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並行世界(パラレルワールド)は君のいる世界  作者: 方丈 治
第二章

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対談

 

「お待ちしておりました、ライカさま。王様は貴方様がおいでになるのを大層楽しみにしていらっしゃいましたよ」


 内官がにこやかにそう言うと、後ろの扉を開けた。扉の向こう、広々とした部屋の奥では、一人の若い男が机に向かって座っている。ここは王の執務室。つまり、彼は王──景ノ国の王だ。


「よくいらっしゃいました、兄上!」


 青年王──タカイヌはライカの姿を見つけると、顔をパッと明るくして立ち上がった。机の上に積み重なった文書の山を通り過ぎて、ライカに駆け寄ってくる。

 そんな王の姿を見て、ライカは思いっきり顔をしかめた。


「……何度も申し上げますが、私にそのような言葉遣いをしてはなりません。今、あなたはこの国の王なのですから」

「……おっと、失礼。あなたが相手だとついつい昔からの癖で。でも別に構わないでしょう? 今は他に誰もいないのだから」


 タカイヌはへらへらと笑うと、頭を掻いた。もともと柔和な顔つきが、笑うと一層柔らかくなる。


 一方、ライカの顔の厳しさは少しも揺るがない。机の方に一瞬目をやってから、王をいさめた。


「それに、わざわざ立っての出迎えも要りません。文書があんなに溜まっているではないですか。いいから早くお座りになって政務の続きを。私の話はそのついでに聞いてくだされば結構です」

「でもせっかく兄上が来てくださったのに……。今までは僕が呼ばないと来られなかったのに、今回は兄上の方からと聞いて楽しみにしていたんですよ?」


 タカイヌは拗ねたようにつぶやいたが、ライカの一睨み──言葉遣いについても、文書の山についても、二度も言わせるなと言わんばかりの眼だ──で縮み上がった。


「はいっ、ただいま仕事に戻りますっ」


 駆け足で机に戻り、手元の文書に目を通し始めたタカイヌに、ライカは唐突に口を開いた。


「先日、こうノ国との境近くの村々から依頼を受けて、悪党退治をしてきました。カンドル隊がよろずうけたまわり業を始めて5、6年の間は、そんな依頼ばかりでしたがね。久々でした」

「──国境近くに。そうですか……」


 タカイヌは文字を追っていた目をちらっとライカに移すと、再び文書の方に戻った。


「この城を去ってからも、兄上とカンドル隊の皆さんがこの国を守ってくれていることにはとても感謝しています。村々の状況はどうでしたか?」

「食糧は略奪され、住む家は焼かれる。男は殺され、女は凌辱され、子どもと共に他国へ売り飛ばされる──。いつもと同じです」


 タカイヌは表情を変えなかったが、紙を持つ手に力が入ったのをライカは見逃さなかった。


「王様が王座に就かれてからこの10年、善き王として実に尽力されているようですね。臣下をよく統率し、民の評判も良い。ですが善き王なのは、都周辺の一部の者たちにとってなのかもしれませんね」

「……言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃってください。遠まわしな表現は、兄上、好まないでしょう?」


 タカイヌは微笑んで言った。ライカはひとつ息をつくと、ためらうことなく口を開いた。


「王様は都から離れた辺境の地をお見捨てになっていますね。これまで受けてきた悪党退治の依頼元は、都から遠く離れた場所がほとんどでした。つまり、国が対処してくれないからカンドル隊に依頼が持ち込まれるわけですね。……まあ、重要ではない辺境の地のいざこざなど、王様の耳には入ってこないように仕向けられているのかもしれませんが」

「はは……耳が痛い限りです」


 タカイヌは苦笑いすると、持っていた文書を机の上に置き、ライカの方に向き直った。タカイヌは真面目な顔をすると、穏やかな雰囲気が一変して、精悍な顔立ちが際立つ。


「ですが、兄上の言うことは本当です。確かに、臣下からは辺境の地の話題などほとんど報告に上がってきません。だから、僕は国のことを隅々まで知ろうと努力しています。僕なりの情報網を駆使してね」

「──『ねずみ』ですか」

「そうです。兄上も兄上なりの情報網を持っているようですね」


 タカイヌが意味ありげに笑うのを見て、ライカは眉を少しだけ動かした。


(この男……俺と養生所とのことも調べているわけか)

