315 役者は揃い出す
ズル・・・ズル・・・ズル・・・。
石で作られた大きな通路。等間隔に開いた柱の向こうから光が入ってくるが、その明かりは全体的に薄暗い。場所によっては完全に光が差し込まない暗闇になってしまっていた。・・・そんな所で全身をボロボロの布を覆った誰かが歩いていた。
(約束を果たそう・・・)
通路を使用されて久しいのか若干埃が被っている通り。
そこへ布を引きづる様にして、どこかへ向かって歩く。
(殺せなかった事をあの世で悔め・・・フ、フッフッフ・・・)
僅かに震わせ、嗤っているのかゆっくりと肩が上下する。
ズル・・・ズル・・・ズル・・・。
(さあ・・・寄越せ。・・・刈り取る時だ・・・)
布で覆っている誰かはほっそりとやせ細った腕を幽鬼的に伸ばしながら、まるで引き寄せられるようにどこかへ向かって歩くことを止めない。
ズルズルと長い布を引きずりながら、誰もいない通路を歩く・・・。
遠くから聞こえてくる声に向かって・・・。
・・・・・・
「っ・・・」
僅かに胸に痛みが走り服を掴むシャノン。
「?どうかしたの?」「え・・・?あ、ううん。何でもないの」
心配してくれた共演者に声を掛けられ現実へと戻ったシャノン。既にその時には痛みは消えていた。
「そう?やっぱシャノンは凄いわね。私なんて慣れてきたと思ってたのに、最終公演って思うとまた違う意味でも緊張がしてるわ」「ははは。私も」「うっそ~」「ホントだって・・・。ふふふ」
他愛無い話。それがとても心を落ち着ける。
シャノンはその感覚をとても大切にしたいと思っていた。
「皆さん、おはようございます」
挨拶しながら楽屋に入ってくるスタッフ達。
「そろそろお客さんが入ります。準備の方、よろしくお願いします」「分かりました~」「「お願いしま~す」」
スタッフが出て行くと、深呼吸して肩に入っていた力を抜く。
そして舞台用の少し厚めの化粧を塗り始める。
「(さ、今日でラストよ・・・)」
無意識に出たこの言葉・・・。それがどういう事を意味しているのかシャノンはあまり考えなかった。
・・・・・・
「どうかな、オメロス君?」「・・・客席には魔法は掛かってないと思う」「そうか・・・。あ、2階席の方は・・・」「それは・・・大丈夫の様やね」
開場の数分前。
気がかりだったオーナー達ためにオメロスは、悪質な魔法が無いかをチェックしていた。2階席を調べているジンからも何も無いという返事を貰っていた。
「・・・君達には助かるよ」
それを聞いたオーナーから1つ不安が消えたというため息が零れた。
「天井とか舞台したも見た感じ問題なしって事だから・・・。客の方は問題ないんじゃない?」「一応、冒険者とか魔法の専門家に頼んでるんだけどね」「どうも急に発生しているって彼等が言うんだよ」「(ボソ)だろうな」「「?」」「ああ、いや。何でもない。こっちの方は問題ないし・・次は・・・」「分かっている」
そう言ってオーナーが首肯する。
それに対し、不安そうな舞台監督達。
「流石に今更、共演者という事は・・・」「大体、今日で最後ですしね」「ここで一体誰に大恥をかかせたいんですか」「決めつけるのは良くないけど・・・。念のために警戒はしておいた方がいいんじゃないか?」「・・・そりゃ、・・・そうか」
オメロスの言葉に強く反論しても意味が無い事はスタッフ達も理解できている。
アクシデントに見舞われても、何とかここまで続けて来られたのだから最後までやり遂げたいという気持ちはスタッフ達もオーナー達も一緒だった。
「で・・・その手配は?」「・・・」
オメロスの問いかけを受けて、オーナーが舞台監督の方へと顔を向ける。
「・・・彼等もプロだ。多少のアドリブでも上手くやってくれるだろう・・・が、本当にその方法しかないのか?」「登場している役者が少ないければ・・・舞台袖とか小道具っちゅうんだったか?の裏に隠れてって事も出来なくはないが・・・」「大勢が上がるアクションシーン等ですと・・・。確かに誰が誰だか・・・」「という事や」「・・・」
