383 似ているが違うモノ
姿がブレるほどの速度で飛んできた悪魔は振り下ろし、ジン達は左右に散開した。サイドステップの要領で避けると同時に着地した左足を蹴り上げ、悪魔の懐へ飛び込み棒を叩き込む。ゼクは右へ小さく旋回すると同時に生成した水玉を悪魔の顔面に叩き込んだ。攻撃を受けた悪魔は多少仰け反るがすぐに口元をニヤけつかせたまま器用に片目ずつジンとゼクを捉える。
「っ!」〔回避っ〕(わっ!)「今のも効いたぞっ!」
気付いたジンが飛び去るのと入れ違いに、手首を捻り飛び出した鋭い爪で切り払おうとする。ゼクには乱暴に殴りつけるつもりで振り下ろしてきた。2人に躱されたその場でゆっくりと立ち上がる。相変わらずその口元は笑ったままだ。
「いい反応速度だ。では・・・こういうのはどうだ?」〔援護します。見える情報に騙されないで〕「・・・」(ええっ!)
悪魔が自身の周囲に小さな黒い玉をいくつも生成。同時に部屋が明るくなり、空間がガラス細工の様に無数の亀裂が入って割れる。全体が万華鏡の様に反射して悪魔が至る所に存在するかに映る。
「実に良い」
楽しめると直感で分かった悪魔が走り出す。マナで圧迫感と殺意を感じ取ったジンが避けると右から悪魔が通過する。黒い魔力玉が遅れて置き去りにしたかと思うと爆発する。反射的に棒を盾にしてガード。吹き飛ばされるがすぐに立ち上がる。
〔上ですっ!〕(わわっ)
ゼクはサポートの言葉に慌てて、回避すると避けたガラスの鏡から飛び出した悪魔が降ってくると同時に攻撃を叩きこっむ所だった。回避ばかりに意識が回り反応できないゼクの代わりをサポートが悪魔が撃ち出した黒い魔法玉を水玉で相殺する。
「ハハハハハ・・・。この空間でも良い反応だ。もっとだっ!お前達の実力を見せてくれっ!」
小さな一枚の割れたガラスへと吸い込まれる様に消える悪魔。360度、大小様々なガラスの中を移動する黒い物体だけが見える。時折、爆発のおまけつき黒い魔力弾が投げ込まれる。
〔ジン。出し惜しみをする時ではありませんよっ〕「分かってるっ!」(どっ、どこっ?!)
緻密に練り上げた極小さいマナを展開。センサーの様に周囲の気配・・・無数のガラスの先へ細い糸を張り巡らせるように伸ばした。土壇場のほとんど直感で行っている。それでも僅かに揺れ伸びたマナ糸に触れた悪魔の気配を頼りにシャボン玉と風魔法による斬撃を飛ばす。ゼクにはサポートが援護して魔法同士をぶつけ相殺させつつ、目視あるいは予測し捉えた所へ魔法を飛ばしていた。
「ぐっ!(器用な連中だっ)」
上下左右斜め。どこからでも攻撃できるうえに自分の姿は反射して移り、圧倒的に有利だと思っていた悪魔。直撃こそしていないが数回ほど被弾していた。それでも高揚感が止められず、残っていた眠気と脱力感が徐々に消えて行く。ニヤつく口元が羅針盤を見た時と同じくらい牙を剥き出し大きくなっていく。こんなに楽しく、面白い事は無いとすら思えた。
バシュドン、ドゴゴガッ、バチンパンパン。ドゴガギ、ガス・・・!
