつ近づいて行く。
「違う。誰が創ったか・・・その明白さが大事だ。それは・・・人でなくてはならない」「だとしても・・・。この様な強引なやり方では、ただ恐怖を植え付けるだけ。かつてアルメラは、そんな嘆く人々を必死に救った。あなた達とは違い・・・自分の成す事と向き合って、その道を選んだ・・・。ただ気に入らないだけで世界全ての命を奪うあなた達とは全く違った」「・・・は。奴も縋りたかった1人だからだろうな。生きる意味を欲したのだ。それを・・・今の世はオレが担ってやるのだ」
コツ・・・と10メートル程の距離まで近づいた所で立ち止まる。ニヒルな笑みを向けてくる相手をただただ黙って見つめるユティ。その綺麗な瞳がゆっくりと閉じられるとともに甘い息を漏れる。
「本当に・・・どこまで言っても平行線・・・なのですね」「分かっていたはずだ」「・・・ええ。それでも・・・少しだけ望んでしまうの。「?」 あなたが・・・死ぬかもしれないので」「!」
微かに彼女の魔力が体から漏れた瞬間、急激な悪寒が走り大きく飛び退いてしまった。それに気付いた途端、プライドで歯噛みしたくなったがなんとかその怒りを抑え睨みつける事で我慢した。「大丈夫?」そんな彼には目もくれず、倒れていたラフィーナに手を差し伸べる。
「ありがとう。・・・ごめんなさい。思ったよりも(時間を)稼げなかったわ」「(フルフル)ううん。上手く扱えなかった私の責任・・・。ラフィーナが無事でよかった」「・・・ふふ。ちょっと情けない姿を見せてしまったわね」
手を借りて立ち上がったラフィーナは服と血で汚れてしまった体を少し気恥ずかしそうにして笑う。そんな彼女にユティは鏡の様に綺麗な宝石の瞳で見つめていた。「お願い」そう言って少女は小さく微笑んだ。それに氷の女王もまた微かに笑みを見せた。
彼女が纏っている力は・・・この世界では・・・似ていても異なる性質。``魔力``ではなく根本であり根源でもある``マナ``を、確かに彼女は一時的にせよ使用できた初めて存在なのである。それは精霊にとっては当たり前の・・・しかし、異なるがゆえに扱う事が難しい性質だった。この世界でその力を普通に使えていたのは・・・ただ1人だった。
「(ホントは凄い事なのに・・・)」「なに?」「いえ・・・」
思わず笑みが深まってしまい、気になった友達に小さく首を横に振る。
「あなたがこの世界で初めてよ。それは未来を大きく変える可能性。でも気を付けてね」「うん・・・だから・・・」「そうだったわね・・・。世話の焼ける妹ね」「もう。お姉ちゃんは1人で十分」「あらつれない。ずっと一緒に居たのに・・・」「時折、私をからかってたの忘れてないからね」「ふふふ。そういう所は本当に変わらないわね」「むぅ」
可愛らしく膨れる少女の体に透過して行く様に通り抜ける。半透明のままユフィの後ろで優雅に翻り浮かんでいる時にはもうラフィーナに負傷の痕は何処にもなかった。「同化・・・」それが本来の形なのかと小さく舌打ちして嫌そうに睨みながら呟いたルグルット。
「お待たせ。・・・さぁ、この戦争も終わりにしましょう」「(制御は任せなさい)」「勝った気か?」「試してみます・・・?」「チ・・・。(ボソ)これだから、力を付けたガキは・・・」「それは・・・自虐も込めてかしら?」「ふん。世界の力を知るが良い」「お手柔らかに・・・」
微笑む少女に男は黙って見ていた。両者、どちらからともなくゆっくりと武器を構え直す。静寂に包まれた異空間。そこに・・・風が吹いた瞬間2人の姿が消えた。「「(!)」」斬り上げと振り下ろし。ぶつかり合った衝撃で少し後ろへ仰け反った。すぐに姿勢を制御するとユティは滑るように低く、ルグルットは足腰に力を乗せて踏ん張ると前傾姿勢になって攻めに掛かった。
ガガン、ドガンバゴンドガドガバキガゴンバキギギギン・・・!!!!
