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並行世界(パラレルワールド)は君のいる世界  作者: 方丈 治
第二章

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演の冷血将軍

 それからは別段変わったことが起きることなく舞耀に着いた一行は、身分検めも無事に済み、安堵した気持ちで都を練り歩いていた。


「わあ~~わあ~~」


 案の定、というべきか。奈美は目を輝かせながら、舞耀の街並みを眺めていた。それを見た親方が御者台から話しかけてきた。


「演ノ国は初めてかい?」

「はい! 空渡に負けず劣らず賑やかなんですね!」

「おうよ、倭国で一二を争う国だからな! まあ無事舞耀に着いたことだし、俺たちが商売してる間はのんびり都見物でもしてくれ」

「そうします」


 舞耀での滞在期間は一週間ほどだったはずだ。帰路の護衛仕事まではカンドル隊の出番はほぼないはずで、つまり奈美の観光する時間はたっぷり一週間あるということだ。

 奈美が一人ほくそ笑んでいると、大通りの先に何かを見つけた親方がライカに声を掛けた。


「団子屋がありますね。宿に向かう前にあそこで休憩していきましょう。もちろん私のおごりでっせ!」

「やりぃ!」

「ぃよっ! 太っ腹!」


 隊員たちが口々に褒めたたえる。もちろん奈美もその一人だ。


(どうしよう、すっごく嬉しい! こっちの世界に来て初めての甘味処じゃない⁉)


 心の中で親方に手を合わせながら、馬車から団子屋を覗く。暖簾の奥には机と椅子が並んでいて、数組の客が座っているのが見える。店先にも長椅子が幾つか並んでいて、そこでも飲食できるようだ。

 団子屋まで来ると、馬車を停めた。全員で店に入ると迷惑になるので、店で飲食する組と馬車で飲食する組の二つに分かれることにした。


「おおい、大所帯だが入れるか?」


 親方が店の中に入ると、そう声を掛けた。仲間の商人たちもわいわいがやがやと後ろに続く。

 馬車組のために甘味を買ってきてやろうと、奈美もその後についていく。一人では手が足りないので、ライカやセト、テスも半ば無理やり連れてきた。


「おおい?」


 店の者の返事がないのを親方が訝しがった矢先、その光景はあった──店内の地べたに座り込む女人と、彼女の前にひざまずく店の女将。そして、その二人の向かいには背の高い男が一人立っている。


「なんだなんだ、どうかしたのか?」


 商人の一人が訊ねると、店の女将が心配そうに口を開いた。


「いや、お客さん同士ぶつかっちまったみたいでね」


 女将の視線から察するに、この女人とこの大きな男がぶつかったようだ。これほどの体格差があれば、女の方が倒れ込むのは当然だろう。


「こちらのお嬢さん、具合が悪いようでね。ほらひどい顔色だろ」


「だ、大丈夫です……立ちしなにめまいを起こしただけなので……すみません、ご心配おかけしました──」


 そう言いながら、女人は立とうとする──が、すぐにへたり込んでしまった。それを女将が慌てて支えるのを見ながら、セトが奈美にささやいた。


「あの娘、結構可愛いじゃねーかよ? な?」

「こんな時までおまえな……」


 奈美が呆れた様子でセトを睨んでいると、女将が女人に訊ねていた。


「あんた、家はどこだい」


 しかし、女人は答えない。答えたくないのだろうか。

 困り果てた女将に、店内にいた客の一人が一声上げた。


「おい、薬師呼んできたらどうだ?」

「呼んできたとしても、治療費はどうすんだよ」


 他の客が反論したが、その客は得意げに返した。


「その身なりからして、いいとこのお嬢さんだろ。そのくらい払えるって」


 客たちがああだこうだ議論する中、一人の初老の男が、女人にぶつかった男にそそくさと近づいて囁いた。


「旦那様。このままでは登城に差し障ります。ここはわたくしに任せていただき、旦那様は先にお出になってください」

「……いや、それには至らぬ」

「さようでございますか……」


 主人に断られ、しずしずと後ろに下がった家令を奈美が見ていると、セトが一言囁いてきた。


「おい、ナミ。診てやれよ」

「えっ、おれ? 薬師でも何でもないけど」

「でも、たまに俺たちの手当てしてくれるだろ」

「……あのな」


 少し怪我の手当てができるくらいで薬師が務まるなんて思われたら困る。が、体調の悪そうな人が目の前にいると、奈美は居ても立っても居られなくなってきた。ちらっとライカの顔を窺うと、ライカはひとつ頷いた。あっけなく許可は下りてしまった。

