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並行世界(パラレルワールド)は君のいる世界  作者: 方丈 治
第二章

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懸け橋


「──うん。大分良くなってきたね」


 キギの背中の傷跡を確認した奈美は、その順調な回復にホッとした。それから、用意していた新しい包帯を巻き直し始める。


「あとは傷跡ができるだけ目立たずに治ればいいんだけど……」

「別にいいわよ。普段見えるところでもないし、脱がないといけない時は化粧で誤魔化せばいいし」


 当の本人がそっけなく答えると、奈美がムキになって反論した。


「良くないわよ! 若い女の子の体にこんな大きな刀傷が残るなんて! ……って、“脱がないといけない時”!?!?」

「女の武器は任務でよく使う手だから。ま、チガヤ将軍の時は全く使わなかったけどね……」


 奈美が一人顔を赤くしていると、キギが呆れた様子でため息を吐いた。


「というか、ホントびっくりだわ。女みたいな薬師だと思ってたけど、まさか本当に女だったとはね。その筋の人間から言わせてもらうと、あんたの変装、ホンットなめてるとしか言いようがないわ!」


 キギは自分の胴体にせっせと包帯を巻いている奈美をちらっと見た。奈美はいつもの男物の衣を着て、頭には目立つ髪色を隠すために布切れを巻いている。キギから見れば、ただ“女が男物の衣を着ている”ようにしか見えないのだ。


「え? そーかな?」

「そうよ! というか、変装って言わないわね! 性別も歳もぱっと見の印象も、なーんも隠しきれてないんだから!」

「あはは……。けど、隊員のみんなには男だって思われてるよ?」

「それがおかしいっての!!」

「はい、包帯終わったよ」


 奈美は汚れた包帯を片付けながら、横目でキギを見た。キギはぶつぶつ言いながら、衣を直している。


(案外元気そう。良かった)


 あの日、ライカが褒美に欲しいと言ったものは、キギの身柄だった。ライカが奈美を甘味処巡りに付き合わせたり、将軍家の家令から診察依頼を受けたりしたのは全て、『鼠のしっぽ』を掴むためだったのだ。


 ライカの頼みに、チガヤ将軍はすぐに承諾した。自分の宝を火の手から守ってくれたライカには感謝してもしきれないので当然だった。正体不明の間者が褒美になるとも思えなかったが、ライカがそれでいいと言い張ったのだった。


 かくして、カンドル隊に身柄を引き渡されたキギは、商団が景の都・空渡に帰るのと時を同じくして、空渡にあるカンドル隊御用達の養生所に連れて来られたのだ。


 キギがこの養生所で過ごすようになってすでに三日目。背中の傷の治療を受けてはいるが、人質は人質だ。だが、彼女は抵抗するでも逃げ出すでもなく、素直に受け入れている。奈美はそんな彼女の世話を申し出て、窟には戻らず、そのままここで寝泊まりしているのだ。


 その間に、奈美はキギと大分打ち解けた。キギに頼んで、堅い言葉遣いもやめてもらった(キギは少々渋ったが)。それ以降、二人は女友達のよう間柄である。


(……でも、いつまでキギにこんな生活続けてもらうのかな。双子の妹さんも、鼠の仲間だって心配してるだろうし……)


 ライカは『鼠』の頭領に会う手段としてキギを人質として手元に置いているらしいが、その後進展はない。キギは気丈に振舞ってはいるが、何はともあれ、早く解放してやってほしいものだ。


 奈美が包帯を桶に入れて、洗濯しに行く用意をしていると、部屋の扉が開いて、養生所の主であるカナイが入ってきた。奈美はパッと顔を明るくすると、ササッとカナイの方に近寄った。


「カナイ先生」

「『先生』なんてやめとくれ。薬師真っ盛りの2、30年前なら喜んだだろうがね、こんな老いぼれた婆にはむず痒いったらないね」

「でも、先生のような素晴らしい腕を持った医師──いえ、薬師は見たことがありませんよ」


 キギだけでなく、これまで隊員たちがカナイの治療を受ける場面に遭遇してきた身としては、そう言わざるを得ない。奈美のいた世界のような医療道具や技術がないにしても、「神の手」とはこういう人のことをいうのだと心底思ったのだ。


