237 激突、予期せぬ出来事
「そっちはどうだっ?」「大丈夫だ。意識はある」
駆けつけたパミル、騎士隊、冒険者の混成部隊は負傷したリエナと倒れている騎士を保護。治療にあたりつつ向かってくる大量のイナゴモンスターの相手をしていた。
リエナのおかげでかなりの数のモンスターが減ったようだが、それでもワラワラと現れてくる。
「何なんだこいつ等。一体どれだけ潜んでいたんだ」「グダグダ言っても始まらん。手を動かせ。ここから逃げるぞ」「逃げるってどこへ?」
トンネルから来たのならそこから戻れば良い。・・・という話ではなかった。
何故なら、少し離れた所でジッと見ている黄色と黒に濁った色をしている巨大イナゴのモンスターが決して逃がさないという雰囲気を出していたからだ。
ここで不用意に安易な道を辿ると命取りに成り兼ねない事を今までの経験から理解している冒険者と、熟練の騎士。その為、両者は迫りくるイナゴモンスターをずっと相手取らなくてはならない状況だった。
「(良かった・・・。この場所を教えていただいて)」
戦闘中だというのに、騎士隊の隊長はリエナの姿を確認して安堵していた。
(良いか?この場所は秘匿だ。いくら魔法陣で上の町に影響が無いからといって、この場所を破壊されてしまえば・・・)(分かっております。町の真ん中に巨大な穴。最悪、治安そのものが難しくなり、この都市を放棄する可能性も出そうなのですね)(その通りだ)
かつて・・・。領主に何年も仕え、リエナとパミルの警護を任命された時。隊長は信頼され、もしもの為の事を考えてこの場所を教えてもらっていた。
そうそう問題が起きる場所ではない。しかし、この場所が如何に重要かを説かれ、記憶の片隅に留めていたのだった。
「・・・遅かったわね・・・パミル」「ん・・・。ごめん」
肩を掴みゆっくりと床に腰を落ち着かせると騎士隊の隊長はリエナとパミルの前に立って、周囲を警戒しながら抜剣する。モンスターを1匹たりとも近づけさせない様に。
表情こそ少ないが心なしか目の端に涙をにじませ口元を緩ませて喜ぶパミル。そんな親友に再び再会する事が出来てリエナも嬉しかった。
「・・・動ける?」「ごめん・・・まだ無理」「そう。・・・じゃあ、そこで休憩してて」
キッと視線をイナゴの群れに向けると魔力を溜めて魔法を放つパミル。
「友達に怪我させたのは・・・許さない」
いつになく怒っているパミル。魔法の練りが少々甘くなるが、感情が高ぶっている為にそれを補い余りある魔法の威力が風となってイナゴの集団を切り裂いていった。
本来、魔法でも支援タイプにあたるパミルだが、決して攻撃魔法を持たないわけではない。ただ自分の性格上、そこまで向いているとは彼女自身感じていないだけであった。
「パミル様、我らに支援を」「ん」
そう言うと、事前に使っていた魔法が切れる前に重ね掛けする様に仲間達全員に防御等の支援を掛けて全体の能力を向上させた。
「助かります」「ここは私が守る」「分かりました。では私も前線に行ってまいります」「お願い」
騎士隊の隊長はパミルとリエナに向かって一礼するとモンスターに向かって駆け出した。
「パミル・・・。・・・どう思う?」「・・・無理。でも何とかするしかない」
長い付き合いから、何が?とは聞かず単刀直入で聞くリエナ。それに対してパミルも巨大イナゴを見て率直な感想を述べる。
「分かるの?」「(フルフル)・・・。どれくらいの強さか分からない。でも・・・とても危険。どうして今までこんな場所に隠れていたのか不思議なくらい」「だよね~。あんなのが暴れたんじゃここなんてとっくに破壊し尽くされても不思議じゃないのに・・・」「(コクン)ん。何か理由がある。・・・でも、その原因が分からない」「・・・視えないの?」「(コクン)ん。たぶん・・・お母さんも知らない」
パミルの説明に少し驚いていたのに、最後の言葉でその驚きはより強まったリエナ。
「じゃあ・・・。自然発生じゃないの?それにこの町や国に危険が無いってこと?」「分からない。何か変な魔力が流れ込んでいるみたい・・・。でもそれがハッキリしない」
パミルの家系・・・占星師としての力を持ってしても、こんな事態は予想外だったのか、視た事の無い予知だったようだ。