 できもしない薬師の真似事はしたくないが、今の状況では仕方ないだろう。


「まあ脈くらいなら……」


 奈美は人をかき分けて座り込む女人の前にひざまずくと、訊ねた。


「通りすがりの者ですみません。脈をとってもいいですか?」

「…………え? ……いえ、でも……」


 その女人は困った様子で奈美の顔を見てから、ぶつかった男の顔をちらっと見上げる。


(何をそんなにうろたえているのかしら……遠慮しなくていいのに。ま、本物の薬師じゃないけどね)


 そういえば、と奈美は目の前に立つ上背のある男を見上げた。男は切れ長の瞳が印象的で、端正な顔立ちをしていた。身なりからして、武人のように見える。付き人も傍にいるから、身分が高い人なのかもしれない。


(この人、ぶつかった相手が具合悪そうなのに声すらかけないなんて! ……でも悪いと思ってなかったら、ここにいるはずもないか。さっきもお付きの人の提案を断ってたし)


 その時、いまだまごついている女人に隣にいた女将が諭すように話しかけた。


「お嬢さん、診てもらいなよ。せっかく薬師が居合わせたんだから。運がよかったと思ってさ」

「いえ、おれは薬師じゃ……」

「安心しな、うちの薬師は金なんか取らないから安心していいぜ」


(おーーーーい⁉)


 セトの余計な一言が飛んできて、奈美が心の中で叫ぶ。


(……ま、いいわ。私の手に負えなさそうだったら、本物の薬師を呼んでくればいいんだから)


 奈美は気を取り直して、女人の右手を取った。手首に指を添えて、脈を探す。


(あった……ちょうどほくろの上あたりね)


「ん……脈は正常だと思う。あとは──ごめん、ちょっと目を見せてね」


 今度は女人の目に手をやると、下まぶたをひっくり返す。


「貧血じゃなさそうだけど……」


 しかしこの女人、見れば見るほど顔色が悪い。めまいと言っていたのでただの貧血かと思ったが、何かとんでもない病気が潜んでいるのでは……。うつむく女人を見ながら、奈美がそんなことを考えていると、背の高い男が初めて口を開いた。


「……そこの薬師。治療代はこれで足りるか? 足りぬなら、私は明日またここに来るのでその時にでも請求してくれ」


 奈美の手に銭のたっぷり入った袋を押し付けると、踵を返し、さっさと店を出て行ってしまった。その後ろを、付き人の男もささっと付いて行く。


「あ、ちょっ…………行っちゃった」


 奈美が呆気に取られていると、周りの客がひそひそと出て行った男の噂話をしていた。


「さっきのって……ナナギタ・チガヤ将軍だよなあ?」

「自分とこの屋敷はすぐそこなのになあ……屋敷に連れて行ってお抱え薬師に診せてやればいいのに」

「無理無理! チガヤ将軍は“冷血将軍”って通り名があるじゃねえか。ほら、今日だって真っ黒な衣着てよ。あれ、返り血が目立たないかららしいぜ。だから相手が若い娘だとしても、見知らぬ人間を助けるような奴じゃねえよ」


 奈美は先ほどの男の姿を思い出した。珂族ならもっと華やかな衣を着ているイメージがあったが、確かに彼は黒一色だった。


「兄貴……あれが演の将軍、らしいっすよ」


 客たちの噂話を聞いていたテスが、こそこそとライカに囁いた。ライカはそっけなく答える。


「そのようだな」

「初めて見たんすか?」

「ああ、少なくとも昔、空渡城にいた頃には見たことのない顔だ。が、噂は聞いている。ナナギタ・チガヤ……五年前に将軍の座に就いて以来、卓越した戦術で演王を支える沈着冷静な智将だとな」

