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転と閃のアイデンティティー  作者: あさくら 正篤
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236 落ちてしまった獲物

 フォートレーヌの下水道は約3階層になっている。


 これは、長い年月で都市が巨大化した結果。上へ上へ横へ横へと拡大していく中で汚水等を通す道を作る過程で出来てしまった形だ。町が大きくなるにつれ、1階層だけで全ての水をコントロールする事は出来ないと昔の領主が判断。その為、更に下の階層を作らざるを無いとして出来た構造だった。


 1階層に比べ2階層の水の排出量は多い。町で細分化された排水溝が一塊に集め、その量を溢れさせない様に深く大きな溝を作って流していた。そこへ、壁の中に埋め込まれた魔法による術式機構である程度を汚水と比較的綺麗な水に分解。

 分解しきれない汚れたモノやその大量の水の受け皿が2階層へと流れ込んでいた。


 ちなみに臭いこそ(特に獣人族)キツイが1階層は比較的清潔な部類といっても過言ではなかった。


 分解され、流れて来た水は町から遠く離れた崖に滝となって激流の川へと放流されていく。

 街だけでなく自然にも配慮して考えた先代領主達。細分化する過程で作った下水道は、外へと吐き出される水にも比較的清潔になるように気を使っていた。


 しかし、そんな中どうしても分解できないモノは生まれてしまう。

 長い年月が経ち、欠けてしまった壁などの大きな破片だ。


 そういったモノは秘匿されている3階層と呼ばれるような場所へと送られた。

 そこへ落ちていったモノは、別の魔法術式で組まれた床の魔法陣によってゆっくりと還元される。それは上の建物。下水道や更にはその上に在るフォートレーヌの町を守る地盤作りに役立てる仕組みとなっていた。


 別名ゴミ処理所とも揶揄される吐き捨て場。それこそが3階層だった。


 この場所を知っているのは極僅か。領主や町を支え、管理し守る立場で知る事になる冒険者のギルドマスターなど本当に限られた者達だけになる。

 それはこの下水道に張り巡らされた町を支える魔法陣のシステムが上手く作動しているか定期的な確認をするためであった。

 一番といってもいいくらいの、重要な場所。それがこの3階層(ゴミ処理所)である。


 その為、町を支え基盤となる骨組みとして、最新の注意が払われていた。


 かなり頑丈な作りに加え、更には複雑な魔法陣で上から防御陣を張って、簡単には壊れないようにするくらいだ。大地震などにも耐えられる、耐久性を備えるくらい頑丈な作りになっている。

 その上で年に数回は必ず、領主と代表たちが1日、2日掛けて細かくチェックするくらいだった。


 3階層と言われている場所は、そこへと到達する事も意図的に侵入する事も難しいカモフラージュされた作りになっていた。


 侵入対策の魔法、警報も当然組み込まれていた。・・・いや、はずだった。



 大きな円筒の様な場所。周囲約500はくだらないだろう、とても広く大きな場所だった。縦にも長く伸びた先はどういう仕組みなのか太陽の様に明るい光が射し込んでいる。

 そこから大量に黒に近いグレー色に濁った水が滝のように落ちてくる。どういう仕組みか、それは下へと円端に作られた鉄製の格子の下の溝へと落ちていく。

 明らかに、水の量に対して溝の深さが受け止めきれるはずもないほど浅いのにも関わらず。流れ込んで来た水を問題なく吸い込んでいく。支えきれなくて外へと漏れている水は極少量だった。


「・・・ぶあっ・・・!」「・・・っはあ~っ・・・!」


 そこへ2人の人間が2階層で処理しきれなかった汚水の滝から押し出されるように落ちて来た。


「ゲホッ・・・エホッ・・・ケホ・・・」


 高い場所から落ちてきたにも関わらず2人に怪我らしい怪我はなかった。しかし、長く流されてきていたのか息をするのも必至という状態で起き上がるのは難しい様子だった。


 バシャ・・・グチャ・・・グシャ・・・。


 同じように汚水から落ちて来た大きな虫がバラバラになった状態で3階層の床に叩きつけられるように落ちて来た。

 落ちた虫達は程なくしてガラスの欠片の様に分解して宙へと舞い上がり消滅していく。


「はぁ・・・はぁ・・・。も・・・申し訳・・・ありません・・・。リエナ様・・・」


 何とか仰向けから横へと態勢を変えて、息も絶え絶えで言葉を吐き出す騎士。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・。無事・・・みたいね。私、たち・・・」


 彼女は何とか四つん這いになって震えているが、何とか身体を立ち上がらせようとしていた。


「(・・・最悪。・・・こんな事になるなんて・・・。それに、何より・・・臭い・・・)」


 リエナもまだ息を安定されるのが難しい。そんな中でも、頭は冷静にいられた。そして自身の身に起きた出来事。服がずぶ濡れに汚れ、臭いが体中に染みついた事に大きな不快感を表していた。


