【番外編3】天力対抗試合
ライカの部屋では今、カンドル隊の会議が開かれていた。
参加者は大体いつも同じ顔ぶれである──副隊長のカミトキ、参謀のダンチョウ、伝令のテス、そして隊長のライカ。四人皆がそろうこともあるし、都合があって誰かが抜けることもある。
今議題に上がっているのは、直属の部隊になってほしいという景王からの要請についてだ。ライカは、カンドル隊はそれを受け入れる方向で進めていく、という意志を部下たちにはっきりと伝えたのだ。
「……そんなわけで今度、景王に会ってくる」
「わかりました。隊員たちには正式決定までに、私からそれとなく話しておいた方がいいでしょうか? 心積もりも必要でしょうし」
カミトキがすんなりと言葉を返したので、ライカはやや驚いた様子でカミトキを見た。
「……いいのか?」
「? それはどういう意味ですか?」
「……おまえには少し、ごねられるかと思ったんだけどな? 初めて景王から申し入れがあった時、俺と同じく、おまえも反対していたろ」
「まあ……その気持ちは今も多少あります。ですが、カンドル隊が失脚したのは今の景王のせいではないですから。過去に囚われていないで、前を向こう──隊長もそうお考えになってのことだと思っています」
平然とそう言い切ったカミトキに、ライカはフッと笑った。
「まったく……おまえには敵わんな」
「ご冗談を。隊長が私に敵わないなど、天地がひっくり返ってもありません」
「副隊長……あいかわらずキマジメっすねぇ」
テスが呆れたように笑ったので、カミトキは「テス、おまえはもう少し真面目になった方が良い」と、いたって真面目な顔で返した。
「では、これで解散でいいな」
ライカがそう言って立ち上がろうとした時、ダンチョウが口を開いた。
「申し訳ありませぬ。私からひとつ、よろしいでしょうか?」
「何だ、ダンチョウ?」
「ナミどののことなのですが……一度、我々の訓練を見学してもらうのはどうかと」
「訓練の……見学?」
ライカたちの視線を受けて、ダンチョウが頷く。
「はい。ナミどのは非戦闘員とはいえ、カンドル隊の一員。訓練を見ることで、献立を決める時や食材調達の際の参考になったりと、料理番の仕事に役立つこともあるでしょう。それにナミどのはライカどのの付き人でもあります。付き人は、日頃隊長に付き添うもの。隊長の行動を把握するために、本来この会議にも参加するべき役なのです。料理番と兼任ゆえ、ずっと付き人の仕事をすることはできませぬが、時間の許す範囲で隊長とカンドル隊の動きを知り、ライカどのに付き添ってほしいのです」
言い終わると同時に、ダンチョウが一瞬だけライカの目を見た。ライカには、ダンチョウの思惑が知れた。
奈美とライカはテムルで繋がれている。つまりは、奈美に何か危険があれば、ライカにも災いが起こるということだ。ゆえに奈美をできるだけ近くに置き、庇護してやらなければならない。ダンチョウはライカに、その口実を与えてくれようとしてくれているのだ。
(……おまえにも敵わんな)
ライカがほんの少し口元を緩めると、ダンチョウもわずかに頷き返した。
「……その案、私は賛同しかねます」
その時、じっと考えていたカミトキが口を開いた。カミトキにはテムルのことを伝えていないので、ダンチョウの意図など知る由もない。
「ダンチョウどのの言うことは一理ありますが、戦に出ない者が訓練に出る必要性はさほどないのでは? それよりも、訓練に顔を出すことによって隊員たちの士気や集中力が下がる方が私は心配です」
「それはあるっすね。確実に」
横で聞いていたテスがうんうんと頷くのを見て、思わずライカはため息をついた。
(……おまえは一体誰の味方だ、誰の)
それから、少しためらってカミトキは続けた。
