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転と閃のアイデンティティー  作者: あさくら 正篤
404/473

400 魂の挑戦者

 臥吞(がどん)ジルドリック・・・。身長170前後・・・黄色い髪に赤い瞳のその枝の様な細身の腕から繰り出す力は10メートル級ゴーレムすら吹き飛ばす腕力を持った化け物である。見た目に騙され返り討ちに遭って吹き飛ばされる無鉄砲共は後を絶たず、他の血の気の多い者達に恐怖という楔を心に刻み込んだ。


 礫積(れきせつ)ボルムッド・・・ジルドリックとは真逆の図体のデカい体系とは裏腹に洗練された戦闘技術と格闘センスはどんな相手の攻撃、魔法をも難なく受け流し無力化する。豪快さとは反対の柔軟な体捌きからくるカウンターは相手に巨大な壁や岩と戦っている様に感じさせる。


 闇海(あんかい)ヤターシャ・・・。1人軍団。闇夜から現れる死者の様なモンスターやゴーレムはその数と強さからたった1人で数千人も相手にしたという逸話を持つ女性。月夜に照らされる長くサラサラな水色髪と優しい微笑みから見せる銀色の瞳は相手に死を報せる恐怖の象徴と言われていた。


(・・・まあ全部・・・残ってた資料と逸話の眉唾混じりだと思ってたんだけどな・・・)


 情報収集で見た資料と似顔絵を頼りに内容を思い出しながら1人1人を改めてレックスは観察する。思わず口角は上がってしまうが冷や汗が止まらなかった。


「(つっても・・・どこまで本当か・・・。大体冒険者時代のあやふやな逸話も混ざった情報だ。全部を信用しない方が良いんだが・・・)」


 相手から察するビリビリと刺すような静かな殺気。低ランクでは感じ取ることも難しいくらいに自然と纏いつつも剝き出しにしないその強者の圧迫感が・・・レックス達の本能に警報を鳴らしていた。


 ``逃げろ!``と・・・。


「カウンタータイプか・・・オレぁ苦手だな」「魔法も受け流すって話よね?・・・どこまで信じればいいの?」「誇張されていても記録に残った事実だ。その想定の上で戦うしかあるまい」「ニャ―・・・。すんごい嫌なんですけど・・・。それに・・・その話って結局、国に仕えた所で途絶えてるよね?」「ああ。似たり寄ったりだが、最終的には消息を絶った。・・・当時の王なんかは秘密裏に探したそうだが・・・」「見つからずにそのまま有耶無耶に流れてしまったんだっけ? ふ・・・まあ100年も捜索しようとしてたなんて執念深いじゃない・・・」「メリリカと違って、そんなに他の種族は気長じゃねえよ」「私達だってそうよ。よっぽど相手が国に対して裏切ったりしない限り──」「おしゃべりはここまでの様だ」「「「っ・・・」」」


 両者の距離がゆっくりと狭まっていく。50・・・40・・・30・・・。レックス達なら一足で簡単に踏み込める射程圏内に入ろうとした所で、ジルドリックが足元に炎の渦を走らせる。するとその細腕から想像もできない2メートル級の大剣を出現し、彼はそれを片手て肩に掛けて止まった。ただ、それだけの動作・・・。しかし、その瞬間に感じられた魔力から明らかな実力差を思い知らされる。


「(100・・・。いや300以上か・・・? 数値上だけの差に囚われんな・・・!)」


 頭を掻いて首を振り、一瞬過ぎった勝てないという思考を追い払う。その彼の気持ちが十分に理解できる他のメンバー達も跳ねる心臓と震える腕に、深く息を吐くと同時に力を入れ直す。


「「・・・」」


 ジルドリック達はお互いの顔を見ると、レックス達に合わせてなのか左右へと離れていく。どう言う意味なのかといたい所だが・・・レックス達にとっては正直ありがたかった。


「はぁーーーっ!」「ぅぉぉぉおおりゃあああっっ!!」


 後方ではヤターシャの生み出したモンスターもどきをガジェットとベラールが蹴散らす轟音が響いていた。最低限の連携のみだからか派手に暴れている音が聞こえる。「・・・」口角が先ほどとは違う意味で上がるレックス。それはメリリカ、グロッグ、ニーベル、ミュティアも同様だった。