 もちろん、カナイの弟ヨハイのことも尊敬している。が、彼は患者が「若いおなご」となると目をぎらつかせるので、キギはカナイに診てもらっているのだ。


「えっと、診察の時間でしたっけ? すみません、今新しい包帯に替えたばっかりで……」


 奈美が申し訳なさそうに訊ねると、カナイは首を横に振った。


「いや。ナミ、これに着替えな。着替えがないと言ってただろ」


 そう言って、奈美は折りたたまれた衣をカナイから受け取る。確かに、替えの服は全て洗濯してしまい、まだ乾かないとこぼした覚えはある。まさか聞かれていたとは。


「あたしの昔の望衣ぼういで悪いけどね。若い時はあたしも細かったから、あんたにぴったりなはずだよ」


 望衣とは、この世界で薬師が着る服のことである。白色と紺色を基調とした男女兼用のシンプルなデザインで、下が紗覧のようにスカートではなく、スラックスになっているのがとても動きやすそうだ。何十年も前の物だからか、カナイとヨハイが今着ている望衣とは若干デザインが違う。


「え……でも、私が着ていいんですか? これって、薬師の身分証みたいなものなんですよね?」

「あんたは薬師見習いみたいなもんだろ。こうやってあたしやヨハイの手伝いをしてるんだから」


 カナイのその言葉に、奈美の胸がじぃんと熱くなる。嘘でも嬉しいものだ(カナイは無用な嘘はつかないが)。奈美はカナイに礼を言うと、隣の部屋に着替えに出て行った。


「……さてと、次はあんたに用件だ」


 カナイはゆっくりとキギの方を向くと、こう告げた。


「お客さんだよ。表の部屋に来な」





 カナイがキギの部屋に来る少し前、養生所に一人の来客があった。ちょうどライカが養生所に着いた時のことだった。人質と奈美の様子を見に来たのだ。


 ライカはその見知らぬ客が何者か、すぐに理解した。


「……おまえがハンゾウか」

「いかにも。『鼠』の頭であり『鼠』の明星であるハンゾウ様とは俺のことだぜェ」


 どこにでもいそうな顔つきのこの男。変装と体配の達人とはいったが、態度はいやに軽い。

 が、この男は本物だ。ライカの本能がそう告げていた。何しろ、眼光が鋭い。


 養生所の入口すぐの大部屋は待合室になっている。古ぼけた机と椅子がずらっと並べられているのが、昔、いかにこの養生所が繁盛していたかが窺える。昔は患者で溢れていたこの部屋に、今は男がたった二人、向かい合って睨み合っている。


「しっかし卑怯なやり口を使うもんだぜ、カンドル隊ってのはよ。俺の部下を人質にとるとはなァ」


 ハンゾウはキッとライカを睨んだ。ライカの手前、威風堂々と振舞っていたが、内心は焦っていた。


(こんなところで油を売っていられるか。ここで一人連れ戻したら、次はもう一人だ。そっちは行方さえ掴めていねェんだからな)


 あの日、双子の部下は、チガヤ将軍の屋敷に潜入するという知らせを寄越してきた。そのすぐ後、チガヤが将軍職を辞したという沙汰が都中を駆け巡った。都中の人間が驚いていたが、ハンゾウにとっては想定内の出来事だった。何しろ、自分が命じたのだ。双子は無事、将軍失脚の任務をこなしたというわけだ。


 だが、双子は戻ってこなかった。


 双子は、最後の知らせから消息を絶った。鼠の他の仲間と共に屋敷周辺を調べたところ、双子のうちの一人の行方は掴んだ。何故かは分からないが、景ノ国から来た商団関係者に引き渡されたらしかった。それがキギとスイのどちらかは分からないが、その手がかりを追わないわけにはいかない。そうして追ってきたのが、この養生所だったわけだ。


「人が会いたがっているのに、中々尻尾を掴ませないおまえが悪いんだろう」

「俺は会いたくなかったぜ。いいか、先に言っておくが、俺は貴様らカンドル隊とは手を組まないぜ? いくら王様がお望みだろうがな。人質にされている仲間だって、今から力づくで奪い返してやる」


