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並行世界(パラレルワールド)は君のいる世界  作者: 方丈 治
第二章

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オウキの過去


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


 門の前で使用人たちの見送りを受けると、オウキを乗せた馬車が出発する。

 お供の者はマナホと奈美、そして御者のたったの三人。マナホは一人で馬に乗り、馬車の側を守っている。襲撃などなければ多くの使用人を伴っていたところだが、得体の知れぬ相手に狙われているとあっては目立つ行動は控えなければいけない。もちろん、今もどこかからカンドル隊に陰から護衛されてはいるわけだが。


 奈美はオウキの向かい側に座り、任務中だということも忘れ、車窓から外の景色を楽しんでいた。


「わぁ~~~~。元の世界むこうでも馬車はあったけど、乗ったことってなかったのよねー」

「向こうというのは、ナミの故郷か? 異国から来たと言っていたな。どこの出身だ?」

「と……遠いところです。こんな馬車じゃ行けないくらい離れた場所にありまして」


 オウキの質問にギクッとしながらも、奈美は何とか答えた。幸いオウキはそれ以上追求してこず、少しだけ寂しそうな顔をした。


「そうか……それは羨ましい限りだ」

「え? オウキさまくらいのお人だったら、どこでも行きたい所に行けるんじゃないんですか? 今回の温泉でのご静養だって、毎年恒例なんですよね?」


 奈美がキョトンとした顔で訊ねると、オウキはフンと鼻を鳴らした。


「年に二度の静養で私がけるのは、いくつかある保養地のうちのどれかと決まっておる。普段も屋敷の外に出るのを許されるのは、社事教練所しゃじきょうれんじょに通う時のみ。それは何も私だけではないのだがな。珂族の娘は皆そうだ。私たちは所詮、一歩さえ自由に外を歩けぬ籠の中の鳥というわけだ。……珂族の傲慢だと思うか?」


 ニヤリと笑ったオウキに訊ねられ、奈美は考えてみた。もし自分の意志に反して行動を制限されるとしたら──。


 奈美はオウキの目をまっすぐ見て、答えた。


「思いません。私なら退屈で死んじゃいます」

「……そなた、ハッキリ物を申すな」

「す、すみません……!」


 聞かれたので何も考えずに答えてしまったが、相手が珂族なのを思い出して奈美は焦った。護衛役とはいえ、下手なことを言えば首が飛ぶ。それができるのが珂族なのだ。


 だが、オウキは腹を立てるどころか、笑い出した。


「よい。退屈で死ぬ……まさにその通りだからな」


 奈美はホッとすると、「そういえば、」と切り出した。


「社事教練所って何でしたっけ? マナホさんが教えてくれた気もするんですが、何分この数日で覚えることがいっぱいで……」

「まったく……そんなことも知らずに、よく小間使いとして潜り込もうとしたな」


 オウキはため息をつきながらも教えてくれた。


「主に珂族の娘が嫁入り前に教養や礼法、社交術などを学ぶ学府のことだ。嫁ぎ先は皆、珂族か王族と決まっておるからな。嫁いだ後で娘が恥をかかぬためにという名目のもと、一族の名に傷をつけぬため、親御は年ごろになった娘を教練所に送るのだ。私も例外ではない。……だが、よい。さきの社事教練所に向かう途中で輩に襲われて以来、教練所にも行かなくてよいことになったのだ。教練所通いは外に出る貴重な機会だったが、あの窮屈でつまらない場に行かなくてよいのは喜ばしいことこの上ない。男に嫁ぐ気など更々ない私にとっては、まったくもっていい迷惑だったからな。清々したわ」


 フンと笑うオウキに、奈美は恐る恐る訊ねる。


「ええと……オウキさまは、その、男性がお嫌いなんですよね? 何か理由があるんですか?」

「理由?」


 オウキにまっすぐ視線を向けられ、奈美の背筋がビシッと伸びた。


「決まっておろう。男など野蛮な生き物だからだ。口先で人を言いくるめ、それが叶わぬと知れば、力で屈服させようとする。父上と兄上はそういった類ではないと知っておるが、それ以外の男は皆そうだ! そなたもそう思うだろう?」


 オウキの剣幕に押され、奈美はたじろぐ。


「そ、そうですか?」

「そうだ! カンドル隊に身を置くそなたなら嫌ほどわかるであろう?」


(カンドル隊のみんな……?)


