401 痛み分けには終わらせない
絶望的な状況に思わず身を引きそうになるメリリカとグロッグ。だが、ニーベルだけは鋭い目でボルムッドの体をつぶさに観察した。
「いや、前進技術・・・。あるいは独自の戦闘スタイルというだけだ。その証拠に膨れ上がってはいるが・・・ここに来た頃の様な凄味が欠けている」「で、でもあれは確かに──」「お前達が戦った時の印象はどうだった?特に・・・魔力としてだ」「え?」「魔力?」
迸りそうな魔力に、足元の塵が反応して僅かに舞い上がる。その佇まいからは先ほどまで前座だと言われても信じてしまいそうだった。残り少ない体力と魔力でまだ戦おうとする意志が完全になくなっていないのが彼女達には不思議なくらいだった。
「(?・・・戦おうと思ってる?)」「? どうし・・・ん?」
少し遅れてグロッグも同じ疑問にあたってしまった。
何故・・・最初程の圧倒的な脅威を感じていないのか・・・?
「・・・もしかして、あっちの追い込まれてるの?」「いやいや・・・。だったら悟られねえように、攻めてくるだろう何でそんな事──」「攻め込めない」「何?」「(コクリ)僕も同意だ。2人の戦いを少し見ていたが──」「助けろよっ」「まあまあ」
残り少ない体力でもツッコミを入れたくなってしまったグロッグをやんわりと宥め、メリリカが先を促す。
「グロッグの攻撃にはきちんと合わせて反撃をしてくるのに対し、どうしてメリリカの魔法には対処だけして攻め込むような事をしなかった?今もそうだが、何故攻め込んで来ない?」「そりゃあ・・・オレの攻撃の方が邪魔をして入れなかっただけじゃねえか?実際、攻撃受けてるしな~?」「最初の一撃だけね。後はほとんど・・・払い除けるようにね。・・・魔法は無力化して消されてるけど・・・どうしてかしら?グロッグの攻撃だけが脅威だって事?」「・・・それを確かめよう・・・」「「!」」
重心を落とし構えるニーベル。ゆっくりと歩いて来るボルムッドに恐怖が完全に消えたわけではないが、何か光明が見え始めた気がした。
「・・・」
無言でゆっくりと歩いて来るその様は威風堂々としていた。換装スタイルへと変化した事もあってか彼の周囲の空間が僅かに揺らいでいる様に見える。
「(考えても埒が明かんか・・・)」
柄を握り締め、まだ痛む体に鞭を打ち、ニーベル自ら攻め込む。「っ!」一気に飛び出すと双剣による連撃を繰り出した。
ヒュンヒュンガキヒュンガガ、ブン、ガキ、ブォンブォン、ガガ、ガキンキン・・・!!
善戦と言葉でいえば聞こえは良いが果たしてどこまで通じているのかニーベルには分からなかった。交差攻撃からの切り上げ、回転・・・。足、腕、胴体、首と・・・次々体を捻り、自ら回転力を生み出して加速した攻撃をボルムッドへとお見舞いする。ヒラリヒラリと躱され、間隙に反撃を繰り出されるが何とか食らい付くニーベル。「っ!」攻撃をもらっていなくとも体へ掛かる負担、癒えていない傷が熱を持ち出し、血を滲ませじんわりと流し始める。
「・・・だらぁあああっ!」「・・・!」
鈍痛に僅かに苦い顔をするニーベル。攻撃速度が落ちた瞬間を狙うボルムッドに隙を与えないようにグロッグとメリリカも攻撃に加わった。相変わらず、グロッグの攻撃は避けられてしまうがメリリカの魔法にはきちんと対応していた。「(?)」・・・そこに妙な違和感を感じたニーベル。
それは、撃った魔法の一部を叩き落とし、わざわざあまり直撃コースでない魔法を無力化しようとした事だった。
「(何故そんな無駄な動作を?)」
非効率な行動。「ぐっ」体に掛かる負担と塞がろうとした穴の出血により、ニーベルは一旦距離を離す。その隙をグロッグがフォローに入った。なんだかんだと相手の攻撃を受けていた為か、威力に対する耐性と覚悟は出来ていた。重い一撃では昏倒するかもしれないが、それ以外ならある程度耐えられると判断した攻め方であった。
当然、メリリカも仲間の援護を緩める気は無い。集中を切らせば意識が飛んでしまいそうなギリギリの中、なけなしの魔力でやりくりする。その為、魔法への精度に差が生まれてしまうが今は構わず、隙を与えないことに意識を向ける。繋げる・・・。誰かが一撃を入れるその為の支援。その1点に集中する。
「!・・・(まさか・・・)」
何かが見え始めるが、一旦その思考は止まってしまう。グロッグの許容値の限界だった。換装スタイルによる変化なのか、一発が軽くとも機動力の落ちた彼では避ける事も受ける事もままならず次第に被弾数が増えていった。ニーベルの認識では30発ほど。直撃が5発。体が沈むのも仕方なかった。急ぎ援護に回ろうとするが体が重く、2人の側までが果てしなく遠かった。
「っ・・・」
膝から崩れ落ちるグロッグに2人の目が大きく開かれる。そんな彼等の目の前でゆっくりと腕を頭上に突き上げたボルムッド。冷たい目が頭を垂れて跪く仲間の見下ろす。「(待て!)」そう言葉を掛けようと腕を伸ばした2人の前で無情にも手刀は振り下ろされる。
ブシュッ!