「それに、訓練では天力も使います。天力の力をむやみにさらすのもどうかと……。ナミを信用していないわけではないですが、ナミは術持ちではないですし」
その言葉に、ライカとテスがカミトキに目を向けた。
「その理屈からすると、天力を持たぬ私も訓練に出るべきではない……ですかな?」
ダンチョウが穏やかに訊ねると、カミトキは慌てて否定した。
「…………! 私はそう意味で言ったわけでは……! ダンチョウどのはカンドル隊の誇るべき参謀役ですし、戦にも出ます。ナミとは違うのです」
「ははは。少し冗談を言っただけですからな」
ダンチョウが笑っている一方で、ライカは黙ったまま考えている。やがて、結論が出たのか、口を開いた。
「……なら、天力を使わない基礎訓練の見学ならいいだろ。付き人役に関しても、ナミが料理番に慣れるまではと思ってそれほど言ってこなかったが、これからは料理番の仕事に支障が出ない範囲で付き人としての役も果たしてもらうことにする。それで構わないか、二人とも?」
「は、はい」
ライカの視線を受けて、カミトキが頷いた。ダンチョウも申し分ないといった顔で頷いている。
◇◇◇
ライカは食堂に行って、驚いた。
食堂の床の上で、奈美が倒れている──いや、気絶しているがごとく、眠り込んでいる。ぐうぐうと。
(まったく……いくら男の恰好をしていて仲間しかいない場所だからとはいえ、安心しすぎじゃないか? ここは男だらけの巣窟だぞ?)
ライカが呆れた様子でため息をついた時、気が付いた。奈美の頭に巻いた頭巾から、髪が少し出ている。
ライカはしゃがむと、無意識にそれに手を伸ばし──触れる直前で、ピタッと手を止めた。
(──俺は何を)
自らの不可解な行動に苛立っているのか、行き場のない手をそのまま奈美の頬にやると、ぐにっとつねった。
「……ふ?」
頬をつねられてもまだ寝ぼけている奈美に、ライカは声を掛けた。
「おい、起きろ」
「……あれ」
ようやくむっくりと体を起こした奈美が、ぐぐっと伸びをしながら訊ねた。
「隊長さまがこんなところまでお越しになるとは、何か御用でも?」
「ああ、用事を伝えにな。その前に、おまえ、どうして寝ている。しかも、床の上で」
「次の食事の用意まで少し時間があったから仮眠してただけよ。毎日大量の食事用意するのって結構、重労働なのよ? 休めるときに休んでおかなきゃ体もたないでしょ~」
「それなら、自分の部屋に戻って寝ればいいだろ」
「あそこまで戻るの面倒じゃない。それに、あんなかたいベッドでも布団で横になったら、絶対に寝過ごしちゃうわよ。ああ、大丈夫大丈夫。看護師の夜勤でどこででも寝るのには慣れてるから……で、用って何?」
体の下に敷いていたござと毛布をたたみながら、奈美が訊ねた。
ライカはため息をひとつついてから、口を開く。
「……ナミ。昼から訓練があるが、──見てみたいか?」
「訓練って……カンドル隊の?」
「そうだ」
隊員たちが暇さえあれば「訓練」なるものをしているのは奈美も聞いていたが、実際に見たことはない。訓練を見れば、一騎当千と名高いカンドル隊の強さを垣間見ることができるかもしれない。奈美の答えは決まっていた。
「見たい」
「……では、昼餉の後、仕事が済んだら窟前に来い。それと、簡単な飯を用意しといてくれ。訓練の途中で小昼餉をとる」
「……うん、わかった」
奈美は一瞬体が固まったが、何とか返事をした。
この男、簡単に言ってくれるが、そういうことはもっと早くに言っといてほしいものだ。これから昼餉の準備に取り掛かるところだが、小昼餉も早めに用意しなければならないとなると、予定が狂ってくる。
(先に昼餉を作って……いやいや、先におにぎり用のご飯を炊いとかないとね。う~ん……二つの釜で同時炊きか)
奈美があれこれと考えていると、ライカがまだそこにいることに気付いた。
「……あれ、まだ何かある?」