 まだ若く、穏やかな優男に見えるが、やはり一国の王。油断ならない相手だ。


 ライカに見据えられているのにも気にせずに、タカイヌは続けた。


「辺境の地が野盗によって荒らされていることは、『鼠』から報告を受けていたので以前から知っていました。解決することで得られる対価が乏しいということで臣下たちがこの問題を放置していたことも……」

「それを知っていて王様も放置していた……。つまり、王様は辺境に住む民がどうなろうが構わない、と?」

「兄上にそう思われても仕方ありません。僕はすぐにでも討伐をと考えましたが……この国の王は独自で兵を動かす権限を持っていません。頭の固い臣下たちを何人も説得しなければならないのはとても骨が折れます。だから僕の討伐計画は頓挫するほかなかった……。ま、今となっては言い訳にしか聞こえませんよね」

「言い訳ですね」

「さすが兄上、手厳しい」


 タカイヌは力無く笑ったが、その直後、真面目な顔でライカを見つめた。


「──だから、カンドル隊が欲しいのです。僕の意思ひとつで動かせる兵が。兄上たちが僕に力を貸してくれたら百人力です。救える民は増えるでしょう」

「カンドル隊に力を貸してほしいのは、倭国統一わこくとういつのためでもあるのでは?」


 突然のライカの言葉に、タカイヌは少し驚いたように目を見張った。だが、目を逸らすことなく頷いた。


「──その通りです。兄上の情報網は素晴らしいですね。『鼠』にはできる限り秘密裏に動くように指示したのですが」

「──10年前のあの日、私が申し上げたことを覚えていますか?」

「ヤワジ伯父上のようにシスイに狙われたくなければ、倭国統一の考えは持たないように──ですね。もちろん覚えていますよ」

「ならば何故」


 ライカが厳しい目でタカイヌを責めた。タカイヌはライカ相手に隠し事は無用と考え、まっすぐ向き直ってから口を開いた。


「僕が王座に就くとき、兄上があれほど強く忠告してくれたのに……申し訳ありません。他でもない兄上からの忠告でしたから、しばらくはそんな考えは持たないように──というよりも、王の本分を尽くすことに必死で考える暇もありませんでした。でも、王座からこの国を見ていると次第に思うようになりました……この国を、倭国全土を平安に導くには、倭国を統一するしかないと。僕が手出しできるのは所詮、この景ノ国の中のことだけですからね」

「しかし、先王と同じ目に遭ってもよいのですか? 10年前にも申し上げましたが、晩年、名君と名高かった先王が暴君に成り果てたのも、シスイによって心を操作されたから……果ては命まで落とすことになってもよいと?」

「僕はまだまだ死にたくありませんよ」


 タカイヌがハハと笑いながら答えた。ライカが「今は冗談を言っている場合でない」と言わんばかりの目で睨んだので、タカイヌは真剣な目で答えた。


「本気で言っているんです。僕は民が幸せに暮らせるように見守っていきたいからまだ死ねない……。でもシスイが恐ろしいからといって、弱腰のまつりごとをするわけにもいかないんです。倭国統一は国同士のつまらない争いをなくすために、それに大陸からの侵略に対抗するために、必要なこと。つまり、倭国すべての民の幸せにつながるのです」

「……もう腹を決めているのですね」

「はい」


 タカイヌが話の内容にそぐわないニコニコとした顔で、付け足した。


「だから、僕に向かってくるシスイの脅威からは、あなたが守ってください。あと、先王のようにもし僕が困った王に成り下がったときは、あなたが僕を殺してください──あなたのお父上がヤワジ伯父上を殺めたように」


 ライカはその瞬間、完膚なきまでに降伏させられた気がした。王の考えは、国と民を想う至極真っ当なもの。どうして10年前のことをさっぱり水に流してこの空渡城くうとじょうに戻れようかと憎々しげに思っていたのだが、そんなことはもうすっかり忘れていた。


(──くそ、反論の余地がない)


 気付いたときには、ライカの口から自然と言葉が出ていた。


「──御意」

「え……兄上、今、『御意』って言いました!?」


 タカイヌは驚きのあまり、バッと立ち上がった。


「つまり、カンドル隊が僕の直属の部隊になる件を引き受けてくれるということですか!? いや~~本当にうれしいなあ! 兄上からの返事を待ってた間、ずっと駄目だろうなーと思ってたんです。半分諦めていた分、喜びもひとしおですよ!」