 ライカが何も答えないのを狼狽えているからだと解釈したハンゾウは、得意げにペラペラと話し始めた。


「しかし、カンドル隊ってのは、先代の隊長が集めた烏合の衆だろ。そんな奴らが、『鼠』を逃がすことなく捕まえたのは褒めてやる。貴様らが捕まえた奴はうちで一番の新米だとはいえ、な」


 ハンゾウ率いる『鼠』は、山奥秘境の忍びの里で作られた組織である。そして、“血”を重視する。その里には、忍びの技術の漏洩を防ぐため、“血”を他所へ渡さない──つまり、同郷の者同士で夫婦になる掟があった。


 こうした背景があるゆえに、身分も出身もバラバラの寄せ集め集団であるカンドル隊は、ハンゾウにとって滑稽そのものだった。


「そういえば、俺ぁ昔、貴様の親父殿を見たことがあるぞ。おまえ、親父殿とは似ても似つかんのだな。ま、それもそうか。何しろ、血のつながりのない貰い子なんだからな。……いや、待てよ? 王殺しの父に、術持ちの息子か……。いや、すまん。これ以上にないくらいの似合いの親子だったな!」


 はっはっはと高笑いするハンゾウを、ライカは半ば呆れながら見ていた。

(それにしても、よく喋る忍だな……)


 だが、まだまだ黙る様子のないハンゾウである。


「そうそう! カンドル隊の隊長は男前だと巷の噂で聞いていたんだがな。今日初めて貴様と会ったわけだが……俺は全くそう思わん! やはり景一番の男前は王様だな!」


 ハンゾウの言葉がようやく終わったところで、ライカがフッと短く息を吐いた。


「……言いたいことは済んだか?」


 ライカが悔しがるどころか涼しい顔をしているので、ハンゾウはムキになって言い返した。


「そっ、そんな何一つ気にしていないような顔をしていたって俺には分かっているぞ! 手痛い指摘を受けて、腹の底は怒りと恥にまみれ、言い返したくとも言い返せぬのだろう!」

「……ま、おまえがそうしてほしいなら、そういうことにしておいてやる。おー、耳がイタイイタイ」

「くっ……何だ、この、すごく身に覚えのある感じの雑な扱いは……!」


 ハンゾウの方こそ悔しい顔をしていると、今度はライカが話し始めた。


「だが、おまえの話の中で間違っていることが一つあるな。おまえが俺と会ったのは今日が初めてではないだろ?」

「……なに?」

「先日、演で会ったばかりだろう。あの時、おまえは夫婦の商人に扮していたが」

「…………!」


 ハンゾウが目を見開いて、ライカを見た。


「……俺だと気付いていたのか」

「あの時は気付かなかったがな。だが、演で近頃起きている三つの出来事──つまり馬の襲撃事件に炭鉱事故、舞耀に出没する曲芸団、あとは、演王を支える智将の篭絡も狙っていたようだが、これらは全て『布石』なんじゃないかと気付いた。景王が演に倭国統一を打診するに向けて、のな。それならば、そんな裏方仕事をするのは景王直属の組織であるお前たち『鼠』だ」


 演は景に次ぐ大国だ。倭国統一を説く景に素直に頷くわけがない。ならば、演が頷かざるを得ない状況──演の国力を低下させる状況を作り出せばいい。景王タカイヌはそう考えたのだった。


 演は武力で近隣の弱小諸国を手に入れ、国土を拡大していった歴史がある。吸収された小国側もはじめは反発心を持っていたものの、強い国の中で守ってもらえる安心感から、その心も次第に忘れていった。


 が、それは演に国力がある限りの話だ。演が国力を失えば、従属国の心は揺らぐ。軍馬と武器生産の基になる鉱山に損失を与え、かつ国を護る名将を陥落させることで、軍事力を低下させる。ついでに演ノ国の商団の馬を襲うことで経済力も低下させる(タカイヌが演に商売に来ている他国の商団までも襲わせなかったのは、食糧不足で演の民を飢えさせない為である)。