「ああん・・・!もう・・・最悪・・・!」


 まだ起き上がるのは辛く、座り直すと両手を床に付いた。顔を天井へと仰ぎ、そのあまりにも高く広い壁を眺めていた。

 見渡す限り壁といってもいいくらいだった。あまりに高くその距離感が上手く掴めない。

 それくらいデタラメな場所だった。


「はぁ・・・はぁ・・・」


 徐々に息が落ち着いて行く。不快感が無くなるわけではないが幾分か少なった気がしたリエナ。


「(臭い・・・けど。・・・なんだろう想像していたよりも、それほどキツく・・・ない)」


 鼻が麻痺したのか、それとも他の部分で不快指数が高まってそこに意識が向かないのか。リエナはそれ以上深く考える事を止めた。


「(考えたって、変わらないんだし。先の事を考えよ)」


 頭の中でそう言い聞かせて立ち上がった。


「立てる」「は・・・はい。何とか・・・」


 リエナと違い、水に落とされた時に魔法による防御が出来なかった騎士はまだ体力が回復しきれていない。ヨロヨロとしながら立ち上がるのが精一杯だった。


「っ!」


 そんな騎士を仕方ないと、苦笑を交えながら見ていた時。途端に何か嫌な気配と先ほどまで気付く事の無かった青臭さ。・・・そして、強烈な殺気の様なモノを本能で感じ取って振り返り。リエナがバッと遠く離れた一点を見つめた。


「・・・何よ・・・アレ・・・」「?・・・うっ・・・」


 騎士もリエナが見つめる先を見て顔を引きつらせてしまった。


 遠い・・・。リエナ達から離れた場所にポツンといる1匹のイナゴ。

 あまりにも遠くにいるためによくは分からないが2人にはとんでもないナニかに見えた。


「・・・」


 ギチギチ・・・。


 ガサガサと動き出すイナゴ。


 遠くからでも見えるそれがリエナ達に向かって歩み出す。


「逃げるわよっ」「・・・」「ほら、はやくっ」


 騎士に聞こえる程度に声を押し殺し刺激しない様に後ろへと下がるリエナ。しかし、当の騎士は腰の抜かしたようにその場から動けずにいた。


「ほら・・・立って・・・」「む・・・無理・・・です」


 マナを使って身体強化しているのかリエナの力で無理やり、腰を浮き上がらせるくらいは出来た。が、足をガクガクさせて上手く立ち上がる事が出来ず再び尻餅を付いてしまう騎士。


「お願い・・・立って・・・!」「っ・・・ぅぐ・・・」


 情けなくも半泣きになりながら起き上がろうと必死になる騎士。しかし、そんな悠長な時間は残されていなかった。


「っ!・・・そんな・・・」


 リエナは騎士を起き上がらせる過程で危険と感じたイナゴに背を向けて騎士の片腕を掴み立ち上がらせようとていた。そしてその逃げる先のルートを見ようと周囲に目線を送った時に気付いてしまったのだ。


 ギチギチ・・・。ガチガチ・・・。

 ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ・・・・・・。


 いつの間にか、数十匹はくだらないだろうイナゴモンスターがリエナ達を囲うように包囲して距離を狭めている光景だった。


「?・・・ひっ、ひぃぃ・・・!」


 固まったリエナを不思議に思い、騎士はその流れで周りを見てしまった。ワラワラとゆっくりとだが着実に包囲を狭めてくるイナゴの群れにとうとう気力を無くし、情けなく悲鳴を上げて座り込んでしまう。


「っ・・・(どうすれば・・・)」


 焦りつつもまだ諦めていないリエナ。イナゴの群れから脱出してこの場所から逃げ出す方法を探す。


 ギチギチ


「!」


 決して油断していたわけではないが、周囲のイナゴに気を取られ最初に危険と感じたイナゴを視界から外してしまっていたリエナ。急速に何かおぞましい気配が近づいたことで条件反射の様に振り返った。


