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3.破格の条件

 壊れた馬車の隣で、少女はメイド――シエナの治療にあたっていた。

 回復魔法の心得がある――ということは、王族というのにも信憑性が増す。しっかりと教えられてきているのだろう。

 僕はというと、先ほど始末した男達の『片付け』を終えたところだ。


「エリスティア様、ありがとうございます」

「ううん、気にしないで。わたしの魔法なんて、応急処置くらいにしかならないと思うけれど……」

「エリスティア……君の名前かな?」

「あ、はい! 申し遅れました――わたしはエリスティア・エイラース。この子はメイドのシエナ・クロウラ」

「……先ほどは、助かりました。魔導師様」


 エリスティアとシエナ、か。

 重要なのは、エリスティアの名前――エリスティア・エイラース。王族の名前を憶えているわけではないけれど、『エイラース』はこの国の名前であり、王族の姓でもある。

 もちろん、彼女が名乗っただけでそれを信用するわけではないが、身なりや仕草が彼女の立場を裏付けている。王族であることは間違いないようだ。

 エリスティアの方は特に僕を警戒するような仕草は見せていない。

 僕に助けられたという意識が強いからだろうか――一方、肩に傷を負ったらしいシエナは、傷口を押さえながら僕に頭を下げるも、警戒しているのが目に見えて分かる。

 本来であれば、シエナの反応の方が普通だろう。

 なにせ、僕は先ほどまで彼女達を見捨てようとしていたのだから。


「気にすることはないよ。さっきも言った通り、これは契約なんだからね。『いくらでも払う』、だよね?」

「あ、えっと……そうですよね。その……」


 エリスティアは少し困った様子で、シエナに視線を送った。シエナはこくりと頷いて、口を開く。


「申し訳ありませんが、おそらく手持ちのお金では満足できるほど支払えないかもしれません」

「まあ、それくらいのことは予想してたよ。今はいくら持っているんだい?」

「これくらいならば……」


 そう言って、シエナが懐から小袋を一つ取り出す。

 意外とふっくらしている小袋を受け取り、中身を確認した。


「……あらら、これは驚いた」

「やっぱり、足りないですよね――」

「馬鹿を言わないでくれ。十分すぎるくらいだよ。さっきの奴ら程度をぶちのめしてこれなら、釣りが出るくらいさ。ありがたくもらっていくことにするよ」

「さ、さっきの奴ら程度……?」


 エリスティアは困惑した様子で、僕の言葉を繰り返した。


「ああ、誰だか知らないけれど、君の命を狙った連中だよ。あれなら、精々冒険者のランクで言えば《A》相当くらいかな?」


 僕がそう言うと、エリスティアとシエナはお互いに顔を合わせた。

 そして、シエナが怪訝そうな様子で尋ねてくる。


「失礼ながら、貴方の冒険者のランクはいくつなのですか?」

「僕か? そういう意味じゃ、僕も今のランクは《A》だけどね」

「ランクAって……それじゃあ、本当にリーセ様は実力者なのですね」

「言っただろう? 《最強の魔導師》だってね。これで『君達を助ける』っていう契約は完了だ。それじゃあね――」


 ひらひらと手を振ってその場を去る。面倒事に巻き込まれたが、結果的にはそれに見合った『報酬』はもらえた。

 次の仕事は探さなければならないが、しばらく困ることはない――


「ま、待ってくださいっ」

「んん?」

「エリスティア様……?」


 呼び止められて振り返ると、何やら再び決意に満ちた表情で、エリスティアがこちらを見ていた。

僕を呼び止めたのが予想外だったのだろう……シエナの方は、困惑した様子でエリスティアに視線を送っている。


「あの……お金さえ払えば、あなたのことは雇えるんですよね?」

「! エリスティア様、なにを……!」

「シエナは黙っていて。これは、わたしが決めることだから」

「しかし……!」

「あー、あれかな? 要するに……君は僕を雇いたいってこと?」

「はい、そういうことになります。私の護衛として、あなたを雇いたいんです」

「護衛、ね」


 エリスティアの表情は真剣そのものだ。先ほど、彼女を狙った刺客を軽々と始末したことで、どうやら評価されているらしい。

 僕は丁度、パーティを抜け出して無職になったばかり。

 これから別の町に移動して、適当に仕事をして生きていくつもりだったが……王族の護衛とは、これまた随分と大きな仕事が舞い込んできたものだ。

 エリスティアは言葉を続ける。


「私はこの国――エイラース王国の第三王女という立場にあります。ですが、今のように『何者か』によって命を狙われている身でもあります。本当に、ごく最近になってからのことなのですが……」

「ふぅん、命を狙われている、ね。心当たりはあるのかな?」

「それは……分かりません」


 僕の問いかけに、エリスティアは表情を曇らせる。……反応を見る限り、どうやら彼女には心当たりはあるようだ。まあ、僕が聞きたいのは彼女の今の状況ではない。


「とにかく、君の身を守る護衛として、僕を雇いたいってことだね」

「はい、そういうことです。どう、でしょうか?」

「んー、まあ、条件次第かな? さっきも言ったけれど、僕はお金で雇えるからね。僕を雇う上で、どういう条件を出してくれるのかな?」

「えっと、私には、その……相場とかがよく分かっていなくて、先ほどの件で言うと、適正価格だった、ということですよね?」

「まあ、大体そうだね」


 少し多めにもらったくらいだけれど、僕はエリスティアの問いかけに頷く。

 すると、彼女は少し考え込んだあとに、ゆっくりと口を開いた。


「衣食住は、こちらで保障します。それはあなたを雇う最低条件として、です。それから、先ほどのように戦闘になれば、追加であなたの望む報酬をお支払いします。それでいかがでしょうか?」

「へえ、それって襲われなかったら働かなくてもいいってことだよね? そんな破格の条件でいいの?」

「……はい。わたしは、あなたがいなければきっともうここにはいられなかったと思います。だから、あなたを雇う以上、条件を惜しむようなことはしたくないんです。どうでしょうか?」


 なるほど、と僕は頷いた。

 僕がいなければ死んでいたから、僕が望む条件で雇う――どうしようもないくらい、お人好しすぎる条件だ。

 それでは僕がいくら吹っ掛けても、彼女はその条件を受けるほかになくなってしまう。

 拒否すれば、それで契約は破られたことになるのだから。

 今のように戦いがないうちは、何もせずに過ごすことができる。そしてエリスティアの刺客が現れたら、僕は彼女を守って報酬を得られる。

 僕から見れば、本当に破格の条件の仕事だ。彼女が望むのであれば、受けない理由はどこにもない。


「君がそれでよければ、僕は君と契約しても問題ないと思っているよ」

「! あ、ありがとうございますっ」

「うん、でも、その前に――彼女はどう思っているのかな?」

「シエナ?」


 僕が促すと、ちらりとエリスティアはシエナに視線を送った。

 エリスティアが僕と話している間はずっと黙っていたが、彼女の態度を見れば分かる。

 明らかに、納得のいっていないという表情であった。

 エリスティアの護衛をするということは、きっと彼女とも共に行動することになるだろう。

 はっきり言ってしまえば、僕を受け入れていない彼女と共に行動するのは面倒だ。

 形式的にでも、納得はしてもらわないと困る。


「エリスティア様の言葉に従い、今の話は黙って聞かせてもらいました。しかし、私は反対です」


 そう、シエナは言い放ったのだった

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