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転と閃のアイデンティティー  作者: あさくら 正篤
384/473

380 尊きを敬いて

 ドサリと崩れ落ちるベルトルンの体。転がった首が驚愕のまま目を痙攣させていた。


「そ、そんな・・・皇帝陛下。そんなっ・・・!」


 ルグルットは僅かに血が付いた剣を振り払い、ゆっくりと鞘に収めながら転がった実の父の最後を冷たい目で見下ろしていた。あまりの出来事に間に入る間もなかったグスタは駆け寄ると膝を崩してしまう。遺体となった皇帝をわなわなと体を震わせて下を向く。期待に応えてくれた事に微笑むレネッタ。意外な展開だが、面白いと口元を笑わせるダンバース。それら以外は多少なりとも驚きを隠せずにいた。


「実の父を・・・?」「「・・・」」「マジっすか・・・」「ちょっとこれは予想外過ぎない?」「あれ?これってどうなるの?」


 ロクサーヌは驚き、理解できないと綺麗な顔を歪ませ、ドレッドは険しい顔になって状況を見極めようとする。ラナットは絶句し、ヒース達は困惑していた。ゆっくりとレネッタ達の所へと戻るルグルット。そんな彼に俯きながら震える声でグスタは小さく問う。


「どうして・・・ですか?」


 外とは違い、静けさが強まった玉座の間ではグスタの声がハッキリと皆にも聞こえた。


「どうして、この様な事を?!」


 涙を流し睨んで見上げるその表情を知るのはレネッタのみ。その彼女の表情はいつもと変わらないどこか人を食ったような笑みを見せていた。それが彼の怒りを助長させる。背を向けたまま止まるルグルット。


「あなたは何をしているのかお分かりか!」「言ったはずだ。その男は器ではなかった」「実の父親をその手に掛けて──」「それなくして、大義は果たせん。それが分からないのなら、もう話す必要はない」「っ・・・!!」


 振り返ることなく歩みを再開させるルグルットに言葉を失う。そんな彼の視界の中に彼女の笑みを深めた表情があった。その瞬間、何かが壊れた。


「貴様が・・・。貴様が仕組んだことかっ!・・・この魔女があああっ!!」


 剣を引き抜くと同時に魔力を放ち、駆け上がろうとするグスタ。怒りに任せた彼の力は普段以上の能力を発揮できていた。注意さえしていれば・・・。


「がっ!はぐっ!!」「・・・」


 横から襲撃を受けた彼は、勢いを完全に殺され立ち止まってしまう。わき腹から大きくお腹を切り裂かれ、心臓目掛けて後ろから串刺しにされたのである。体から口から大量の血を吐き出し震える体で振り返ると・・・そこにはレダがいた。涙混じりだった怒りが驚きが混じる。


「仕事をしただけだ」「お゛ごっ!」


 突き刺した剣を捻じると階段下へと放り捨てる。急速に力を失ったグスタはビクビクと痙攣を起こしながらもヨロヨロと這いずり始める。その先にはベルトルンの首があった。一瞬レネッタ達に顔を向けた後レダは飛び上がった。ズルズルと大量の血を流して這いずる背中目掛けてレダが双剣を突き刺し下り立つ。短く悲鳴を上げゆっくりと生気が失われる目で、届かないベルトルンの首に手を伸ばし、彼は力尽きるのだった。そんな光景に静かに拍手を送るレネッタ。遅れてダンバースが笑い出す。


「はっはっはっはっはっはっはっ・・・。良いぞ。良い余興じゃねえか。こんな展開になるとは思っても見なかったぜ。よくやったな、そこの獣人」「・・・」


 狂っている。誰かの思考にそんな言葉が浮かぶが、今はそれ所ではないと押し黙っていた。褒めるダンバースを無言で見るレダは剣を引き抜き、血を払うと鞘に収めレネッタの下へと戻る。


「・・・なんだか急に2人も人がいなくなっちゃったけど・・・。ま、いいか・・・」「・・・」


 無言で付き従う姿勢のレダに対し、ルグルットは彼女の方へを振り向く。するとドレッド達に見えない様に人指しを口に立てていた。楽しんだダンバースがハルバードを構え魔力を解放する。その顔は次は止まらないと言っているようだった。