武器から伝わる振動と衝撃。微かな痺れをユティは友達を信じて果敢に攻めて掛かる。「(! 舐めるなっ・・・!)」ルグルットも自身で掴み取った魔力の力を奮い、攻撃はますますと加速し苛烈になっていく。
ガカンガゴンドキンガギンドゴンバゴンドガンバキンバキン・・・!!
斬る、払う、躱す、放つ、撃つ、斬り上げる・・・突いて、捻りながら斬り下ろす。霜が周囲を集めた魔力の欠片がいくつも飛び散る。同じ場所で踏みとどまって斬り結ぶのはコンマ数秒。その間に繰り出した攻撃と読み合いだけで数回~十数回。掻き消える様に両者が一瞬離れる度に遅れて、その衝撃波が異空間に強くダメージを与えていた。
「!」「(チッ)」
間合いを取られた瞬時に気付き、魔力弾を間髪入れずに放つがラフィーナが青と水色の氷で相殺する。ユティが一振りすれば津波の様に白い氷の波が押し寄せ、ルグルットは上空へ回避を余儀なくされた。「!」相手の姿を見失うまいと睨んでいた視界に、斬り上げた刀が振り下ろされる動作が見えた。以前よりも魔力向上で得た鋭敏な感覚。集中力も相まって嫌な気配が見上げると数十メートル先でいくつもの太い氷柱が生成され、落ちてくる所だった。
「はあああ゛あ゛あ゛っ・・・!!」
宙で体を捻り、魔力を練って燃焼させる。カラフル色に発光させる剣は周囲の景色を僅かに歪ませ、周囲の気温を更に上昇させる。急激に冷却と高温を繰り返し、絶えず衝撃波を生み出し続けていた異空間。しかしそれでは飽き足らず、2人の能力に空間内では力の逃げ場所を探すべく魔力が荒れ狂うように募っていた。「(ユティ)」いち早く気付いたラフィーナの声に、少女もまた意識の片隅で理解する。その時・・・異様な魔力の歪みを2人は感じ取った。
「貴様に・・・!」「「(!)」」
見上げたそこには大量の氷柱から邪魔なモノだけを排除したルグルットが、その体に隠しきれていないほどの長く大きな蜃気楼の様な魔力を剣に纏って振り下ろそうとしていた。
「オレは・・・倒せん・・・!」
宙を蹴った様にロケット発射したルグルット。チリチリと魔力が赤色へと変化していく。
「(ラフィーナッ)」「(!)」
腰を落とし構え直し、マナを練り上げる。彼女達の周囲で雪の結晶となってキラキラと輝かせて上昇する。行動、決断から1秒と掛からず巨大な高熱の蜃気楼と化した剣が振り下ろされた。
ズオオオンンンン・・・!!
晴天の空と奈落の底に、新たな赤黒い異空間の裂け目が付けられる。気にする事なくルグルットは避けた相手を追いかけて斬り払う。燃焼と共に削られる異空間。「これが・・・!」避けた相手をに更に追い打ちを掛けるべく、斬り掛かる。超高温で燻される空間。刻み込まれた箇所は深い傷跡を付けられ、灰燼と化す。剣を振り、新たな傷を付けられる度・・・ユティの逃げ場所は絞られていった。・・・そして。
「世界を担うっ・・・。皇のっ・・・覚悟だああああっ・・・!!!!」
一条に伸びた太く大きな獄炎の魔力が振り下ろされ、彼女達を確実に捉えて燃やしたのだった。
「・・・」
頬と腕に僅かな煤と煙を上げて、振り下ろした状態の体をゆっくりと起き上がらせる。そうして自分が生み出した異空間・・・そこに新たに刻まれた意志という名の炎の道を眺める。何も残らず、端をチリチリと炎の残滓が残る景色が拡がっているだけだった。荒くなっていた呼吸を深く吐く事で落ち着ける。自分が生み出した事象以外の反応が無い事を確認し、ゆっくりと踵を返す。
「ふぅ~・・・「!」危なかった~」「上書きは成功ね」「もう~・・・大丈夫なら、もっと先に言ってよ~」「集中を途切れさせる方が危険でしょ? ほら、もうひと踏ん張りよ」「・・・ぁ」
パタパタと掻いてない汗を感じているかのように扇ぐ少女に、彼は言葉が詰まってしまった。``馬鹿な・・・!``という驚愕の全てがその表情から物語っていた。ユティ達はそんなルグルットの視線にようやく気付いたのか視線を移した。