「……髪、出てるぞ」
奈美は、ライカが指さしたところに触れてみる。確かに一束、頭巾から飛び出している。
「あ、ホントだ」
奈美が髪を直している間、ライカがじっと見てくる。気になって仕方ないので、奈美は訊ねた。
「なに?」
「何でもない」
そう言うと、ライカはそのまま食堂を後にした。
◇◇◇
昼餉が済み、訓練の刻になった。奈美は後片付けを手早く終わらせると、小昼餉用の握り飯をひたすら握りまくった。それも作り終えると、食堂を出て廊下を走る。向かうは、窟の外だ。
窟の入口を抜けると、日の光が目に差し込んで思わず目をつぶった。──目を閉じていても、訓練の喧噪が伝わってくる。
奈美はゆっくりと目を開けた。今、この窟前の窪地に、見張り役二名以外の隊員全員がここに集結しているわけだ。こうやって見ると壮観である。
(いや、毎日何回も食堂でこの人数見てるわけなんだけど)
だが、飯を食っているときとは全く雰囲気が違う。いつもの食い意地の張った、だらしない男たちはどこにもない。隊員たちは皆、それぞれ真剣に訓練をこなしている。
奈美は窪地の隅にしゃがみ込むと、しばらく隊員たちを観察した。そして彼らが三つの集団に分かれていることに気付いた──窪地の外周を全力疾走並みのスピードで走る者たち、筋トレに打ち込む者たち、組手稽古に励む者たち。
(──あ)
奈美の目に、ライカの姿が留まった。組手の集団の中にいて、一人の隊員と向かい合っている。その隊員はグクイラだ。
ライカとグクイラは素手を胸の前に構えて睨み合っていたかと思うと、グクイラが先に攻撃に入った。ライカはグクイラの打ちも蹴りもひらりひらりと幾度となく躱すと、わずかな隙を見逃さず、グクイラの喉に突きを入れる。もちろん寸止めだが、勝負ありだ。
「へえ……グクイラさんみたいな大男相手に。スゴイじゃない、あいつ」
無意識につぶやいた奈美のもとに、走りこんでいた集団がやってきて、止まった。
「──来たか、ナミ」
息も絶え絶えのカミトキが奈美にそう言うと、後ろの隊員たちに「交代まで休憩だ」と告げた。隊員たちはそのままその場に倒れこみ、カミトキも、不本意そうだが、膝をついた。
「……すまん……訓練の説明をしてやりたいところなのだが……しばらく休ませてくれ……」
「いえいえ! そんなの後でいいですから休んでくださいよ!!」
この全力疾走ランニング、奈美が見ていた時だけで5周か6周はしていた気がする。カンドル隊の一員になれと言われたとき、訓練にも参加しろと言われなくて心底良かったと奈美は思った。
その時、喘いでいる男たちの中にダンチョウを見つけて、奈美が声を上げた。
「あれ! ダンチョウさんも訓練に参加してたんですか!?」
てっきり参謀役はこういった体を張ることには参加しないものだと勝手に思っていただけに驚きだ。
「…………。…………」
ダンチョウが何か言おうと体を起こしかけたが、それも叶わず、再びバタッと地面に吸い込まれていった。
「ああああ、ごめんなさいごめんなさい。今は答えなくていいですから!」
余計なことをしてしまった……と奈美が反省していると、筋トレ集団の方から怒鳴り声がした。
「テス! 根性見せろっ! あと50回だよ!!」
奈美が見遣ると、腕立て伏せ中のテスが、その背に座っている隊員にしごかれているらしい。テスは重石付き腕立て伏せを続けながら、半泣き状態で叫ぶ。
「こっ、これでも全力でやってるっすよーーーーッ」
「おめえはもっと筋肉をつけろ! そんなひょろっとした体じゃカンドル隊は務まらねえぜ!? 人一倍こなせ!! やっぱあと100回だ!」
「ひえ~~~~~~」
テスの絶叫を聞いて、奈美は思わず「う~ん、まさに体育会系ね……」とつぶやいた。
「──ナミ」
声を掛けられて振り向くと、ライカがこちらに向かっているところだった。