「よーし、もういいか。サッサと始めよう、俺の妻よ」「・・・」


 黙って妹の前に手を突き出す兄。


「(ボソ)正直に聞きたい。今の力、本来のどれくらいだ」「(ボソ)・・・後を考えなければ、半分ほど・・・」「(ボソ)なっ・・・」「(ボソ)分かった。奴の相手は俺がする。お前達は・・・先にヒースやゴーレムを叩き潰せ」「(ボソ)ですが、それではっ」「(ボソ)悔しいが事前に策を仕込んでいた奴らが上手だった。今は切り替えろ。ここで俺達が敗れる事はあってはならない」「「・・・」」「(ボソ)行くぞ?」


 悔しい思いをしつつも割り切るとラナットとロクサーヌはヒース達に標的を変えた。


「何だよ。先ずはそこのお義兄ちゃんを相手にしなくちゃならんのか・・・」「お前みたいな享楽男・・・こっちから願い下げだ」「はっ!言うじゃねえか・・・。たかが軍のお偉いさんがよぉ~」


 ピピピ、ピピピ・・・!


 レネッタから発せられたデジタル時計の様なアラーム。ニヤついた彼女が「こっちへ」ルグルットの手を引くと、建物全体が大きく鳴り響く。気にはなるが目が離せないドレッドは、ダンバースと睨み合う。再び驚く周りの者達は何が起きるのかと警戒する。少し遅れてどこかで大きな爆発と衝撃音が発生した。


「くはっ♪グットタイミ~ング♪」


 破壊されて崩落し、外が剝き出しになった皇専用階段があった箇所。避難したレネッタはそこから見える巨大なゴーレムに喜んだ。更に大きく壁が破壊され、外壁が失われる。それが合図とばかりにドレッドとダンバースが斬り結んだ。


「レネッタっ」「安心してルグルット。これも予定通りよ」


 斬撃をしなやかに回転で逸らしつつ突き出すハルバード。瞬時に切り替え、体を前方へ。滑るように懐へと飛び込んだ所で切り払いに変える。ダンバースは体を捻り、宙へ跳ぶと同時に切り上げの様に攻撃を繰り出した。横っ飛びしながら切っ先を紙一重で回避したドレッドが、着地と同時に魔法弾と黒い斬撃を連続で放つ。


「(器用な奴だっ)」


 魔法を弾くと回転しながら魔力を刃先に練り上げる。濁った魔力が厚い膜を生み出し、生成された土の散弾と共に斬撃を飛ばした。ニヤっとしたのは一瞬で、相殺しきれなかった黒い斬撃が向かってくる。驚きはするものの余裕を持って回避するダンバースだが・・・後ろにいたゴーレムは壁ごと破壊され吹き飛ばされた。


「・・・。本当に器用な奴だ」「濁った魔力だ。まるで生き方そのものだな」「はん。オレ様は気に入ってんだ。文句はねえだろ?」「獣というのは・・・お前の事を言う」「言うじゃねえか。ガキが」


 周囲を淀ませる魔力を解放する者と精錬された魔力を身体の周囲に押し留める者。大きさは違うが明らかに内包している濃度は同じように感じられた。僅かに動く足下。次の瞬間、斬り、払い、避け、薙ぎ、振り下ろし、斬り結び、はじき返しと周囲に強風を巻き起こしてドレッドとダンバースは互角の戦いを見せていた。


「うっはぁ・・・あの獣人がいて助かったぁ~」「ここからどうするのだ?」「あっ、ちょっと待ってください」「「?」」


 デジタル時計の様なアイテムを操作したと思ったら適当な壁の外へと投げ込んだ彼女。すると真っピンクの様な煙を上げて、それは遥か空へと昇って行った。見届けている間に事態はさらに変化する。街では機械兵と同程度から2倍、3倍の大きさのゴーレムが広場や瓦礫と化した建物の地下から這い出す様に飛び出してきた。


