第4章 無彩監獄
大きな流れに乗って、どこかへと運ばれていく感覚があった。
何処へ運ばれているのかは分からない。ただ、その流れに乗っかって飛ばされているだけ。
・・・・・・たくさんの光の渦の中にいた。
目を開けているわけではない。いや開けているという概念すらない様な気がした。
ただ、色とりどりの鮮やかな光があるという事だけが分かる。
少し周りを、視線?を変えれば、また違う流れの大きな光のうねりがそこにはあった。様々な流れが入り乱れる様にして絡み合っている。
そこに自我という1つの意志があり、流れていく光を眺めていた。自分自身もその流れの中の1つに乗って・・・。
自分の意志ではどうしようもないという事は何となく分かった。だからか、ただ今は初めて見るその景色を楽しんでいた。
しかし、それもすぐに終わる。
突然、方向を転換されて急速にどこかへと落ちていった。
煌めいていた景色に黒色が混ざり始める。その色は徐々に周囲の景色に溶け込み、支配していく。
周りをよく見ると自分と同じように、どこかに繋がっている細い光の線がいくつも見えた。まるで脈動しているように光の中を、何かが通過していくのが見える。
落ちていくにつれて、自分の入っていた光の渦も細くなっていく。
もうそろそろ出口だと、何となく思った時。光の渦から放り出された感覚がした。
遥か上空から光の欠片がキラキラと落ちてくる。だが、それもやがて暗い空間が支配し、消えていく。
そこで意識が途切れた。
「・・・っ。・・・ん~・・・」
目をゆっくりと開ける。ぼやけている為に、まだハッキリとは分からない。
しかし、それもすぐにクリアになる。
〔お目覚めですか?純〕
聞き慣れた声が頭の中に響く。
「・・・うん」
返事をした声がどこか幼く聞こえた。
青空が見えた。視界の端には建物も見える。向きを替えると建物群の真ん中、辺りに倒れ込んでいたのが分かった。
「(・・・ココは?)」〔分かりません。どうやら今はもう、使われなくなった場所の様です〕
サポートの言う通り、確かに使われなくなって久しい殺風景な場所だった。ボロボロになった壁には、たくさんのヒビや黒カビの様に黒ずんだ箇所ばかりが目立つ。窓枠はあれどガラスが一切ない。
「(随分と・・・変な所に飛ばされたな。なんか気持悪いし)」〔初めて転移する様な場所は、いつもこんな感じですね〕「(もう少し優しい転・・・移・・・)」
首元に、僅かにへばりつく様な粘着性のある何かに気持ち悪さを感じながら、体を起こそうと身を反転して地面に手を付けて初めて気づいた。
そこには、建物の日陰になっているにも拘わらず、凄く特徴的な黒光する水溜まりの様があった。
赤黒く鈍く反射する水溜まりは、衝撃で飛沫の範囲が拡がっていた。明らかに大量の血である。
「え?」
無意識に後頭部を触る純。そこで、僅かなぬめりと半固形化した何かがポロポロと落ちた感触に気付いた。
「・・・何コレ・・・」
手には地面と同じく赤黒くてらてらと光る血と固まった血が混ざりあったモノが付いた。痛みは全くなかったがあまりの衝撃に固まってしまう。
〔フム・・・。おそらくこの体の持ち主は目の前にある建物から落ちてしまったのでしょうね〕
冷静に状況を判断するサポート。
「えっ・・・あっ・・・そうか」
普段と変わらない相棒のおかげで固まっていた思考が動き出す。
「・・・飛び降り?」〔さあ?そこまでは・・・〕
血が付いた幼い手を見て、悲しみを覚え。純はそんなイメージを述べた。
両親を失い、引き取り手もなかなか現れず1人ぼっちになった時。もしかしたら純にもこのような運命を選んでいたかもしれないと思うと、悲しみが湧き上がってくるのも仕方が無かった。
〔亡くなってしまった事は悲しいことです。この体の持ち主だった少年には、幸多からん事を願いましょう〕「うん・・・」
少しだけ片手を胸の近くに持っていき。純とサポートは黙祷した。
〔それで純、体の調子はどうですか?亡くなった子の体ですので、もしかしたら不調があるのでは?〕「いや、特に何も。ただ・・・小さくなると改めて感じるのが、全てが大きく見えるという事かな?」
