246 鍛えられていく精神と肉体
「ぐっ・・・!」「何をやっている!油断するなっ」「はっ・・・」「気を抜くな。上だっ」「っ・・・!」
上から降ってくるナニかを剣の柄と反対側の刀身部分で掴み完全な防御態勢に入る。・・・しかし。
ドゴン・・・!!
「ぐうぅぅぅ・・・!!(な、なんて重さ)」「セイッ。っ・・・!大丈夫かっ・・・?!」「な・・・何とか」
肩や体に来た重みから解放された若い騎士は何とか返事を返すが体が震えていた。膝を突き、地面に片手を付いて起き上がれそうにない状態だった。
「くっ・・・(油断した・・・)」
自分の得意とする武器の1つ、大剣を構え直し次の相手の出方を正眼の構えで待つ。
「・・・っ。(ふふ・・・。とんでもない事をしてしまった気分だ)」
口元は笑ってしまうが冷や汗が止まらない。どういうカラクリか、ゆっくりと空中から下りてきて、遥か数十メートル先で足にほとんど衝撃も残さず下りたった子供・・・ジンを見て騎士隊の隊長は思わず口元の口角を更に上げてしまっていた。
遡る事3日前。
「そろそろ出発の準備を始めた方がいいんじゃないかしらリエナ、パミルちゃん?」「うん。一応やってるんだけど・・・。ねえお母さん。本当に連れて行くの?」「そうよ?あなたも一応、貴族の娘なんだから従者の1人は付けていないと・・・。今回は年齢も近い子を1人、パミルちゃんも含めれば2人ほど付いてくれるそうよ。ほらロンドさん所の子と、キールさん所の子よ?覚えてない?」
その名前で誰が従者として付いて来るのか分かったリエナがあからさまにイヤそうな顔をした。
「親戚じゃん」「だから良いんじゃない。あの子達も一応、学園には通わせなきゃって話があったから丁度良かったのよ」「何で、今まで行かなかったの?」「お父さん達の御手伝いとかで色々とその機会が無かったそうなの。まあ、ある程度の学力と技術は身に付けたそうだから中等部からの途中入学でも大丈夫だって、言ってたわよ」「ええー・・・」
両肩を落とし、窓の傍へと向かって行くリエナ。窓枠の手前にある手すりに両手を乗せ、その上に寝かせる様に頭を乗せる。そして、窓から来る日差しを浴びながら呟いた。
「・・・だったら行かなくてもいいかな~・・・」「・・・私も・・・」「ちょっとリエナ・・・。パミルちゃんまで我が儘言わないの。学園に行くって決めたのはあなた達でしょ?」
リエナに続き、パミルも口を尖らせて窓の方を見る。それには思わずカルローラもため息と共に頭を抱えたくなった。
「ん~♪この紅茶・・・美味しいわね~♪」
そんな中、1人のんびりとティータイムを楽しんでいたリレーネ。
「まあまあ、ローラもそう怒らないでやって・・・ね?この娘達も自分で決めたんだからそこはしっかりと行くわよう・・・ね~♪」「「・・・」」
タラリと冷や汗を流しそうになる2人。本心はさておき、リレーネの言葉は2人を引けない状況へと追い込んでいた。
「と、当然・・・行きますけど・・・」「・・・ただ・・・苦手・・・」
後半部分から徐々に声が小さく勢いが無くなっていくリエナとパミル。
「あらあら。そんなにあの2人の事を意識しているのかしら♪」「ち、違いますーっ!」「そんなんじゃ、ない・・・!」
ちょっとしたからかいのつもりが思った以上に強い反発となって帰って来た事に余計な詮索を始めそうになるリレーネ。
「あらあら♪ホントかしら?」
細くなった目で娘達の反応を楽しむリレーネ。それに対してリエナはそっぽを向き。パミルは来ている服のフードを被り顔を見せないようにした。
「あらあら♪」
嫌われちゃった♪と軽く舌を出してカルローラへと向くリレーネに対して思わずまた、ため息を吐いてしまった。