「っ!」「このままではっ!」「おらぁっ!」「ってぇ~・・・。やっぱ、申し子はキツイって」「文句言ってないで戦えっ!」


 ヒース達相手に善戦しているロクサーヌとラナットだが、不利が重なり攻めきれずにいた。ラナットはもちろんの事、ロクサーヌは思った以上に力の制限を受けているようだった。周りに気を遣いながらの戦闘もそれを余儀なくさせていた。そこへ左右から息を少し上げたレックス、バロット、ラーゼが姿を見せる。


「ここかっ!・・・!ダンバースッ・・・!」「隊長」「遅れまし・・・何でヒースらと戦って」「良かった。お前等助けてくれよ。隊長達が──うがっ!」「2人共。ゴーレムを先に叩け!」


 ラナットが問答無用でヒースの言葉を切り込むことで遮る。ゴーレムが暴走している事を理解している彼等はすぐさま掃討に掛かる。何を伝え、優先させるかを把握していたラナットに軍配が上がりディアス、フーバの顔が歪む。


「くそっ」「よそ見っ」「っ、がっ!」「フーバ、がひっ!」「お前もだ」「チッ」


 ロクサーヌとラナットの攻撃を真面に受け、血を出して倒れるディアスとフーバ。魔法弾を撃ち、目暗ましを発生させて仲間を連れだすヒース。姿が見えないながらも溢れる魔力を補足。ロクサーヌはレーザーを照射する。巻き上がった煙を貫通し、被弾したヒースが仲間を壁へと叩きつける様に投げつけ、火、風、土の魔法を前方へと適当に放つ。


「「ぐっ!」」


 微かに聞こえる呻く声に飛び出したい気持ちを抑え、彼女等は慎重に前へと進む。煙を越えた先では転がった小さなシリンダーがあった。回復アイテムを使用したのだろう。3人はゆっくりと立ち上がる。受けた傷から魔力の粒子が煙の様に上がり、みるみる傷が塞がっていく。


「もしもの為か?よく残していたな」「高値だが、命には代えられねえんっすよ」「その命を踏みにじっておいて、よくも抜け抜けと・・・」「考えた結果ですよ。別に悪い事じゃないでしょ」「これもまた、正義ってやつだ。正しいと思う事を否定されても困るんだけど」「・・・お前達は、ずっとそうして考えでいたのか」「絶対なんてないでしょう?ぬるま湯勤めは嫌なんですよ」「オレ等は俺等のやりたいように選んだ。それだけっすよ」「・・・聞くに堪えんな」「「「っ!」」」


 薄まっていた煙を完全に吹き飛ばし、ゆっくりと歩み寄るドレッドに驚く3人。


「ぐっ・・・ちょっと、待てよ・・・。流石にズリィんじゃねえか?」「お前が犯した罪に比べれば可愛いもんだ」「ふぅ~・・・ってか。ホント何なんですかコレ?」「無茶苦茶強いし、力は抜ける。・・・隊長が来てくれて助かった。・・・あれ?俺達が助っ人に来たんだよな?」「「「・・・」」」「観念しろ。お前等」


 ダンバースは協力したレックスと追い詰め、膝を屈した状態。状況判断したドレッドは彼に任せ、苦戦していたバロットとラーゼをカバーする様にパペットを倒し、いま3人の目の前に立っていた。完全に形勢は逆転していた。チラッと視線を妹に向けると、玉座だった場所にいるレネッタ達へレーザーを照射し、飛び出した。


「おわっ!急に襲い掛かって来ないでよぉー。ビックリするじゃんかぁー」「っ!」


 床を壊す勢いで、見た事ない巨大ゴーレムの上半身が玉座の間へと乗り込んで来た。横幅だけで優に10メートル以上は達しそうな平べったい形のゴーレムが彼女の光魔法を中和して阻んだ。レネッタは急ぎ飛び乗るとルグルットに声を掛けた。


「ルグルットっ、乗って」「「っ!」」「あ、お返しね」「っ!(しまっ)」「おわっ!」「ぐっ・・・!あっぶねえっ!」


 反撃とばかりにゴーレムの爪からレーザーが放たれる。回避した先にはレックスがいた。光魔法を撃ち、横から僅かに軌道を反らす。驚きつつも回避した彼が離れた所へ、ワイヤーの様なモノがゴーレムから伸び、ダンバースを引っ張り上げた。続けざまに撃たれたレーザーは直線だけでなく複雑な軌道を取ってドレッド達に迫った。