「・・・一時的に感情をキッカケに宿主に力を貸したようね」「流石にアレを連発されると・・・受け流す自信は、まだないかな」「もう大丈夫でしょう。残念ながら・・・彼は耳を貸さなかった」「・・・そうっぽいね」「な・・・なっ・・・。(どうなっている?! 確かにあの時っ・・・)」「終わらせるわよユティ。時間が無いわ」「そうだ、ね・・・」
両手で柄を握り直し、マナの出力を上げる。うねる様にユティ達の周囲で粒子が円を描いて上昇する。
「あり得ないっ・・・! 貴様らはオレの力で──」「当たった・・・。その様な感触を受けましたか?」「っ!」「あなたは得た力に溺れてしまった。あなたの魂は・・・ずっと、あなたの呼びかけに応じようとしていましたよ? それを拒否したのは、あなたです」「っ・・・黙れっ!!」
もう一度、魔力を練り上げるが集まるのはカラフルな小さな欠片だけだった。
「っ!(なんでっ・・・!)」「限界です。それが・・・あなたが選んだ答えです」「~~~っ・・・! クソがあああああっっっ・・・!!」「ユティ・・・」「うん」
ラフィーナの言葉になりふり構わず魔力を捻り出すルグルット。足りないと自ら作り出した異空間からも魔力を搾り取っていく。小さな粒子が砂の様になってルグルットに取り込まれていく。しかし・・・回復しても以前の熱は戻らなかった。カチッと刀の切っ先を下げて、腰を落としたユティに焦りと怒りが込み上げてくる。偽りの皇・・・。見つめてくる彼女の視線がまるで蔑んでいるかのように映った。
「(ふざけるな・・・)貴様がっ・・・オレを──」
続く言葉は無く、斬られた箇所から急激な損傷が凍っていく。痛みは感じずただ力が、魔力が煙の様に抜けていくのを感じながらルグルットは仰向けに倒れるのだった。「・・・」刀を一振り。すり抜け様に斬ったユティはゆっくりと振り返り、倒れていく彼をどこか冷たくも悲しい表情で黙って見つめるのだった。
・・・・・・
「っぐ・・・」「ドレッド・・・!」「っ、無事か?」「助かる」
態勢を崩され危うくモンスター群に飲み込まれかけた所、ナルシャの紫電による妨害と攪乱による機転で難を逃れる。乱れた陣形を立て直すべくドレッド達は一箇所に集まって背中合わせになる。
「流石に残された魔力にも限界が来てるわ」「やれやれ。死人に鞭を打つ・・・」「このままでは彼女が戻る前にこちらが力尽きそうだ」「く・・・。(あと少し・・・)」「あの子のおかげで、こちらはかなり余裕が持てているなんですが・・・」「誤算、だな」「これだけ集めてしまうと、そもそもこの星そのものが崩壊するぞ」「余程か・・・。あやつらの執念とはそれほどに・・・」「今は嘆いていても仕方ない。持てる力を尽くすだけだ」「ほ~んと、しぶとく生きてるね~皆さん。おっと・・・」「(チ)」
近づいて来たレネッタへの不意打ちを狙うナルシャだったがモンスターがその身を犠牲にして事なきを得る。
「随分と数が減ってきたようだが・・・。そろそろネタ切れか?」
ちょっとした皮肉のつもりで発したナルシャの言葉に彼女は、ムッと何とも歯痒そうな表情をした。
「全く。何なのあなた達の仲間は、ほんとーに申し子って厄介な存在よね」「「「(!)」」」
その言葉に僅かに視線だけを合わすナルシャとドレッド達。
「これは我々の命と世界を掛けた戦いだ。お互い一人で戦っているわけがないだろう」
魔力も残りわずか、肉体も精神もかなり擦り切れている中、ドレッドは自然な流れでポジションを取る様にレネッタの前へと移動する。それに合わせゆっくりとベルトルン達が密集する。
「(ボソ)今の話・・・」「(ボソ)ああ。どうやらロクサーヌの事だと勘違いしているのだろう」
互いの認識を簡単にすり合わせる。その間にドレッドは目の前の化学者の注意を惹き続ける。