 カンドル隊の仲間たちの顔が頭に浮かぶと、あれよあれよという間に口から言葉がこぼれ出てくる。


「確かに野蛮人ですね。自分がどんなに臭うか気にならないみたいだし、食事のときのがっつき方とか獣そのものだし、今日の娼妓はどんなだったとか大声で話すし、でも、」


 最後にライカの顔が浮かんだところで、奈美は微笑んだ。


「なかなかカッコイイところもあるもんですよ、私の知ってる男たちは」


 オウキは言葉を飲み込んだ──奈美の言葉は、決して取り繕ったものではない。


「……そなたが眩しい」


 オウキのつぶやきを聞いた奈美がエッと声を上げると、オウキはフフと微笑んだ。


「何でもない。今日はそんなことばかり言っているな。そなたと話していると、私の目の前に光の道筋が開けるような気がしてくる」

「はあ……」


 オウキの言葉の意味を解りかねて、奈美はそうつぶやく。


「誰かを信じきれるというのは素晴らしいことだ。そなたにとってはカンドル隊の者がそうなのだな」

 オウキは車窓に目を向けると、突然口を開いた。何故かその様子が物憂げだったので、奈美は遠慮がちに励ました。


「オウキさまだって、いるじゃないですか。ご両親にお兄さん、それにマナホさんだって」

「……私は時折、これまで信じていた者が実は裏切り者なのではないかと疑うおのれが嫌になる」

「オウキさま……?」


 オウキの瞼に陰が落ちるの見て、奈美は心配そうに首を傾げた。



◇◇◇



 ──男という生き物が恐ろしく、そして醜いものだと知ったのは、齢もまだ10になったばかりのことだった。


「……本日のお嬢様のご様子は?」


 部屋の外で、父の家令が小間使いに訊ねるのが聞こえる。小間使いはこちらに気を遣って小声で答えたので、何と言ったのかは分からない。が、想像はつく──「お変わりありません」だ。


「ふむ……そうか」


 老いた家令も予想していたようで、それだけつぶやくと、扉を軽くたたいた。


「オウキお嬢様。少しお話しさせていただいてもよろしいでしょうか」

「…………」


 無言を了承の合図だと受け取った家令が、しずしずと扉を開けて入ってきた。部屋の片隅でうずくまる私の前でひざまずくと、控えめに口を開いた。


「お加減はいかかでしょうか。もうお部屋に籠られて10日になります。お食事もほとんどお召し上がりになっておられないので、旦那様も奥様もひどくご心配──」

「加減はどうかと?」


 家令の言葉に耐えかねて、私は声を張り上げた。


「見知った男にかどわかされ、刃物を突き付けられ、挙句の果てに純潔を奪われそうになって、すぐさま立ち直ることができると! そなた、そう申すのか?」


 おのれの言葉で、あの日の恐ろしさがまぶたにまざまざと浮かぶ。


 父親と面識のある男だった。心を許すまでとはいかないが、父が自らの屋敷に招くくらいだから信用できると思った。だから学問を教えて差し上げましょうという言葉にまんまと騙されてしまったのだ。

 部屋のひとつに無理やり連れ込まれ、声を出すなと口を塞がれた。そして、男は言った──自分や一族を要職に就かせるよう、父イルグカに取り入れと。


 私が首を横に振ると、男はもう後がないと思ったらしい。懐から短刀を取り出すと私の喉元に当て、襟元を、次に紗覧の裾を引っ張り、はだけさせた。

 男がおのれの帯を解くのに手間取ってイライラとしている様を見上げながら、悟った。つまり、この男は既成事実を作り、私との婚姻を否が応でもイルグカに認めさせる魂胆なのだと。