監督としては緊急でも出来れば、こんな終わりに変更するのは嫌だという気持ちが無くもない。だがそのプライドの為に役者達が被害を受けるのは避けたい。
だからこそ、ほんの僅かに残ったプライドが邪魔をして少しだけ眉を寄せる顔をしていた。
しかし、それもすぐに踏ん切りをつける。
「これも私達が決定した事。・・・だったら最後まで見届けるのが仕事だな」
深く頷くと、オーナーとオメロスに顔を向けた。
「決まりですね」「どんな事が起きるか分からない。私達やスタッフの方でもすぐさまフォローできるようにしておきます」「お願いします。こちらもすぐに動けるように対応しておきます」
オーナーが社員達の方へ振り向けば、彼等も頷くことで返した。
「台詞等は残念ながら──」「それでいいよ。ワイも急に頼まれても演技なんて出来ないし」「それじゃあ、その辺りに関しては、裏で話しましょう」「そうやな」
開場が開始されたのか遠くの方から声が聞こえてくる。
オメロスはジン達に外で話そうとジェスチャーして、客席を出て行くのだった。
・・・・・・
「・・・あら、可愛い」「君、いくつ?」
ジン達が集まったのは楽屋裏。
そこではそろそろ準備を整えて、衣装を着た役者達が集まっていた。
「ちょっとすまない。手が空いている者は集まって欲しい」
監督の声に役者やスタッフ達が集まって来た。
「今日までこの公演を続けてくれたことを皆に感謝したい。様々な事が起きたがそれも今日で最後だ」「・・・ホント、焦りましたね」「確かに。よくあそこでフォローできたよ」
それぞれが、その時起きた出来事を思い出し、今は少し笑える状況になっていた。
当然、気を付けなければいけない所は注意している。それでも何が起こるか分からないのが本番。
それを何度も経験しているからこそ、役者もスタッフ達も笑っていられるのだった。
「オーナーも私の我が儘に付き合ってくれて感謝している」「いやいや。私も、最後まで続けたいと思っておりました、その1人です。残念な結果では終わらせたくはありません」
その言葉に全員がそれぞれ頷いたり返事を返していた。
「まー、最後の最後も気の抜けない場面ばかりだろうな」「ははは、確かに」
監督の言葉に1人が笑うと一気に和やかな空気が流れる。
「さて、こんな状況だ。私も最後まで通す以上、手を打たせてもらう」
少しだけ空気が変わった事に気付いた役者面々。スタッフよりもその機微には反応が早かった。
そういうと監督はジンとオメロスを紹介。
「彼等は・・・もし今回の騒動の首謀者がいた場合、それをいち早く鎮圧してくれるために雇った所謂、用心棒みたいな者達だ」「え?」「ええ?」「え?あ、いい男」
ジンを見ては、疑問に感じ。オメロスを見て頬を染める女性達がチラホラ。
しかし、結局はその先の答えを求めて監督達の方へ顔を向ける役者とスタッフ達。
「言いたい事は私も何となくわかる。そもそも首謀者が現れるのかも疑問な上に2人だけ。しかもその内の1人は子供ときた。・・・正直、大丈夫かという疑問があるだろう」
この舞台には子役達も大勢出る。保護者を説得した場面もあったりした。
だからこそ、現在、少し離れた場所でジンを見ている親子達は不安が消えない。
ただでさえ、子供の事が心配だからである。
しかし、それは監督も分かっている。
「安心してほしい。ついさっき聞いたのだが、彼は学園に通う生徒で、冒険者としての実績も積んでいるそうだ。横にいるオメロス君の実力は私達も確認済み。その彼がこの子に助っ人を頼んだんだ。実力は彼の折り紙付きだそうだ」「・・・へ~」「・・・は~」
分かっていない者。理解して何とか納得する者。そんな事よりも、ただ頬を染めて一点を見つめている者。様々だが、概ね先ほどよりは当たり弱まった。
「それと緊急で申し訳ないが、彼等にも舞台に出てもらおうと思う。台詞等は無い。村人や1兵士という位置付けで何かあった時の対応の為に上がってもらうつもりだ」「そっ・・・」「それは、いきなりは何でも・・・」
