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「それで?」
興味深そうな眼差しで双葉伽音は響を見つめた。
時刻はすでに深夜2時を回っている。眠っている響のベッドにいつものように潜り込み、伽音は響を目覚めさせた。そして、響が公園で出会った影についてその成り行きを聞き出した。
「それで……って?」
すでに眠気は覚めていたが、それでもそろそろ寝たいものだ。
「その続きですよ。あなたは何をしたんですか?」
「何ってーー」
「生命を与えた? そうなのですね?」
「……うん」
響は頷いた。亡くなった魂に生命を与えること、それが響の持つ力だった。亡くなった魂に生命を与えれば妖かしとなる。それを知ったうえでの行動だった。
「でも、ただ生命を与えただけではないのでしょ?」
心を見透かすような眼差しで伽音は訊いた。
「まあね」
「そして、あなたはそれを後悔している?」
「いや……後悔をしているわけじゃない」
「じゃあ、後悔していない自分に対して動揺しているってところでしょうか」
そのとおりだった。これまでも何度か自分の力に戸惑いながらも、それでも妖かしに生命を吹き込んできた。そして、妖かしに生命を与えることは、誰かの死につながる可能性があることも知った。それでも自分の力を使うことに、妖かしに生命を与えることに後悔をしていない。むしろ、それは当たり前のように思うようになっている。
「ねえ、伽音さん、改めて訊くけれど、ボクはいったい何者なんだろう?」
「またその話ですか」
伽音は露骨に面倒くさそうな顔をした。
「そんな顔をされてもね」
「前から言っているでしょう。あなたは妖かしですよ。私と同じです」
「でも、一条家の他の人たちとは違っているように思えるんだけど」
「誰でもそれぞれ違っているものですよ。それともこう言えばいいですか? あなたはとびきり特別な存在なのですよ。どうです? 満足ですか?」
「どう特別なの?」
「そうですねぇ……トランプのなかのジョーカーのようなものですよ」
そう言って、伽音は毛布に包まりコロリとベッドに横になる。
「それってずいぶん仲間はずれのような気がするんだけど」
「とんでもない。ババ抜きなら主役です」
「ずいぶん嫌われたものだね……っていうか、ここで寝ないでほしいんだけど」
「悲観的な人ですねぇ。もっと自信を持たなきゃいけませんよ」
「わかったから起きてくれる?」
後悔はないが、自信を持てるような力には思えなかった。
あの後、もう一度、あの影と会い、生命を与えようとした時、響はハッキリとそれを感じ取ることが出来た。
彼が生前、母親である峰子にとってどのような存在であったのか。彼女とどんな生活を送ってきたのかを。
彼は母親に愛されていた。だが、その愛情は歪んでいた。子供を罵り、虐め、その痛みにお互いが愛情を感じ合う。彼は、それが愛情であると教え込まれた子供だった。あの火傷の痕は、タバコではなくお香によるもので、彼が峰子から受けた傷だった。
考えてみれば『当たり屋』をやらせている父親が子供にタバコの傷痕など残すはずはない。もし病院に行くことになれば、それがすぐにバレてしまうからだ。彼が『当たり屋』をやっていることを峰子は知っていた。むしろ峰子が喜んでくれるものと思って、それを続けていた。その結果、彼は死に至ることになった。それでも彼は峰子を恨んではいなかった。
崇史が峰子と暮らすようになって2ヶ月。少しずつ峰子はその本当の姿を現そうとしていた。
千波が言っていたように、アレはその峰子の愛情を妬んで現れたのだ。だが、それだけではなかった。このままならば、きっと崇史は峰子によって虐待される道を歩んだことだろう。それを助けたいという思いもアレは持っていた。
響は、あの影に生命を与えた。同時に一つの道標を与えた。
それは明確な母親の存在。
きっと峰子が崇史に以前のようなことをすれば、すぐにあの影が妖かしとしての存在を現すだろう。そして、妖かしとしての姿を峰子に対して向けることになるだろう。アレは自分以外の存在に彼女の歪んだ愛情が向くことを許しはしない。
それは遠くないかもしれない。そして、それは誰かの生命を奪うことになるかもしれない。
それでも、それはきっと間違っていない。
そう自分は感じている。
これで崇史は助かるだろう。だが、響がアレに生命を与えたのは、崇史を助けたかったからだけではない。自分の存在が曖昧になりながらも母を愛するあの子の影に同情を感じたからだ。あの子の想いを遂げさせてあげたいと考えたからだ。
なぜ、自分がそれほどまでに死者の想いに気持ちを寄せてしまうのか、それはまだわからない。自分という中に何か理由があるのかもしれない。