「こっちも」「お兄様っ!」「っ!下がれっ!」「っ!」「えっ」「おわっ!」


 慌ててロクサーヌが大きめの光魔法を放ち、一部を相殺、緩和させる。全ては消せず、残った攻撃をドレッドが剣先に纏わせた黒い魔法で明後日へと薙ぎ払う。掬う様に縦回転させた剣で前方の壁へと払い、綺麗に誰もいない方角へと逸らせたのである。そのあまりの反射速度と対応に引き攣った笑みを浮かべてしまうレネッタ。


「兄妹揃って化け物ね・・・。でも、これで十分」「っ!退避っ!」


 スライドして開いたゴーレムの肩部分。小さな宝石がずらりと並べられたそれは様々な光沢を見せると放物線を描き玉座の間へと飛来していった。様々な魔法が雨の様に降り注ぎ回避するドレッド達。その隙にレネッタはゴーレムを部屋の中へと突進させヒース達を回収して、そのまま街の外へと飛び出して行く。


「ひひっ♪嬉しいデータをありがとう~」


 城から数メートル離れた所で留まり、ゆっくりと振り向かせたゴーレムの背中から楽しそうに手を振ってくるレネッタ。駆け寄るロクサーヌ。


「待ちなさいっ。メルグロッテ!」「どっ、どうしてその名をっ・・・!」


 ギョッとする彼女。しかし次の瞬間にはまたしてもボタンらしきものを取り出し、見せつける様に押すとポイっと適当に投げ捨てた。


「私達を追ってる暇はないよん?」「っ!」


 ゴゴゴ・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・!!


 最初だけ小さかったそれは城だけでなく周囲にまで大きく振動させるほどに強い揺れを起こしていた。バラバラと崩れていた箇所が更に大きく壊れていく。


「ふふ♪それじゃあ。また無事だったら・・・近い内に会いましょうね皆さん。バイバ~イ」「っ!」「待つんだロクサーヌ!」


 呼び止められたドレッドは後ろへと振り返る。気付いたロクサーヌ達もその先を見つめた。首都ベルニカには数百メートル先に小さな山が存在していた。小さいと言っても坂になった小山の上に建設されたお城と同じぐらいの高さがある。その山がまるで地割れするかのように大きく引き裂かれ、あまりにとてつもない大きさのゴーレムが姿を現したのだった。全長は1キロを優に超えている様に見えた。


「あれは・・・大会で見た?」「あれよりもっと強くしてみたよ。首都を守れるかな♪?」「っ!」「そんな顔している余裕があるの?」「なっ!」


 首都内外には、数百といえる10メートルから150メートルはありそうなゴーレムがボコボコと地下から姿を現した。


「さあ・・・君達がどんな選択をするのか、楽しく想像しながら去らせてもらうね。また会おう~♪」「「「・・・」」」


 今度こそ飛び去って行くレネッタ達。ロクサーヌだけでなくラナット、バロット、ラーゼやレックスは彼女等の笑みを憎々し気に睨みつけるのだった。


「・・・クソッ。アイツ等好き放題しやがってっ・・・!」


 悔しさに自分の手を殴りつけるレックス。


「・・・。先ほどは感謝します。あなたはレジスタンスの方だとお見受けします」「ああ。だがすまない。もっと早く助けに来てやれば・・・」「いえ。まだ生き残っている者達はいます。今はあのゴーレムとまだ残っているテロリスト達を一斉するのに協力をお願いします」「もちろんだ」「ありがとうございます」「・・・えっ?隊長ってこんなに柔らかく話す人だっけ?」「なんかいつもと違うね」「こちらが本来の隊長の姿だ。今はそれよりもっ・・・これからどうしますか?」


 ラナットの問いに少し考えたドレッドはロクサーヌに視線を送る。力強く頷いた彼女の瞳はとても真っ直ぐとしていた。それにクスっと笑った彼はそれぞれに指示を出し始める。


 ・・・・・・


 少し前。


「ねえ?いつまで逃げるつもり?」「・・・」「戦いなさいよっ。友達なんでしょっ!」


 ドガガガガガガ・・・!


