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 翌日、千波は崇史の母親である峰子の情報を持って一条家にいる響を訪ねてきた。

 おそらく千波が調べたというよりも、彼女の母親であり一条家の弁護士をしている蓮華咲子からの情報だろう。

「崇史くんの言っていたように、アレはおそらく母親の亡くなった息子さんです」

「息子さん? その子はーー」

「3年前に事故で亡くなっています」

「3年前? じゃあ、アレは自分の弟を襲ったの?」

「弟と言っても『義理の』なんですよ」

「義理?」

「まずは崇史くんの家庭の話をしなければいけませんね。崇史くんは父親と二人暮らし。崇史くんの母親は、彼が2歳の時に病死しています」

「病死? あれ? でも、お母さんはーー」

「先日、話していた『母親』というのはその人のことじゃありません。2ヶ月前、父親は知り合いの紹介で野際峰子という女性と交際しはじめました。まだ一緒に暮らすようなことにはなっていませんが、今は頻繁に崇史くんの家に通っています。近所の人には、仲の良い親子3人に見えているようです。崇史くんも彼女のことをすでに『お母さん』と呼んでいます。そして、その峰子さんもバツイチです。かつて男の子がいました」

「つまりその男の子が亡くなっている?」

「そういうことです。たぶん、アレはその亡くなった子です。『郁弥』という名前だったそうです。亡くなった時、小学6年生でした」

「じゃあ、あの影は何のために? まさか崇史くんを殺そうとして?」

「私にはそんな存在には感じられませんでした。そもそも殺すなんて感情を持っているかどうか」

「どういうこと?」

「亡くなった人の魂というものは、生きていたときのように理性、知性をしっかりと持っているものではありません。本能が全面に出た存在です。だから、明確に誰かを狙うなんてことができる存在ではありません。そんな強い力は無いんです。だからこそ先日も私に襲いかかってきた。もちろん誰かを傷つけるだけの力なんて、アレにはありません」

「それなら崇史くんとは無関係?」

 すぐに千波は首を振った。

「さすがにそういうわけじゃないでしょう。あの公園は、崇史くんの家と学校の間にあります。それに……やっぱりあの傷痕は気になります」

 確かに、それについては響も同じ考えだ。

「それじゃ、やっぱり崇史くんを狙ってだよね。あれはどういう行動?」

「そうですね。たとえば、ただ、かつて自分に向けられていた愛情を妬んでの行動だとしたら?」

「妬んで? そういえばさっき母親の子供は事故で亡くなったって言ったね」

「交通事故です。でも、それは単なる事故ではないかもしれないって噂があります」

「まさか……殺人?」

「いえ、疑われたのは『当たり屋』です」

 それはむしろ響の驚きを大きくさせた。

「当たり屋? 小学生が?」

「そう。小学生が当たり屋をやっていた。しかし、その結果、打ちどころが悪くて死に至った」

「どうしてそんなことに?」

「その時、結婚していた旦那さんのせいらしいです。本人も『当たり屋』をやっていたことがあるようです。そして、子供にそういうことをさせるタイプの人だったようです。郁弥君が亡くなったことが原因で二人は離婚しましたが、旦那さんのほうはその後、詐欺事件で逮捕されています。郁弥君が亡くなった時の写真が警察に残っていましたが、その体にはやはりタバコを押し付けたような火傷の痕があったようです」

 その言葉に響は驚いた。その少年が虐待されていたという事実にも驚いたが、それ以上に警察の持つ写真まで入手出来る一条家の力に驚かされた。

「母親のほうは?」

「何も。当時、親子を知る人の証言でも、母親と子供はとても仲が良かったという話でした。タバコの傷痕も、きっと父親にやられたんじゃないかと言ってました」

「言ってた?」

「母親が当時、警察に話した証言です」

 響は、なぜだかそれらのことが少し矛盾しているように思われた。

「今後、崇史君はどうなるの?」

「どうもなりませんよ。今、彼が虐待されているわけではないし、母親に問題があるわけでもありません。問題はあの妖かしもどきです。おそらくアレは、自分に愛情をかけてくれていた母親が今は違う子供に愛情を持っている。それが気に入らなくて現れたんでしょう。あなたはどう思うかわかりませんが、アレを浄化させることで一応解決です」

「そうなのかな?」

「何か気になることでも?」

「あの時――」

「あの時?」

「君がアレと戦った時、ボクはアレに憎しみのようなものは感じなかった」

 響は初めてアレを見た時のことを思い出していた。

「それは私も同じです。でも、何度も言いますが、そんな感情がハッキリしているものではないんですよ。アレは」

「そうじゃないよ」

 思わず口に出ていた。「アレが持っている気持ちはそういうのとは違うよ」

「違う?」

「アレが持っている記憶は歪んだ愛情なんだ。歪んだ妬みなんだ」

「でも、それは結局、崇史君に対する嫉妬というだけのことではないのですか?」

「少し違う気がする」

「何が?」

「何って……それがうまく言えないんだけど。君の言うように嫉妬もある。でも、それと同時に崇史くんを助けたいって思っている」

「助けたい?」

「うん……そんな感じがするんだ」

「助けたいって……何から?」

「それは……今はよくわからない」

 ずいぶん曖昧な言い方だと自分でも思う。こんな言い方で理解してくれとは思えない。その千波の表情からもそれは感じられる。だが、意外にも千波は理解出来ないまでも、決して否定しようとはしなかった。

 ただ、考え込むような顔で響を見つめている。

「ごめん。意味わからないこと言って」

「いえ……確かにあなたの言っていることはよくわかりません。しかし、その感覚はわかるような気がします。あなたは人よりもそういうものに敏感なのかもしれません」

「ボクの言うことが正しいと?」

「正しいかどうかではなく、あなたがどう感じるかどうかです」

「どうして?」

「そんなことあなたが言ってどうするんですか。あなたはすべての魂とつながりを持つ生命の源そのものなのですから」

「生命の源?」

「おっと、口が滑りました。これは私が口に出して良いことではありませんでした。忘れてください」

「……千波さんは何を知っているの?」

「止めてください。あなたについては話せないと言ったじゃありませんか」

「じゃあ、今回のことについては?」

「今回のこと?」

「千波さんは、もう少し何か知っているんじゃないの? 知っていて黙って見ているんじゃないの? さっき、アレを浄化すれば一応解決だと言ったね。『一応』、それはちゃんとした解決方法だと千波さんは思っていないってことだよね」

「草薙さん、意外と鋭いですね」

「これはボクに対するテストなの?」

「いえ、そういうものではありませんよ。ただ、あなたがどう対処するのかを見たいと思っている人がいるのも確かです。私は今回のことはあなたに任せると決めています」

「千波さんはそれでいいの?」

「私、この手の案件は苦手なんですよ。もっとシンプルに相手をぶっ飛ばすほうが私向きなんです。でも、草薙さんはどうしても嫌だというなら、改めて考えますが……どうしますか? 手をひきますか?」

「いや……途中で投げ出すつもりはないよ。ただ、これからどうすればいいのか、その答えを持っているわけじゃない」

「そうですか。では、あなたの力を貸してあげたらいかがです?」

「ボクにどうしろって?」

「それはあなたが考えることです。でも、方法はいろいろです。たとえば……彼に明確な目的を与えるとか」

「彼?」

「あの公園で見たアレですよ。あなたは助けたいって思っているのでしょう?」

「どんな目的を?」

「だから、それはあなた次第と言ってるじゃありませんか」

 千波は試すような目で響きを見つめた。


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