床に叩きつけられるようにしてグロッグは前に倒れてしまった。
・・・・・・
数度ほど斬り結ぶ剣。重なり合った瞬間、芯にまで響く重みに体力と魔力がごっそりと削られていく。
「(ここまでなのか・・・!)」
自分の不甲斐なさに反吐が出そうになる。
「! ぅぐっ!」
受けた後に避けたはずの相手の攻撃。その風圧ですら体勢を崩され、気付いた時には剣を縦に必死に大剣を受け止める構図となってしまう。
「(・・・重っ・・・!)」
ミシミシと嫌な音が聞こえる。体も剣も負担に悲鳴を上げているようだった。それでもレックスは必死にジルドリックの攻撃に堪えていた。
「(何でだっ・・・?何で俺は・・・! 何でお前のは・・・こんなに重えんだっ・・・?!)」
押し込まれていく力に、徐々にエビ反りになり膝を屈する。それでもなお堪える。
ここで自分が倒れるわけには行かない。その意識だけがレックスの闘志を繋ぎ止めていた。
傷だらけなのは両者同じだった。それでも今にも倒れそうなのは誰なのか、それだけが明白だった。
「っ・・・ぐ・・・くっ・・・!」
ジルドリックの力が更に増す。腕に力が上手く乗らず、刃先が少しずつ体へと近づいて来る。秒ごとに迫ってくるそれはまさにホラーにしか見えなかった。
だがこれが現実だった。どんな言い訳をしようとも実力が違えば、見える未来は決まっていた。それが今回、レックスに傾いていたに過ぎなかった。天秤が片方に落ち切るのはあと数秒だった。
そこに横やりさえ、入らなければ・・・。
「!」
突然、魔法の矢がジルドリックの側頭部目掛けて飛んできた。仰け反り躱すと、レックスから距離を離す。「っ!」そこへ追撃とばかりに誰かが攻撃を繰り出し、ジルドリックは更に遠くへと飛び退いた。
「っ、ぶはぁっ・・・!」
力が抜けた事で止めていた息を吐き出す事が出来たレックス。「お待たせしました」そんな声に俯いていた顔を上げると、そこにはガジェットが立っていた。
「はぁ・・・どうし──」「後は2人だけです。これを飲んで頑張ってください」「っ!」
後ろ手に示された回復薬を受け取りつつ、ようやく周囲に意識が向けるようになったレックス。倒れている仲間は介抱されつつも、誰も脱落者がいない事に安堵して、液体を呷る。
「・・・倒したのか・・。ぐ・・・うっ(ゴク・・・ゴク)」「ええ。ニーベルさん達がやりました。すみませんがこっちは僕一人しか援護に回せないようです」「・・・いや。助かった」
傷以上に、喉の渇き、体力と魔力が徐々に回復してきている事に確かな実感と共に気力も燃え上がらせる。特殊な作りの折り畳み弓を収納して腰に下げ、剣へと持ち帰るガジェット。
「もうアイテムはありません。申し訳程度にしか、この転移した先では持っていませんでした」「いや・・・貴重な回復を譲ってくれて感謝する」
ゆっくりと立ち上がって愛剣の柄を握り、調子を確かめつつガジェットの横へと並ぶ。
「・・・感想をお聞きしても?」「・・・バケモン、っつうのはまあ分かってるよな~? その上で言えるとすれば・・・長引かせると不利になる相手だ」「・・・実力だけですか?」「(ニッ)勘が鋭くて助かるぜ。・・・理由が何かは分かんねえが・・・。まあ、スキルだろうな・・・」「・・・厄介ですね」
思わず苦笑してしまうガジェットを止めることが出来ない。寧ろ、経験者の言葉は貴重な情報だ。それをしっかりと受け取ってくれた彼の判断能力の高さをレックスは賞賛したいくらいだった。