「誰か助けを・・・ってこんな所に辿り着けるのかしら?」「分からない。私も初めて来たし・・・。それに足元のコレ。たぶん防御用とかの重要な魔法陣。対策を取って気付くとしたらおじさん辺りが知ってそう」「お父さんか・・・」
一応、領主という立場上知っていそうだと思われる人物を上げるパミル。それにはリエナも分かるのか、自分が知らないが納得する言葉だった。
「っと・・・」「もう、大丈夫なの?」「うん。大分、気分も悪くなくなったわ。まあ服はずぶ濡れだし臭いし、だけど」
リエナ自身が放っていた火の魔法でかなり服は乾いていたが汚れと臭い自体が完全になくなったわけではない。しかし、パミル達の助けが入り、休息が取れた事で幾分か体力も精神も回復した。
スッと立ち上がるとグッと両手を握ってやる気を見せるリエナ。
「ん。元気になって良かった」「うん♪パミル達のおかげ」「・・・」
言葉に出さないが頬を緩ませて嬉しそうにするパミルだった。そして、フとリエナに近づくとニオイを嗅いだ。
「ちょっ、止めてよ。分かってるんだから」
リエナは頬を赤らめて両手で体を庇う様にして抱きしめて、パミルから一歩だけ距離を離す。リエナの女の子、当然こういう事はとても気になる。
しかし、そんな事など気にしていないパミルは頭に?を浮かべた。
「な、なに?」
パミルの反応に恥ずかしさと、興味を持って聞く。
「・・・。確かに臭うけど・・・」
ほら、やっぱりとリエナの顔が物語っていたが、パミルは話を続けた。
「でも、それくらいなら・・・。ここまで来る時に戦闘しながら走って私達とそう変わらない」「ウソ~・・・。また、そんな事言って」
からかってるんだと思うリエナにパミルは真顔で見る。その表情が今までの付き合いから嘘ではないと証明していた。
「・・・どう言う事?」「(フルフル)・・・。ここ。奥に行くにつれ、下に行くにつれて臭いが強くなった。けど・・・」「けど・・・?」
パミルが視線を前線で戦う隊長の方へと振り返る。釣られてリエナも追った。
「この場所を案内してくれた時に言ってた。魔法でその辺りも染み付かないようにしていたけど。以前はもっと比較にならないくらい臭かったって・・・」「・・・それって・・・」「魔法で清潔にするのには時間が掛かるって言ってた。臭いなんかはそれこそ見た目の汚れ以上かもって・・・」
多少のケガを負ってはいるが、戦闘を継続する事に何ら問題ない冒険者と騎士隊。その先頭に立っている騎士隊の隊長を見ながら2人は答えのない疑問に頭を少しだけ悩ませるのだった。
しかし、それも本当に数分だった。
「・・・」
ギシ・・・ガザ・・・。
呼び寄せたシモベのイナゴモンスターが目に見える形で減って来た時、いよいよ大将が動き出したのだった。
「っ・・・!全員、警戒し一旦後方へと下がれ!」
先頭に立って戦っていた隊長が巨大イナゴの動きに真っ先に気付いた。向かってくるイナゴ集団を排除しながらゆっくりと下がっていく。騎士や冒険者達も緩やかに下がっていった。
「(何なんだ?あの化け物は・・・!)」
戦闘を繰り返しながらも観察する隊長。長く騎士として仕事を勤め、様々なモンスター・・・強敵とも相対してきたと思っていた。しかし、目の前にいる得体の知れない存在からは本能的な危険以外何も感じられなかった。
これほど巨大ならばそれだけで一種の凄みや強さというモノがあってもおかしくないと思うのだが、その類が一切感じられない。
強い、というよりも得たいが知れないという方向に全部が寄っているのではないかと錯覚さえ覚えてしまうくらいの埒外にいる様な存在だった。
「(いや、もちろん強敵だろう)」
一瞬、頭の中から警戒心を緩めそうになる気持ちを振り払い、剣を構えて最大限の注意を払う。それは経験値で身に付いた直感がそうさせていた。
「・・・(来るか)」
かなり目減りし。周囲がイナゴだったモノのガラスの欠片でキラキラと煌めく様な空間になった時。飛び出すための前準備として巨大イナゴが足に力を込めた瞬間を隊長は見逃さなかった。
リエナやパミルの様に、マナによる魔法を得意としていないが身体値、潜在値としては高い隊長。パミルの補助魔法も加わり強化された肉体を信じて、剣に力を込めた。
ガゴンッ・・・!ダンッ・・・!