「はぁ・・・。あのねリレーネ。アナタがこの娘達を行かせないようにしてどうするの?」「だあって~・・・。面白いんだもん。この娘達・・・本当にあの子が来てから色々と自分で進んで行動してくれるし・・・(ボソ)もしかしてと思うじゃない?」「・・・」
何と答えていいのか悩むカルローラ。しかしリエナとパミルは誰の事をリレーネが話にしたのか気になり、聞いてないフリをしながらもしっかりと聞き耳は立てていた。
「・・・で?その話題の子は?」「また訓練らしいわよ~?隊長がなんか気合いを入れてたってミゲイラちゃんがー・・・」「・・・って事は訓練場ね」
カルローラが丁度、言ったタイミングで微かな振動が屋敷を揺らす。
「ね?」「・・・いったい、どんな訓練なんだか」「あっちはあっちで騎士隊以上に気合いを入れている様子なんだって・・・」「?・・・どうして?」「そうしないと負けちゃうらしいの」「負け?」
カルローラは理解できないのか首を傾げた。それにはリレーネも同意する。2人はジンの実力を全く知らない。もしジンが本気を出せば、万全状態の隊長とも互角に渡り合えるかもしれないというミゲイラの言葉を聞いていないからだった。
これはあくまでもミゲイラの予想だが、それを自身の目で確認していない冒険者ギルドのギルドマスター、ベングットもカルローラ達は同様の思いだったに違いない。
ミゲイラは隊長の実力を知っているし、信頼もしている。だからこそ、そこを基準に判定しているだけに過ぎなかった。
「あらまた・・・。今日は一段と気合いが入っているのかしら~?」「魔法による衝撃対策とかを施しているのに・・・。余程、力を出しているのかしら?」「さあ~?」
ほんの少しの揺れ。ちょびっとだけティーカップに入った紅茶の液体が振動で微細に揺れるだけ。
しかし、軽い地震程度なら一切揺れる事の無いフォラウスト家の屋敷。それが揺れるという状況はいったいどんな激しい訓練になっているのかカルローラもリレーネもリエナ達ほどではないが気にならないわけではなかった。
そんな意識から切り替えるためにカルローラは頭を軽く振って、目の前の我が子達に支度させようと声を掛けた。
「・・・さ、それよりも、2人共、持っていく物を早く決めちゃいなさい?出発は3日後なのよ?」「は~い・・・」「・・・」
渋々といった感じで部屋を出て行き、自分の部屋へと向かって行く2人。
「・・・」「うふふ・・・。やれやれ、ね。あの子も帰ってきてからというもの1日1日がとても楽しそうね」「それはリエナも一緒よ。・・・でも、余計に手のかかる娘になったというか・・・」
苦笑しつつも本心では元気にしている娘が嬉しい母親達。控えているメイド達もクスクスと笑っていた。
この空間は何とものどかな1日だった。
「何度も言ってますが、それでは直線的で先が読まれやすいですよ?身体能力ばかりに頼らないでください」「っ・・・!」
ジンの振った棒の軌道を先読みして、上手く流していく隊長。そのまま流れる様に自らを軸に回転した横切りを喰らってしまいそうになり慌ててジンは飛び退いた。
「そこも織り込み済みです」「っ!」〔飛んでくださいっ〕
相棒の言葉に条件反射でジャンプ。ジンが着地した瞬間の足元を後方へと回っていた騎士の剣が通り過ぎた。
「あれ?」「馬鹿っ」「ぐぼっ!!」
油断した瞬間、軽く頬を棒で殴りつけられ変な声を上げながら飛んで行く騎士。思わず隊長は眉間に皺が寄ってしまった。
「(アイツ等は後で居残り訓練だ)」「「「ヒィィッ・・・!!」」」
ギロリと視線を向けられた戦線を離脱してしまった騎士隊から悲鳴が上がる。
隊長もそれが無茶苦茶だとは分かっているが、それでも厳しくしなければならなかった。