 ガザ・・・ガザ・・・。


 音から近づいてきたいるのは分かっていた。明らかに包囲しているイナゴと全く違うのだから気付かないわけが無かった。しかし・・・。


「っ・・・。(デカい。何よアレ)」


 距離が50メートルを切った辺りで止まったイナゴ。その大きさは明らかに巨大だった。黄色と黒が混ざった濁った色に、汚水で汚れてテラテラと光沢していた。


 その目はしっかりとリエナと騎士を視界に捉え、決して逃がすまいとしていた。


「っ!ひぐぅ・・・!」


 僅かに開いたのだろう口と思われる場所から透明な液体がネットリと床に垂れる。


 騎士は体をガクガクと震わせて身動きが取れず悲鳴を上げる。リエナもそのおぞましい姿に身震いしてしまった。


「(あんなの・・・どうしろ・・・。殺されるっ・・・?)」


 戦う意志を砕く様な存在に思考が敗北してしまい、逃げたい気持ちを死にたくない思いで頭のグルグルと埋め尽くされてしまう。


 ガサ・・・。


 巨大イナゴが片足を上げた。それが何らかの指示だったのかリエナ達を包囲しつつあったイナゴが一斉に動き出す。目の前のエサを喰らい尽くすために。


「ひぃあああ~っ・・・!!」「ぐっ!」


 情けない奇声を発した騎士によって現実に引き戻されたリエナが魔法を放つ。


「「「ピィイイイ!!ギィイイイイ!!」」」


 火柱による円形の結界の様に立ち昇らせた火に焼かれ、こんがりを焼き尽くされるイナゴ達。


「っ!(ウソでしょ!)」


 リエナは驚き目を見開く。先ほどまでだったら、殺された仲間のイナゴも喰いに向かっていたが今はリエナ達を狙って死んだ仲間を無視して突き進んでくる。


「であああー-っ・・・!!」


 なりふり構わず魔力を使って炎の魔法を打ち出すリエナ。飛びつき噛み付こうとしたイナゴを避けて逃げられる前に魔法弾を撃ち、一瞬で消し炭にする。更にこれ以上近づかせない様に範囲魔法で結界の様に放って牽制するが・・・虫達はそれすら気にせず向かってくる。


「(ふざけないでよ・・・!)」


 次々と火の結界を通り燃やされ息絶えるイナゴ達だがその勢いは衰えない。寧ろ、どんどんとどこからともなくイナゴが集まりだしもはやその数は1000にも上る勢いだった。リエナが愚痴をこぼしたくなるのも当然だった。

 更に、先に燃やされて床に落ちていくイナゴ達のせいでリエナの魔法の威力が徐々に削がれているのも理由だった。


「ぐあああああ~~~っ!!」「っ!」


 叫び声が上がった方向を見ると鎧ごと噛み付かれ食い破られて、血に染まる騎士の姿があった。


「このっ!」


 リエナは余剰魔力で襲われている騎士の周囲に放ち支援する。リエナも決して余裕があるわけではないが仲間を見捨てる事は出来ない。

 騎士も近づいたイナゴ共を何とか持っている武器で屠っているが如何せん数が多過ぎたのだ。


「っ・・・立ちなさい。逃げるわよ」「ぐっ・・・」


 リエナは魔法を放ちながら騎士へと近づく。騎士も戦闘に入った事で幾分か冷静になり、ケガをした状態でも無理やり立とうと必死になる。


「こっちよ」「は・・・はい」


 リエナは魔法を撃ちながらも周囲をしっかりと見ていた。そして、包囲の薄くなった場所の先にトンネルがある事を確認していた。


「ぐぅぅ・・・っ」


 リエナは足がフラついてもたつきそうになる。それは騎士も同様だった。


 リエナは内包している魔力がガリガリと削られていくのを感じていた。おまけに大量にモンスターを倒していく事で経験値が溜まり、レベルアップによる肉体と精神の向上で気持ち悪さが重なって顔色を青くさせていた。

 騎士もリエナほどではないが経験値が溜まり存在値が向上。負傷による出血でもともと血の気が引いてきた上で、更に悪い状況へと悪循環していた。


「(もう少し・・・。あと少し・・・)」


 もはやイナゴをどれだけ倒していたのか分からない。

 ただ近づけさせない。それだけに必死だった。


 しかし、それもいよいよ底が尽きかけようとしていた。


「くっ・・・」


 ボフンと情けなく火の魔法が手元で軽く爆発してガス欠を告げる。


 だらりと両手を下ろし膝を突いてしまったリエナ。騎士もいつの間にか這いつくばって倒れ込んでいた。微かに呼吸がある事から死んではいないようだった。


 リエナと騎士はイナゴの攻撃を何度も掠めていたのだろう。服や鎧が裂けて、そこから血が滲んでいた。


「・・・(・・・ああ・・・ここまで)」


 瞼が重く、閉じようとしている。ゆっくりと自分が前のめりに倒れかけているのを感じ取りながら、たくさんのイナゴモンスターが飛び掛かる光景をスローモーションで見ていた。


 開かれた口が今にもリエナの肉を、骨を、臓物を、全てを喰い付くさんと口から液体を垂らしながら飛び掛かっていた。


 無念に思いながらリエナが諦めようとしていた。


 しかし、リエナが最後まで取っていた行動は決して無駄ではなかったのだ。


 バギィ・・・。ドーン・・・!


「?・・・」


 リエナの体を優しく抱き留める2人の姿があった。


「友達を・・・殺らせない」「ご無事ですか、お嬢様?」


 そこにはいつもよりも強い意志を目に宿し、敵対するイナゴを睨みつける親友と傍で幼い頃からずっと仕え、守り続けた騎士の姿があった。






 【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 (真化体)


 身体値 7

 魔法値 7

 潜在値 5


 総合存在値 9


 スキル(魔法): 緩衝

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