魔法を避け、反撃に振りかぶり。魔法を斜め右後ろに撃てば。前方から向かって来る攻撃を躱して薙ぎ払い。魔法で相殺。一部を上空で留まらせ。下からの出現をシャボン玉で叩き落すと同意に、上を飛び交う悪魔を先に置いていた魔法を巨大化。お返しと爆発させて吹き飛ばす。
一進一退の攻防。ジンとゼク、悪魔は直撃だけは避けつつも、攻撃によるダメージはちゃんと受けておりどんどんと蓄積していた。まだまだ戦闘続行は可能だった。圧倒的に有利に見えたが対策は十分に取れている。戦えてはいる・・・のだが、ジン達にはまだ1つ決定打に欠けていた。それが粒子化である。
「(何で出せない?)」
高速戦闘による移動と立ち回りを繰り返し、仲間の被弾をサポートに助けてもらいつつ出来るだけ頭をクールにさせている。だが内心、疑問と焦りが消えるわけではなかった。
〔・・・今ひとつ出力に欠けているのかもしれません。意思を強く持とうにも、相手側の陣地。敵からの影響を受けないように、マナをガードに回しているので上手く引き出せないのでしょう〕「(鉱山の時は発動できたぞっ)」〔あちらは主に壁からの阻害です。こちらは取り込まれている以上、強い妨害を受けてしまう。それに・・・邸とは違い、地下に創った事で濃度を高め、限定的にしたのだと考えられます〕「(オメロス達の時とも違うのか・・・)」〔元が強く。更にはカケラを取り込んだ事で強化されたと思われます〕「・・・」
聞きたくはないが、事実は変えられない。苦戦しているのがまさにその証拠だった。
(ど、どどどどうするのぉっ?)〔戦術を絞りましょう。ジンは危険ですが近接で。相手の魔法は私が相殺します。ゼクはその場で変わらず魔法を放ってください。出来るだけ動かない事で相手を誘導し、コントロールします。防護は任せてください〕「(コクン)」(分かったっ)
ジンは魔法生成を止めて、体内マナを身体強化とセンサーに集中。〔ここで〕と指示を受けたゼクは固定砲台とばかりにシャボン玉を10、20と生み出し、いつでも発射できる状態で構えた。高速移動による戦闘を繰り返していた悪魔は、ジン達のスタイルが変わった事に動きを止めた。無数に反射するガラスの中からその様子を観察する。
「(奴らは何ダ?・・・この世界に本当にあの様な生き物がいるのか? っ・・・!)」
ジンとゼクが反応し、それぞれの方角へ振り返った事で1歩・・・悪魔はガラスの奥へと引いた。
「(私の気配に反応している・・・。見えてはいないはずだ・・・だが・・・)」
くくく、と喉の奥で笑う。湧き上がってくる戦意と喜びを抑えるのが難しいとすら悪魔は思えた。
「(落ち着け・・・。こんな供物・・・そうそう出会えないぞ)」
悪魔の漏れたマナに反応したジンが足場を変える。ゼクは何処かを向いたまま、宙に浮いたシャボン玉が独りでに反応を返した。
「(面白い・・・。こんな事があるのか・・・)」
眠りにつく過程で生まれた濃度の高い空間。元々は遠ざける為に出来た力だが、今では悪魔にとって心地良い専用の空間と化していた。そんな自分にとって自由自在、有利な世界であるにも関わらず対抗できる相手がいる。喜ばないワケが無かった。何より、自分が負けるわけがないと確信していたのだ。それが気だるげだった体に活を入れ、完全に覚醒へと至る。
「っ・・・!」(なに?)