「あっちはもういいの?」
そう訊ねながら、奈美は組手集団の方を指した。彼らはまだ、二人一組で組手を続けている。
「俺の出番は終わったからな。──小昼餉の用意はできているのか?」
「うん。食堂に置いてるよ。ただの握り飯だけど」
「まだ途中だが……ま、ここらで休憩とするか」
「えっ!? いいんですか!?」
それまで地面の上でぐったりとしていたランニング組の一人が、先ほどまで死にかけていたのが嘘のように、がばっと起き上がった。
「じゃ、俺、食堂まで行って取ってきますよ! ここで食べるのでいいんですよね!?」
ライカが一度頷くのを見るなり、彼は脱兎のごとく窟の中に消えていった。その後を、もう一人が「俺も!」と続いていった。
奈美はただ呆れるしかなかった。つい先ほどまで極限状態だった隊員たちが、今はおにぎりを貪り食っている。あれだけバテバテだったのに、よく食べられるものだ。
「いやー、訓練が終わった後の飯は美味いな!」
一人の隊員の言葉に、他の隊員もうなずく。だが、「まだ一交代分、残っているがな」というカミトキのつぶやきによって、隊員たちの顔から一瞬にして笑顔が消える。
その時、隊員の中から声が上がった。
「──隊長! せっかくナミが見に来てることだし、どうせなら天力の訓練をしましょうよ! 基礎訓練だけじゃ物足りないですよ」
「そうですよ! ナミのヤツ、カンドル隊の一員のくせに、俺たちの天力を見たことねえんじゃないですか? カンドルがどれだけの力を持ってるか、見せてやりましょう!」
「……ナミ、こいつらの天力を見てみたいか?」
隊員たちの視線を集めたライカは、奈美の方を向いて訊ねた。
奈美の答えは、当然決まっている。キラキラとした目で何度もうなずく奈美を見たライカは笑いをこらえながら、言った。
「そうだな、俺は別に、構わんが」
ライカは次に、カミトキの方を向いた。
「──副隊長はどう思う?」
そしてニヤッと口の端を曲げた隊長を見て、カミトキは屈した。
「…………私も構いません。皆がそう言うのであれば」
「だそうだ。ではこの後、天力の訓練をする」
隊長のその一言に、隊員たちは皆、歓声を上げた。それからは食べながら、どんな訓練にするか、皆で話し合い……結果、天力対抗試合が開催されることになった。
それからは隊員たちが集まって何やらごそごそしているかと思いきや、「『戦の鬼』が相手かよ! ついてねーッ!」やら「よし! テスが相手なら俺でも勝てる!」やら、いろんな声が入り混じって聞こえてきた。
少しして一人の隊員がやって来ると、奈美は突然一枚の紙を見せられた。
「……何だこれ?」
「対戦表だよ。くじで対戦相手を決めたのをダンチョウどのが書き留めてくれたんだ」
(──凝ってるのね)
奈美は字が読めないが、その紙からは彼らの力の入れようをひしひしと感じる。
「一対一の勝ち抜き戦にした。つまり、より勝ち抜いた者が天力お披露目の機会も増えるってことだ。ってことでナミ、よぉ~~く見とけよ! 途中で居眠ったりすんじゃねえぞ! おまえのための試合でもあるんだからな!」
奈美に念を押すと、その隊員は腕をぐるぐると回しながら去っていった。
「……ガチね。次の食事の用意もあるのに」
奈美はうーんと唸った。全試合が終わるまでどのくらい時間がかかるのか。あんなに言われては、途中で抜けるわけにもいかない。
だが、そんな奈美の心配は無用だった。ほとんどの試合でそれほど時間がかからずに決着がついたからだ。そして何より、試合が始まると、天力に奈美の目と心が奪われ、食事の用意のことなどすっかり忘れていた。
「──続いて第三試合! グクイラとセト、前へ!」
審判役のカミトキが窪地の中央で、対戦者を呼ぶ。
「“戦の鬼は嵐を呼ぶ”……グクイラだ!」