「まあ、そうなんだろうけどね。本当に2人も・・・いいえ。もっと申し子をこちらに引き入れるべきだったと反省しきりね」「ふ、それは何とも運がこちらに傾いてきたような話だ」「(ボソ)ロクサーヌも頑張ってくれてはいますが、おそらくここに来るまでの戦闘で相当に力を消耗しているはずです。あの子を期待するのは難しいでしょう」「(ボソ)・・・好機と取るべきか・・・。それとも・・・」
ベルトルンの言葉にドミニスクもクラレスメルクも判断に答えあぐねてしまう。その気配を後ろから微かに感じ取ったドレッドが僅かに前進する。合わせる様にナルシャもジリっと間合いを詰めに入るが、牽制する様にモンスターが立ちはだかった。
「時間は・・・残されてないか・・・」
ドミニスクの諦めた言葉を最後に、武器を握り直し気合いを入れ直す3人。
「そう簡単に納得されるのも嫌なんですけど、っというかドレッドちゃん、本当にあの時と違って表情も性格も豊かになったわよね~?」「誰かのおかげで随分と鍛えさせられたよ」
ジリっと腰を落とし、剣の切っ先をレネッタへと向けるドレッド。笑っているがその瞳はどこまでも真剣に相手を見据えていた。例え科学者であっても、その雰囲気が分からないわけではない。彼女はニンマリと笑いつつ、ゆっくりと右手を持ち上げた。何も持ってはいない。しかし相手が相手だけに警戒を解くことは当然できない。
「おかげで長い間、自由を奪われていたよ」「それは良かった。あなた達、兄妹は本当に何をするか分かったモノじゃなかったから・・・。でも、それももうお終いみたい。私からの最後のプレゼント・・・受け取って」「(何をする?)」
緊張感が一気に高まる中、レネッタはパチンと指を鳴らした。その瞬間、地響きを鳴らすような雄叫びと共にドレッド達が制御室で戦った巨大な猛獣が数匹出現した。
「!」「なにっ・・・?!」「何だ・・・!?」
初めて見るドレッド以外の4人はその光景に、唖然とするしかなかった。振り返り、睨みつけるドレッドの視線に心地よさを感じる様に目が細くなるレネッタ。
「あの時の魔力の内包量は多かったけど・・・。従順に動いてくれるかは怪しかったかな」「お前達は・・・部下まで」「ああ。あの子は知らないよ? だって余計な情報だもん。 私達が成す覇道には、きっと障害になる。もう少し息を合わせれば上手くいけるかもぉ、っと思ったけど。たぶん無理ね。いやぁ~相性って本当に大事ね? 君達の戦いを見てよ~く分かったわ。 うん、あれは無理」「・・・」「怒んないでよ~。私だって苦渋の決断だったんだから~。とても信用できないと思うけど本当なんだから・・・」「・・・」
睨みつけているドレッド。その視界の端、レネッタの後方にいるナルシャがどうするかを目で聞いて来る。僅かな逡巡。攻める機会が迷いと共に曇らせようとしていた。だが時は待ってくれない。
「ドミー!」「クラレス、ここを頼むっ」「分かったわ」
空中を走り援護していた列車に猛獣モンスターが噛み付き、次々と地面に墜としていく。慌てて離れようとした人魂やローブ姿の救援車にその鋭い爪と牙が襲い掛かって来た。叫ぶ事すらなく喰われ、エネルギーとして吸収される仲間達をベルトルンとドミニスクが助けに向かう。
「これは・・・決まったかな?」「2人共、待って・・・!」
わざと聞こえる様に告げられる終了の合図。悔し紛れに攻め込もうする気配を察して止めに入るクラレス。それでも止まれずドレッドとナルシャが1歩踏み込み、モンスターが反応して姿勢を低くした時だった。「「「!」」」ドーム状の空間が歪み、崩れて中にいる者達が姿を現す。目の当たりにした瞬間、理解できないとかよりも早く一番に飛び出したのはレネッタだった。
「ルグルット!」
護衛として付き従わせていたモンスターを足止めに倒れて動かない彼の下へと辿り着く。そして・・・目を瞑っている彼を震える体で必死に抱き締めた。いつも傍にあった暖かくて優しい匂いに薄っすらと目を開けるルグルット。