 降り注ぐ魔法の水弾。建物に隠れたプリメラを攻撃しようとあたり構わず穴を開ける重い攻撃がコンクリートやレンガの壁を砕く。舞い散る破片を身体強化と薄く張った魔力で守りつつ、プリメラは転がる様に建物から別の建物・・・瓦礫群へと移動する。


「あなたも大会に出た選ばれた人なんでしょ。だったら正々堂々戦いなさいよっ!」「っ!」


 数メートル先の壁が大きく破壊され吹き飛ばされる。それでもプリメラは諦めず、息を殺し、移動を続ける。


「何なのよっ、あなた・・・!そうやって逃げるのが得意なのっ?!だからっ・・・!あの時もっ・・・。親子揃って、呪われた人間なのねっ!」「っ・・・!」「っ!」


 心が僅かに乱され、その瞬間の気配と足音に気付いたキャロラインが魔法を放つ。巨大水玉は避けたのだが、周囲を浮かんでいた小さな玉が矢の様に勢いよく飛び、プリメラの肩を貫通した。一瞬苦痛に歪むが致命傷は避けていた。近くの建物へ転がり込む音を聞きつけ魔法を撃ちこむキャロライン。外れた感覚で突き出した手を下げる。些細な音も見逃すまいと周囲を睨みつける。


「呪われているのが悔しいのね。でも本当の事でしょ?あなた達親子のせいで・・・町はっ・・・。あの領地の住民は全てを失ったのよっ・・・!返してよ・・・皆を・・・。私の家族を返しなさいよっ!」「はぁ・・・つっ・・・。(そう・・・やっぱり、あなたも本当は・・・)」


 家屋内。日陰になった建物の壁にもたれ掛かり少しだけ笑みを浮かべて息を整える。血が滲む肩を確認する。服は汚れているけど今更だと、動きに支障がないかを調べてしゃがみ込む。


「ずっとこの日を楽しみにしてた。それが生き甲斐だったの。何度殺そうとしたか分かる?何度、その機会をお願いしたか・・・あなたに分かる?・・・・・・本当に苦しかった・・・」


 見えていないプリメラには分からない。だが親友と思っている子の声には悲痛な想いが入っているのだけは分かった。ずっと耐えて耐えて今まで生きてきたのだと分かる。


「何で死ななかったのか分からない。そんな気が無かったからかも。・・・でもね。あなただけは私の出て必ず殺すって決めてたの。お願い・・・姿を見せてよ。・・・私に、殺させてよっ!」


 周囲一帯に水魔法を降り注がせるキャロライン。怒りに囚われていながらもしっかりとプリメラが逃げた先を予想、その先も予測して魔法を撃っていた。


 ドガガガガガアアアアアアンンン・・・・・・!!!!


 土煙、砂塵。建物が噴き上げ、周囲が見えなくなるほどの煙がモクモクと辺りに充満する。


「(どこっ!何処にいるのよっ!)」


 周囲を見回し僅かな異変の見逃さないと神経を研ぎ澄ます。だが感情に囚われた一面も強く、その思考が彼女を鈍らせた。荒れた天気とはいえ空はまだまだ明るい。プリメラが空から下りてくるのを彼女は気付けなかった。


「がっ!」「っ!」


 身体強化された肉体が上からの重み、勢いに耐え、2人はゴロゴロと重なる様に転がった。掴んだ相手を蹴りつけ引き剝がそうとしたキャロラインに跨り、両肩を抑え付けるプリメラ。


「止めましょう。あなたはこんな子じゃない。無理しなくてもいいの。辛いのなら無理しなくてもいいのよっ」


 悲痛な彼女の表情を睨みつけるキャロライン。


「ええ、そうよっ。あなたを殺して私はこんな気持ちとは──」「そんな事をしてもっ!・・・本当のあなたは喜ばない・・・」「・・・」


 何を言っているのか分からない。そんな表情をして偽りの友と見上げる。


「知らなかったのは謝るはキャロライン。私が見えていなかった。(ふるふる)ううん。これも言い訳。だって、ずっと・・・ずっと・・・。あなたは私に話しかけてくれた。私は・・・あなたの苦しんでいる事に気付けなかった・・・。ごめんね」「・・・・・・」


