商団の護衛任務
「親方さん、これで荷造りは終わり?」
奈美は木箱の蓋を閉めると、近くにいた恰幅の良い男に声を掛けた。彼は、今回の任務でカンドル隊が護衛する商団の頭だ。
今日が出発日なのだが、商団の荷がまとめきれていないとのことで、急遽、隊員総出で手伝っているのである。奈美は商人たちと一緒に木箱に商品を詰める作業を、力のある隊員たちはその木箱を荷馬車に積み込む作業をしていた。
「ああ。すまねえな」
親方の方も荷造りが終わったらしく、馬車の荷台に木箱を詰め込みながら言った。
(いえいえ! 景の外の国に連れてってくれるんだもん。このくらいお安い御用よ)
奈美は上機嫌である。この世界に来てから景ノ国を出たことがなかった奈美にとって、よその国に行けるのは願ってもないことだった。もちろん任務で行くので大きな声では言えないが。
それから、親方はパンパンと手を叩いて商人たちに合図した。
「ようし! おまえたち、配置につけ! 出発だ!」
「おおうっ」
総勢十五人の商人たちが一斉に声を上げると、それぞれ背負子を背負ったり、御者台に乗り込んだ。隊員たちは馬に乗り、商団を囲むように各自の持ち場についた。
一番前の馬車に乗った親方が、奈美に手招きしながら言った。
「嬢ちゃんはそっちの坊主とこっちに乗りな」
そっちの坊主とは、奈美のすぐ後ろにいたテスのことだ。テスは小躍りしながら、荷物でいっぱいの親方の馬車に乗り込んだ。
「へへっ、ツイてるっす!」
「……ありがとうございます。でも、何度も言ってますけど、おれ男ですから!」
そう言いながら、奈美も乗り込んだ。が、親方は全く聞いていない。会った瞬間「カンドル隊には女もいるのか」から始まり、今日で何回「嬢ちゃん」と呼ばれただろうか。
「まったくもう……美人は男装しても隠せないものなのねぇ。美しいのも罪だわ」
ふうとため息をついた奈美を、前に座っていたテスが白い目でじっと見る。
「…………」
「何よ、その目は」
「……ま、否定しておくのは大事っすからね」
「何の話?」
「……何でもないっす」
今度はテスの方がため息をつく番だった。
近頃、隊員たちの間で噂が流れていた──実はナミが女なのではないか、と。空気を読めないと定評のあるテスでさえ隊に流れる異様な雰囲気に気づいているというのに、当の本人はこの鈍感さである。
(このままずっと隠し通せるとは思えねえけど……ライカの兄貴、どうするつもりっすか?)
この前も隊員に奈美のことを訊かれ、何とかしらを切った。だが、いつまでもとぼけたフリをするのは限界がある。
その時、馬に乗ったライカが自分たちの馬車に近付いてきた。噂をすれば、である。
「おお、隊長どの! 今日からよろしく頼みまっせ!」
ライカが傍に来たのに気付いて、親方が明るく声を掛けた。
「しっかし、まさか天下のカンドル隊が、たかが商団の護衛を引き受けてくださるとはなあ。駄目元で依頼させてもらったんだけどよ。ありがてえことで」
「基本的に他の任務と被らなければ依頼相手の選り好みはしない」
ライカはそっけなくそう言ったが、礼を言わなければいけないのはむしろこちらかもしれない、と思った。商団の一味と名乗れるのはカンドル隊にとって都合がいいのだ。
(景の人間が対立国の演に入り込むのは骨が折れるが、商団の護衛に扮していれば、それも容易くなる。ま、偽の身上札ありきの話だがな)
隊の人数分の身上札は、カミトキが用意してくれていた。景の都に住む、いつもの贋造専業絵師に作ってもらったのだ。さすがにこの人数分を数日の納期で作れというのは絵師の怒りを買ったようで報酬は倍に上げられたようだが、商団に払ってもらうので問題ない。ちなみに、いつかの奈美の身上札もこの絵師によるものだ。
「隊員は前後左右に、商人と馬車を囲むように配置している。こちらも周囲に目を光らせてはいるが、何かあれば言ってくれ」
ライカがそう言うと、親方はワハハと笑った。
「いやいや! 天下のカンドル隊がついてくだされば、道中無敵ですわ!」
「ところで、いつも行商に出るときは数人の傭兵を雇ってるって言ってましたよね? うちに護衛を頼んだのはどうしてですか?」
後ろから奈美が訊ねると、親方は手綱を操りながら答えてくれた。
「毎年この時期になると演ノ国に商売しに行くんだが……商売仲間から、ちと物騒な話を聞いてなあ。ひと月前頃から、演のあっちこっちで何者かに商団が襲われてるんだと」
「『何者か』? 野盗じゃないの?」
「それがなあ……賊なら積み荷を奪っていくだろ? でも人や積み荷には一切手を出さないらしい。ただ、爆竹なんかで馬を驚かせて逃がすらしいんだよ。持ち馬全部」
「なにそれ。タチの悪いイタズラじゃん」
奈美が呆れた顔で呟いていると、親方が続けた。
「あとは、そうだなあ……演の鉱山で不審な事故が多いって聞くな。ま、俺たちゃ商人にとったら直接は関係ない話だけどな」
「ふうん……確かに物騒ですね」
「そんなんだから演に入るのがこわくなっちまってねえ……」