「予想外の援軍だぜ」「・・・全くね」「先輩がここで尻込みしてちゃあ示しがつかねえな~」「僕達はチームだ。ミュティア」「・・・わ、わかったっ・・・」


 気合いを入れ直すとそれぞれは手筈通り、担当する相手へと離れて行った。


「・・・さあ、先輩・・・。・・・その英雄の胸をお借りするぜ・・・!」「・・・」


 剣を構えたレックスに応える様に、ジルドリックが大剣を構え始めた。


「っ!」


 静寂からの一瞬。間合いを詰めたレックスの切り上げ。大剣では初動が遅れるはずだったが彼の攻撃はあっさりと受け止められてしまった。


「(片手っ!)」


 こちらの両手に対し、軽く右手で対応した様な力の入っていない動き。だがそこから感じ取った重みはレックスをそこから前へと踏み込ませない。「(ぐっ・・・)」いや、踏み込めなかった。その緩慢に見える空いた左手が振りかぶる動作に気付いたレックスは咄嗟に飛び退く。


 ボガアアアアンンンッ!!


「がっ!」


 余裕を持って避けたはずだった攻撃は、ジルドリックは振り下ろすと同時に発生した衝撃波によって吹き飛ばされてしまった。異空間の為かほとんど上がらない土煙。だが床を大きくくり抜き、下半身まで見えなくなるほど深く刻まれた穴に、体勢を立て直したレックスは冷や汗が出てしまう。


「(あんなのでかよ・・・!)(ボソ)バケモンが・・・」


 それほど魔力を解放しているわけではないのに圧倒的な力量差を感じてしまう。小手調べにすらなっているのか怪しいという程の大きな壁だった。それでも・・・諦めるわけには行かなかった。相手が余裕を見せてくれている今の内に、もう一度深呼吸をして自分の心を深く鎮める。


「(目的はここじゃねえ・・・。だが、この試練は・・・俺にとって・・・。いや、俺達の悲願にとって決して折れちゃいけねえ気がする・・・!)」


 魔力を解放する。体から溢れ出したマナが刺々しい形となってレックスを覆っていた。


「(受け止め、飲み込む・・・。それだけの一点型だったはず・・・)」


 ギラギラとした目で相手を見れば、向こうもゆらりと魔力を放ち始める。立ち昇る勢いは弱い。ただ・・・その質と量は優に10倍を超えていた。「(今と昔は違うんだよ)」そう思い、ニッと笑ってしまった。それは何に対してか・・・本人も深くは考えていない。とにかく今は目の前の敵に、持てる力を振るうのみだった。


「(惜しむな・・・!当たれ・・・!)」


 そんな彼の心に呼応したように周りからも魔力の解放された気配を感じる。でも振り返らない。ただ・・・突き進むのみ。


 ジャリ・・・!


 少し重心を落とし深く踏み込んだ動作。それだけでジルドリックも反応を返す。その挙動だけでレックスは嬉しかった。


「・・・!」


 今度もレックスから攻め込んだ袈裟切り。大振りでありつつも、勢いが乗った彼の速度にジルドリックは横から叩く様に大剣を振るった。頭を下げ、長剣を折れないように相手の勢いに合わせて手を緩める。薙ぎ払う風を頭上で感じながらも一歩、踏み込んで水平斬りへと切り替える。直前の為に威力は申し訳程度だが避けた相手の服が裂け、肌に僅かな裂傷が出来た。


「(今の内だっ)」


 実力が見極められていない間に、決着を付けるべくレックスは死と隣り合わせの近接戦の間合いへと果敢に入って行く。活路は死中の中。そう彼の経験が脳裏に囁いていた。


「(逃がすかっ!)」


 ドガドガ、ガギン、ドゴンッ!!ガズガヂ、ギギャアアアアアン、シャンッ!ビューーーッ!バゴン、ガキンゴゴン、ゴギン、ドゴン・・・!