「・・・君みたいなタイプが是非ともウチには欲しいね」「あいにく僕は従者なもんで」「それは残念」「でも・・・」「?」「今は‘‘協力者‘‘・・・ですよ?」「・・・ふ。言うね~」
視線だけを向けてニヤつかせる彼に、レックスも口角を上げて返す。幾分か精神的に余裕が戻ってきた。こんな気分で戦える状況に嬉しく思いつつも、静かに再戦に向けて意識を集中させる。
「負担を掛けるが・・・手伝ってくれ」「了解」
2人が戦闘態勢に入ったのと同時にジルドリックは肩に担いでいた大剣を水平に降ろしたのだった。
・・・・・・
ガジェットが援護に入ったのとボルムッドに向かって攻撃の軌跡が繰り出されたのは同じタイミングだった。
「っ、がぁーーっ・・・。かった」「くそ、簡単にガードしやがって。オラッ!」
ダメ押しに剣を振り、斬撃から繰り出す魔法を叩き込むつもりだったのだがあっさりと無力化され霧散してしまった。
「何なのニャッ、あいつ・・・!」
両手を振って手首の痛みを逃がしつつ、平然と無茶苦茶な事をやってのけた相手に悪態を吐くミュティア。「来たか・・・」鈍い体を動かし彼女達の側へと走るニーベル。
「グロッグ・・・!」
慌てて駆け寄ったメリリカは自分の体を無視して倒れた仲間の治療へと魔法を使用する。
「「・・・」」
お互いを見たベラールとミュティア。「お願い」小さくそう呟かれたベラールは最後の1本をメリリカに見せる。
「?」「・・・魔力回復薬だ。こんなかじゃ、アンタが一番魔法値が高いだろう。使ってくれ」「っ~~・・・!ありがとう・・・!」
すぐさま受け取ったメリリカは一気に呷ると体内の魔力を確かめる。そしてすぐさまグロッグの治療を再開させた。
「(魔法値・・・?)」
その言葉にニーベルは何か引っかかった。向かって来ることも無くただジッと待つボルムッドを睨み、腕を組んで考え込む。
「どうかしたのかニャ?」「・・・」
幼馴染の問いにも答えず黙り込んでしまう。「・・・よし、応急処置は済んだ」と安堵の息と共にゆっくりと立ち上がったメリリカに思考の端で何かが走った。視界全体を入れているからというのではない意識の違い。ニーベルはボルムッドが優先順位を向けている先に引っ掛かっていたのだった。
「(もしかして・・・)魔力、か・・・?」「「?」」「どうかしたのか?」
思わず口から出てしまった言葉に全員が反応を示す。何より無表情だった英雄の片眉が僅かに動いたのを彼は見逃さなかった。
「ミュティア」「?」「魔力を使え。魔法を飛ばすのではなくダガーに宿せ」「ど、どゆ事?」「奴の能力はおそらく、っ!」「ニャッ!」
彼女を突き飛ばし、双剣で受け止めたニーベルは確信を持った。乱舞の応酬で相手の隙を出来るだけ無くす。「っ!」それでも、無理を利かせている体では簡単に避けられてしまう。「おらぁ!」魔法を乗せたベラールの攻撃にボルムッドは避けつつも、剣に宿った魔力を分解させ無力化させた。驚く彼を無視して更に深く懐へと入ったニーベルの全力の魔力を乗せた回転切り払いに、英雄は無力化を中断させてガードと共に吹き飛ばされる勢いに乗って大きく後退した。
「っはぁ~・・・! やはりな・・・」
一気に息を吐き脱力感が押し寄せるが、その目には確かな活路を見い出し、気合いを入れ直していた。
「どういう事ニャ?」「あれは・・・。いや、僕達が戦っているのは本物の英雄ではない。その幻像だ」「それは分かってるけど・・・」「僕達は無意識に、あれを本物の英雄だと決めつけていた。肉体も魂も・・・全て」「・・・それって・・・」