「ほえ~……演ノ国版のダンチョウさんみたいなものっすか」


「あ、立ち上がっちゃダメですよ!」


 奈美の驚いた声が店内に響いて、ライカとテスはそちらの方を振り返る。見ると、奈美の制止を振り切って、女人がすっくと立ちあがったところだった。


「平気よ」


 ぶっきらぼうにそう言うと、彼女は懐から金を出し、近くの机に叩きつけるようにして置いた。先ほどまでの具合の悪そうな様子はひとつも感じられない。


「邪魔したね」


 そう言うと、その女人も颯爽と店を出て行ってしまった。


「…………おもいっきし性格変わったっすね」


 しおらしい女人が豹変したことに呆気にとられたのはテスだけはない。店内にいた皆、そうだ。


「何だったんだ……?」


 奈美は目をぱちくりとさせながら呟いたが、もちろん、誰も答えられる者はいなかった。



◇◇◇



 団子屋を出た彼女は、横一列に建物が並ぶ裏道に入ると、その辺で一番高い建物をするすると登っていった。屋根の上から舞耀の大通りぐるりと見渡し、険しい顔で舌打ちをする。


「ちっ……!」

「──キギ! 何かあったの⁉ 将軍は?」


 女人が振り返ると、異常を察して駆け付けてきた妹が目の前にいた。妹のスイは彼女と瓜二つだった。それもそのはず、彼女たちは双生児だった。


「見失った。いいところだったのに邪魔が入ったのよ」

「邪魔って?」

「わからない。でも商団のようだった。その中に抱えの薬師がいて、そいつのせいで計画が台無しになったのよ!」


 姉の方のキギは、袖でごしごしと顔を擦りながら言った。袖に薄青色の塗料がべったりと付くにつれ、キギの顔が健康的な色味の玉肌に戻る。


 双子は『鼠』の一員だった。此度の標的であるチガヤ将軍を篭絡ろうらくするため、彼の弱みを掴めという命を頭領から受けていた。

 チガヤは疑い深い性格で、人と積極的に関わるような人物ではなく、私邸も異常なほどに厳重に警護しているほどだ。そこで双子は、チガヤの私邸に「何か」があるのではと踏み、私邸潜入を目論んでいたのだ。


 だが、いくら『鼠』とはいえ、厳重な警護をかいくぐって潜入するのは難しい。そこで双子は考えた──色仕掛けで彼に取り入るのだ、と。数日間尾行した結果、チガヤは幾度となく道行く華やかな女人を遠目にじっと見ており、無関心のように見えて実は好色家なのではないかと考えたのだ。

 それに加え、チガヤは大の甘党で、登城前には必ず行きつけの団子屋に寄るという情報を掴んでいた。そこから双子は、彼の好みでありそうな華やか女人に変装し、彼の来る時間を見計らってその団子屋に赴いたのだ。


「ま、いくら好色家でも出会ったばかりの女人を介抱するために自分の私邸に連れ帰るなんて上手いこと、起きるとは思ってなかったけどね……。でも、もう少し彼と接触しておきたかったわ」


 キギは華やかな衣を脱ぎ捨てると、身軽な忍装束しのびしょうぞくに戻った。スイは捨てられた衣を丁寧にたたみながら、小言を言う。


「もう、キギってば! 袖で化粧を落とすことないじゃない……この衣、舞耀の都で一番人気の品で、手に入れるの苦労したんだから!」

「もう着ることはないんだから別にいいじゃない。相手はこの国一の名将よ? 同じ衣ばかり着てる女には目もくれないわよ」

「まあそうなんだけど」


 スイは短くため息を吐くと、遠慮がちに口を開く。


「……この作戦、うまくいくのかな? キギだって見たでしょ? 屋敷で女人の姿を」

「…………」


 尾行調査の折、高い建物の上から遠目に将軍邸を見張っていた時のことだ。二人は窓越しに確かに見た。屋敷の中に、きらびやかな姿をした女人がいるのを。だが、将軍は独り身のため、奥方ではない。将軍の家族という線もあるが、母親は夫と共に僻地で隠居しているし、年の離れた姉は隣国に嫁いでいて演には久しく戻っていない。