 これらの事情が重なれば、民心に不安が芽生えるものだ。そしてその芽を、芸団の扇動で上手く育てるというわけだ。


「ほぅ……鋭いじゃねェか。だが、その商人が俺だと思った理由は?」

「……護衛は他にも大勢いる中、おのれだけ凄味のある目で睨まれたら、さすがに気付く。『鼠』の者で、今でも俺を嫌っているのは、ハンゾウ、お前しかいないと思ったんだよ」


 商団の中の見覚えのある顔ぶれがカンドル隊だと気付いたあの瞬間、湧き出た殺気は抑えたつもりだった。が、どうやら隠しきれていなかったようだ。


 ハンゾウは自分の未熟さを鼻で笑った。だが、己の中にカンドル隊への憎しみがまだ衰えずに残っていることは喜ぶべきことか。


「くっくっく……ご明察だ。いかにも、このハンゾウ、カンナビ・バイカとその息子への憎しみは、死んでも忘れられん!」

「ヤワジの腹心の臣下だったバイカが裏切り、弑逆したからか?」

「当然だ! 臣下が主君に仇をなすなど言語道断!」

「なら何故、俺まで憎む? 弑逆は親父が勝手にやったことで、俺は関係していないぜ」

「ぬかせ、謀反は一族郎党極刑だ! それに貴様らカンドル隊は、怪しい術を使う。それだけで重罪だ!」


 ハンゾウの頭に、実の父が『鼠』の前身である『猿』を率いていた頃のことがよみがえる。


『猿』の頭領だった父は、ハンゾウがタカイヌの忠臣であるように、前景王であるヤワジの忠臣だった。ヤワジ王は確かな腕と忠義で尽くす父を信頼していたし、重用していた。


 そんな関係にひびが入ったのは、ヤワジ王政晩年だ。ヤワジ王は、同じく仕えていたバイカ将軍ばかりを重用するようになったのだ。


  “情報”を蔑ろにし、“武力”で執政した。


 結果、あの名君だったヤワジ王が、暴君とまで囁かれる恥辱を受けたのだ。


「……あの頃、ヤワジ王がどのようなお考えでカンドル隊ばかりを用いるようになったかは、父にも俺にも分からん。だが大方、貴様らのその怪しい術でヤワジ王をたぶらかしたのだろう! いや、そうに決まっている! でなければ、あの聖君が、まるで人が変わったかのように暴虐を行うはずがない!」


 ハンゾウはわなわなと震えて言った。今でもヤワジの変貌ぶりが信じられないのだ。そんなハンゾウを見て、ライカは気付いた。


(そうか、こいつは知らないんだな……シスイの存在を)


 シスイがヤワジの心を操作したという事実は、カンドル隊をはじめ、タカイヌにその母クロハ、それに養生所の薬師姉弟くらいしか知らないことなので仕方ないことだった。だが、ライカはあえてハンゾウの話を否定することなく、そのまま彼の話を聞いていた。


「貴様らがヤワジ王を操り、好き勝手やっていたせいで、俺の父は生きる気力を失くし、やがて死んだ。『猿』はもはや存在価値がないと、死ぬ間際まで呟いてたぜ。だが、俺はそうは思わん! 鍛錬で極限まで磨かれた己の身躯しんくと変装の技を、誇りに思っている!!」


 そこまで言い切ったところで、奥の扉が開いて、一人の女が出てきた。


「……ハンゾウ様!」

「…………!! キギ!!」


 ハンゾウはキギの姿を見て、目を見開いた。


 キギは二人の男の方に駆け寄ると、床に膝をついた。自分が人質になってしまったせいで、心底嫌悪しているカンドル隊の前にその姿を出させることになってしまったのだ。キギの心は申し訳なさでいっぱいだった。