魔法陣で強化された床を砕くほど力を込めた脚力でイナゴと隊長が同時に動いた。
「ぐっ、ぐうぅ~~~・・・・あああああっ!!」
力のほどは互角。されど突進力と図体の質量で巨大イナゴモンスターの方が強く、地面の石畳をガリガリと削りながら押し込まれていく隊長。これはマズいと気合いを入れて、軌道をずらし。誰もいない壁の方角へと押し流した。
「はぁ・・・はぁ・・・」
体のどこも痛めてはいない。息は少し切れているが戦える。しかし、明らかに自分の全力に近い力と互角な事に内心で焦っていた。プライドが傷つきそうだった。
ガラガラ・・・パラ・・・。
突進して壁に衝突した巨大イナゴは、ゆっくりと先端の細い足を動かして後退し振り返る。
元が虫なためどれほどの負傷を負ったのか分からない表情?をしていた。
「はぁ・・・(ふ・・・。とにかく効いてはいないようだな)」
その黒く大きな目が、まるで首を傾げている様な気配を感じて隊長はまだ整っていない呼吸で口元を笑わせるしかなかった。
ダンッ!
ほぼ予備動作無しの高速移動から来るタックルの様な突進が再び隊長を襲った。
「・・・(舐めるな・・・!)」
目を大きく見開き隊長は、その突進を受け流す。すると宙へと放り投げられた巨大イナゴは羽を羽ばたかせ軌道を修正。再度突進する。
ガン、ゴゴン・・・ドゴーン・・・!!
何度も隊長と巨大イナゴの衝突が重なる。それは立ち合う事に加速していった。またそれに伴い、周囲にとんでもない風圧が巻き起こる。3階層の床も大きくひび割れたり、陥没する箇所が生まれていく。
「ちょっ、ちょっとコレって大丈夫なの?!」「魔法陣は地中深くまで施されてる。でもこんな戦いを続けたら・・・分からなくなる」
リエナとパミルはイナゴの群れに魔法を放ち、騎士隊と冒険者達のフォローしていた。結果、更なる数の討伐に成功してモンスターはほとんど残っていなかった。そんな時にこの隊長と巨大イナゴの戦闘に巻き込まれたのだった。
同じく巻き込まれた騎士と冒険者も顔を覆うようにしてその場に留まるので必死だった。いくら大きいと言っても元々、飛び掛かって襲い掛かって来ていたイナゴ達はその暴風にモロに巻き込まれ、遠くの壁に叩きつけられたりしていた。一部はそのまま息絶えるほどだった。
隊長と巨大イナゴの戦闘。この特大の風圧を巻き起こしているのは、言うまでもなくイナゴの方だった。隊長はどちらかと言うとリエナ達と同様、その場に踏みとどまる方に力を注がれてしまっている部分もあった。
寧ろ、これで既に何十度目かもわからない斬り結び?が成立しているのは奇跡という状態に他ならない。受け流す事には成功している隊長だが、どれだけ肉体を強化されようが剣を鍛えられていようが限界は案外早く来るモノだった。
「っ!(しまった・・・!)」
この戦闘、真っ先に悲鳴を上げたのは剣だった。
受け流すことも出来ず、刀身に大きくダメージが蓄積してしまい根元から砕けてしまった。その勢いはすさまじく、回転しながら自身に向かって飛んできた。
幸い、直撃は避けたが代わりに高速回転した剣は鎧を貫通し肩を切り裂いてしまう。
「(ぐっ)」
苦悶の表情も一瞬。通り過ぎる巨大イナゴの風に煽られ、隊長は大きく舞い上がった。特大の風力に体が投げ出され、もみくちゃにされる。
「(ぐっ・・・体が・・・!・・・はっ!)」
上手く姿勢制御しようと放り出された空中で立ち回ろうとした時、下から弧を描き急上昇する巨大イナゴの姿を目撃した。口を大きく開け向かってくる姿を隊長は緩やかに流れる時のなか見ていた。
そして・・・ガチン!!