「確かに、将軍は妾の一人でも屋敷に囲っているのかもしれない。でも奴が女好きなのは間違いない。ならば、秋波を送ってお近づきになればいいだけの話よ」


 キギがそう言うと、スイが何か考え込みながら口を開いた。


「もしかしたら……あの厳重な警護も、妾を守るためなのかな?」

「正妻でもない女を守るためにあそこまで? あり得ないんじゃない」

「妾を守るためというより……その存在を隠したいとか? 妾がいることを知られたくないとか」

「余計にないわよ。珂族の男が妾ひとり持つことくらい、普通じゃない。知られて困ることなんか一つもないわよ」

「そっか……そうよね」


 そうとくれば、将軍には他に何か秘密を抱えているはずだ。妾を持っているやもしれぬ相手と親密な関係になるのは、一苦労かもしれない。……だが。


「ひとまず第一関門は突破したよね。……これから何度も『偶然』の出会いを重ね、縁のある女人だと将軍に思わせる。それでいいんだよね?」

「地道に。辛抱強く。だけど確実に標的に近付く。このやり方は私たち『鼠』の得意とすること。そうでしょ?」


 キギはスイの方に手を差し出すと、にこっと笑った。


「スイ、行こう! 次のために、いい衣とべにを用意をしなくちゃ!」

「うん! いいかんざしもね!」


 スイも姉の手を取り、ぱっと笑う。そして次の瞬間には、双子は屋根から消えていた。



◇◇◇



 カンドル隊を含む大所帯の商団を受け入れてもらえる宿なんてあるのかと、奈美は半ば心配していたが、それは杞憂に終わった。商団が毎年利用している宿にあらかじめ手配を頼んでくれていたようで、すんなり部屋に通してもらえたのだ。

 親方がカンドル隊のために用意してくれた部屋は大部屋と小部屋、それぞれ二つずつだった。隊長であるライカは小部屋を使うとして、もう一つの小部屋は誰が使うか……カミトキの一言によって、いま争奪戦が始まろうとしていた。


「私は今後の打ち合わせで隊長の部屋にいることが多いから、大部屋で構わない。小部屋はおまえたちで使え」

「い、いいんですか⁉」


 №2の副隊長が辞退したのならば、遠慮はいらない。隊員たちは色めき立った。大部屋に隊員皆が集まり、会議が始まった。


「部屋割りはどうやって決める?」

「一日ごとに部屋割り変えようぜ。そしたら、小部屋に当たる確率が高くなるし」

「ならまずは、小部屋希望者だけでくじ引きで──」

「小部屋に行きたくない奴なんているか?」

「そうだそうだ」

「いびきとくっせえ臭いに煩わされずに済むもんな」


 ワハハと隊員たちが笑う中、それまで黙りこくっていたセトが突然口を開いた。


「俺は大部屋でいい」


 その一言に、隊員たちが驚いた。こういう時、一番乗り気でくじ引きをやっていそうな男なのに。


「どうした、セト?」

「調子でも悪いのか?」


 隊員たちがセトの心配する中、次はイスビが口を開いた。


「俺もいい」

「イスビ、おまえまで……⁉」


 隊員たちが再び驚いていると、イスビが視線で何かを訴えていることに気付いた。部屋の片隅でせっせと荷物の整理をしている奈美の方をちらっと見て、また彼らの方に視線を戻した。

 その意味を察した隊員たちは、のんきに部屋割りなんかやっている場合ではないことに気付いた。次なる議題は「どうやって奈美に小部屋を使わせようか」だ。瞬時に視線でそれを通じ合った隊員たちは、わざとらしく声を上げた。


「あ~~、俺さあ、窟でもずっと大部屋だったろ? だからか、一人だと寝られない体質になっちまってよー。だから小部屋やめとくわ」

「あ、俺も」

「俺も俺も」


 隊員たちの発言がつい先ほどと真逆なのだが、奈美は整理に夢中でそんなことにはこれぽっちも気付いていない。


「小部屋使いたい奴、いねえのか? なら仕方ねえな。おい、ナミ。おまえ、小部屋使えよ」

「そうそう、遠慮はいらねえから」

「え、おれ?」


 そこで初めて、仲間が部屋割りの相談をしていることに気付いたようで、奈美はきょとんとした顔で言った。


「おれ、大部屋でいいよ」

「……は……⁉」

「なんでだよ……⁉」

「なんで、って……おれ、ここに来るまでずっと馬車に乗ってるだけだったし。おまえたちの方が疲れてるだろ? 仕事してないヤツが使ったら罰が当たるよ」

「いや、でもおまえ、一応付き人だし、窟でもいつも小部屋使ってんじゃねえか。大部屋は慣れてねえだろ?」

「どこでも寝られるのがおれの特技です」


 そう得意げに言われてしまったので、隊員たちは仕方なく、小部屋使用者をくじ引きで決めることとなった。

 ちなみに、奈美と一緒の大部屋になった隊員たちが寝不足になったのは言うまでもない。


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