 振り下ろし、流し、避けての返し打ち。押し負けそうな力を剣の腹同士が重なった瞬間に押し上げ、斬り下ろし。距離を離さないように食らい付き、衝撃波を受けても責める姿勢を止めない。聞いた事ないような剣戟音が周囲に響くが、耳には入って来ない。レックス達の動きに、事象が僅かに遅れて発生する。


「っ・・・がぁぁぁああああ゛あ゛あ゛っ!!」


 ガギゴガドゴドドボガドガドゴガゴ・・・!!!!


 周りなんて見ている余裕は無い。視野を大きくは出来ない。だが、そのおかげで僅かに、着実に拮抗し始めようとしていた。間合いを取らせないように玉砕覚悟の攻めが上手く功を奏していた。


「・・・」


 表情にこそ大した変化のないジルドリック。それでも魔力の揺らぎが感情を表すかのように大きく揺れ始めていた。目の前の相手にのみ集中していた事で、レックスは彼の魔力の集まりを直感で感じ取れた。気付けばすぐに大剣であろうが、拳や蹴りであろうが、その延長線上の二の腕等を横から叩き、あるいは避けて攻撃へと詰める。切り刻まれるジルドリックの体。どれもが魔力による強固な体によって軽傷で済まされているが増えていく傷が拮抗している確かな証拠となっていた。


 高速移動による近接戦闘は数秒・・・数十秒・・・数分と経っているが・・・。既にレックスには時間間隔が分からなくなっていた。


 ・・・・・・


「下がれっ!」「っ!」「・・・」


 メリリカの放った水の矢、光の鎖、地面からの突き刺すような魔法。そのどれもがボルムッドには無力化されていた。魔力そのものに触れているのか、迫ってくる彼女の魔法に対して何もない宙へと手を伸ばすと、魔法は途端に瓦解。その魔法が同じ性質を持ったボルムッドの魔法となって2人に向かって襲い掛かった。


「ホント・・・鬼かよアンタ・・・」「・・・」


 掛け声と共に立ち位置を入れ替えて振りかぶった斧。それを片手で受け止め、静かに相手を見据えるボルムッドにグロッグは悪態を吐きたくなってしまう。動線を予測、その上で刃を指先で摘まんで受け止めるという異常性は2人は恐怖しか与えない。「ぐっ・・・!」と力を込めていたバランスを完全に相手にコントロールされ、転がされる。


「(ここっ!)」


 よそ見をした瞬間を狙って1メートルの水玉と隆盛で厚い岩がいくつもボルムッドに向けて放つ。当然予知していたかのように冷静に空へと逃げるが、それを狙っていたかのように見えない風のハンマーを頭上から地面へと叩きつける。慌てて避難したグロッグに対し、狙われた本人は冷静に視線を動かして盛り上がった岩を軽く蹴って拳を突き上げた。


 バアアアンンンッ・・・!!


 あまり聞いた事ないような、壁を破壊した音が衝撃波と共に周囲へと響き渡る。顔を覆いそうなメリリカだが、脂汗を掻くその顔はまだ口端が上がり、歯を見せていた。彼女はすぐさま両腕を杖ごと振り下ろした。次の瞬間、反応できなかったボルムッドは地面へと吸い寄せられるように叩きつけられた。更に、次の行動をする暇も与えずに岩と飛び散った水が変質化。蜘蛛の巣状に伸びた水が相手の上半身を、土に変わった岩が下半身を拘束して身動きを封じ込める。


「く・・・!」


 杖を水平に上げ、血管が浮かび上がるほどに魔力を込める。その僅かな間のコンビ―ネーション。示し合わせたわけもなく、迷うことなくグロッグは飛び出すと魔力を解放して全力で斧を叩き込んだ。


「おぅぅらああああーーーっ!!」


 グロッグとボルムッドの魔力の壁がぶつかり、あと少しで頭に到達しようとした瞬間。ゆらりとスローモーションの様に無骨な渋い顔が持ち上がった。そして・・・その瞳が僅かに光った途端、拘束は弾け飛び、グロッグは逆の方向へと放物線を描いて飛んでいた。


「(グロッグっ)」


 ほんの一瞬、突風から目を閉じてしまう。薄っすらと開けるその視界で目に飛び込んで来たのは、宙に吹き飛ばされていたグロッグが足を掴まれ地面に叩きつける様に投げられた所だった。重い一撃がメリリカの体に響く。仲間の姿が床に沈み込んで見えないほどの破壊力。過ぎるのは戦闘不能。