「(・・・ぁぁ。レネッタ)済まない・・・」「そんな事言わないでっ・・・! ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
初めて見せる彼女の涙。それは自分だけではない悔しい気持ちが込み上げてくるようだった。彼は出来るだけ優しく微笑んで、そっとその涙を手で拭う。
「やっぱり・・・君は凄いよ。僕がここまで・・・強くなれたのは君のおかげだ」「そんな事ない。そんな事・・・だって」「ううん。それこそレネッタのせいじゃない。・・・ああ、ホントに・・・僕は・・・弱かったんだな・・・」「大丈夫よ。あなたはずっと頑張っていたわ。だって・・・だって、私はずっと見ていたもの」「本当に・・・? そっか・・・そうだったんだ・・・」
ゆっくりと柔らかく微笑むその笑顔と喋り方は・・・かつての、子供の頃を思い出させる様な自分だけに見せてくれた屈託のない笑顔だった。
「ごめん、ちょっと時間掛かった」「(フルフル)いや。無事でよかった」
ユティの登場により、その場の均衡は一気に彼女側に偏った。それが分かった途端、疲れを隠しきれず、腕を支えている今にも倒れそうな親友の下へと慌てて肩を貸しに向かう。
「すまん」「全く、無茶しすぎだよナッちゃん?」「それはお互い様だろ?」「ええ、本当に。私が制御してあげなければ自分の力で自滅している所でしたよ」「ちょ、ちょっとラフィーナ。さっき──」「あなたが怪我をしては元も子もありません」「(む~)」「ははは。こういう所を見ると、本当にお前は変わらないな」「それって褒めてます~?」「勿論だ」「ウソばっかり」
笑い合う2人と1人の精霊を置いて、ドレッドとクラレスはゆっくりとレネッタ達の下へと近づいた。
「投降しろ。この戦争をもう終わりにするんだ」「あなた達が奪った魔素は全て世界に還しなさい。時間は掛かりますが、いずれは元の形に戻るはずです」「・・・」
睨みつける様に見上げる彼女の表情はまるで幼い子供がせめてもの抵抗を見せる様な顔だった。その時、ルグルットが小さく息を吸った。「何?」大事そうに抱えている愛しい人の視線に2人を置いてレネッタは彼の口を耳元に近づけた。すると少し驚いた表情を見せて顔を上げ、彼の顔を見る。
「・・・・・・いいの?」「・・・(コクリ)」
色々と聞きたい気持ちを投げて問いかけたその言葉に小さくただ黙って微笑むルグルット。
「何をする気だ?」「もう2人共諦めて。これ以上、皆を苦しめる必要なんて・・・」
警戒する2人の目の前で、レネッタは内ポケットに仕舞っていた無骨な水晶玉を取り出した。そうしてルグルットを強く抱きしめた。
「(まさか・・・)止めろっ・・・!」
いち早くそれが何なのか気付いたドレッドが叫ぶよりも早く、水晶玉は握り潰された。
「(ボソ)ルグルット・・・。あなたを・・・1人にしないから」
くすぐってしまいそうな優しくて暖かい声で告げると愛おしい人を包み込む様にさらにしっかりと抱きしめた。次の瞬間、2人を中心にまばゆい光が周辺を強く照らした。
「っ、何だ?」「下がれっ!」「!」
ユティはナルシャを抱き上げ、ドレッドは母を掴んで後ろへと大きく飛び退いた。衝撃波が周囲に発生して光の玉がどんどんと大きくなって上昇していく。気付いたベルトルン達も振り返る。
「ベルトルン・・・」「・・・バカ息子が・・・」
不甲斐なさと怒りと哀しみで歯噛みするベルトルン。それでも震える拳を止める事は出来なかった。そこへ魔力による操作かユティの声が拡張され戦っている仲間に届く。
「みんな船に乗って! 助けに来てくれた人達も急いで避難してっ、早くっ・・・!!」
突然の事に混乱する一同。だがただ事じゃない緊迫感は伝わって来たのか彼等は一斉に移動を開始する。
「急げ、船に乗るんやっ」「私達が殿するから、慌てず乗りなさい・・・!」「くそ・・・まだ隠し玉を──」「今は悪態をついてる時じゃないよ」「そうだニャ。このままじゃヤバいニャ」「おいおい。なんだかわかるのか」「うんっ。とにかくヤバいニャ・・・!」「全然分かんねえっ!」「それだけ緊急事態って事よ。ほらジャグラ、リダリーも戻って来なさい」「あ~あ。もうお終いかよ」「ちょっと~あの強力そうなモンスターはどうするのよ~?」「問題ありません」