プロたちなら対応はできるだろうと信じた監督の隙を付いて言った発言。
それに対して彼等も出来なくはないと思ってはいるが反応に困ってしまった。
一番困ったのは子役の親だった。
何だかんだでこのモナメスという町の舞台というのは世界的にも人気が高く競争率が激しい場所。この舞台に出る事を選ばれるだけでもかなりの知名度と栄誉を得る。
それはまさに一流の役者として夢を掴んだと言っても過言ではないとも・・・。
そんな所へいきなり素人を呼ばれたら、不満を持たない者がいないわけではなかった。
「ねえ監督?・・・それは・・・必要って事なの?」「シャノンノ・・・」
遠くの方で聞いていたシャノンノが役者やスタッフ達を掻き分けるようにゆっくりと近づいてきた。
「(ボソ)う、うわわわ。うわあああ~・・・。シャノンノちゃんだ~・・・」
本命中の本命がどんどんと目の前に近づいてきた事に、オメロスがそわそわしだす。
しかし、そんなオメロスにはあまりめもくれず監督の目をジッと見る女優シャノンノ。
「・・・この舞台を成功で終わらせたい」「・・・そう。・・・うん、だったら少しの間だけどよろしくね?」「うわわわわわ」
何かを納得した彼女は改めてジンとオメロスに握手しようと手を差し伸べる。
オメロスは急いでズボンで手汗を拭うと震え緊張した手で握手を交わす。
「よろしくお願いします。えっと・・・オメロス、さん?」「っ~~~・・・。は、はいこちらこそ!」
涙を流しそうなほどの喜びようと素直さで返事を返すオメロス。
〔あれ、不倫にあたってしまいそうですね〕
先ほどまでの不信感から打って変わり、頬を染めるご婦人方。
気付けばなかなかの人数をオメロスは虜にしたようだった。
「(ボソ)・・・ちっ。どいつもこいつも・・・」「?」「ど、どうしました?」「え?ううん。何でもないの」「そ、そうですか」
何か聞こえた様な気がして不思議に思いつつもゆっくりと握手した手を離すシャノンノ。
そして視線を移すとジンと目線を少し合わせるようにしゃがみ込んで手を差し伸べた。
「君もよろしくね」「お願いします」
とりあえず例に倣って、握手を交わしてその場を流そうとする・・・が。
「?・・・あの」
ジッとジンを見つめるシャノンノ。
「君は・・・」「?」「っ・・・。ううん。何でもないの」
笑って誤魔化し立ち上がった。
「シャノンノはいいの?」「うん。だってこの演目では色んな事が起きてるからね。もう今日が最後なんだし。監督と一緒。私も精一杯やる事をやるだけだよ」「・・・そう。まあシャノンノが言うならいいか」「うふふ・・・。ありがと」
主役のシャノンノが受け入れた事。彼女が醸し出す雰囲気がその場の全員を包み込み、突発とはいえジン達は受け入れられるのだった。
そしてシャノンノ達がそれぞれの場所へと向かい本番に向けて準備を始めだす。
そんな彼女が去っていく後ろ姿を見ながら、ジンはゆっくりと頷いた。
それに彼女の傍をフヨフヨと浮かんでいるゼクが力強く頷き返した。
・・・・・・
「さ、リエナ様、パミル様。我々はこちらになります」「・・・ここって。随分高すぎない?」
そこは2階の客席が見える会場の更に半階程上にあたるガラス張りの部屋。
客席からは部屋の中の様子が見え辛い工夫がなされた空間だった。
「要人の方、専用の部屋だそうですよ~。こんな待遇で観れるなんて良かったですね~?」「ん(コクリ)。ゆっくり観れる」「少々、位置的には見え辛いかと思いますが、ゆっくりと寛いで観る事が出来ますね」「・・・まあ。そうね」
ゆったりと椅子に座り直すリエナ。
パミル、ルチル、アミルも思い思いに座って上演が始まるのを見守っていた。
VIP待遇と合って豪華な椅子やソファー。円形のサイドテーブルにはそれぞれの飲み物、そして軽いお菓子などが用意されていた。
コンコン。
軽いノックをしてこの舞台会場の支配人が部下を引き連れて入ってくる。
「本日はお越しいただきましてありがとうございます」「あ、いえっ・・・。無理を通してしまい、こちらこそありがとうございます」