突然、割れたガラス空間から強い光が発せられる。目を細め、耐えるジン達。とさりと思ったよりも軽い音が前方、10メートル先から聞こえる。眩しい光が落ちつき、ジン達が振り向くとそこには角を生やした2メートルほどの黒髪ロングの男が立っていた。背中に生える黒い翼が堕天したようにも見える。一部を除けば人間と見た目が変わらなかった。
「フフフフフ・・・ようやく戻った感じがします。んん~・・・馴染む」
姿を見て、腕を回し、首を回し・・・自分の状態を確かめる。
〔これは・・・〕「・・・」(っ・・・(ゴク))
サポートは邸を覆っていたマナが、変化した悪魔に収縮して、更に増大していく力に呻く。ジンは嫌な汗を掻きそうになりながらも警戒心を高めた。ゼクは息を飲みつつ、負けないように踏ん張っている。そんな姿に美男子になった悪魔は微笑む。
「お前達には感謝する。思ったよりも、私は早く目覚めた様だ」「・・・。(最悪だよ)」(こんなのと・・・。(ブルブルブル)負けるかっ・・・!)〔・・・〕
苦笑いをしてしまうジンと気合いを入れ直すゼク。2人を全力で援護しようとサポートも集中力を高めた。そんな彼等にスッと片手を差し伸べる様に向ける悪魔。
「君達に提案だ。潔く諦めたら苦痛なく終わらせよう。・・・どうかな?」「・・・いい性格だな」(いやだっ!ボク達は・・・勝つっ!)「ふ・・・そうか。残念だ・・・」
爽やかに微笑み柳眉を下げる。本心じゃない事は分かりきっていた。いくら姿が変わろうと本質は変わらない。それは放つマナが答えてくれていた。
「っ・・・」(え?)「・・・(何だ?)」〔ようやくですか・・・〕
持っていた棒の両端から光の刃が現れる。それに伴いジン達のマナが増大した。思わずため息を溢してしまう。
「・・・こういう展開は勘弁してほしい」(・・・うん(コクン)。これならイケるっ)〔厄介な目標です〕
ゼクは両手を見て、湧き上がるマナに握り拳を作り、サポートはジンと同じ気持ちになった。なんとなく・・・申し訳なさそうな反応を棒から受けたような気がした。そんな彼等を赤い瞳が嬉しそうにジッと見る。
「・・・この世界は実に不思議だ。あの時もそうだ。同胞の者が戯れに遊んでいた時も・・・果敢に攻めてきた者共がいた。勝てるはずもない命を捧げにな」「・・・」(ふざけてないっ。みんなは必死に生きようとしていたんだっ)「だろうな。児戯にも等しい実力差。供物を捧げることが我らを強化するとも知らずに・・・くくくく」(~~~っ!)「・・・そんなに楽しいか?」「何を当たり前な事を・・・」「・・・当たり前、か・・・。そういう考えは、やっぱ何処にいても似ているし、そう変わらないんだな」「?」(・・・ジン?)〔・・・〕
本能で生きたり、喜びを覚えたりすることに種族の違いはない。そこに在るのは弱肉強食。どうしてもそれは付いて回る自然なのだろう、と心の中で納得はする。
「(ボソ)だが反対する者もいる。理不尽ってのは、アンタらを見てるとよ~く分かるよ。いや、体験してるが正しいのかな。経緯はどうあれここに来たのはきっとたくさんの意味があるんだろうな。覆すために・・・変えるために・・・」
目を閉じてゆっくりと息を吐き、周りのマナすら取り込み圧縮させる様に息を吸う。センサー代わりに伸ばしていた糸も吸い寄せられ、ジンを薄い繭に包み込んだ。薄皮一枚にも満たない密着具合でマナが集まるとキラキラと輝き始めた。黒に近い赤髪が明るくなり、目もキラキラと粒子化が発動したのがゼク達にも分かった。
「(・・・なんだ?こいつは?・・・何故だ?)」
覚醒し余裕を見せていた悪魔がその端正な顔から感情を消す。姿がブレ、一瞬にしてジンの前に表した時には右手を振り下ろしていた。咄嗟に右へ飛び退いたゼク。目では悪魔の姿がしっかりと捉えきれなくて驚いている。反応出来たのはサポートによる補助のおかげだった。そんな彼を置いて、悪魔はジンを探そうとガラスを利用した。
「(そこか)」
シュン、ドッ、シュン、バゴン!シュンシュン、ドガッ、ボゴンッ・・・!
陶器の様な目が動く。捉えると同時に魔力を高めた肉体と翼、専用空間による魔法で追いかける。見失うのは一瞬。すぐに空間内という領域が子供を見つけ、居場所を教えてくれる。問題ないと次々と攻撃を仕掛けていくが・・・一発も掠めていなかった。
「(・・・っ)」
綺麗な顔が少しずつ険しくなる。ガラスという移動空間が速度を上げていく。攪乱させ変則的な動きを織り交ぜ、10・・・30・・・60・・・と自分ですら止めるのに苦労しそうな速度で攻撃を繰り出していく。だがその全てが・・・当たる直前ですり抜けていく。
「(どうなってるっ?)」
理解できなかった。変幻自在に戦えるはずの自分がどうしてもあと1歩、相手の体にたどり着けなかった。
「(ふざけるなっ!)」
極小さな黒い魔力を無数に生成する。掻き消えるが捕らえた一瞬を見逃さず起爆させるつもりで360度、様々な箇所に設置する。自爆の恐れも気付けば調整可能と判断。種族の違いを利用しようと考えた。数十度目の回避の瞬間、彼は魔力の粒に触れた。
ドガガガガガガガガガガガガアアアアアアアーーーーッ!!
