暗躍
暗く、小さな部屋に、小さな蝋燭の灯と二人の影。一人は文机の前に座り、もう一人は首を垂れていた。
男が首を垂れる理由はただ一つ。目の前の主に、不名誉な報告をしなければならなかったからだ。
「……頭の男がカンドル隊に捕らえられた模様です。今、取り調べを受けているそうですが、奴が口を割るのも時間の問題でしょう」
「……そうか」
冷たく放たれた主の一言に、彼の背筋に悪寒が走った。無我夢中に頭を床に擦り付けて、必死に訴えた。
「っ、申し訳ございません! ……ですが、私が身代わりとなりますので、どうか、どうかご心配なさらないでください! あなた様には決して火の粉が降りかからぬように致す所存────!」
「頼りにしておるぞ」
主の手が、主の声が、自分の背中に優しく触れた。それだけで、男は恍惚となった。
「勿体ないお言葉……!」
主に会える最後であろう日に相応しい褒美だ。これだけで今までの献身が報われた思いだった。
「最後にもう一つ、報告がございます。昨日、景城で気になることがございまして……」
「申せ」
「はい。カンナビ・ライカ様の付き人についてです。ライカ様が登城された際、何故か女人を連れておりました」
「……女人?」
「平民のような恰好をしておりました。これまでは男の付き人をお連れになっていましたが、何故か昨日は女人を。しかし、姿は変われど、顔は同じでしたので同一人物のようです」
「見張れ」
「はっ。すでに手は打っております。別の者に任せておりますので、これからは私の代わりにその者が報告に参ります」
男は報告を終えると、満足げに都の自宅に戻った。夜も遅いのに、数人の客人が待っていた。カンドル隊の者だった。
◇◇◇
捕庁の敷地内は、真夜中だというのに賑わっていた。何故なら、近頃都を騒がしていた珂族の娘を狙った襲撃団の頭が捕らえられたからである。
先ほどまで拷問を受けていた襲撃団の頭は今、牢屋の中で死んだように眠っていた。
それを見張りながら、カンドル隊の隊員たちはぼそぼそと話をしていた。
「あーー、くそ。あいつら、まだかよ」
「ま、落ち着けよ。顔はもう割れてんだ。そのうち見つけて戻ってくるさ」
襲撃団の頭は一連の襲撃を指示した黒幕の正体について、なかなか口を割らなかった。だが長時間の拷問にとうとう耐えかね、それを明かしたのだ。
「しっかし、まさか黒幕の正体が景城勤めの官吏だとはなあ。親玉は安全な城の中からそれを見下ろしてたって、必死に都中走り回ってた俺らが馬鹿みてえじゃねえか」
「でもその官吏、珂族なんだろ? なんだって珂族が珂族を襲うんだよ」
その時、捕庁の門の方が騒がしくなった。と同時に、捕庁で務める一人の武官が飛び込んできた。
「申し上げます! 今しがた、カンドル隊の方々が首謀者を連れて戻ってこられましたっ!」
どうやらお迎えに上がった隊員たちが、当人を連れて戻ってきたようだ。その武官の話によると、黒幕である官吏は暴れることもなく、大人しく縄につながれて歩いているそうだ。
それを聞いて、隊員はにやりと笑って言った。
「ま、その理由は、今から隊長たちが聞いてくれるさ」
捕庁の取調室に入れられた官吏は、カンドル隊の副隊長カミトキによって尋問を受けていた。その様子を、隊長のライカと参謀のダンチョウが部屋の隅から見守る。
「……それでは認めるのだな?」
「はい。すべては、私が指示したことです」
この男の言うことには、彼の一族が抱える私兵から使えそうな者を集めて襲撃団を結成したらしい。武器も都の外から持ち込んだわけではなく、一族が所有していた物を使用していたという。道理で、都に入る際の検閲を強化しても何の手応えもなかったわけだ。
「しかし、理由は何だ。貴殿は下位珂族とはいえ、珂族は珂族。何故、珂族の令嬢ばかりを狙った?」
「それは……」
カミトキが問うた瞬間、官吏の顔がこわばり、ひくひくと痙攣が起こった。
「あいつらが私を馬鹿にするからです。あんな奴らは、この世から消えてなくなればいい」
その様子を見たライカが、ダンチョウの方を見た。ダンチョウは頷き、ライカの耳元でささやいた。
「武官による聞き込みによるとこの男、過去に何度か縁談を持ちかけられたものの、話が流れたようです。すべて相手方のご令嬢から断られて」
なるほど。縁談が上手くいかず、女性不信に陥った男が、復讐に至ったというわけだ。婚期真っ只中の令嬢を狙った犯行というのにも当てはまる。
(選りすぐりの者を集めたにしても、ただの私兵にしては強すぎた気もするが……)
動機にも、方法にも、この男の供述に不審な点は見つからない。わずかに気になる点はあるにはあるが、この状況下で認めない方がおかしい。
(一連の襲撃事件はこれで解決……か)
ライカはカミトキにひとつ頷くと、ダンチョウと共に部屋を出て行った。その際、官吏の視線がなぜかライカの顔に鋭く刺さったが、ライカは特に気にしなかった。捕らえられた者が捕らえた者に対する行動としては、よくあることだからだ。
「これで、ひとまずは一件落着ですな」
「……ああ」
庁舎の廊下を歩きながら、ライカは頷いた。
逃げた襲撃団の頭は、“瞬足”が使えるテスに尾行させていた。その結果、頭が事件後すぐ、とある人物に会いに行く場面を突き止めることができたのだ。
