幕間小話:チカノの邁進
イルグカの計らいにより、景城でオウキと奈美が会っている間の【ライカ・チカノ】サイドのお話です。
城の重臣を怖がらせるライカも、ズバズバと速球を投げ込んでくるおばさま世代には弱いみたいです。
ライカが待合室に入ると、いつもの小さな背中が目に入る。椅子にじっと座って、窓の外を眺めている。
(やけに大人しく待っているな。王城の物珍しさにあちこちウロウロしていると思ったんだが)
それにしても、イルグカの娘には会ってきたのだろうか。謁見を終えてからイルグカと少し話をしてきたから少しくらい時間はあったと思うが。
「戻った」
ライカはその華奢な背中に声を掛けた。男物の衣を着ているが、その実は女人。
初めのうちは、彼女の男装を見るたび、安堵していた。いかにも女人という姿の彼女を前にして、これ以上、心を惑わせる心配がなかったからだ。
だが、今は少し違う。美しく着飾った麗しい女人の姿も見てみたい──と思わないこともない。
「ナ──」
名前を呼ぼうとして、ライカは途中で言葉を切った。ぱっと見た時は気付かなかったが、この背中は彼女のものではない。
「……誰だ?」
「後ろ姿でよく気づかれましたね。さすが、国一番の名将であられますわ」
奈美の小間使い衣装を着たチカノが立ち上がると、恭しく礼を尽くした。
「申し遅れました。私、オウキ様の小間使いでチカノと申します。ご覧のように衣を交換して、ナミさんになりきっていたところです」
(あいつは今、令嬢の所か……)
ふっと息をつくと、ライカはチカノが座っていた所から一番離れた椅子に座った。チカノは程よい距離に立ちながら、申し訳なさそうに言った。
「お疲れのところ、お待たせしてしまい申し訳ございません。お忙しい御身でいらっしゃいますのに……」
「問題ありません。ナミもそちらのご令嬢にお会いしたがっていたから丁度良い機会でした。貴女こそ慣れぬことをしてお疲れでしょう。どうそお座りください」
そう言ってライカが促したので、チカノは恐縮しながら元いた席に着いた。それから、チカノは顔に微笑を浮かべつつ、心の中で首を傾げた。
(んん? ナミさんが言っていた人物像とは違うな……?)
彼女はカンドル隊の隊長のことを不愛想で横柄だと言っていたが、現時点でその要素は一つも見当たらない。礼儀正しく、気遣いもできる(そして色男という)好印象の人物だ(主人のイルグカは隊長のことを「こわい」とも言っていたが、それについてもよく分からない)。
ライカとナミの関係のことは、イルグカとオウキから詳しく聞いている。主人たちはこの二人のことがお気に入りで、よく話題にのぼるからだ。
その中で、チカノは知った──どうやら、10年前のあれから浮いた話ひとつないカンドル隊隊長に、とうとう好いた女人ができたということを。ナミという女人の方もまんざらでもなさそうな様子であることも。
主人たちは、二人とも早く素直になりくっつけばよいのに、とこぼしているが、チカノも全く同意見である。隊長には、悲恋に終わったのみならず、心を閉ざすきっかけになってしまったあれから早く立ち直ってほしいというのが、チカノの──いや隊長を慕う景ノ国皆の思いである。
そして、チカノはお相手の女人と会って、その思いがなおさら深まった。目を見張るほどの美しさ以上に、なかなか面白味のありそうな性格がとても気に入った。きっと隊長の凍った心をも溶かしてくれるくれるに違いない。
「不躾に申し訳ありませんが……ナミさんは、カンドル隊では男として通しているそうですね。このような下男のような姿をしているとか。それは何故かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……男だらけの隊に女人が混じれば士気が落ちるのは明白ですからね。そのためです」
「確かにその通りですわ。ですが、隊の皆様のお世話をするのに何も女人を選ばなくともよいのでは? わざわざ男の姿にさせてまで、隊に置く理由がおありなのですか?」
(なんだ、この女は……)
ぐいぐいと訊ねてくるチカノに、ライカはたじろいだ。この女人、何故だか目を爛々とさせている。
女人──特に、チカノくらいの年代の女人は、噂というものが大好物だ。テムルの鎖やシスイ云々を、まさか話すわけにもいかない。が、下手に嘘を吐いて、巷で変な噂が立っても厄介だ。
悩んだ末に、ライカは当たり障りのないことを言って済ますことにした。
「あの者ではなくてはならぬのです」
「…………!」
ライカの言葉に、チカノは目を見張った。
「そう、ですか……」
呆然と呟いたかと思いきや、思わず顔が緩みそうになるのを堪えている。ライカにはその反応の意味が分かり兼ねたが、それ以上、チカノが突っ込んだことを訊いてこなくなったので、ホッとした。
(……ま、嘘じゃないしな。あの人数の大食漢を満足させる食事を一人で用意し、無骨でむさくるしい男たちを巧みにあしらえるのはナミだけだ)
そんなことをライカが思っている横で、チカノは興奮から叫び出したい衝動をどうにか抑えていた。
(ライカ様……! 恋い慕っておられるのね……!)
やはり、主人たちの話は本当だったのだ。ライカの奈美への気持ちを確信したチカノは、嬉しさからついほろりとしそうになったが、何とか堪えた。
代わりに、彼らの恋の手助け役を買って出ようと心に誓ったのだった。
その会話以降、何やらチカノがニヤニヤと見てくるので、ライカの居心地が悪かったのは言うまでもない。