いつもの大刀は持たず、仁王立ちで待ち構えているのがグクイラだ。その向かい側に、同じく身一つで、セトが登場した。
「“足元には用心しろよ”……セト参上!」
「……それにしても」
奈美は隣で試合を見ているライカに訊ねた。ダンチョウとテスも奈美の近くに座っている。
「さっきも思ったんだけど、あの名前の前に言ってるの何なの? 前口上というか、肩書きみたいなの」
「あれか。……ふざけてるんだよ、あいつらは」
ライカがため息をつきながら答えると、ダンチョウが笑いながら反論した。
「ははは、とんでもない。皆、自らの天力をナミどのによく知ってもらおうと、急ぎ考えたものですぞ」
「そうっすよ! オレも無い頭ひねって考えたっすからね~~! 次はオレの出番っすからね。お楽しみにっす!」
テスが自信満々の顔で言った。
目の前の試合では、初っ端から派手な天力合戦が繰り広げられている。セトが地面に手を当てると、そこからグクイラに向かって、ビキビキと地に亀裂が入る。グクイラは飛んで避けると同時に、手を上げた。どこからともなく巻き起こった旋風が、セトを襲う。
「……わーお……」
彼らの特殊能力に初めて触れるたび、その凄さに奈美は言葉を失うしかない。まるで漫画や映画の世界に飛び込んだような気分になるのだが、実際異世界に飛び込んだのだから似たようなものだ。
視線は試合の方を追ったまま、奈美は隣のライカに訊いた。
「……ちなみに、あなたのはどんななの?」
「……知らん」
ライカのそっけない返事にかぶせるようにして、テスが言った。
「ライカの兄貴と副隊長は自分で決めたがらなかったから、隊員のみんなで決めたっすよ。ライカの兄貴の肩書は、“瞋恚の焔”っす。かっっっこいいっすよね!」
「……それ、どういう意味」
奈美がそう訊ねると、今度はテスがダンチョウの方を向いて訊ねた。
「……どういう意味っすか?」
ダンチョウが笑いをこらえながら答える。
「燃え上がる炎のような激しい怒り、といったところですかな」
「ふ~ん……」
奈美の興味のなさそうな反応に、ライカの眉が一瞬動く。が、奈美は気付くことなく、テスと話を続ける。
「で、カミトキさんのは?」
「“雷霆”カミトキ!」
「うわ、なんかカッコいい」
「……おい」
先ほどと比べて反応がひどく違うので、ライカは思わず突っ込んでしまった。その時、わっと歓声が上がった。試合の勝敗がついたようだ。
「勝者グクイラ!」
見ると、セトが地面に引かれた線の外に転がっていた。旋風によって場外に投げ出されたのだ。
その時、テスが腕まくりをしながら立ち上がった。
「よーし! 兄貴、見ててください! オレ、勝ってくるっすよ!」
「頑張れテス!」
奈美は試合場へ向かうテスに声を掛けると、ふうとため息をついた。
「案外やる気なんで安心したわ。ほら、テスってさ、カンドルで一番弱いのは自分だってたまに言ってるから」
「……相手がヒョウイだからだな」
試合場の方を見ながらライカが答えたとき、カミトキの声が響く。
「第四試合、テスとヒョウイ、前へ!」
テスが得意顔で前に出てきたので、いよいよテスの前口上か、と奈美が目を遣った。テスの口が開きかけたその時、観客から野次が飛んだ。
「いよっ頑張れ! “どこ往く風の吹き回し”のテス!」
「わははは! 上手い!」
隊員たちがどっと笑うのを見て、テスの顔が赤くなった。
「ちっ、違うっす! “カンドルの風雲児 兄貴と共に”……いやっ、やっぱり……“疾風、空を切る”! テスっす!」
テスには申し訳ないが、彼には野次のが一番しっくりくる気がする──と奈美は思った。
「“魂、奪われるより奪いたい”ヒョウイ!」
テスの向かいに現れたヒョウイの肩書を聞いて、奈美が首をひねる。
「ん? ……どゆこと?」
「……ま、見ていたら分かる」