連鎖的に起動した大爆発を起こす。悪魔は腕をクロス、翼と体を丸めて魔力を繭に見立ててガードに入る。コンマ数秒の判断で無傷で済む。生み出した空間が歪んで不安定になるが、爆発が治まるのを待った。10秒が経った頃、微かに聞こえ、感じた爆発が治まっていく。直感で分かった悪魔が笑み浮かべ縮こまった体を解放した。・・・少年が目の前に立っていた。
「っ!」
条件反射で大きく飛び退きガラスの中に隠れた。が、空間を裂いて側頭部へ強い衝撃が走った。何が起きたのか周囲に張り巡らせたガラスを大量に砕き、足場が分からない床を転がった。ガラガラと破片が落ちていく音が聞こえる。どれだけ吹き飛ばされたのかと腕に力を乗せて上体を起こす。
「(ボソ)ふむ・・・。やっぱり振り回せれるな」「!」
思ったよりも近くから聞こえ驚き、急いで立ち上がる。血を流した口元を拭い、考える。創り出した専用空間で4,5メートル先に彼がいる事があり得なかった。
「どう・・・なっている?」「飛んできた」
軽く返ってきた答えにますます混乱してしまう。油断したとはいえ、かなり吹き飛ばされたのは分かっている。そこへ至る所に目がある専用の空間なのにも関わらず、声が聞こえるまで少年の存在を認識できなかった事が理解できなかった。
(ふぅ~・・・怖かった~)「っ!」「大丈夫だった?」(あ、うん。問題ないよ)「っ・・・」
まるでひと汗かいた様に頭?部分を手で拭い近づいて来るゼク。そんな彼も攻撃を受けていない事が悪魔の精神にダメージを与える。
「(バカなっ!・・・目覚めているっ!)力だってっ!」「単調で助かった。読みやすい」「は?・・・っが・・・!」
悪魔の目の前でジンは2,3度、魔法ブレンドの斬撃を空間に飛ばした。どんどんと肥大化して飛んで行った斬撃はガラスを次々と破壊。掻き乱してきた万華鏡の世界が崩壊していった。揺れ動く空間は不安定に波打ち、最初の暗い空間に近い状態へと変化していく。どこかから射し込んでくる単色の光だけが彼等を優しく照らす。ゆっくりと振り返ったジンに悪魔は固まったままだった。
「教えてもらうぞ。羅針盤のこと」((コクン)。ついでに見てきた事も話してもらうよ)〔形勢逆転ですね。しかし不安定な空間になってしまいました。膜を張っておきますが、お早めに〕「了解」(覚悟は出来てるよね?)「・・・」
ジリっと後退ってしまった悪魔。その行動が自身のプライドを刺激した。
「ふざけるなあああっ!」「(っ!)」
感情に反応し魔力をありったけ解放した悪魔に胸の中に埋まったピースが赤と黒に光る。ジン達が構えたと同時に彼は力を振りまいた。魔力の渦を拳と爪に乗せて5本の斬撃を連続で飛ばしてきた。ジンは反撃と水平で飛ぶ斬撃で迎え撃ち。ゼクはシャボン玉を連射して、一部を相殺、角度をずらして明後日へと弾く。
「ぅぅぅおおおおおおおっ!!」
3人の姿が掻き消える。
ドガバキゴボパゴンドボンガギンゴゴン・・・!!