硬い音を立てて巨大イナゴが口を閉じだった。
それにほんのコンマ数秒あるか無いかの遅れで横から魔法が直撃。巨大イナゴは口を強制的に開けられ、中に入っていたモノを吐き出してしまった。
ドシャ・・・。
イナゴが吐き出したモノは床に叩きつけられ転がった。
宙で羽を動かし、何とか姿勢制御して着地するイナゴ。その目は放ってきた者に対して殺意が籠りそうなほどジッと見つめ、逸らす事はなかった。
「はぁ・・・。はぁ・・・」
巨大イナゴと同じように殺意の籠った目に加え、鋭い顔つきで魔法を放ち、息を切らしていたのはリエナだった。
リエナは何とか閉じたくなる目を開けると。空中へと放り出され、まさに喰われようとしていた隊長の姿が目に入った。その瞬間、自分の中の何かが弾け気付いたら魔法を放っていた。
その火の玉は自分が普段出している魔法の何倍も大きく、マナの濃度も高いモノだった。
不意を突かれ直撃を受けてしまった巨大イナゴの頬?らしきところから口元の一部にかけては燃やされて溶けてしまっていた。
ダラダラと緑と透明な液体が溶けてしまった口の端から落ちていく。
ジュ~~・・・!!
床が液体が落ちると煙が上がった。頑丈な床に僅かに削られた様な穴が、現在進行形で作り出されていく。
「・・・リエナ」「はぁ・・・はぁ・・・。パミル、回復を・・・」
驚くパミルに気に掛けている余裕がないリエナ。とにかく巨大イナゴが吐き出した方向を見て回復魔法をお願いする。
頷いたパミルは視線を騎士に向けた。理解した騎士2人は遠くに飛んでしまった人物。
片腕と片足を切断された隊長の救助に向かった。パミルもリエナのお願いを聞き入れ、後ろ髪を引かれるが隊長の方へと駆け出して行った。
「よくも・・・。大事な家族を・・・」
自分でも制御が難しい怒りの感情。そんなリエナの感情に呼応するかの様に彼女の周囲で小さな火の小爆発が何度も連鎖する。
やがてそれは小さな火花から彼女の拳と同じくらいの小さな火の玉になって、生成されては爆発を繰り返していた。
冒険者達には、彼女の周囲だけが空間が揺らいだように見えていた。急激な温度の上昇に伴い蜃気楼の様な現象を発生させていたのだった。
「・・・」
ジッとリエナを見ていた巨大イナゴが大きく嘶く。するとどこからともなく、それこそ何もない空間から・・・まるで召喚される様にして大量のイナゴが現れたのだった。
【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 (真化体)
身体値 7
魔法値 7
潜在値 5
総合存在値 9
スキル(魔法): 緩衝