相手の素性を調べたところ、景城で勤める一官吏だということが分かったので、その邸宅に隊員を向かわせた。その官吏が帰ってきたところを捕らえたのだが、自分のやったことではないと否定することも、逃げようとすることも一切なく、いやに大人しかったらしい。
(じきに自分が捕まることを想定していたのか、カンドル相手に逃げられないと観念したのか……)
少し気にはなるが、これ以上考えてもキリがない。ライカは別の話題に移った。
「ところで、ナミが今、一人で買い出しに来ているというのは本当か?」
「はい。事件が急展開を迎えたせいで隊員の数も余裕がなくてですな……ナミどのに付き合える者がいなかったのです」
「くそ、一人で夜の都に来ているのか、あいつは」
男の姿をしていても中身は女人だ。物騒な都で何か厄介事に巻き込まれたら一体どうするつもりなのだ。
「いつもの卸問屋だな?」
「……まさか、ライカどの。今から行くのですか? 城から招集が──」
ライカは舌打ちをした。この大事な時に王への報告をすっぽかす訳にはいかない。
「なら、テスだ。叩き起こして“瞬足”で向かわせろ」
「御意」
テスはこの数日、ろくに寝ずに走りまわっていたので、今は捕庁の休憩室で爆睡していた。ようやく休むことができた彼に新たな仕事を告げなければならないのは不憫だったが、ダンチョウは嬉しさに思わず微笑んだ。
(ナミどのを大事にする素振りをすっかり隠さなくなりましたな)
「お、今日は一人かい。珍しいな」
カンドル隊御用達の卸問屋の前で、荷馬車に荷物を載せながら、店の主人が言った。料理番として頻繁に買い出しに来るようになり、奈美はこの男とすっかり顔なじみになっていた。奈美も食料の入った箱を運びながら、答える。
「はい。みんな忙しいみたいで」
「あー、例の珂族襲撃のアレ。都が落ち着かない様子を見るに、何か動きがあったな」
夜でも賑わう都の大通りを見ても、奈美にはいつもと同じにしか見えない。都暮らしが長い主人はさすがである。
本当はいつものように、隊員の誰かと一緒に買い出しに来る予定だった。だが、窟で待機中の隊員たちは都からの呼び出しで出払ってしまった。
(一人で出かけたなんて知れたらライカに怒られそうだけど……襲撃事件の犯人は捕まったみたいだし、都も夜なのにこんなに人通りが多いし、大丈夫よね。みんなが窟に帰ってきたらごちそう作ってあげたいもの)
奈美は店の主人に礼を言うと、荷馬車の運転席に座り、手綱を握った。乗馬はまだできないが、荷馬車を操るのは何とかできるようになってきた。買い出しの度に隊員たちから教えてもらったおかげだ。
問題なく大通りを通り過ぎ、門に差し掛かった。門兵が奈美の姿を見つけて、声を掛けてきた。
「おお、お疲れさん。今日はいつにも増して大量だな」
門兵がそう言うと、荷台の荷物を眺めた。奈美はニヤリと笑って返した。
「大食いぞろいの宴会にはこのくらいの食料が必要だろ?」
「はっはっは、そりゃ確かに!」
門兵にもすっかり顔を覚えられたので、最近は門での身分検めが緩くなった気がする。カンドル隊というネームバリューも効いているのかもしれないが。
都を出た奈美は、少し気を引き締めた。都から離れるつれ人気がなくなるため、周囲の様子に十分注意しなければいけない──こんな小さな荷馬車を襲う輩はいないだろうが。
(それに、窟の場所もバレちゃいけないもんね)
奈美は窟のある山に入る時も、入ってからも時折周囲を窺い、誰もいないことを確認して進んだ。
夜の山は暗く、静かで怖い。が、窟には見張りの隊員が数人待っているので、奈美は頑張った。
窟の窪地までたどり着き、奈美はようやく肩の力を抜いた。ここまで来れば、後は窟の入口に続く坂道を下るだけ。もう安心だ。
「うわっ⁉」
その時、荷馬車がガクンと揺れて、止まった。奈美は運転席から下を覗くと、荷台の車輪が大きな石にはまっているのが見えた。
「あちゃ~、こりゃ私一人じゃ無理だわ。……そっか、みんなを呼んでくればいいのよね。ついでに荷物を降ろすの手伝ってもらおっと」
奈美は荷馬車を降りると、鼻歌交じりに坂道を下っていった。
そうして奈美が窟の方に行ってしまうと、荷馬車の周りは馬の鳴き声以外に音がなくなった。その時、荷馬車の荷物がごそごそと動き出し、一人の黒装束の男が姿を現した。
都で奈美の行動を見張っていた男は、卸問屋で荷物を載せられた荷馬車を見て名案を思い付いた。荷物に紛れれば、このままカンドル隊の住処に連れて行ってくれるだろう、と。
カンドル隊の住処がわかれば、あの者の監視もしやすい。そうすれば、あの方に褒めてもらえるというものだ。
黒装束の男はニヤリと笑う。が、何かの気配に気づいたらしい。サッと荷馬車から降りると、近くの藪の中に飛び込んだ。
その直後、その場に突然、テスが現れた。“瞬足”を使って都から飛んできたらしい。焦り顔のテスだったが、道に残された荷馬車を見つけるとホッとした表情を浮かべた。
「都にも道中にもいないと思ったら、やっぱりもう窟まで戻ってたンすね! ──あっ、姉貴は無事っすか⁉ ナミのあーねきーー」
窟の入口に向かって駆けていく少年の後ろ姿を見送ると、黒装束はすっと闇に溶け込んでいった……。