鉱山での事故はともかく、馬を狙った襲撃を恐れるのは当然だ。高い金を払って護衛を雇うのも肯ける。
そして、時折休憩を挟みながら馬車に揺られること数日。すでに景ノ国の領土を超え、途中いくつかの国を通り過ぎ、現在は演ノ国に入っていた。
今、商団が進んでいる大通りは石畳でよく整備されていた。おかげで馬車の揺れも少ないので、馬車に乗っている奈美は至って快適である。
「もう演に入ってるんですよね? 舞耀まであと何日かかるんですか?」
奈美はそう訊ねると、御者台に座る親方は少し考えてから答えた。
「そうだな……あと三日といったところか。この大通りの行き着く先が舞耀だ」
(つまり景の都から演の都まで合わせて約一週間か。新幹線や飛行機でひとっ飛び、ってわけにはいかないわねそりゃ)
しかし、馬車でのんびり旅というのも悪くない。元の世界にいた時も、こっちの世界に来てからも、せわしない毎日を送っていたから、こうやってぼうっとするのもいいものだ。
(……そうだ。考えたことなかったけど、こっちの世界の地形ってどうなってるんだろ? 本当にここがパラレルワールドなら、私がいた日本と同じ地形なわけよね。それなら、演ノ国は日本でどの辺なのかしら……えーと、西に向かうって言ってたから──)
その時、奈美はびくっと身を震わせた。いつものように護衛についていた隊員たちの雰囲気が一変し、ピリッと張り詰めたのだ。
「向かいから誰か来ます。男と女が一人ずつ」
「念のため警戒しろ」
先頭のカミトキが報告すると、奈美の近くを馬で歩くライカはそう指示をした。
奈美も馬車から身を乗り出して、恐る恐る前方を覗いた。副隊長の言う通り、確かに一組の男女がこちらに向かって歩いてくる。
(何てことない、ただの旅人のように見えるけど……。これまでだって幾人もの人とすれ違ってきたのに、どうして皆、こんなピリピリしてるんだろ?)
その二人組が商団の近くまで来た時、男の方が話しかけてきた。
「やあ、商人さんですか?」
「そうです」
「へえ、これはまた大きな商団ですね」
男は被っていた笠を少し上げると、感心したように商団の一行をぐるりと見渡した。ふくよかな外見からいかにも穏やかそうだ。
それに安心したのか、親方がハハハと笑いながら答える。
「ま、半分ほどは護衛ですがね。あんた方も商いを?」
「ええ、夫婦で。舞耀に長いこと滞在していたんですが、重い腰を上げてようやく田舎に帰るところです」
彼らの背負子を背負う姿は典型的な商人である。親方は同業者の気持ちが分かるようで、しきりに頷いている。
「気持ちはわかります。舞耀は華やかで何でもありますからね」
その言葉に、男は「おや」と反応した。
「では、あなた方は舞耀の商人でいらっしゃますか?」
「いえいえ、私どもは景出身です。いつもこの時期は舞耀に商売しに行くんですよ」
「そうでしたか……。倭国一の都、空渡にはいつか行ってみたいもんです」
「是非。舞耀もいいところですが、空渡はさすがですよ」
「それでは、商運よき旅になりますよう」
「あんた方も道中お気をつけて」
商人夫婦はぺこりと頭を下げると、奈美たちの商団から徐々に遠ざかっていく。しばらくして、奈美は気付いた──馬に乗ったイスビが何やら背後を気にしている。どうやら先ほどの夫婦のことを見ていたらしい。
「どうしたんだ?」
不思議に思って奈美が訊ねると、イスビは頭を掻きながら口を開いた。
「いや……火薬を持ってやがったから、例の賊なんかと思っただけだよ。ま、ホントにただの商人だったみたいだけどな」
「火薬? え、何でわかったんだ?」
「わかるだろ、あんな鼻につく臭いしてりゃ。ありゃ、あの背負子いっぱいに詰め込んでんな。ま、花火職人かなんかだろ」
奈美はクンクンと鼻を動かしたものの、まったくそんな臭いはしない。
「さすがイスビ! 獣使いは鼻も利くんだな」
「別に俺が特別鼻が利くわけじゃねえ。火薬の臭いなら他の隊員も気付いてるはずだぜ」
「え、みんなも?」
(だからみんな、ピリピリしてたんだ。火薬を持った人が近づいてきたから)
奈美は感心しながら後ろを振り返ると、目をぱちくりとさせた。つい先ほどまで向こうにあった商人夫婦の背中が、いつの間にか、ない。
「おかしいな……?」
奈美が首をひねっていると、イスビが遠慮がちに話しかけてきた。
「それよりも、大丈夫なのかよおまえ」
「え? 何が?」
「いや、ほら、あれだよ。クタラ村の時みたいに野盗に拐かされるんじゃねえかって」
奈美がきょとんとした顔で訊ねると、イスビは慌てた様子で言い繕った。女なのに危険の伴う任務に付き添って大丈夫なのかとは、よもや言えるわけもなく。
「あー、その節はご心配おかけしました。でも大丈夫だって! もうそんな簡単に捕まらないから」
カラカラと呑気に笑っている奈美だが、イスビはもちろん納得できるわけがない。
──あの時のようなヘマは二度としない。目の前で仲間が連れ去られるなんてヘマは。
イスビだけでなく、他の隊員たちも皆、同じ気持ちである。