「申し訳ありません……私のせいで──」

「謝らんでいい。うちの末っ子を見捨てるわけなかろう」


 その言葉に、キギの瞳が潤む。『鼠』で一番未熟な自分たち双子なら「しっぽ切り」されてもおかしくない。それなのに、頭領自ら迎えに来てくれた。


「おまえが出てきてくれたんなら、こんな場所、長居は無用だ。ほら、行くぞ」

「えっ……でも、あの……」


 踵を返したハンゾウに、キギは戸惑う。


「何だ? 忘れ物でもあるのか?」

「いえ、私は人質の身なので、このまま出て行っていいのかと……。いいにしても、ライカ様……それにナミにお世話になったのでお礼を──」

「礼? そんなもん、要るか! 人質にされていた相手に──しかも、相手はカンドル隊だ! そんな奴らにくれてやる礼なんぞあるものか! …………おい、ちょっと待て。今何と言った? ライカ……“様”、だと?」


 一気にまくし立てていたハンゾウが、ぴたっと止まる。よほど気に障ったらしい。鋭い眼光でキギを睨む。


「まさかこの男にほだされたんじゃねぇよな? ん?」


 思いもよらない言葉にキギは一瞬キョトンとしたが、すぐに答えた。


「違います、ハンゾウ様。私とスイは、ライカ様とナミに助けられたのですから」

「……どういうことだ?」


 訝しそうな顔のハンゾウを見て、キギも眉をひそめた。


「……スイから聞いていないのですか?」

「スイは戻っておらん。おまえと共に消息をつかめなくなったんだ」

「え……? スイが戻っていない……⁉」


 ハンゾウがここに来たのは、捕らえられることなく将軍邸を出ることができたスイが報告しに行ったからだ。今の今までそう思っていたキギは、口をあんぐりと開けた。


「スイはチガヤ将軍に捕まっていないはず……それなのに、消息が分からないなんて……!」


 てっきり妹はすでに安全な仲間の所に居ると安心していただけに、キギの心に一気に不安が押し寄せる。


「あの~、ちょっといいですか~?」


 その時、玄関から一人の女がひょこっと顔を出した。ハンゾウの部下のセンリだ。キギ救出にあたり、彼女は養生所の外で待機していたのだ。


「センリ、合図をするまで出るなと──」

「あら、素敵な殿方。もしかして貴方様が、美男の名将と名高いライカ隊長ですか? お会いできて光栄ですわ」

「おい!」


 センリはハンゾウを無視して、その奥にいるライカに挨拶した。その後で、ようやくハンゾウに視線をやる。


「いえね、ハンゾウ様にお知らせしといた方がいいと思いまして」

「何をだ⁉」


 どいつもこいつも──特にこのセンリは、頭領を崇める気持ちが足りないのではないかと苛つきながらハンゾウが聞き返すと、センリがさらりと答えた。


「スイがそこに来ていますよ」

「…………は!?」


 ハンゾウが目を剥いて玄関の方を振り返ると、センリの後ろから一人の女がおずおずと現れた。


「スイ‼」


 久しぶりに会った双子の片割れのもとに、キギは思わず駆け寄った。


「無事で良かった……! あんたに何かあったのかと……!」

「ごめんね、キギ……」


 抱き合う双子に、ハンゾウが厳しい目つきで言った。


「説明しろ」


 双子は視線を交わすと、スイが説明を始めた。


「報告の後、キギが将軍を足止めしている間に、私が屋敷に乗り込み、将軍の秘密を得たのですが、将軍に間者だと気付かれてしまって……。捕まってしまった私を逃がしてくれたのが、ライカ様だったのです」

「……なに? そいつが?」

「申し訳ありません、ハンゾウ様。そのままハンゾウ様の元に戻るべきだったのですが……キギを助けに行ってしまいました。それなのに助け出すこともできず、しかも私の手落ちで裾に火をつけてしまい……、火を操る力で燃え盛る火を消してくださったのもライカ様でした」

「────‼」


 ハンゾウが大きく目を見開く。衝撃だった。まさか、自分の嫌いなこの男に、忌み嫌っている怪しい術に、部下を助けてもらう日が来るとは……。


 さらに、スイは話を続けた──。





(──あの人は……もしかして)


 ライカが燃え広がる火を消し止めたのを見て、スイは確信した。


(あの男は、ただの護衛なんかじゃない。カンドル隊の隊長だわ)