いくつもの斬撃とシャボン玉、魔力弾が分裂し、あるいはあらぬ方向へと飛んで行く。その度に不安定な空間が大きくたわむ。振り下ろしからの突き出しを、翼としならせた振り上げで弾くと同時にカウンターの蹴りを入れる。シャボン玉が横から阻止。回避した先に用意していた水玉を頭上へと叩き込む。直撃して加速が付いたまま急行落下している所へ掬い上げる様に回り込んで風魔法付きの斬撃が飛ばす。寸前で翼を使い軌道を逸らし致命傷を避ける。左の大部分の翼を失いつつも器用に錐揉み回転しながら魔力を練り上げた蹴りで子供を大きく吹き飛ばす。すかさずシャボン玉が追い打ちを妨害。大小さまざまな玉にガードを余儀なくされ吹き飛ばされる悪魔。
「ぐぅぅぅ~~~っ・・・!調子に・・・なるなよっ!」
魔力の衝撃波を撒き散らして、空中で姿勢制御する。ジン達を睨むその顔にはもはや余裕は無かった。出血と打撲。負傷した翼と・・・痛ましい姿だがそんな事は気にならなかった。血走った目が2人を確実に仕留めようと大きく開いていた。
〔やれやれ・・・。追い詰められた者の言葉は決まっていますね〕(でも強いよ)〔ええ。ですが・・・私達は1人ではありません〕(? 何かあるの?)〔それはあなた次第です〕(え?ボク?)〔ジンは、あなたを信じていますよ〕(っ・・・! ・・・うん。分かった)
少々ズルいと思いつつも、少しだけ不安そうにしていたゼクに勇気づける。
〔ジン〕
サポートの声に、持っている拳に力を込めて悪魔へ向かって駆け出した。ジンの速度に、遅れて突風が発生し空間が揺れる。ゼクは生成するシャボン玉を絞り大きくした。大量にマナの水を入れて、30センチほどの大きさの水玉に変化させる。準備完了とばかりに彼も悪魔目掛けて飛び出して行く。
「あああああーーーっ!死ねえええぇぇぇっっ!!」
使い切るつもりなのか輝く赤と黒の光と共に、悪魔は魔力弾を手当たり次第に撒き散らす。右へ左へ、上へ下へと糸を縫うように滑りながら近づいて行くジン達。ならばと爪に乗せた斬撃も追加で繰り出した。抜けていく先が見えなくなったジン。ピクリと反応するが・・・答えはもう決まっていた。その場で体を捻り大きく回転する。ズザザと靴を削って足元を滑らせながら体内に溜めていたマナごと棒を放り投げた。遠心力が付き、切り裂く円盤となったそれは次々と悪魔の放つ攻撃を壊して突き進む。
「っ!」
気付いた悪魔は手を掲げ、特大魔力玉を数個生成すると円盤と化した棒を叩き落そうと放つ。ぶつかり合う2つの物体は一瞬で勝負が決まった。霧散していく魔力玉。しかしその威力に円盤の速度がほんの少しだけ落とされる。2発目・・・3発目と斬り裂いて進むがみるみるその勢いが落ちていくのが分かる。ニヤリと笑った悪魔にゼクが水玉を放った。
(っ!)「チッ、邪魔だっ!」
妨害され、頭上で衝突した魔法同士が大爆発を起こす。それには両者も耐えられず吹き飛ばされてしまう。地上?を何度かバウンドして縦回転していた悪魔は滑りながらも足で着地。すぐさま顔を上げてゼクの居場所を確認しようとした。そこでハッとする。ジンの存在を一瞬忘れていたからだ。
「ガァッ!」
ズガアアアンンン・・・!