「っ! だぁああああ゛あ゛あ゛っっっ!!」


 風の刃と弾丸。規模、厚さ、コントロール。その全てを度外視した魔法攻撃だった。だがボルムッドは難なく避ける。最低限のモノだけを壊し、メリリカへと迫ってくる。魔法の隙間を掻い潜る様なそのしなやかな身のこなしと技量は、ただ英雄と呼ばれるだけではない。確かな実力がそこにはあると嫌でも分かってしまう。「!」気付いた時には目の前に表れ、重い一撃を腹部に受け放物線を描いていた。


 ドサ・・・カン・・・。


 少し離れた所で杖が転がった音がするが、そこまで意識が働かない。真っ先に出てきたのは吐血だった。何度も息を吸い込もうとするが上手く呼吸が出来ない。何が起きたよりも体が先に求めたのは呼吸だった。


「がはっ・・・あはっ・・・おぅっ!・・・っ・・・あっ・・・かはっ・・・」


 鉄臭い味と臭い。慣れ切った感覚。それでも不快だった。


「・・・」


 遠くでボルムッドは周囲を見ていた。まるで次の相手を選んでいるかのように・・・。「っ・・・!」思わう握り拳を作り、その手に力が籠もる。その一瞬で分かったからだった。


 相手は自分達をもう眼中に入れてない。


 許せないし、何より・・・悔しかった。


「うぉぉおおおおおっ!!」


 レックスの声が五月蠅い心音を超えて聞こえてくる。


「(負けるもんか・・・!)」


 魔力と共に手の平を地面に叩きつける。戦っている仲間が・・・。大切な人が諦めずに立ち向かっているのに、負けるわけには行かない。メリリカの立ちたい場所は何時だって決まっていた。


「・・・ぁぁぁあああ゛あ゛っ!!」


 立ち上がる・・・。魔力の温存を止める。目の前が妙に白く見えるが、とにかく無視をすると決めた。


「(ボソ)はっ、たった一撃でこの様って・・・。どんだけ撃たれ弱いのよ・・・。起きてるんでしょ?サッサと倒すわよ」「簡単、にっ! 言ってくれる」


 上空の死角からの一撃をボルムッドは大きく避けて距離を開ける。そして、2人の挑戦者達の目を見るとファイティングポーズをきめる。


 「ようやくかよ」


 口や鼻から血を流しながらもグロッグは笑っていた。


 初めて・・・ボルムッドは2人を敵と認識して戦闘する気になったようだった。


 ・・・・・・


 ガンカン・・・カカカガガガカガキン・・・。


 暗い空間の中、いくつもの剣戟が花火の様に照らされては散っていく。獣人種の視覚の良さも相まって多少の暗がりは問題にはならなかった。そんな双剣と二刀流ダガーによる圧倒的な手数の攻めを、英雄と呼ばれたヤターシャは細剣で難なくあしらっていた。魔法の闇はほとんど同一した暗闇からの最低限の対応のみにしか使われていない。実質、剣技により()()()()()()()になっているのだ。

 それが何を意味するかを分かっているからこそ、少しずつミュティアの気分が下がっていた。


「(ボソ)こいつ・・・。ホントにニャンニャの? 魔法職じゃニャいの?」「(ボソ)前線に出られるくらいには、精通してるって事だろ」「(ボソ)っかぁ~~~・・・うざ」「(ボソ)悪態ついている暇はないぞ?」「ニャに?」


 ニーベルはヤターシャを視界に収めたまま、顎で周りを指す。気付いたら周りを見てやれる余裕が無かった彼女は気付く。「ニャッ!」と小さく叫びどこもかしこも全力で戦っていた事を知る。

 特に英雄達相手には何とか食らい付いているというのが見て取れた。怪我を負いながらも攻めている。一歩でも引けば、勝機は失われるとミュティアもすぐに理解した。


「(ボソ)決してこっちも遊んでいたわけじゃない」「(ボソ)も、もちろんニャ」「(ボソ)相手がどの程度の力が出せるのかはまだ不明だが・・・。少なくともこちらを舐めているわけではない」「ど・・・どうしてっ?」「彼等だ」