メリリカが気付きに肯定する。
「そうだ。あれは・・・ただの幻像。本物ではない・・・つまり、どこまでいってもそれらしく作られた人形だという事だ」「・・・本物とは違い・・・ううん。本物の様に再現する事が出来ない所があるって事ね」「え?」「どこかに弱点があるって事か・・・!」「ああ(コクリ)。おそらくそれは・・・``魔法値``だ。ヤターシャは魔法職でありつつも接近戦も出来るバランス型だった。だが本職はやはり魔法による攻めだった。彼女の場合、例え幻像でもそのバランスの良い数値がそのまま上手く反映できたのだろう。・・・っ!」「「「っ!」」」
喋らせないとニーベルに向かって来るボルムッド。その機動力と攻撃力に反撃が出来ず防御一辺倒へと変わっていく。すかさずメリリカ達が攻撃に入るが・・・嫌ったかのように腕力による風圧で遠ざけようとしていた。
「魔法を撃てっ!がっ!」
殴り飛ばされるニーベル。吹き飛んで行く彼を追いかけ追い打ちを掛けようとするが3人による魔法攻撃にガードを選択。爆風に巻き込まれつつも宙返りで上手く着地したニーベルは続ける。
「種類も威力も構わんっ!様々な魔法を撃ち続けろ!」「っ!」「わかった!」「おうっ」
ダメージを受けさらに重い体に悲鳴を上げさせながら、床に足を付けたばかりの相手に玉砕覚悟で攻めてかかる。今度は一切ガードをせず、回避と攻撃にのみ全力を振るう。「!」ニーベルの動きにいち早く気付いたメリリカが申し訳程度に遠距離から回復と補助を掛ける。だが、優先順位は彼の言う通り魔法攻撃に専念していた。
「!」
初めて眉を顰めガードと回避が増えていった。魔法の矢、岩、追尾性の高い玉等が発動すれば良い所で、大体は小さな放射状に延びた様々な色の玉ばかりだった。ボルムッドから比べればどれも速度が遅いため対応は簡単なはずだったのだが、それをニーベルが許さない。次第に回避が出来ず被弾が増えていく。ピシピシと手甲だけではなく、肉体に小さな亀裂が入り始める。
「これは・・・!」「効いてるニャッ!」「魔法値の限界よ。元々、彼の許容量は総合存在値に比べて、魔法の適応量が極端に少ないんだわ。本当の肉体を持っているわけでもないから、魔力量も性質もバラバラな魔法を全て無力化も吸収も出来ない。分解する時にあまり動かず、決まったモノから対処してたのはその為ねっ」「でも、こんな攻撃で大丈夫なのかよっ?」「問題ないわ。無力化に割く余裕を潰せば、許容値を超えて無理矢理、スキルを使用する事は自殺行為。だからガードと回避しか取れない。他にやれるとすれば・・・。避けてっ!」「おっとっ!」「んにゃっ!」
無理やりニーベルの猛攻を退け、空いた一瞬を狙い地面を叩き割って、ボルムッドは大岩を持ち上げ蹴った。弾丸の様に飛んでくる石を障壁や回避で直撃を何とか避ける。「休まないで!」間髪入れずメリリカの檄を飛ばし、魔法を撃ち始める。然しものボルムッドも後退せざるを得なくなった。
「(逃がすかっ!)」「!」
爆煙から現れたニーベルに反応が遅れ右肩と腹部を切り裂かれる。砂が飛び散るが体を捻ると左回し蹴りをお返しに喰らわせ、大きく飛び退いた。擦れ違いざまに飛んできた魔法を避けるためである。
それは・・・ボルムッドにとっては許容値が限界に近づき、回避を優先せざるを得なかった事を意味していた。血を吐き、バウンドをして転がるニーベルは尚も飛び出すように攻めに向かう。
(っ・・・!)