後頭部から地面に強く叩きつけられ、見えない床を大きく凹ませる。上空から蹴り下ろしたジンの一撃をもろに受けてしまった悪魔は宙に浮かび、そこへがら空きになったお腹に拳を連続で叩き込む。重い1撃に血を吐き出すが容赦はしない。ガードが遅れ、悪魔はかなりのダメージを負いながらも反撃に出る。僅かに開いた距離で体を捻り後ろ回し蹴りでジンを吹き飛ばす。
「ぐっ!」「はぁぁあああああああっ!」
自身も床を滑りながら、吹き飛んだ相手へ魔力玉を叩き落す。ガードしたジンの姿が爆発する光の中に消える。
(でやあああっ!)「っ・・・!」
目を血走らせ聞こえた方角に反応する悪魔。振り返ると同時に10メートルにも及ぶ巨大な水玉が向かって来るのを目にする。
「あああああ゛あ゛あ゛ーーーっっ!!」
本人すらも分かっていない、雄叫びと共に内側から吹き出す魔力を波動砲へと変えて放つ。2つの力はちょうど中間あたりで衝突した。拮抗する2人の魔力は小刻みに前後する。数秒の均衡は徐々に吐き出し続ける悪魔に軍配が上がる。押し返されていく魔法にゼクは両手を突き出し必死に押し戻そうとする。傾き始めた勢いが速度を増して彼の方へと近づいて行く。強く目を閉じ、押し返そうと必死なゼク。状況を見た悪魔は口角が吊り上げ、勝利を確信する。
「(死ね・・・。喰えなくても、貴様らは葬ってやる)」〔させませんっ。ゼクっ!〕(っ! ぃっっっけええええええーーーっ!!)
カッと目を開いたゼクの体がびりびりと青い稲光を走らせた。一回り小さく圧縮された水玉の中で粒子がキラキラと反応する。中心へと向かって集まっていく光は、彼の意思に応える様に内側から水玉を押し始める。体全体に強い重圧を感じた悪魔が片膝を付き、戻されそうになる勢いを必死に押し留めようとした。
「~~~っ。(ば、か・・・なっ)」
苦痛に歪む顔。肉体も精神も限界を迎えそうだった。それでも悪魔という元々のスペックが。眠りにつきカケラを身体に馴染ませた力が、矜持が・・・屈する事を拒絶した。その結果・・・化学反応を起こす。引き寄せ合った2つの魔力が一瞬だけ1つになろうと中心へ吸い込まれる。だがすぐに限界を超えて大爆発を起こした。
「ッッッ!!」(うあああぁぁぁ──)
異空間はサポートの張った膜ごと何もかもを吹き飛ばしたかに見えた。真っ白に染まる世界。悪魔の姿は消え、ゼクも遥か彼方へと飛んでいってしまった。不幸中の幸いなのは何もない空間だった事。もし現実のフォーブライト邸の地下であれば・・・間違いなく町全てを消滅させていただろう。
・・・・・・
数十秒、あるいは数分か・・・歪んだ空間が未だに存在している事が驚きだった。維持する事は困難。消滅する寸前という様にノイズや砂嵐が至る所で見られる。
「~~~・・・うっ。・・・んぐ・・・っ!」
死んでいないのが奇跡と思えるようにヨロヨロとボロボロになった体を起こす悪魔。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
血と魔力を大量に失いながらも2本の足で立ち、周囲を見回した。見え辛いノイズ混じりの空間に自分以外の気配は感じなかった。それが意味する事に脳が徐々に理解する。弱弱しくも怪しく光る胸の欠片がまるで自分を讃えているかのようだった。失った腕や角、翼が修復されていく。魔力回復には時間が掛かるが、今はこの瞬間を味わいたくて仕方なかった。自然と笑みが浮かび、次第にそれは笑いへと変化していく。
「はは・・・。あははは・・・はははははっはっはっはっはっはっはっはっ・・・」
響き渡る笑い声。だが、それに反応を返す者はいない。悪魔は、覚醒だけではなく更なる高みにすら昇ったのだと実感した。供物もマナも今はどうでもよかった。
「いいぞ~。実にいい♪ こんな戦いが出来るとは思わなかったな」