 ポタポタと涙がキャロラインの顔に零れ落ちる。彼女が黙って見ていた。


「っ、今からでもやり直せる。こんな事は止めて、生きましょうよ?そんな苦しいだけの生き方は止めてよ・・・っ!私は・・・友達のそんな顔を見たくない・・・」「?」


 何を言っているのか分からなかった。目の前の憎き(にっくき)相手の言葉が理解できず耳からすり抜けていく。動かそうと身動きをするが押さえつける力はとんでもないものだった。何も出来ず一方的に分かった気でいるのが許せなかった彼女。


「あなたに・・・っ。何が・・・っ・・・わがるのよ゛」


 感情は高ぶっているのに思考が分離した感覚がする。吐き出す息は勝手に荒く、声が震えて出し辛かった。


「あのどぎ・・・っぐ・・・。いなっがっだっ・・・あなた゛に゛・・・なにが、わ゛がる゛の゛よ゛っ・・・!!」


 悔しかった。悲しかった。辛かった。・・・そんな言葉で表せないくらい・・・自分の人生が、惨めで・・・情けなかった。無情のこの世に、正しいものは無いと思った。死にきれない気持ちを誤魔化すために今まで必死に耐え、生き延びていた。


「あっ・・・な、たっ・・・たちがっ・・・。おとう、さんをっ・・・。おかあさん、もっ・・・。おねえ、ちゃんもっ・・・」


 勝手に見えなくなる視界。ぼやけてよく見えない復讐の相手に必死で睨みつける。目が熱くボロボロと流れても・・・煮えたぎる想いは消えなかった。


「み゛ん゛な゛っ・・・・・・う、ばった゛っ・・・・・・」「・・・(コクン)」「あなた゛を゛っ・・・いっじょうゆるざない(一生許さない)。わた゛し゛はっ・・・ずっとっ・・・」「ごめんね・・・ごめんね・・・」


 馬乗りからプリメラは親友を抱きしめ謝った。2人の泣く声が寂しい瓦礫の山に響いた。


 ・・・・・・


「・・・ありがとう」「ううん。もういいの。私こそごめんなさい」


 お互いに向かい合って座る、まだまだあどけなさの多い少女達。目を腫らし、赤くした顔に微笑み包むもどこかスッキリとした様子だった。どちらからともなく見上げてしまう空。遠くの方では爆発音が聞こえる。


「・・・まだ、すぐには無理そうみたい」「それはそうだよ。ずっと我慢していたんだもん。・・・あれから3年・・・」


 自然と俯き、斜め下の1点を見つめるプリメラ。先ほどとは違い相手を思いやる心に余裕が出来たキャロラインも申し訳なさそうだった。


「そうよね・・・。あなたにとっても、残されたのは・・・首都にいた人達だけ・・・」「うん・・・。でもキャリーに比べたら、たぶん・・・(ふるふる)ううん。きっと大丈夫。お兄様もお姉様達も・・・。気になるのは弟だけ・・・」「弟?・・・確かにいたわね」「うん・・・。ジンっていうの・・・。生まれた時から体が弱くて・・・。それでもずっと騎士になるって言ってた・・・私の可愛い弟・・・。お兄様に聞いたら、諦めろって言ってたけど・・・。あの顔は生きているって信じたがってた。・・・でも、こんな戦いが始まるのならもう・・・」「・・・」


 周囲を見回しながらしんみりとしてしまう2人。今見える場所で名残りを残しているのは首都の道だけであった。ゆっくりと立ち上がるプリメラ。不思議そうに見ていたキャロラインは彼女が差し伸べた手を自然と掴み、立ちが上がった。


「こんな時に・・・バカな事をしている余裕はないんだけど・・・。それでも・・・やらなくちゃね」「・・・。ありがとう」「ううん(ふるふる)。これは私の我が儘。親友を困らせてばかりだった、せめてもの償い」