学年平均の身長よりは低くとも、高校生である体と2,30センチも幼い子供では、やはり見える世界が全く違う。廃墟と化した建物群に、少しだけ威圧感、圧迫感を主張する様な存在感を感じるほどだった。
〔前回のクリスの時よりは成長しているようですが。・・・まあ、幼い事はあまり変わっていないでしょうね〕「やっぱりか・・・」〔夏奈よりも僅かに小さいですよ?〕
義理の妹である夏奈を比較対象に持ち出すサポート。純は義妹がどれくらいの身長だったかを思い出そうとする。
「確か夏奈は小3だったから・・・。って事は小2、小1くらいか・・・」〔ステータスは見れますか?〕「あ、そっか」
思い出して、すぐさまいつもの半透明なボードを呼び出した。
【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 現在調整中・・・。
身体値 2
魔法値 2
潜在値 1
総合存在値 5
スキル(魔法): 緩衝
「え、これだけ?」
とても簡素に表示された文字に思わず、声に出てしまった純。
〔・・・どうやらこの世界では、コレが基準となのでしょう。数値が低いのは・・・。何となく分かりそうなものですが・・・〕「それって、子供の標準値的な意味で?」〔・・・〕
それはサポートにも分からない為、無言で返すしかない。純は来て早々、両肩を落とし、ため息を吐くことになった。が、すぐに立ち直る。
「って、身体能力や魔法は?」〔ふむ・・・。純、いえこれからは``ジン``ですか・・・。能力を見ますと、表示されているモノとは別に、マナの方は十分に備わっていることは感じとれます〕「そ、そっか・・・。良かった~。また一からやり直しになるのかと」〔ある意味、近い状態とも言えそうですけどね〕
胸を撫でおろすジン。これまでの経験値が無くなるのは流石に辛かったのだ。
〔それで、どうですか?実際の話〕「え?・・・あ、動かした時か。えっと・・・」
ジンは体内に流れるマナを感じとって循環。意図して全身に巡らせた・・・が。
「ん~・・・?なんか変な感じ・・・。使えてはいるけど、嚙み合ってない様な・・・」〔・・・確かに。マナの調整が非常に不安定になってますね。集まってはいますが、波が大きい様です。私の方で・・・おや?〕「どうしたの?」
サポートの声に即座に反応を返すシンク。思わず誰かいるのかと周囲を見回すが、現れる様な気配は無かった。
〔失礼。ジン自身の事です。・・・どうやらステータスボードに書かれているように、どうやらあなたの体・・・正確には器といいましょうか。魂から現在、調整中の様ですね。今、表れている文字と同じように、もしかしたら昇華に伴い1から創り上げているのかもしれません〕「それって・・・まずい?」
今までとは違うケースが連続で発生している。その為、ジンにとっては尤も頼れる相棒が心の安定剤になっている。そんな相棒の次の言葉が、もし不安な言葉で告げられ様なモノならと思うと、気が気じゃないジン。
〔・・・マナをコントロール。この場合は使用でしょうか。これが出来るという事はひとまず問題ないでしょう〕
ほぼ独り言のように声を出しているサポートの言葉にホッとするジン。
〔しかし・・・。私の方でも上手く使えないというのはどういう事でしょうか?〕「え?」
サポートの零した言葉に固まるジン。しかし、当の本人は気にせず何かを探っている様だった。
〔ふむ・・・・・・・・・・・・〕
実に長い数秒だった、とジンは感じた。
〔よし。とりあえずはこれで良いでしょう〕
何やら自己完結したらしいサポート。しかし、ジンには何が何だか分かっていない。
「・・・どうなったの?」
だから、この質問は至極当然に出てくる言葉だった。
〔ジン。軽く出構いません。魔法を使ってみてください〕「魔法を?」〔はい。小規模です。地面の近くで小さな水球を出してみてください〕「・・・?」
ジンは疑問の表情を浮かべながらも言う通りにしてみた。純だった時、体内に流れるマナを使って生み出す感覚をイメージして。