間髪入れずに会話に入ったプリメラが力を溜め、足止めと隙を作ってくれたドルゴと入れ替わる様に炎の矢を射った。宿る2体の小さな精霊は主の意思に従い、巨大な獣のモンスターを大きく穿ち、粉砕させる。
「っ・・・! 私やお姉様、リエナさんやパミルさんが倒します。早く皆さんは船へ」「ひゅ~♪ 頼もしい~」「置いて行くわよ?」「あ、ちょっと待ってくれよ・・・!」「助かりました。さあ、あなたも避難しましょう」「ですがっ・・・」(あなたも魔力の限界よ。ここは避難が優先)(ええ。ここで残っては他の皆様の迷惑になってしまいます。プリメラ、ここは私達も船に乗りましょう)「・・・分かりました」「お前等ーっ、早く乗れーっ・・・!」「急いで、もうヤバいわ・・・!」「「「!」」」
チラッと地上に降りて来た飛空船に乗り込む時に振り返れば、そこには100メートルにまで到達しそうなほどに大きな塊となった光の玉がまるで太陽の化身のごとく周囲を照らしながら尚も膨れ上がっていた。先に乗り込んだロロナとバッツは甲板からその様子を窺い、続くかのようにレックス達が乗り込んで来た。
「何なのアレっ・・・?」「知るかよ。碌でもねえもんだって事は分かるがな・・・」「ありゃあ、マズいな。シャノンノ、変わってくれ」「わ、分かりました」「ねえ、何なのあの魔力。何で・・・ぇ? 何で?」「おいどうしたんだよメリリカ・・・」
グロッグが頭を両手で抱えて少し取り乱した様子の仲間を心配する。「どうした?」とジッターが声を掛けて全員の注目が集まった所でメリリカは顔を上げると彼の腕を掴んだ。その顔はとても混乱と悲しそうに表情に塗れ、悲壮感を漂わせていた。
「ねえ、教えて。アレは何なの? 何であそこに・・・魔素が進んで集まるの・・・?!」「? それはアイツ等が吸収して──」「違う。そうじゃない、そうじゃないの・・・。どうして・・・!」
ドトクルの言葉を遮って首を振るメリリカ。困惑するアフタネ達だったが・・・そこへある可能性にジッターは行き当たる。
「もしかして・・・。魔素が・・・自分から取り込まれに行ってるのか?」「「「えっ!」」」
最初は小さく、やがて大きくブンブンと大きく縦に首を振ったメリリカ。驚く彼等を置いて、急いで搭乗してきたオメロス。
「よし、これで全員や」「船を出して早くっ・・・!」「おい、待ってくれ。まだユティさん達が・・・!」「そんな悠長な暇は無いねん。はよせんとここにいる全員がお陀仏や」「とにかく出来る範囲でいいから、避難して。船は私が防護魔法で何とか守るから・・・!」
舵を握るレックスへとオメロス達の視線が向かい、直感を信じて飛空船を浮上させた。
「っ、飛ぶぞ!」「待ってくれ!」「今は安全を優先する。そうしないと他の奴らも戦いに集中できないだろ」「っ・・・」
悔しがるベラールの肩にガジェットは手を乗せて落ち着かせる。
「どこまで行けばいい」「様子見や。アレが・・・何に成るかで・・・ワイ等の戦い方が変わる」「戦い方が・・・変わる?」「雲の中に入っても、恐らくだけど外には逃げられないわ。きっと・・・ううん。私達を確実にここで殺すつもりよ」「マジかよ」
重い空気が船内を包み込む。しかしそんな事など我関せずと思う者が2名・・・リダリーとジャグラである。
「ねぇ~え? 変わる、ってどういう意味なのかしら?」「そうだぜ。オレ達はまだ戦い足りねえってのによぉ」「あなた達・・・ボロボロなのによくもまあ・・・」「言ったはずよ? いずれあの子とはリベンジするつもり」「今は勝ちを譲ってやるだけだ。それで・・・? どうなっちまうんだ。オレ達は戦えねえってのか?」「・・・ハッキリ言えば、そうね」「「「!」」」「ケ、本当にハッキリ言いやがった」「それは・・・哀しいわね~♪」