勝った気分が、魔力以上に精神を強く回復させていた。鼻で笑うともう用済みだと空間を解除しようとするが・・・疑問が浮かんだ。自分の意思ではコントロール出来なかったのだ。
「どうなってっ」〔それは私達が制御していますからね〕「っ!」
鈍い体で慌てて前転回避する悪魔。すれ違いで振り下ろされた棒が見えない床に罅が入れた。
「はぁ・・・はぁ・・・。かなりヤバかった・・・」「お前っ・・・」
驚愕する悪魔の前にジンがいた。粒子が弱弱しく煌めき、点滅しているかのようだった。頭と口から血を流し、ボロボロになった服にも血が染み込んでいる。かなり危険な状態だった。
〔動けますか〕「当然・・・」「っ! キ・サ・マッ・・・」
弱弱しく笑みを浮かべる彼に、ギリギリと歯を剥き出しにして睨みつける悪魔。転移、転生得点で入手した力がジンの肉体を回復していくが悪魔同様、満身創痍も良い所だった。
「(やっぱ・・・この力はリミットと反動がデカい)」〔今は目の前です〕「・・・」「ぐっ・・・!」
回復していた精神。だがジンの異質さが悪魔に二の足を踏ませた。睨み合う両者。ジリジリと距離を詰められ嫌な汗が滲み出す悪魔は鈍い体に鞭を打ち反転する。
「クソッ」
翼を使い飛び立とうとしたのだ。当然、逃がすつもりはない。残ったマナを使い足に集中。蹴り出すと同時に瞬間的に押し出し、一気に横を通り抜ける。目ではジンを追える悪魔だが、体はそうはいかなかった。宙で体を捻り、振り向きざまに袈裟斬りを叩き込む。腕が間に合わず、悪魔は左手を二の腕から切断され、左肩も胸まで深く突き刺さる。痛みと驚愕に耐える悪魔は右手でジンを弾き飛ばした。
「っ、がああ゛あ゛っ!」「ぐっ!」〔っ・・・〕
ジンもそれほど余力が残っておらず、まともに攻撃を受けてしまう。宙に放り出された彼を咄嗟にサポートがなけなしの小さなシャボン玉を生み出し、地面に叩きつけられるのを阻止する。足から着地したが、立つのも難しいほどだった。みるみると力が失われていくのを感じる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」「がはっ・・・はぁ・・・はぁ・・・。クッ、ソッ・・・」
両者ともに肉体ではなく、存在エネルギーであるマナが限界を迎えようとしていた。よろよろと立ち上がる悪魔へ必死に歯を食いしばり、歩み寄っていく。悪魔も体内にあるカケラから魔力を補給しようとするが反応が返って来なかった。苦い顔をしてまたしても逃げようとした。所がそこでプライドが刺激される。
「(奴も限界だ。それなのに逃げる・・・だと?)」
生き伸びるための選択と甘美な誘惑。あと一撃・・・チャンスがあれば目の前のナニカは殺せる。先ほどの異質さが消え失せ、吹けば飛ぶような小さな存在に、悪魔は向き直した。
「(貴様を殺せば・・・全てが終わるっ・・・!)」
血走った目でどこに残っていたのか魔力を練り始める悪魔。
「(・・・出せっ・・・。ここで・・・前に、進むんだろっ・・・?!)」
勝たなきゃ意味が無い。後の事は考えず倒れてもいいと思った。残った力を絞り出すと反応した棒が刃の部分を大きくする。最初とは比較にならないゆらゆらと不安定なマナ。それでもこの一撃を当てた方が勝利するとお互いに確信した。
短くも長い静寂。
両者が飛び出したのはほぼ同時だった。振り下ろしてきた爪が頬を掠めながらもギリギリで回避を成功。懐へと踏み込む。斬り掛かった刃を回復中の腕を盾にして止める。動きが止まった瞬間、下ろした右手を捻り切り払いへと変えた。バランスを崩しながらも大きく飛び退き離れるとサポートの意思が脳に届く。体ごと捻り棒に遠心力を加えて放り投げた。回転力は低くなったがそれでも切れ味は経験済み。先を読んでいた悪魔は翼を犠牲に軌道をズラし致命傷を避けた。切り裂かれ、吹き飛んだ翼を無視してジンに向かって、突き刺そうと突進。内心で勝利を予感した悪魔。