初めてボルムッドの顔が歪んだ。
・・・・・・
「やっぱり・・・。その可能性が、・・・はぁ、高いですね・・・」「・・・決まりだな」
息を切らす2人。だがレックスの顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。
(・・・)
ボルムッド同様、しかめっ面な顔を見せ明らかに不快な感情を露わにするジルドリック。衣服や体にはたくさんの斬り刻まれた痕があり、そこから次々と小さな砂がパラパラと落ちている。
「でも・・・ここからどうするつもりですか・・・?」「・・・そこが問題なんだよなぁ~」「(えっ、もしかして・・・!)」「おいおい、そんな顔で見ないでくれ。こっちも一杯一杯だし、大体・・・そんな都合よく作戦がポンポン出てくるわけねえじゃねえか」「・・・そりゃあ、そうですけど」「詰まる所、隙を与えず倒すしかねえ」「そんな無茶な・・・。強化されていってるんですよ?」「・・・そこがネックなんだよな」
頭をボリボリと掻いて悩む。正直万策が尽きてしまった・・・。残っている魔力もあと僅か。それに比べて・・・負傷する事で身体強化されていく相手では差が開いて行く一方だった。ここまでよく頑張ったと自分を褒めてやりたいが・・・。
「(負けるのは・・・癪なんだあよな~)」
転移した空間。レックスは何となくここで負けても死ぬようなことはないと分かっていた。後はプライドの問題だった。「負けても問題ないと思うけど、どうする?」と軽い気持ちで投げかけると「ご冗談を」と笑いながら返ってきた。ガジェットも負けず嫌いが出てしまっていた。
「(あと一手・・・なんか来てくれねえかなぁ~・・・)」
そんなレックスの願いが届いたのか。ただの偶然だったのだが・・・飛び出してきたジルドリックは無数の小石群に巻き込まれ、その場を転がってしまった。「「!」」一瞬、何が起きたのかを確認したい気持ちもあるがそれよりも先に、2人は駆けだしジルドリックに攻撃を仕掛けたのだった。
(っ・・・)
何が起きたのか英雄も知りたかった。ダメージ自体は大きなモノではないが、蓄積した量が体に罅となって表れていた。
負傷は更に彼を強くする。
しかし、身体強化による肉体の強化にも限界が来る。とりわけ負傷からくる頑丈さは、それほど期待できる代物ではなかった。良い所、最初にレックスが戦った時くらいに戻れば嬉しい限りだった。ただ・・・あの時よりもレックス、ガジェットは強くなっていた。更に・・・戦った事で癖と手の内が次々と知られてしまっていたのである。相手同様、自分達も弱点を晒している様な状況ではどちらに勝利が傾くか分からない。そうした・・・幻像もまた、負けたくないという感情が表に出て、次の判断を鈍らせていた。
ガキンガゴンガキンギンガンギャイン・・・!!
力は圧倒的にジルドリックが上。しかし、それでも勝ちきれない。力任せはレックスが対応して流し、その隙をガジェットが迷うことなく突いてくる。その為、ジリジリと後ろへ下がっていってしまう。奇しくもこの瞬間・・・本当の意味で両者は拮抗していたのだった。
「だぁあああ゛あ゛あ゛っ!」「はぁあああああ゛あ゛っ!!」
普段は見せないガジェットですら雄叫びを上げて果敢に攻め込む。数センチ横を大剣がすり抜けるギリギリの緊張感。例えこの空間で倒れたとしても問題はない。だが、魂に刻まれた恐怖は簡単に拭えるモノではないだろう。そんな精神の削り合いが彼等を更に成長させようとする。
右に避け、進んだ所を弾かれては左からくる回転斬り。低空ジャンプを狙っても振り下ろしが邪魔をする。時に小さな魔力弾で意識を散らせ、攻める攻める攻める。大剣や身体強化では対処が難しくなり、腕でのガードを余儀なくされるジルドリック。まだまだ速度は圧倒しているもののタイミングを読まれ、次の手を潰されている状況では、手数が少なくなるのも仕方なかった。
ダン・・・!