 タカイヌがあふれんばかりの喜びを顔で表現する一方、ライカはむすっとした顔できっぱりと言った。


「まだ引き受けるとは言っていません」

「ええ~~、いけずなんだから」


 ぶつぶつ言うタカイヌを無視して、ライカは続けた。


「私は隊員たちの命を預かる身ですから、10年前と同じ轍を踏むわけにはいきません。まずは、お互いに試してみる……のはいかがですか」

「試す……とは?」

「恐れ多いことですが、景王がカンドル隊が仕えるに値する人物なのか、あなたを試させてください。反対に王様も、カンドル隊がまことにそばに置くに価値ある兵なのか、私たちをお試しください」

「……なるほど。それは何やら面白そうですね。で、何を以て試すのですか?」

「それは試す側が決めることとしましょう。早速ですが、王様を試させてもらいます」


 タカイヌが「緊張するなあ……」と居心地悪そうにもぞもぞと体を動かす一方で、ライカは淡々と説明した。


「王様はすでに『鼠』を使って、いくつかの国に倭国統一を働きかけていますね。それと同じように、ある国を説き伏せてほしいのです」

「ある国、とは?」

せいノ国です」


 その瞬間、タカイヌの顔が一瞬、強ばった。すぐにいつもの表情に緩んだが、苦笑いをしている。


「……兄上はやはり意地が悪いです。よりにもよって、最も攻略が難しいところをくとは」

「それ故、です。栖ノ国は小国ながらも聡明な王が支える強固な国。武力で脅しても動じないでしょう。そんな相手に王様がどう立ち向かうのか……見物みものです」

「もしかしてこの試し合い、僕の敗けじゃあないですか? ずるいですよ、兄上……僕はこんな勝負事しなくても、もともとカンドル隊のことを信頼してるのに」

「泣き言はお止めに。王様が考えておられる倭国統一が並大抵のことではないと分かっておいででしょう? それに倭国統一を考えているのなら、いつかは栖ノ国も口説き落とさなくてはいけない相手ですよ」

「はい……そうですね……すべて兄上のおっしゃる通りです」


 タカイヌはしゅんと肩を落とした。ライカも少し厳しく言い過ぎたと思ったのか、言い足した。


「言い忘れましたが、この試し合いは勝った負けたの勝負事ではありません。たとえ王様が栖王を説き伏せられなくても、その経緯を見て私が敬服させられたなら、それで王様はカンドル隊が仕えるに値する人物だという証明になるでしょう。……そうですね……王様の意欲を駆り立てて差し上げましょうか」


 ライカが少し考えてから口を開いた。すべてを持つ王であるこの男が喜びそうなことと言えば……。


「もし栖王を説き伏せることができたのなら、この私があなたの言うことをひとつ、聞いてあげましょう」

「えっ!!」


 タカイヌが驚いて顔を上げた。


「兄上が? な、何でも、ですか?」

「はい。これで少しはやる気が出てきたようですね」

「もちろんですよ! ……これは何が何でも、やらなければいけなくなってきましたね」


 栖王を落とす算段でも考え始めているのか、すでにタカイヌは何やら考え込んでいる。

 それを見て、ライカが「しめた」と思った。幼い頃からの付き合いの中、タカイヌはいつもライカの子分のような存在だった。そんな彼が、兄分のライカを顎で使う絶好の機会を得られるのだ。頑張らないはずがない。


「私の方は以上です。王様はカンドル隊をどのようにお試しになりますか?」

「そうですね……」


 ライカに問われ、タカイヌはしばらく天井を仰ぎながら考えた。やがて顔を下ろし、ニヤッと笑って口を開いた。


「では、こうしましょう──」



◇◇◇



「お帰りなさい、隊長・・!」


 カンドルのいわやに着き、自分の部屋に入った途端、にこやかに現れたのがカンドル隊の料理番兼ライカの付き人である奈美だ。彼女はこの世界に来てからひと月が経つが、何とかたくましく生きている。