「ヒョウイどのの天力は少し毛色が違いますからな。興味深いですぞ」
ライカとダンチョウの言葉のあと、カミトキが試合開始の合図をした。テスとヒョウイは相手の出方をうかがいながら、じりじりと間合いをはかっている。だが、テスは何故だか、視線を合わさないようにヒョウイの顔から少し外れたところを見ている。
「へへっ、ヒョウイの旦那……この試合、オレがもらうっすよ」
「おまえが俺に勝てるとでも思っているのか?」
「誰だって思うっす! この試合形式とオレの天力相手に、旦那の天力じゃどう見ても分が悪いっしょ!」
「それはどうかな……」
ヒョウイが口の端をにっと曲げると、テスがむっと顔で言い返した。
「負け惜しみにしか聞こえないっすよ!!」
すると、テスの姿が突然消えた。いや、時折、試合場の枠内のあちこちに、テスの残像が映る。瞬足で移動しているのだ。
「旦那の“のりうつり”は相手の目を覗き込まないとできないっすよね!? だったら、オレは目を合わさないように、こうやってずっと動いていればいいっす! この速さじゃ、旦那の天力は使えないっすもんね~。瞬足で動いたまま、旦那に疾風をぶつけて場外に押し出せばオレの勝ち!」
テスの声が場内の至るところから聞こえてくる。声の調子が愉快そうなのは、勝ちを確信しているからだろう。
だが、ヒョウイに諦めの色はまったく見られない。突然、一言つぶやいた。
「──ランカラ」
「……えっ」
ヒョウイの一言で、どきっとした顔のテスが一瞬だけ止まって現れた。が、慌てて再び瞬足で姿を消す。
それを見たヒョウイがニヤリと笑うと、話を続けた。
「……実はな。この間、東菊で見習いあがりの娘と遊んだんだがな。初物はどうかと思ったが、実際良かったぞ。閨技の初々しいところがまた、たまらな──」
「ま、ま、ま、まさか……ヒョウイの旦那っ、ランカラと……ッッ!!?」
その瞬間、テスがヒョウイのすぐ目の前に立っていた。愕然とした顔で、ヒョウイの顔を見つめている。
「かかったな」
ヒョウイはテスの瞳の奥を覗き込むと、目をカッと見開いた。次の瞬間、ヒョウイの体が崩れ落ち、場内に立っているのはテスだけとなった。
「あ、あれ、いきなりヒョウイさんが倒れた……? テスの勝ち……?」
奈美がおろおろと場内の二人を見比べていると、ライカが大きなため息をついた。一方、ダンチョウは愉快そうに笑っている。
「……こうなる気はしていたが、あの阿呆……まんまと引っかかりやがって」
「ハハハ、テスはまだ駆け引きという言葉を知らんですからなあ」
倒れたヒョウイの前に立ちすくんでいたテスは、やがて踵を返すと、ゆっくりと歩きだし──自ら場外に出た。
次の瞬間、場内の真ん中で倒れていたヒョウイがむっくりと起き上がり、場外に出たテスが突然「あーッ、やられたっす!!」と叫んだ。
「勝者ヒョウイ!」
カミトキの審判が下ると、ヒョウイは去り際にテスに告げた。ニヤリと笑いながら。
「安心しろ。見習いあがりを買ったのは本当だが、俺が買ったのはランカラじゃない」
「だましたっすね!!」
「だましていない。おまえが勝手に勘違いしたんだろう」
ヒョウイにそっけなく返され、テスがしょぼんとした顔で奈美たちのもとに戻ってきた。
「ううう……勝てると思ったのに……」
言葉とは正反対に、その顔には安堵の笑みが浮かんでいる。そのためか、「鍛え直しだ、馬鹿」とライカに頭を小突かれる。
次の試合が始まった。
「“難攻不落の肉体”ゴソク! ……安直すぎるか……“一度でいいから看病されてみたい”ゴソク!」
対するは、気だるそうに前に出て、気だるそうにつぶやいたこの男。
「……“獣使い”イスビ」
その瞬間、隊員たちから「普通か!」と総ツッコミを受けることになる。