初日の特訓はマンツーマンのスパーリングの様な感じだった。
下水道での戦い。調子など様々な理由で万全ではなかった自分。言い訳には出来ないくらいの強敵に敗北感を味わうことになってしまった。
また、そんな強敵を相手にまさかの子供が倒してしまったという衝撃。そして、強敵を倒した事によるレベルアップの影響。
様々な理由で自分の中にあるモノを一度整理する必要があった。
そこへ、偶然にも聞こえてきた話に勝手ながら提案を持ち掛け、自分の実力を確かめるためにレクチャーを交えた実戦形式の訓練をしていた。
結果だけ言えば実りの多い戦いだ。いや今も実り続けていた。
「(指導していると言えば聞こえは良いが、こちらは初日を除けば数人は参加させ戦わせている。それでいて互角・・・。いや、徐々にだが彼も使い方を身に付き始めている。まだまだ直線的で素直な部分があるが・・・それすらも、ある意味、問題ない様に思えてきた)」
心なしか隊長はジンとの特訓を楽しんでいた。
学習面は問題ない様子だが、それを実践にまで持っていくだけの才能という部分は怪しい所があった。しかし、そのマイナス部分をもってしても余りある能力・・・。何があったのか隊長には分からないが自分以外はまともに戦うことすらできないというのは相手。
全力でもって相手が出来るというのが、こんなにも嬉しい事とは隊長も久しく忘れていたのだった。
「(ありがとう、ジン君。私も君の様にまだまだ高みを目指せそうだよ・・・)」
いつの間にか口がニヤけてしまっている隊長。
隊長は気付いていないようだが、それもそのはずでいつの間にか本来持っているポテンシャル以上の実力が発揮できていたからだった。
部下を鍛える、リエナ達を護衛する過程で無意識に抑える癖が付き、場を乱すような事を避けていった結果。自分でも知らない内にどこが自分の全力かが分からなくなっていたのだった。
ミゲイラも知らないが現在の隊長は、どんどんとジン同様、成長し続けている最中だったのだ。
さて、そんな訓練を楽しそうにしている隊長とは別にジンだが・・・。
「(はぁ・・・はぁ・・・。なんかあの人、どんどん口調とは別に攻撃が強くなってない?!)」
心の中で半泣き状態になりながら必死に戦っていた。
ジンはこの戦闘訓練では出来るだけ相棒の力を借りないようにしていた。途中途中で助言やフォローをしてくれているが、全体的にジンだけで戦っている場面は案外というかほとんどない。サポートという頼れる相棒が生まれてからというものほとんどだ。
恩恵で助かっている部分が多過ぎると理解したジンは今後の為に自らも鍛えなくてはならないと思った。その結果が今の戦闘訓練だ。
状況把握に分析、立ち位置や周囲の警戒、視線の誘導や虚偽などエトセトラ・・・。
今までどんだけ相棒と能力に頼り切った戦いをしていたかを強く実感していた。
「(つ、辛い・・・)」
これがジンの嘘偽りない本音だった。
〔ジンは本当に戦闘に対してはあまり才能というのがありませんからね・・・。実戦形式の様な、ある意味、嫌な思いも含めた真剣味を持ちませんと成長には繋がり難いのです〕
愚痴とも嘆き、客観的な分析ともいえる様な言い方でサポートが戦闘中のジンに話しかける。
「(そ、そんな事言っても──)」〔ほら隊長が来ましたよ〕「(ヒィィィ・・・!!)」
全力で受け流し、隊長の動きと重心、棒から伝わる感触から上手くいなして距離を取ろうとするジン。
「(逃がしません!)ふんっ!!」「(おぅわっ!」
ジンがギリギリで避けた直後、訓練場の床を切り裂きながら壁に向かって斬撃が飛んで行った。
倒れていた騎士達は慌てて起き上がり避難して行く。・・・が、何名かは巻き込まれ悲鳴を上げていた。
ズウウウンンン・・・!!
