2.契約するなら王族で
「この辺りでは噂も広がるだろうし……そろそろ潮時かな」
町を出てからしばらく走って、僕は小さく嘆息をする。振り返ると、すでに町は随分と遠くにあった。
今回のパーティは、中々悪くない面々であった。バランスもよかったし、正直僕がいなくてもやっていけるレベルではある――だが、僕の実力に見合うかと言われたら、話は別だ。
「次はどこに行こうかな……王都近辺は、しばらく行ってないしいけるかな?」
地図を広げながら、僕は次に目指す場所を模索する。
赤色でバツ印をつけているところはダメだ。おそらくはまだ、僕のことを覚えている奴らがいるはず。すでにその辺りで有名になってしまっているか――まあ、知られているところで苦労はないけれど、面倒事はご免だ。
労力に見合う金をもらえないのであれば、しないことに越したことはない。
「どうしようかな……ん?」
悩んでいると、後方から馬車が駆けてくるのが見えた。
どうやら、先ほど僕が抜け出した町からのようだ。丁度いい、どこかに行くつもりなら乗せてもらう。
僕は親指を立てて、馬車に合図を送る。
「おーい、どこ行く予定だ? ついでに僕を乗せてくれ――は?」
僕の方に向かってきた馬車は――その言葉通りに、真っ直ぐ僕の方に駆けてくる。
見れば、馬車を操っているのはメイド服を身に纏った少女。隣に座る御者は、脱力したまま動いていない。
首元にナイフが突き刺さっているのが見えた。
「あらら……これは面倒事な気がするね」
僕は大きくため息を吐いて、地面を蹴る。駆けてくる馬車を避けて、その姿を見送った。
馬車は大きく道を逸れて、近くの大木へとぶつかり大破する。……目の前で随分と大きな事故に出くわしてしまった。
「うっ、く……シエ、ナ……シエナ! 大丈夫!?」
横転した馬車の中から、もう一人少女が姿を現す。
青色を基調としたドレス――身なりを見る限り、なかなか高貴な身分であるということは分かルアードの町の領主の娘か、あるいはどこかの貴族か……それは分からない。
シエナというのは先ほど馬車を操っていたメイドか。
御者が『死んでいた』ところを見ると……やはり面倒事には違いない。――関わらないのが正解だろう。
「動くな」
……そう思ったが、僕の周囲にはすでに数名の人影があった。三人が僕の喉元に刃をあてがっている。
「シエナ……!」
「うぅ……お嬢、様。お早く、ここから――」
「手間を取らせてくれたな」
「――っ!」
ローブに身を包んだ男が、前に出て言った。
ドレスの少女はメイドの少女――シエナを抱えて、男を睨みつける。
「どうして、こんなことをするんですか……!?」
「どうして? あなたに説明する必要はない。あなたはこれから死ぬのだから」
「……っ!」
――まるで、劇でも見せられているかのようだ。
はっきり言って、僕はこの場において巻き込まれただけの部外者に過ぎない。
それなのに、明らかに『暗殺者よろしく』している連中によって今、喉元に刃を突き立てられ、話の行く末を見守ることになってしまっているのだ。……冗談じゃない、こっちは金にならない面倒事はご免だ。
「ねえ、そこの君」
「喋るな、と言ったはずだが」
隣に立つ男が、僕の喉元へナイフを押し付ける。だが、僕は構わずに言葉を続けた。
「『僕は何も見ていない。ここで起こったことも知らない。ただ、事故があった』――それでいいんだよね?」
「……ほう、物分かりがいいな」
少女に向かって話していた男が、少し驚いた様子でこちらを見る。
口止めか、あるいは僕に何か役割を担わせるために生かしているのだろう。
だから、僕は男が何か要求をする前に答えてやった。
「五秒以内にナイフを下ろすといい。そうすれば、僕もこれ以上は関わることはしないさ」
「貴様……」
「いや、いい。下ろしてやれ」
「しかし――」
「いい、と言ったんだ。そいつのことは『知っている』。実力だけは、本物だ」
男の言葉に、僕は思わず笑ってしまう。
どうやら、男は僕のことは知っているようだった。……まあ、誰かに知られていてもおかしくはないだろう。すぐに僕を仕留めようとしなかったのは、僕に対して敵対をする意思はないことを示すためでもあったか。
男の指示に従って、他の部下達はナイフを下ろす。これで巻き込まれずに済んだようだ――
「ま、待ってください。あなた、冒険者……なんですよね? わたし達を、助けてくださいっ!」
話を聞いてか、僕に向かって少女が声を上げた。
だが、その言葉を聞いて男がため息を吐きながら、視線を送る。
「今の話を聞いていなかったのか? こいつは、我々に協力すると言った」
「そういうことさ。ところで、協力するんだからお金はもらえるんだよね?」
「こいつ……どういう立場で物を言って――」
「やめろ。リーセ・デイグレン、きちんと我々に協力すると言うのであれば、謝礼は払おう。お前はそういう人間だと、私は認識している」
「君も物分かりがいいみたいだね。交渉成立だよ」
「……お金って、そんなことのために……!」
「『そんなこと』? ははっ、お金は大事だよ。今みたいに、僕に協力を依頼できるんだからね」
怒る少女に向かって、僕は答える。
すると、少女は僕を睨んだまま、拳を握り締めて口を開く。
「――ます」
「ん?」
「お金が必要だって言うなら、いくらでも払います。それで助けてくれるって言うなら、私達を助けてくださいっ」
少女はそう、はっきりと言葉にした。……お金が必要ならいくらでも払う、か。
「くだらないことはお辞めください。あなたは仮にも王族……そのような無様な最期を迎えるのは本望では――」
「ぐが、ぎっ!?」
「……!?」
男は『声』を聞いて、驚いた様子でこちらを振り返った。
自分の部下が、苦しみながら倒れていく声を聞いたのだから、驚くのも無理はないだろう。――すでに、僕の周囲にいた男達は全員、その場に倒れ伏しているのだから、なおさら驚くはずだ。
「なっ……!?」
「『いくらでも』って言ったね。王族っていうのが本当なら、その約束――忘れないでよ?」
「貴様――」
「遅いね……『炎獄葬』」
男の足元に、魔法陣が出現する。先ほど、「話している間」に僕が仕掛けておいたものだ。
この程度のことにも気付けないというのだから、僕の相手はできないということは分かっていたのだろう。
『炎獄葬』――名前の通り、『炎』に属する魔法だ。勢いよく業火が地面から噴き出し、男を焼き尽くす。
「が――ああああっ!」
「交渉決裂……そして交渉成立だよ。お嬢さん、君はいい契約をしたね。僕はリーセ・デイグレン――お金で雇える、『最強の魔導師』だよ」
呆気に取られる少女に向かって、僕はそう言い放った。