 ギョッとする彼女にニーベルは冷静に後方を指す。そこでは何度も復活するモンスターもどきを倒す2人の少年の姿があった。倒せども知らぬ間に闇から新たな敵が生成されていた。それでも彼等の攻撃は止まなかった。物量による反撃も、上手く避け、すり抜け、逆に利用して攻撃の手を休めなかった。


「(ボソ)たった数分の戦闘。だがあれだけの物量を2人で凌ぐのだ。計り知れん集中力と気力が必要になってくる」「・・・」「魔力も体力も限界は近い。それでもまだあの様な戦いが出来ている。何が2人をそこまでさせているのかは分からんが・・・。今、僕達が戦えているのは彼等のおかげだ」「! それって・・・」「こちらは4人で戦っている。もし・・・。この形勢を崩せるとしたら・・・僕達だ・・・!」「っ・・・」


 腰を落とし、静かに魔力の出力を上げていくニーベル。そんな彼に呼応する様にヤターシャからも圧される様な魔力を感じ始める。


「ミュティア・・・。僕達が最初だ。そうしなければ・・・」「うん。分かってるよ、ニーベル」


 ミュティアも解放し始めた所で、ヤターシャの近くの地面からポツポツと小さな玉が宙へといくつも浮かび上がった。上下に揺れていたソレはやがて一斉に停止した。その瞬間、経験や獣等の本能が直感で飛び出す事を選んだ。


 シュピパシュピシュシュパシュパ・・・!


 無音の鋭く細長い黒い槍が飛んできた。魔力による解放。獣の視覚、聴覚、嗅覚が無数に伸びて突き刺さる黒い線を寸前で躱す。足を止められない、串刺しは即、戦闘不能を意味していた。


「・・・」


 目を細める英雄。地面からも矢の様に射出され、下から伸びてくる。また一部が放物線を描き雨の様に降って来た。その隙間を2人の獣人は魔力の線を残しながらヤターシャへと迫って伸びていく。


「!」


 その動きに先に後方へと跳んだのはヤターシャだった。着地と同時に前方の地面を切り裂く。


 ズン・・・!


「「!」」


 大きく開いた黒い裂け目、そこから真っ黒な津波が2人を覆い尽くさんと影を作った。


「! ミュティア!」「っ!」


 前方へと跳躍したニーベルは迫りくる黒い槍を乱舞で次々と斬り裂いて行く。間を置かず飲み込もうとする黒い津波からも追加で矢の雨が降ってくる。ニーベルの斬撃では切り落とせず、小さな裂傷が次々と体に作られていく。それでも手を休めない。寧ろ・・・雄叫びと共に加速していった。


 ガキガギガキガギガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ・・・・・・!!


 魔力を出し切るつもりの解放に小さな黒い矢が次々とニーベルの体に触れる事無く弾き飛ばされていく。「・・・」感じ取ったヤターシャは津波の外側を丸め包み込もうと形を変えた。それと同時に体と細剣にも魔力を込めて、力を溜める様にしゃがみ込む。


「がああああああああああ゛あ゛あ゛ーーーっっっ・・・!!」


 津波にあと少しで接触するという所でニーベルは大きく魔力を乗せた双剣で斬り裂く。包み込まれる瞬間、ミュティアは姿勢を低くした。


 ズンッ!!


 黒い津波が斬り裂かれたと同時に太く厚いランスと化した細剣がニーベルに向かって伸びて来た。


「がっ・・・」


 空中では回避が取れず、左腹部に突き刺さり血を吐き出す。だがその目はヤターシャを真っ直ぐに見ていた。


「(?)」


 疑問を浮かべようとする。しかし次の瞬間、それは驚きへと変わった。


「・・・これで・・・勝ち・・・」


 息も絶え絶え。耐える為、一瞬の為とはいえ、彼女もまた傷を負っていた。


「・・・」


 自分の胸に刺さったダガーが理解できずキョトンとしている英雄。そんな彼女にゆっくりと突き刺さったダガーを引き抜くミュティア。裂傷を作り、体から血を流しながらもヨロヨロと離れて行く。そんな彼女の背中を震える手でヤターシャは伸ばした。ゆっくりと倒れていく体にはその手は届くはずもなく・・・。救いを求めて伸ばしたその手は虚しく空を切ってしまう。