加速する思考のなか、周りの者がスローモーションで見えた。そこにはまだ自分の負けが認識できていないジンの姿があった。哀れなと考えてしまう悪魔だったが、その口元に大きく違和感を覚える。
「(なんだ?)」
微かに笑っているような口。視界の中にはジンの目も見える。彼は自分だけを見ているわけではない様に感じだ。(まさか・・・)その違和感が急速に焦燥感を生む。何かを忘れていると気付かされる。だが加速した思考の中でも、消去した相手は出てこなかった。パシっと何かを掴んだような音が微かにすぐ後ろで聞こえた。
「ぐぁっ!」「がっ!」
回避するためにサポートがシャボン玉でジンを叩き落したのと、悪魔が体を大きく引き裂かれたのはほぼ同時だった。転がっていく悪魔。上半身と下半身があらぬ方向で曲がっている。ギリギリで2つに割れず繋がってはいるが大量に血を流し、ビクビクと痙攣していた。
(はぁ・・・はぁ・・・。だ・・・だいじょうぶ?・・・ジン)「っ・・・ぁ、ああ。・・・なんとか・・・」
体の一部が薄くなり煤だらけになったゼクが声を掛けてきた。その両手にはジンの武器をしっかりと握っている。返事を返したもののジンもまた悪魔と同じく起き上がるのが難しい状態だった。
(勝ったん・・・だよね?)〔っ、ゼクッ!〕(え?わぁっ!)「っ!」
まだ肉体も回復していない状態でゼクの後ろにいつの間にか立っていた悪魔。その目は赤から白へと変わっていた。その意識のない目がゼクを捉え襲い掛かる。慌てて回避する彼を追いかけ回す様に飛ぶ悪魔。魔力が残り少なく、生成には時間が掛かるため回避行動しかとれない様子だった。
〔意識が無い?まさか、暴走っ〕「(ウソだろっ!)」(くっ)〔武器を使いなさい〕
言葉を受けて、武器で反撃に出るが片や初めての使用。鋭さの欠片もない乱暴な攻撃でもお互い十分に拮抗状態が作られてしまった。
「っ・・・!(立て・・・。行けるだろっ・・・)」(ぐっ!)〔っ!マナがっ・・・〕
捻出できるマナが無くなったサポート。乾いた音を立てて異空間が大きく歪み始める。
〔ゼク、落ち着いて。しっかりと動きを見るのです〕(うっ、うん・・・!)「~~~っ・・・!」〔ジン、無理してはっ・・・!〕
肉体が回復し始め、緩慢だが動きに鋭さが戻り始める悪魔。必死にゼクは対応するが差が少しずつ出始める。追い込まれていく彼に白い目のまま口だけがニヤリと気持ち悪く笑っていた。
「(・・・魂を昇華しているんだろう?こんな時の為じゃないのかよっ)」
離れた所で懸命に戦う友達にジンは寝返りを打ち、体を立たせようと床を睨む。震える体に活を入れると、心の中でも奮い立たせようとしてくるモノを感じた。
「(そうだ、立てっ。集中しろ・・・変えるんだろっ!)」
何とか立ち上がったジンがマナを練り出す。
〔っ!ジンそれはっ・・・!〕
バチバチと体に小さなスパークが走る。サポートの声に意識を回す余裕が無かった。右手に力を溜める。緩やかに膜がグローブの様に大きく厚く覆い始める。
「(・・・まだだっ・・・!)」〔ゼク、こちらへっ〕(ええっ?)〔急いでっ!〕(っ!)
圧縮されていくマナ。その拳がビリビリと僅かに痺れてきた頃。飛び込んで来たゼクの後ろを・・・襲い掛かる様に翼を使って飛び掛かって来た悪魔目掛けて、ジンは右ストレートを叩き込んだ。
ドゴンッ、バアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッッッ・・・・・・!!
避けられると高を括っていた悪魔。見えない何かが超速で突き抜け、後を追う様に白くなる世界の中へと消えて行った。真っ直ぐに飛んで行った力は異空間を破壊し、現実世界へも影響を及ぼしたのであった。
【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 (真化体)
身体値 178
魔法値 195
潜在値 211
総合存在値 333
スキル(魔法):干渉、棒術 6、マナ零子 5、感応 8