拗ねているかのような口ぶりとは裏腹にジャグラとリダリーは笑みを見せて、ヒー達に話の続きを促す。と、そこへロクサーヌが乗り込んで来た。
「はぁ・・・はぁ・・・。皆さん、ご無事でしたか・・・」「ああ、何とかな。えらく消耗しているようだが・・・大丈夫か?」「ぇ・・・ええ。何とか・・・。ただ・・・ユティさんの声が聞こえたので急いで周辺のモンスターを倒してここへ・・・。何があったのですか?」「それを今から聞くところだ」「?」
視線誘導されオメロスとヒーで彼女もまた止まった。``いったい何を?``という視線も加わった事でオメロスは溜め息を吐いて、振り返る。そこにはさらに巨大化して倍の200メートルにまで上る光の玉が出来上がっていた。
「あれが・・・。どういうバケモンに誕生するかによって・・・世界だけやない・・・ワイ等、異界の住人も危険に晒されることになる」「なにが誕生するの?」「俗物的な言い方をすれば・・・偶像神よ」「つまりは・・・ここに、新たな神が誕生するってわけや」「「「・・・!」」」
息を飲んだ音が伝わってくるが、オメロス達は意に介さず口角を上げてまるで笑っているかのように上昇する光の玉を睨み上げる。
「アレに戦えるんはもはや限られた者だけや。今や、こっちの体力、魔力も含めてまともに戦える戦力はごっつう少ない。気張れよ~。先ずはあっちの攻撃を受けて、やられん事が第一条件や。さっきと同じやけど、そもそものレベルが違う。こっからの敗北は、即アイツに吸収されて糧に成り、残った仲間を殺す力にされる」「「「っ・・・」」」「逃がす事もさせない。文字通り、引けない戦いよ。あなた達は何としても、この船から下りず、死なずに生き残る事。それが・・・私達が残された条件なのよ」「それは・・・」「?」「それは・・・どういう、事、ですか・・・?」
恐る恐るといった感じでロロナが質問を投げかけると・・・少しだけ難しい顔をした後、オメロスは長い息を吐いた。
「ワイとヒーを含め・・・。まだ十分に残っている奴、数名で戦うしかないんや」「それって・・・」「ゴメンね。ここからは私達もあなた達のフォローに回れないかもしれない」「っ」「ロクサーヌちゃん、もしもの時はここを守ってあげて」「・・・・・・分かりました」「(お姉様・・・)」「プリメラちゃんも、お姉ちゃんの援護したってや?」「え? は、はい・・・!」
残りの体力を見透かされた様な、優しくも残酷に聞こえる言葉。それでもやれる事を受け止め、ロクサーヌは解放していた魔力をいくらか弱め、深呼吸をする。
(そう、落ち着いて・・・。今はあなたが皆を護るのよ)「(うん・・・。分かってる・・・)」
その時に備え、ほんの僅かでも疲れた体力と魔力を戻すべくジルクトが用意してくれた回復アイテムを飲んで、ゆっくりと腰を付ける。
「ワイ等にも頼む」「分かりました」「(コクリ)」
ジルクトの視線を受け、少女が渡しに向かう。「ありがとな」感謝を述べて、一気に呷る。回復した魔力をアクセサリーであるヒーにも譲渡して、徐々になけなしの体力を戻していく。甲板の手すりに手を乗せ、憎たらしい新たな創造神を見つめてやる。
「(ボソ)さぁぁ、こっからやぞ坊主。正直、ワイもどうなるか分からんぞ」「(ボソ)あなたの力が必要なの。早く来てちょうだい」
地上では残った人魂とローブの死者達が・・・。濁った厚い雲の内部をリエナ、パミルと・・・オメロス達が期待を寄せるジン達がモンスター群の群れを掃討しようと戦いを繰り広げたままだった。
光りの玉に亀裂が入ったのはそんな時だった・・・。
【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 (真化体)
身体値 718
魔法値 775
潜在値 923
総合存在値 1405
スキル(魔法):干渉、棒術 MAX 、マナ核