「・・・!」


 何かを言おうと口が開いた所、ニーベルと目が合った。その彼の瞳を見た瞬間、ヤターシャは優しく微笑んだ。そして一粒の涙を溢して、砂の様に消えて行ったのだった。


「?・・・どうしたの・・・?」「・・・(フルフル)いや。 少しは救われたのかと思ってな・・・」「???」


 開いた腹部を抑え、持っていた回復薬を飲む。


「大丈夫?」「ああ。傷は・・・まあ時間で回復するだろう。それよりも・・・」「・・・どこからやればいいニャ・・・」


 膝を付いたり、倒れ込んでいるガジェットとベラール。善戦しているがあと少しで状況が傾きそうなレックス達。あっちこっちと首を動かして、悩んだミュティアは爆発したように頭を抱えて・・・。


「ニャ―ッ!どうすればいいニャ!」


 放り投げてしまった。


「満身創痍だが。数はこっちが有利になった。2人の回復薬を渡したら、メリリカ達に向かうぞ」「ニャッ?・・・わ、わかったっ」


 理由を考えるのも投げ出したミュティアは、サッサとガジェット達の下へと走っていった。


「(結構、元気なんだな)」


 心の中で、驚きつつもニーベルはレックス達の戦況を見極めるべく、回復と同時に観察した。彼は内心またしても驚いていた。レックスの成長速度にだ。窮地に追い込まれてはいるのだが、その実力を五分へと引き上げようとしていたのだった。


「(アイツは・・・そういうタイプだったな)」


 ほくそ笑んだニーベルはレックスを置いて、メリリカ達の方を見る。「・・・」明らかに死が近づいている。そう感じさせる危険な状態だった。


「(カウンター・・・。搦め手じゃない、技術の高さの補助的な力だな。あれではメリリカが持たん)」


 小さな振動が離れた所からでも堪えた体に響く。全力で撃ち込む魔法は形、繊細さ共に欠片も無かった。純粋な魔力を魔法の力に変えて撃ち込んでいるだけ。だが、それが却ってボルムッドの魔法の無力化を崩していた。ダメージを与える有効打ではないが・・・()()()()()()()()()()()。その隙にグロッグが攻める事で、何とか均衡を保っていた。・・・それは、崩れるのも時間の問題と同義でもあった。


「・・・」


 自分の体を確かめ小さく頷く。ミュティア達の方を見れば、復帰はあと少しだった。自分の武器と魔力の調子を確かめ、足音を殺しながらメリリカ達の方へと向かって行く。


 致命的な一撃ではなくていい、狙うは確かなダメージ。


 方針を決めたニーベルは、スッと身を屈め一瞬の隙を狙う。


 ・・・・・・


「だらあああ゛あ゛っ!」


 数度の斧による斬撃を避け、腹部分を殴り、対処していたボルムッドだったが横合いから飛んできた火と風の刃を無力化するために攻撃して相殺しなくてはならなかった。その隙をグロッグがフルスイングを叩き込み、ガードを選択せざるを得なくなる。「・・・」無表情ながらも確かなダメージが腕に刻まれた。だが、2人にとっては納得のいくものではない。


「(限界近いってのに・・・!)」「(・・・どうするよ)」


 内包する魔力マナと共に勢いがやや下がり始めた事で、冷静さが生まれて来た2人。もう自分でも服に感じる気持ち悪い感触が何の汗なのか分からなかった。


「っ!」「・・・ゼイッ」


 みるみる失われていく魔力と体力。気合いでどうこう出来るのも無理があった。魔法が安定せず、撃ち出す出力も弱くなっていく。斧も小さな罅がいくつも走っており、欠けた部分が痛々しかった。


「・・・」


 余裕に見える英雄にも、いくつもの裂傷が刻まれているが・・・そのガタイが、芯にまで到達していないと思い知らされる。「「・・・」」歯噛みしそうになる2人。心なしか周囲が暗くなっていた事で余計に気持ちが落ち込みそうになる。・・・だが、それでも投げ出さない。


