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 千波の視線は公園の入口に向けられている。

 そして、その存在は響の目にも見ることが出来た。

 それは影だった。

 人の姿はしているが、そこに実体は見えない。生命のない、心のない、人としての存在のない人の影。

「あれは?」

「草薙さん、ちょっと避けていてください」

 そう言いながら、当たり前のように千波が影に向かって歩み寄っていく。

 突如、影が千波に向かって襲いかかってきた。だが、千波は落ち着いていた。その影の動きをしっかりと見て、自然な流れで襲いかかってきたその影の腕を払い退ける。

 千波が『楽勝』と言ったのもわかる気がする。それほどまでに千波の動きは冷静なものだった。その影の攻撃は決して千波に当たることはないだろうと思われた。

 その戦いを響はジッと見つめた。

 黒い人影、それを響は前に見た記憶があった。

 不思議な波長が伝わってくる。

(これはーー)

 悲しみ? 羨み?

 痛み? 怖れ? 愛情?

 いや、感情がアレから伝わってくるのではない。アレの波長によって、自分の中にある古い感情や痛みが呼び覚まされようとしているようだ。

 知らぬ間に目から涙がこぼれ落ちていく。

 その戦いは10分ほど続いた。

 ついに千波の正拳がその影の胸を貫く。

 影が四散して消えていく。


*   *   *


 影が消えていくのを見て、響は思わず立ち上がって千波に近づいていった。

「アレはどうなったの?」

「草薙さんがどうして泣いているんですか?」

「わからない」

響は涙を拭った。「アレは? 倒したの?」

「いいえ、アレはそういうものじゃありません。自分の願いも、存在すらもわかっていない。そういうものだから」

 千波は最後に影を貫いた拳を見つめながら言った。

「だからなかなか倒せなかったの?」

「違いますよ。倒すとか倒せないとかそういう存在じゃないと言ったじゃありませんか。あれは相手が何者なのかを知るためにわざとやっていただけです」

 手間取っていたように思われたことが不満だったらしく、千波はムッとしたように答えた。

「ごめん、君は強いんだね」

「私をバカにしていますか? 私たちの一族ならあれくらいは当然です。あなただって既にわかっているのでしょう?」

 千波の言うとおりだった。最近になって、響の身体能力は普通の人のそれを大きく超えるものとなっていた。だが、決して千波をバカにしているわけではなかった。さきほどの戦いを見ていれば、千波がいかに戦いにおいてセンスがあるのかを十分に知ることが出来た。

「それじゃ、アレが何者なのかはわかったの?」

「いや……イマイチ」

 千波は少し口惜しそうな言い方をした。

「あれは妖かし?」

「うーん、微妙ですね」

「どういう意味?」

「妖かしにもなりきれない存在。そもそもアレは、この世に対する恨みがなさそうな気がするんです」

「恨みがない?」

「さっき戦ってみてわかったんです。恨みがあれば妖かしと化すこともあるのですが、あれは誰かを恨んでの存在ではない。ただ、何かを求めてさまよっているように感じます」

「何かって……何を?」

「それはまだハッキリはわかりません。それがわかっていれば、もっと違う対応をしていました」

「違う対応?」

「今日、私がここに来たのは、アレの情報を耳にしたからです。先日、この公園脇のその道路で子供がアレを見てケガをしたんです。それ以来、時々、この時間になると現れるんです」

「その子は大丈夫だったの?」

「ええ、なんてことありませんでした。逃げようとしてちょっと転んだくらいです」

「どうしてそんなことに?」

「それがわかっていれば苦労しません……というか、一条家が動くことはありません」

「一条家?」

「はい、これは一条家の仕事です。私も今年から一条家で仕事をさせてもらうことになったんですよ。お姉の代わりです」

「お姉?」

「知りませんか? 私の姉です。今年の春、大学に通うことになったので一時的に一条家の仕事から離れたんです。それでやっと私に仕事がまわってきました。私はアレが何なのかを調べて、対処しなければいけません」

「対処って……どうするつもり?」

「どう……と言われてもですね」

 千波は困ったように首をひねった。「アレが何なのかがまずはわからないので。それを知るために来たんですが、ハッキリとはわかりませんでした」

「他に被害を受けた人は?」

「いいえ」

「じゃあ、最近になってアレは出現したということか?」

「どうやらそのようです。目撃したのもケガをした子供だけで、とにかく情報が足りません」

「じゃあ、その少年に何か原因が?」

「私もそう思ったんですが……でも、その子に身に憶えはないようです」

 千波にとっても、アレが何者なのかわからず困っているという状況らしい。

「アレは……救えるの?」

「え? 救いたいと思うのですか?」

 響の言葉に、千波は少し驚いたようだった。

「駄目なのかな?」

 千波は少し考えてからーー

「あなたがそう思うのなら、それが正しい答えなのかもしれません」

 なぜ、そんな言い方をするのか、響にはその理由はよくわからなかった。

「どうして?」

「だって、あなたはそういう存在だって聞いていますよ」

「そういう存在?」

「つまり、生命のあり方を知る存在。違うのですか?」

「よくわからない」

 響は首をひねった。自分に特殊な力があることは知っている。だが、一条家の人々はそれについて詳しく教えてはくれていない。

「ふぅん、でも、あなたの受けた感覚というのを信じてみるのもいいかもしれません」

「ありがとう」

 千波は響の顔をジッと見つめーー

「草薙さん、この件、あなたが受け持ってみませんか?」


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