「「!」」
そこへ意表を突いた地面を踏み抜く様な強い振動。実際大きな窪みを作り上げ、踏み込むはずだった足場が無くなり、ガジェットは宙へと浮かされてしまった。その瞬間を逃すはずもなく、体を捻ったジルドリックの回転斬りが襲い掛かる。「!」咄嗟にレックスが助けに入るが、先に喰らったのはガジェットだった。ギリギリと嫌な音を立て盾にしていた剣は半ばから折れ、2人は吹き飛ばされてしまった。
「ぐ・・・がっ・・・!」「・・・がはっ!・・・おふっ・・・」
一気に形勢は不利に立たされる。プルプルと震え、それでも何とか立ち上がろうとするレックスに対し、ガジェットは倒れ込んだまま口から血を数回、吐いていた。肋骨が折れて骨が肺に刺さり、内臓の一部も痛めてしまった結果だった。
「・・・」
ヨロヨロと動くジルドリック。彼もまた不利な体勢に負傷した肉体で力任せに振るった結果、体内に損傷が起こしてしまったようだった。体の軸が安定しないのか右へ左へと小さくパタパタと動いている。
「かっ・・・。動くな・・・。もう、いい・・・。十分・・・だ・・・」
無事だった愛剣を突き立てプルプルと震える体で立ち上がろうとする。背を向けているガジェットは微かにピクピクと痙攣していた。戦闘不能・・・そう判断して休む様に告げた。
「(くっそ・・・。俺のミスだ・・・)」
ピンチとチャンスはいつも紙一重。それは分かっていた。だが今回は、勝てるという気持ちが・・・知らず知らずに功を焦り、ピンチに傾いてしまった。「・・・」悔んでいる場合じゃないと、レックスは歯を食いしばり立ち上がる。
「(こんな敗北は・・・イヤだよなぁっ・・・!)」
何とか立ち上がり、残った欠片の様な魔力で自己強化する。もはや体の縁を点滅しているその様は、風前の灯だった。「(行け・・・)」それでも心の声がそう語りかける。一歩一歩と足を前へと進ませる。
「「・・・」」
フラフラなのは両者一緒だった。それでも目だけは相手を見据え、決して逸らさなかった。
その時だった。
「「!」」
2人の間を転がるようにボルムッドは飛んできた・・・いや吹き飛ばされてきたのだった。飛び退くジルドリック。彼もまたバランスが狂っており、英雄2人してゴロゴロと後ろに転がった。先に姿勢制御したのはボルムッドの方だった。今にも崩れてしまいそうな肉体で片膝に手を乗せて立ち上がろうしていた。その数メートル後方では上手く反動を利用したのか、ジルドリックが綺麗に起ち上がっていた。
「っ・・・」
思わず息を飲むレックス。2人の目は歴戦の猛者といわれるだけの凄みが、傷ついてもなお健在だった。
「まだよっ!」「逃がすかぁーっ!」「撃てーっ!」
後方から聞こえた声に首を振り向けると、様々な色の魔法がメリリカ、ミュティア、ベラールから飛んできていた。放物線を描くそれは大した威力には見えない。しかしボロボロになっているのはお互い様。この状態で全てを叩き落とすことは出来なかった。そう判断したボルムッドは大きく振りかぶって地面を殴りつけた。
ボガアアアアアア・・・!
「(まだそんな力がっ!)」
縦横10メートルに到達しそうな厚く大きな壁を生み出され、大きく目を見開くベラール達。
「! レックス!」「!」
横をすり抜け様に叫んだニーベルに、我に戻ったレックスは壁の向こうから感じる圧に脂汗掻く。もう出来ったはずの汗が体内から絞り出されるかのようだった。「!」その時、体に仄かに暖かいものを感じた。静かにメリリカがレックスを見ていた。
「・・・」
壁の向こう・・・不安定な姿勢のままジルドリックが力を溜めていたのとレックスが飛び出したのはほぼ同時だった。
ズオン・・・・・・!!
目の前の全てを破壊する強力な無慈悲な横薙ぎ。盾となった壁はあっさりと壊れ、ニーベルが繰り出した全力の攻撃も虚しく散る。数十メートルは離れていたメリリカ達にまであっさりとその乱暴で圧倒的な斬撃は届いた。
ザン・・・!
魔法の防護はあって無いようなモノだった。腕が足が吹き飛び、大きく傷痕を作り4人は血を撒き散らし、床へと倒れ込む。同じようにジルドリックは腕ごと大剣をどこか吹き飛ばしてしまった。だが・・・起き上がっているモノはおらず、無言ながらもボルムッドと2人は勝利を確信した。
ドス・・・!
「「!」」
ボルムッドが気が抜けた一瞬、彼の背中に折れた斧が刺さった。遠くで何とか上体だけを起こし投げたグロッグは笑って力尽きる。バランスを崩しそうになったボルムッドをジルドリックが支え、お互いに何とか立っていた。
そこへ、2人の腹部が大きく穿たれる。
「ふー・・・。ふー・・・」
口から血を流し震える体で弓を構えていたのはガジェットだった。乾いた音を立て弓を落とし、前のめりに倒れ込む。
「「・・・」」
とうとう立っている事すら出来なくなった2人。ボルムッドのガタイに圧し潰される様に後ろへと倒れ込むジルドリックは空から降ってくる1人の男を目撃する。
「(よくやった、お前達・・・)」
咄嗟にニーベルの背を踏んで高く飛んでいたレックスは、己が今出せる全力で持って急降下と同時に剣を振り下ろしたのだった。
倒される一瞬、微かに笑う2人の口元にレックスが知る由もなかった。
【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 (真化体)
身体値 301
魔法値 314
潜在値 355
総合存在値 708
スキル(魔法):干渉、棒術 8、マナ零子 8、感応 MAX