 ガン・・・ガンガン、カンシュン・・・カカン・・・。


 利かなくなりつつある体に鞭を打って振り下ろす。氷を放つ。水平斬り。魔力弾の連弾撃ち。切り上げからの回転唐竹割り・・・。その全てが精査を欠き、相手へのダメージにまで遠のいて行く。冷静に対処されていく内、いつの間にか精神面から先にすり減ってしまっていた。一瞬、手が止まってしまい目の前で棒立ちになった瞬間をボルムッドは見逃さなかった。


「・・・」「グロッグっ!」「っ!」


 驚愕に目が開かれていく。鈍重な動物の様に遅い。ガードが間に合わず、ボルムッドの正拳突きが胸に突き刺さろうとしたその瞬間、横から現れた双剣が英雄の右手を切り落とした。「!」流石にこれには驚き、次の腹部へと斬撃は大きく飛び退く事で逃れたのだった。


「・・・速い・・・」「ニーベル!」「お前・・・! 勝った・・・のか・・・?」


 腕を抑えるボルムッドを無視してグロッグ達は周囲を見回す。いつの間にか軍勢も、それを生み出した英雄もいなくなっていた事に驚く。


「あと一撃は入れたかった・・・」「いや、そんな事より。・・・オメエらよくやったな・・・!」「うん・・・!これなら・・・」


 仲間の救援に少しだけ元気が戻る。申し訳でも、ありがたかった。


「へ。欲をいやぁ~オレ達が先に勝ちたかったんだがよ~」「無理するな・・・。単純な実力なら、アレが一番強い」「・・・やっぱり・・・?」「(コクリ)お前達が無事だったのは・・・まだ実力を隠しているからか・・・?」「・・・そうじゃなければ嬉しいんだけど・・・」「おいおい。オレ達よりもレックスの方を──」「レックスは戦いながら成長している」「・・・あれって、そうなの?」「・・・。指揮ばっかやらせてたからストレス溜まってたのかもな」「・・・」


 頭をガシガシと掻くグロッグに、若干呆れ気味のメリリカ。少し余裕が生まれて来た事で感情が豊かになって来ていた。


「(ここからどう来る・・・)」


 そんな中、努めて冷静なニーベルはジッと平然な顔で見つめ返してくるボルムッドに恐怖を感じていた。出血代わりの砂は止まり、ただ冷たく3人を見ている。まるでモルモットを見ている様なその目が、攻めあぐねる原因となっていた。ジリっと後ろに僅かに下がりグロッグに近づいた事で、気付いたメリリカも近くへと駆け寄った。その間も英雄は動かず観察しているだけである。


「(ボソ)僕が加勢した所で焼け石だ。正直に聞きたい。どれだけ(魔力)残っている?」


 見合わせた2人は苦い顔をして答える。


「(ボソ)感覚で・・・2割を切る所だ」「(ボソ)私は1割・・・。回復に取られちゃった」「(ボソ)10分でこれか・・・。初めてだな」「「(10分・・・)」」


 ニヤっと笑い冷や汗を掻いてしまうニーベル。自分達がどれだけ戦闘していたのか、その感覚すら失うほどに濃縮でギリギリの状態に追い込まれていたのだと2人は気付かされた。


 ジャリ・・・。


 戦闘で生まれた砂の摩擦音でメリリカとグロッグが前方へと振り向いた。そして・・・礫積のボルムッド。彼の本当の脅威と存在感に驚愕してしまった。戦闘で起きた岩や砂・・・それが彼の体の周囲を舞い始め、ゆっくりとその形を小さなパーツへと作り、組み替えていく。


「「「・・・」」」


 軽い砂煙が払われた時、失われた腕は精細な岩の義手で形成されていた。体の各所に手甲や足甲の様に鎧の一部がパーツの様に付けられ、本当の戦闘スタイルはこれだと言わんばかりだった。


「換装スタイル・・・」


 思わずメリリカが驚愕し呟いたそれは・・・英雄が無くなったずっと後に生み出された技術のはずだった。







  【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 (真化体)


 身体値 301

 魔法値 314

 潜在値 355


 総合存在値 708


 スキル(魔法):干渉、棒術 8、マナ零子 8、感応 MAX

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