 将軍の屋敷を出たスイは、本来ならばハンゾウのもとに戻らねばならなかった。だが、囚われのキギの身柄がカンドル隊に移されると分かっていて、放ってはおけなかった。


 屋敷の屋根に潜み、折よく屋敷から出てきた隊長のもとにすかさず飛び降りると、開口一番こう訊ねた。


「姉をどうなさるつもりですか?」

「……別に危害を加えるつもりはない。取引に使うだけだ。こうでもしないと、お前たちの頭領は会ってくれそうにもないからな。探されていることは流石に気付いているだろうに、俺は相当嫌われているようだ」

「ハンゾウ様に……そうなのですか」

「ま、余計な心配はするな。『迎え』が来るまでは、うちの隊が世話になっている養生所で療養させるつもりだ。あいつがそうしたいと言い出したもんでな」


 そう言って、ライカは屋敷の中で、せわしなく働いている奈美を見遣った。キギとのひと悶着で怪我をしたチガヤの私兵を手当てしているのだ。


 どうせキギを引き取るなら治療を受けさせたい、と奈美は言った。奈美は奈美で、自分が団子屋やこの屋敷で余計なことをしなかったら、キギは怪我をしなかったのではないかと気にしていたのだ。


「養生所に見張りは付けないつもりだ」


 その言葉に、スイはライカの目を見た。


「お前の姉を助け出すことは容易な状況というわけだ。養生所には年寄りとナミしかいないからな。……さて、お前はどうする? 」


 確かに、見張りの隊員がいなければ、キギを養生所から連れ出すことはスイ一人でもできそうだ。取引材料であるキギを失えば、ハンゾウがライカに会う必要もなくなる。スイが取るべき行動は、決まっていた。


 だが、スイは首を横に振った。


「いえ、恩を仇で返すような真似はできません。でも、姉のそばを離れたくはありません。頭領が現れるまで養生所付近で待つことを、どうかお許しください」


「……好きにしろ」





「──それで、私はハンゾウ様のもとに戻らず、ハンゾウ様がいらっしゃるのを養生所の近くで待っていたのです。ハンゾウ様……この度は報告にも伺わず、勝手なことをしてしまって申し訳ありませんでした。どうかこのスイに罰をお与えください」

「スイ……」


 キギは床に膝をつくスイを複雑な気持ちで見つめた。『鼠』の掟を破った妹が許せなかった。でも、自分が逆の立場だったら、悩みに悩んで、結局は妹と同じ選択をするだろう。だから、スイを責め切ることはできなかった。


 キギもゆっくり膝をつくと、ハンゾウに向かって首を垂れた。


「スイの落ち度は私の落ち度でもあります。どうか私にも罰を」

「~~~~あぁ、くそッッ!」


 突然、ハンゾウが近くの椅子を蹴った。聞き分けの良かった双子の秘蔵っ子が、役目よりも仲間の命を優先したことが信じられなかった。本来なら頭領である自分に報告し、指示を仰ぐのが正解だ。だが、彼女たちは身勝手な判断で動いた。その上、あの憎きカンドル隊の男の手を借りるとは。


(掟を破ったこいつらに罰を与えなければ……いや、しかし──)


 この、心のもやもやは一体何だ。それが分からなくてむしゃくしゃしていたハンゾウに、ライカが言った。


「……ま、部下が命令に従わなければ俺も頭を抱えるだろうな。だが……おまえは恩義を忘れぬ、良い部下を持っているじゃないか」


(──それだ)


 その一言が、ハンゾウの中にすとんと腑に落ちる。そうなのだ。どんなに失礼な部下でも、言うことを聞かない部下でも、仲間は仲間だ。家族なのだ。


 この憎き男に教えられた形になったのが悔しくて、認めたくなくて、ハンゾウはどもりながらも言い返す。


「ととと当然だろう! 俺の自慢の部下だからな‼」

「……負け惜しみですね」


 後ろでセンリが、はあっとため息をつきながら呟いたので、ハンゾウが「おいそこ!」と突っ込む。


(……センリこいつに関しては、俺の勘違いだったかもしれん)