慌てて立ち上がったアミルがオーナーに頭を下げる。
「いえいえ。こちらもユークリッド王の関係者の方からのお願いを、流石に無視するわけには参りませんので。たまたまこちらが空いていたのも運が良かったです」「・・・ここには他にも?」「はい。他国の王族の方々も来られたりしますよ?他の要人の方々も御忍びなどで来られますので何かと空いている事の方が少ないですね」「へ~・・・。やはりそれだけここの舞台は大人気なんですね~」「おかげ様で、たくさんの方々に支えられているだけですよ」
何気ない会話をしている間も、従業員達はそれぞれが飲み物の交換、用意、追加などテキパキとこなしていた。
「でしたら今回の上演も誰かが予約をされていたのではありませんか?」
リエナがオーナーに近づいて何気ない疑問をぶつける。
それに対して少しだけ表情を困った顔を見せてしまうオーナー。
「その予定ではあったのですが・・・。どうやら向こうで何か事情がおありになったのかもしれません。我々の方でも連絡が付かない次第でして・・・。おそらくキャンセルされたと思われます。流石に何のご連絡が無いと・・・我々としてもどうしようもありません」「そうですか・・・。それは残念でしたね。観に来たかったでしょうに・・・」「ええ。本当に」
それがつい先日、クーデターを起こした首謀者の関係者であることをリエナ達もオーナー達も知る由の無い話だった。
「ですので。こちらとしても観たいと言って下さった皆様を歓迎するのは嬉しい限りです」「・・・そういって頂けてなによりですわ。本当にありがとうございます」「(ペコ)ありがとうございます」
代表としてリエナが・・・続いてパミルがオーナーに感謝を述べて頭を下げた。
「こちらこそ・・・。短い間ですが、是非ともお楽しみください」「ええ」「ん。楽しみ」「それでは・・・私はこれで退出させていただきます。何かありましたら、そちらのスタッフが対応いたしますので」「ありがとうございます」
頭を下げ、2名ほど待機するよう指示を出すと、オーナーは他のスタッフを連れて部屋を出て行った。
「・・・」
ガチャリ。
扉が閉まったのを確認すると・・・。
「いいですか。お客様も大切ですが・・・。ここにおられます要人方は王からの歓待客です。もし万が一の事態があった場合は──」「分かっております。安全に外までの避難誘導を最優先します」「お願いします」
こんな時期にというのは関係ないとオーナーは思っている。
そんな事は昔から何度だってあった事。しかし今回は例外だと撥ね退けるほど、オーナーがこの国の王の願いを無視するほどに皮は厚くない。
この町を、舞台を発展させてくれた貢献者。その恩義を無視するなんて持っての他だからだ。
「何としても成功させよう」「「はい」」
静かな声。しかしその言葉には強い意志が、関係者全員に宿っていたのだった。
・・・
「・・・ふぅ。ま、こうなっちゃんだし。楽しみましょ?」「・・・ん」
ほんのちょっと。ただ少しだけ・・・ここに居ない誰かと見るのを楽しみにしていた。
そのちょっぴりに切り替えをつける為に、彼女達はゆっくりと用意された飲み物を飲んで座り直し、上演開始を楽しみに待つのだった。
「・・・」「ふふふ」「?」「何・・・?」「いえ、何でもありません」
すぐ横で同じく座っていた護衛騎士達は少女達を微笑ましく見ていたのだった。
・・・・・・
「(ボソ)・・・さあ。いよいよよ」
1人、ゆっくりと肩に入った力を抜く様に舞台袖の控室で深呼吸をする主役。
「(これが)・・・。(ボソ)最後の仕事よ」
ブーーーッ・・・・・・!
上演開始の合図が会場全体に響き渡った。
【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 (真化体)
身体値 55
魔法値 60
潜在値 63
総合存在値 118
スキル(魔法):干渉、棒術 1、マナ零子 1