 少しだけ歩き、距離を開けるとプリメラは親友の方へと振り向いた。その行動にキャロラインは微笑み、心の中で感謝した。


「まだ何かあるか分からないの」「うん。私達もそんなに魔力は残ってない」「一発勝負ね」「ふふふ。こんな戦い、いつぶりかしら?」「入学式のワープポータル以来じゃない?大会では、結局、連携とかサポートが重要視されちゃったし」「お互い本気を出さなかったからね?」「そんな事ないわよ。私はいつだって全力だったんだから」「ホントかな~?」「・・・ふふ」「ふふふ」


 距離にして10メートルあるかないか。身体強化した肉体ならコンマで数回の殴り合いが出来る距離。だがお互いの得意とするのは魔法・・・火と水になる。


「今回は逃げないのね」「ええ。ちゃんと正面から勝って見せるから」「その強気・・・(ふるふる)。うん、やっぱりプリメラちゃんらしいよ」


 魔力を練り上げ両手を上にクロスする様に持ち上げる。それに対して水玉を、まるでどこかから吸い集める様に特大な魔力玉へと変えていく。


「さっきの小さい攻撃はしないの?あれで私、肩を怪我しちゃったんだけど・・・」「あ、そうなの?ごめんね。でも、私には複数の魔法を細かく扱う技術がまだ足りないみたい」「今だけよ(・・・・)」「・・・うん!」


 笑みを浮かべ確信してくれる親友に、心のそこから嬉しくなって笑顔になる。


 引き絞られるような動作と共に生み出される魔力の矢。メラメラと燃えるそれは、まるで彼女の持つ強い信念そのものを体現するかのようだった。それに対して、自分の持てる魔力で生み出したのは物量にして2メートル級の水玉である。但しこれは本来の質量を無理矢理魔力で圧縮させたモノ。そこから繰り出す破壊力は周囲一帯の建物等跡形もなく圧し潰し吹き飛ばせる事だろう。そんな両者の持てる今、1番強い魔法で持って2人は終わらせようとしていた。


「「・・・」」


 示し合わせた様に周囲から音が消える。お互いに視線を逸らさない。この瞬間2人には周りの事が一切見えなかった。


「「・・・っ!」」


 撃ち出したタイミングは両者同じだった。質量と厚みで勝る水玉に1点突破の火の矢が突き刺さる。直接の攻撃よりも先に2人の魔力が衝突した。水と火。互いの間にある魔力の膜が徐々に削り取られ近づいて行く。触れ合った瞬間。衝撃波がプリメラとキャロラインを後方へと吹き飛ばした。身体強化した体でも踏ん張りが効かないほど2人の威力は凄まじかった。じゅっ、と微かに聞こえた瞬間、魔法による水蒸気爆発が発生する。離れた事が幸いする。周囲の建物を吹っ飛ばし直径にして20メートル以上が更地と化し、その爆風は広範囲にまで広がった。


「ぐっ・・・。ぅがっ・・・!」


 地面を数回ほどバウンドを繰り返し転がる。強化された肉体と膜が保護になり大怪我には至らなかった。だがそれでもとんでもない威力に肩を痛めながら、ゆっくりと体を起こすキャロライン。


「・・・。(どうなったの?)っ!プリメラちゃんっ!」


 とんでもない爆風に視界が更に悪くなったのでは?思わせる煙の中、親友の名前を叫ぶ。するとゆっくりと肩を抑えつつ、歩いて来るシルエットが見えた。近づいて来る、その人物の顔は少し怪我をしているがちょっと得意気だった。


「言ったでしょ?私は全力だって・・・」「・・・うん」


 安堵と共に体から力が抜ける。そんな親友は何処かを見て、笑っていた。


「それに・・・。あなたが生きている事を・・・神様も女神様も・・・きっと見てくれている」「えっ?・・・ッ~~~・・・!!」


 どうしてそんな言葉がつい出てしまったのか分からない。だけど・・・。火を纏った不思議な生き物を肩に乗せる女性を親友が見つけて立ち上がった時、そんな疑問はどうでもよくなっていた。泣きながら走り、それ以上に嬉しい気持ちを乗せて抱き合う姉妹を見た時・・・プリメラの中でこれ以上ないほど幸せな気持ちが生まれたのだから・・・。






  【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 (真化体)


 身体値 178

 魔法値 195

 潜在値 211


 総合存在値 333


 スキル(魔法):干渉、棒術 6、マナ零子 5、感応 8

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