「お城はどうでした? 王様に会ってきたんでしょ? お疲れですよね。まーとりあえず座ってお茶でも飲んで」


 奈美はライカの長羽織を脱がせながらそう言うと、ライカを椅子に座らせ、腰に提げていた剣を壁に掛けた。最後にライカの前に熱々の茶を淹れた湯のみを置くと、自分も向かいの椅子に腰かけた。


「……これは何だ?」


 ライカは気味が悪そうに奈美を見た。確か城に出かける前までは、「わざわざ部屋に食事を持ってこさせないでよね。いいかげん食堂に食べに来なさいよ」といつも通り、ぶつぶつ文句を言っていたはずなのだが。短時間でこの変わり様は不可解すぎる。


「あっ、お茶はぬるめの方が良かったですか?」

「違う! おまえのこの理解に苦しむ言動は、何のつもりだと聞いている!」

「わあ、そんな言い草はないんじゃないですか? 付き人として自分の仕事をしているまでです!」


(──嘘をつけ、嘘を。付き人である自覚も、そうないだろうが)


 ライカは前に座る奈美を見据えて考えた。この女が突然こんなことを仕出かす理由は──。


「何か話があるんだな? ……頼み事か」


 奈美はあからさまに肩をビクッとさせた。愛想笑いに限界がきているのか、ひくついている。


「話くらいなら聞いてやる。頼まれてやるかはそれから決める」

「あはは……何かもお見通しってワケね」


 奈美はいつもの屈託ない顔で笑うと、ぼそぼそと話し始めた。


「ええとね……私、この世界にいきなり来ちゃったし、分からないことがたくさんあるの。読み書きもそのひとつ。この世界で使われてる文字がさっぱり分からないのよ。元いた世界では見たことないし。だから誰かに教えてもらおうと思って、ダンチョウさんにお願いしてみたんだけど──ほら、テスとか他のみんなは読み書きできるのか謎だったし、あなたは隊長だからこんなこと頼むのもあれかなと思って」


 建前上そう言ったが、奈美がまず初めにライカではなくダンチョウに頼みに行ったのは、ダンチョウがカンドル隊の中で一番博識で賢そうだと思ったからだ。とは、ライカの前ではとても言えないが。


「ダンチョウさんに断られちゃったの。『私よりもライカどのの方が適任です』って。でも、そんなはずないわよねぇ? 読み書き教えるのは、絶対ダンチョウさんの方が上手だと思うんだけどなぁ……あ、もしかして面倒くさいからテキトーにあしらわれたのかな」

「……おまえな……俺に頼みに来たんじゃなかったのか?」


 心の声をうっかり口走らせている奈美を見て、ライカが呆れたようにため息をつく。それに気づいて、奈美が慌てて誤魔化しにかかる。


「あっ違うのよ!? ダンチョウさんがあなたを薦めるなら、きっとあなたに習うのが得策なのよね!? 今のは聞かなかったことにして! ってことでお願い! 私に文字の読み書き教えて!」


(……まったくこの女は。人を馬鹿にしに来たのか?)


 ライカはため息をつくと、両手を合わせて懇願している奈美に訊ねた。


「そもそも、文字を覚えてどうするんだ?」

「え? どうするって……。読み書き出来なかったら不便でしょ? 誰かに思ってることも伝えられないし、この世界の本もいろいろ読んでみたいし……。生きていく上で読み書きは基本でしょ」

「言っておくが、この景ノ国では読み書きのできる者の方が少ないぞ」

「……え!? 何で!?」

「文字を扱うのが身分の高い者や商人、学士、神官くらいだからな……あとは、都に暮らす物好きか」


 一か月前まで居た元の世界では読み書きできるのが当たり前だと思っていたが、この世界ではその当たり前が通用しないことを奈美は思い出した。選ばれた者だけが用いる文字だというのに、カンドルの窟で料理ばかり作っている自分には必要ないと思われても仕方がない。

 奈美が諦めかけたそのとき、ライカが口を開いた。


「仕方がない。読み書きの指南、俺が引き受けてやる」

「……え?」


 奈美が驚いて、ライカの顔を見た。


「い、いいの?」

「ああ。ただし、交換条件だ」

「交換条件? な、何……?」


 この男が交換条件を持ち出してくるとは、一体どんな無理難題を奈美に吹っ掛けてくるのか分かったものではない。奈美が固唾をのんで待っていると、ライカが言った。


「おまえのそのからだ……俺が貰い受けるぞ」


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