重い振動が壁から床へ、部屋全体を大きく揺らす。
何度も隊長が起こす衝撃波で訓練場はボロボロになり始めていた。これが次の日には綺麗サッパリと修繕されているから魔法という存在の理不尽さと意味の解らなさは地球に生きるジンには理解できなかった。
隊長を除き。ジンも含めた騎士隊がある意味、阿鼻叫喚の日々を過ごすこと・・・3日。
ようやくジンはごく短期間ながらも棒での戦闘訓練、身のこなしが付いてきたようだった。
サポートの言う通りジンにとっては実戦で詰ませるのが1番の様だ。本人の意思とは関係なく。
今まで何とかジンが生き残って?来れたのは本能のままに戦う、あるいはジンの様に能力に頼った戦い方をするモノばかりが相手だったからだ。
つまりは戦術・・・技術面でジンに能力以上に優れた相手にほとんど出くわさなかったのだ。
これもある意味、現在は無きステータスボードのラックという能力のおかげだったのかもしれない。もし、心理戦を仕掛けられたらジンならあっさり負ける自信があった。
それほど(嬉しくはないが)、恵まれていたのだ。
そして現在。フォートレーヌを旅立って学園に向けて出発する前の最終訓練だった。
現在、ジン以外に立っている者は・・・隊長、騎士2名・・・のみである。
「(うっふっふっふふ・・・。ここまで楽しい戦いもあと少し・・・。出来れば最後まで楽しみたいのですが・・・)」
訓練の最終の時になって隊長は初めて楽しい以上に恐怖を覚えていた。
それは・・・ジンの一言だった。
開始時、この3日で騎士達も鍛えられ、以前とは比較にならないくらい連携以上に1人1人の能力が格段に底上げされていた。
ジンを介しての隊長との合同訓練は思った以上に皆の闘争心と、情けなく聞こえるが本能による生き伸びるためのハングリー精神を養わせた結果であった。
ジンの行動パターンもある程度、頭や体に入って来た騎士達の立ち回りも見事なものとなっていた。サポートが入らなければ追い詰められて負けそうになる場面がチラホラあるほどだった。
しかし・・・その好機という時。
「・・・あ、何となく分かったかも」
それは誰に聞かせるつもりもない呟きだった。
その瞬間、ジンの間合いに入ったはず騎士達の武器がいつの間にか絡め取られていたのだった。それは力だけに頼らず流れる様な綺麗な捌きだった。
最初に届きそうになった剣を横から軽く殴り様に沿って弾き、その勢いのまま体を回転、続けざまに向かって来た別の騎士の武器を今度は手首を捻り、内側に迎え入れた所で上へと掬い上げる様にして取り上げた。そこからスナップを利かせ、遠心力の力を使い次々と武器を弾き飛ばしていった。
驚く騎士達。思わず固まった所や、急ブレーキで向かって来た勢いが止まれなかった騎士達の足を軽く払って、浮いた所を横から殴りつけて吹き飛ばす。
そうやって次々と戦線から退場させていった。
「このっ」
思わず力んでしまった騎士。背後から振り下ろされた剣を半回転と同時に、その剣のさらに上から沿うように叩き下ろして、床に先端を埋もれさせる。軽く後ろ手に持っている棒で押さえつけられ思わず条件反射で持ち上げようとしてしまう騎士を制止させる。
「ふっ」
軽く息を吐くと同時に横から突こうとした騎士の槍を、自分を軸にした回転で流し下から払いあげ、がら空きになった騎士達2人をその場でのジャンプ回転斬りで弾き飛ばしてしまった。
「・・・(末恐ろしい)」
笑みを溢す隊長はゆっくりと自分に向かって振り返ってくるジンをただ見ていたのだった。
・・・・・・
「そこまで!」
隊長は戦闘終了の合図を掛けるた。
それを聞いた瞬間、何とか起き上がろうとしていた騎士達は脱力しその場で倒れ込んだ。しかし、これに対して隊長が強く言う事は無かった。
というのも、隊長自身、立場というモノで立っているがすっかり息は上がっていた。騎士達同様、本当は自分も倒れ込みたい気分だった。
「ありがとうございました」
そんな中、全員に向かって頭を下げて礼を言ってから部屋を出て行くジン。走って出て行くその姿には、まるで先ほどまで激しい戦闘をし続けていたのが嘘の様な軽やかさだった。現実離れした体力に全員が出て行く後姿を見守るしかなかったのだ。
【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 (真化体)
身体値 13 → 18
魔法値 11 → 15
潜在値 8 → 12
総合存在値 12 → 21
スキル(魔法): 硬軟緩衝 NEW→ 棒術 0