 使用人たちは今頃、必死になって私を探しているはずだ。だがこの広い屋敷、純潔が奪われる前に見つけてもらうことは難しいだろう。


 助けが期待できないなら自力で何とかするしかない。短刀を首に当てられてはいるが、手足を縛られているわけではない。さあ、刀を持つ男の手に噛みつき、怯んだ隙に逃げよう。力の限り叫ぶのだ。


「…………っ」


 だが、震えて動けなかった。喉も締め付けられたように声が出なかった。

 諦めかけたその瞬間、後ろの扉が勢いよく吹き飛んだ。


「っ、な……!?」


 何故か部屋の中を転がる蹴鞠けまりを、呆然と見つめている男の手に、無我夢中で噛みつく。


「ぐっ……あ……!」


 男が怯んだ拍子に、短刀を落とす。その隙に私は起き上がり、駆け出した。


「誰か……! 誰かおらぬか……!!」


 部屋を出て、人の姿を探した。幸運なことに、私を探しに来た使用人たちが向こうからやってくる。それを見た途端、足に力が入らなくなり、その場に倒れ込んだ。


 ──そこから先のことは、あまり覚えていない。


 私の乱れた姿と、扉の破れた部屋の中の様子を見て、使用人たちは何があったのかを察したらしい。怒りと恐怖に打ち震えた使用人たちの声がした。そして、取り押さえられた男の声。私の身を案ずる言葉と共に、どこかへ運ばれる振動。薄れゆく意識の中で、それらを感じながら、私の意識はそこで途切れた。



 この一件から、私の中でひとつの異変が起こった。ただ父と兄だけを除いて、男という存在がひどく恐ろしくなったのだ。


 顔を合わすのも、声を聞くのも堪えられない。触れられるなど、言語道断だ。男がそばにいるだけで、私の体は縛られたように動かなくなり、首を絞められているかのように息が苦しくなるのだ。

 これまで共に過ごしてきた男の使用人についても同様だった。ただ、老いた者はかろうじて平気だった。


 こんな風になってしまった私のために、父や母は若い男の使用人が目に触れぬよう配慮してくれているようだ。あの日以来、男の使用人は見ていない。見るのは、今目の前にひざまずく家令だけだ。


「……外は陽光朗らかでございます。散策に出られてはいかがでしょうか? ほんのわずかでも」


 家令がそう提案したのにいささか腹が立ったが、その通りだった。一生、部屋の中に閉じこもっているわけにはいかないのだ。

 私は意を決し、徐々に、だが確実に、外の世界への復帰を歩んでいった。



「……なんだ? 人の顔をじっと見て」


 今日も賑やかな都の大通りを歩いていると、付き添いの一人の小間使いが微笑みながらこちらを見ていることに気付く。


「いえ、人通りの多い場所にも大分お慣れになりましたね」

「当然だろう。左大臣の娘がいつまでもうじうじしていたら笑われるわ」

「馬車や輿にもお乗りにならずにご自分の脚で歩かれると聞いたときは心配したものですが……」

「こういう時でないと、父上も母上も許してはくれぬだろう? 今は教練所を休んでいても誰にも咎めはされぬし、いいものだ。こうやって都をぶらりとするのも」

「まあ、お嬢様ったら」


 飾り物を扱う店先をちらっと振り返る私を見て、小間使いがくすくすと笑う。


 私は何でもない風に言ってのけたが、はったりだった。大通りを歩くたくさんの男の存在によって、私の動悸は激しくなっていた。気を抜けば倒れそうなほどに。


(動け、脚よ。ここで止まるわけにはいかない)


 ──父上の、我が一族の威光を守るために。名門の年端のいかぬ女子おなごが弱小一族の男に汚されたとあっては一族の名折れ。


 私のその意志をくじくかのように、誰かがぶつかってきた。その者を見て、私は凍り付いた。


 ──男だ。急いでいるのか、歯痒そうに立ち止まったが、謝罪の言葉を口にしようとこちらを振り返る。


 だが、その言葉は私に届かなかった。


「男」が、私に触れた。


 その事実に、体が震える。溺れているかのように息が苦しい。


 そして、意識が遠のいていった──。


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