「お?」
結果は成功だった。ジンから1メートルほど離れた地面スレスレに10センチほどの水球が生み出された。
〔どうやら問題なく使用は出来るようです〕「うん・・・。ただ・・・」
ハッキリとサポートが太鼓判を押す様に言って答えくれたが・・・。ジンは生み出した水球をまじまじと見て首を傾げてしまいそうだった。
生み出された水球は、確かに分かり易い水色だった。
しかしそれは、ジンがイメージして生み出したモノとは、若干違っていた。
ジンが生み出す魔法には、色を付けるといった多少の変化は可能だ。それは地球で魔法の練習時に発見していた。
だが、戦闘時に使用する時はその色がほとんど無い、というくらいに薄い。色の濃さはイメージを強くさせて、発動の感覚を研ぎ澄ます為の練習に使っていた時くらいだった。それ以外では、相手に読まれて対策される可能性があるとサポートに言われ、出来る限り薄くしていた。
実際、日常で水や風というのは、ほぼ透明で見えないモノ。色というのは先ほども言った通り、イメージのしやすいからだ。その為にジンも最初の練習時は、よく色も含めて強くイメージしながら使用していた。
しかし、今はそこまで強く意識する事は無い。普段通りの使用だった。
にもかかわらず、しっかりと水色が付いていた。
更には、生み出した魔法の場所が日陰にも関わらず、半透明であり、何やら光を乱反射している様に見える。鏡の様に鈍く、空の色が反射している様にも見えた。
「水・・・だよね?」
流石に自身が無い為、相棒に聞いてしまうジン。
〔・・・たぶん?〕
聞かれた方も疑問で返すしかなかった。
そんなサポートにツッコミを入れてしまいそうだったジンだが・・・。
ポン・・・。
「ん?」
生み出した水球が音を立てて割れた。
「・・・シャボン玉?」
作り出した魔法の形。半透明で鈍く光を反射する水球。弾け飛んだモーション。
見て感じた印象はまさにソレだった。
「・・・これは・・・」〔魔法としては問題なく発動できていましたよ?そこは以前と同じですね。ただ・・・。ああ、緩衝。なるほど緩衝ですか〕
1人納得するサポート。
「どういう事?」〔ジン。地球に居た時の使い方よりも、少し多めにマナを捻出してください。後、水というモノをもう少しだけ形としてイメージを持ってみてください〕「?・・・わかった」
サポートの指示通り使用してみると、今度は成功した。
先ほどよりも透明度も高くしっかりとした水の塊が出来上がった。
バシャァ・・・。
突き出した手を下ろし、魔法の使用を解くと水球は地面に吸収された。水溜まりの跡がしっかりと刻まれる。
「・・・ちょっとだけ使い時に時間が掛かるな」
手の平を見ながら自分の中に流れているマナの感覚を確かめるジン。
「で、どういう事なの?」
指示を出した本人に再度確かめる。
〔おそらく、今回の少年・・・。ジンという子が持っていた個性の力が原因でしょう。この少年の肉体に転移した事により、その影響を受けてしまっているのです〕「緩衝・・・」〔はい・・・〕
ジン(純)は改めて出しっぱなしにしていたステータスボードに表示されている文字を見る。
〔その力は、クッションの様な役割なのではないかと〕「文字通り緩衝、か・・・。でも、シャボン玉になったのは」〔あれは、慣れないこの身体の少年と魂とのズレ。少年自身の能力値的なモノに関係がありますね。幼いためか力が低いためか、それに釣られてジン(純)自身の魔法にも変化が加えられたようですね〕「マジか・・・」〔少なくとも。昇華に伴い、器が調整中の現在は、この少年の力にあなたの力も引っ張られると想定しておきましょう〕「・・・」
後頭部をポリポリと掻いてしまう。髪に付いていた凝血した塊がボロボロと地面に落ちた。
〔とりあえず、なるようにしかなりません〕「・・・だよな」
少しため息交じり、諦め混じりの声を出しながら、ジンはその場を離れるのだった。
【ジン・フォーブライト(純、クリス)】8才 現在調整中・・・。
身体値 2
魔法値 2
潜在値 1
総合存在値 5
スキル(魔法): 緩衝