 ハンゾウは咳払いして誤魔化すと、じろりとライカを睨んだ。


(さて、どうするか)


 部下が掟に逆らってまで恩義を大事にしたというのに、頭領がそれを無視することはできない。


「こうなっては仕方ない……。そこまで言うなら、貴様と手を組んでやる。借りを作ったままでいるのは、性に合わんのでな。……だが、いいか! カンドル隊おまえらに少しでも怪しい動きがあればすぐ王様に報告するからな! くれぐれも王様と『鼠』の足を引っ張るなよ!」

「それは問題ない。おまえのとこと違って、うちは統率のとれた優秀な部下しかおらんのでな」


 ライカがしれっとそう言ったので、ハンゾウがカッとなったのは言うまでもない。


「きっ、貴様っ……!」

「まあ! なんて素晴らしいんでしょう! あの名高きカンドル隊の皆さまと力を合わせて、王様に仕えることができるなんて!」


 ハンゾウの声に被せるようにして、センリが黄色い声を上げて喜んだ。ハンゾウが今度はセンリをじろっと睨んで口を開きかけたが、センリが先手を打った。


「ね、キギとスイもそう思うでしょう?」

「は、はい」

「やっぱりそうよね~~!」


 ハンゾウの手前、センリほど素直に喜べない双子であったが、嬉しい気持ちは確かだった。カンドル隊が仲間になれば、確実に王の力になるからだ。


「ぐっ……ま、まあいい」


 ハンゾウはしばらく顔を引きつらせていたが、やがて落ち着きを取り戻すと、キギに向き直った。


「そういや、キギ。さっきのスイの話で気になってたんだが、おまえ、怪我してるんじゃないのか? 大丈夫なのか?」

「あ……はい。チガヤに背中を斬られたんですが、もう大丈夫です。すぐにナミが手当してくれたので血もあまり流れなかったようですし、養生所ここの薬師さまも丁寧に治療してくれたので大分良くなりました」

「……さっきも出てきた名だが、誰だ? そのナミってのは」

「ライカ様の付き人をされているそうですが、薬師見習いでもあるようです」

「……こいつの付き人ってことは、男か?」


 薬師見習いだかなんだか知らないが、可愛い部下の肌を男に見られたと知っては黙っていられない。ハンゾウはムッとして訊ねた。


「いえ、ナミは女人です」

「女ぁ? 男じゃなくて?」


 その時、スイが話に入ってきた。


「あの、ハンゾウ様。実は……ナミさんなのです。将軍を退任させたのは」

「何だと? お前たちが仕事したからじゃないのか?」

「ナミさんったらすごいんですよ、ハンゾウ様! あの冷血将軍を、言葉巧みに丸め込んだんです!! あの言い方というか考え方は、常人ではないですよ!!」


 スイは何やら興奮冷めやらぬ様子で力説しているし、何故だかライカは笑いを堪えている。ハンゾウには訳が分からない。


(しかし、あれを言葉巧みと言うか……?)


 ライカが必死にこらえていると、背後から人の気配がした。紅い髪を下ろした薬師の女が、独り言を言いながら待合室に入ってきた。


「あれ~~? どの部屋にもいないな……キギってば、あんな体でどこに行ったんだろ? まさか外……」


 奈美は、カナイが貸してくれた望衣に着替えた後、そのまま包帯の洗濯に行っていた。つまり来客があったとは知らなかったため、自分に向けられていた5人の視線に一瞬怯んだ。


「あ、あの、どちらさまで……? あっ、キギ!」


 ライカもいるのに気付いてホッとする。キギと全く一緒の顔──妹のスイもいる。そして見知らぬ男女の顔が一つずつ……。


(もしかして、キギの仲間の人たち? 良かった、迎えに来てくれたんだ)


 奈美がホクホクした顔で微笑んでいると、客の男が顔を真っ赤にして呟くのが聞こえた。


「……て、天女……」


 夫婦となる相手は同郷の者でなければならない。見ず知らずの相手など以ての外。


 常々そう考えていたハンゾウが、見ず知らずの、しかもこの世界の者ではない女に一目惚れした瞬間だった。


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