そうして試合は進み、蟲使いのシムと嵐の使い手グクイラの二人が勝ち残った。決勝戦に進む前に、それぞれ隊長と副隊長との対戦になることを聞いて、奈美がつぶやいた。
「なに、そのシード枠みたいなの。あの二人だけラクしてんじゃない」
「隊員みんなからの要望で、そうしたっすよ。ライカの兄貴と副隊長の強さは別格っすからね~」
「ははは。皆、おのれの見せ場を減らしたくはないですからな」
テスとダンチョウの言葉通り、ライカとカミトキは圧倒的な強さを持って相手を降した。ゆえに決勝戦に進んだのは、カンドル隊のツートップとなった。
「ふむ、これは見物ですぞ。あのお二人の天力の真剣勝負を見るのは、もしかすると初めてかもしれませんなぁ」
「もちろん、ライカの兄貴が勝つっす! ……イヤでも、副隊長ももしかしたら……?」
「確かに、勝負は五分五分か。副隊長どのの雷は電光石火。ひとたび放たれれば、よけることは容易くない。しかも当たれば、立ち上がることはもはや不可能……。フーム……」
見ると、会場全体がざわざわとしている。隊員たちにとっても、どちらが勝つか予測ができないようだ。
「やっぱり最後に残るのは、あのお二人さんか。俺たちはどう頑張っても前座だな」
試合場で向かい合うライカとカミトキを見て、グクイラがカラカラと笑った。その隣で、シムが無表情で答える。
「天力にも相性というものがあるから、多少は仕方がないだろう。……ま、天力を抜きにしても、隊長と副隊長には勝てる気がしないがな」
「そりゃ分かる。あのお二人さんにゃ、圧、みたいなもんがあるからなあ」
うんうんと頷くグクイラを横目に、シムが相変わらずの無表情でつぶやいた。
「……おまえにも、そのようなものがあるぞ。俺はおまえにも勝てる気がしないからな」
「お、褒めてくれてるのか? そりゃあ、ありがてえ」
グクイラがハハハと笑った瞬間、代わりの審判役となったダンチョウが試合開始を告げた。会場がしんと静まり返る。
「こうやって、おまえと天力のみで戦うのは初めてか……」
ライカが口を開くと、カミトキがすっと頭を下げた。
「はい。胸をお借りします」
「遠慮はいらんから、思いっきりやれよ。おまえの本気が見たい」
そこでライカは空を見上げ、顔を戻してニヤリと笑った。
「……だが、運が悪い。さっきまであった雲は、ひいてしまったようだな」
「御意。やれるだけやってみます」
カミトキはそう答えると、前に向かって足を踏み出した。
「────!」
それを見て、ライカがカミトキの方に向かって右手を突き出した。次の瞬間、カミトキの左足首のあたりに火が揺らめく。
「……くっ!」
熱に顔をしかめたカミトキは、とっさに深沓を脱ぎ捨てた。だが、ライカは相手に少しの暇を与えない。次は右足を狙う。
火のついた右足の深沓も脱ぎ捨てたカミトキに、容赦なく炎が襲いかかる。今度は、背中だ。
「このまま引き下がるつもりか? 気象条件が悪いから仕方ないと」
ライカは地面に転がり込んで背中の火を消すカミトキに冷たく言い放つ。それを見て、奈美は眉をひそめた。
先ほどのグクイラとの試合では、グクイラの場外負けにより、カミトキの天力は見れずじまいだった。が、周りの話をまとめると、カミトキの天力は空に雲が無いと使えないようなのは奈美にもわかった。
「この晴天じゃカミトキさんが天力を使えないって知ってて、あの人、あんな態度なの? こんなの、弱い者いじめじゃない」
「……イヤ。ライカの兄貴は、確かに冷たいときもあるっす。でも、アレは、そんなんじゃないっすよ──たぶん」
「……え?」
横で試合をじっと見守るテスの横顔を見て、奈美はキョトンとした。奈美もつられるように試合の方に目を戻す。
ライカは立ちはだかり、いつでも火を起こせるように手を構えている。その前にカミトキがひざますき、睨みつけるように天を見据えていた。
(……あれ?)
奈美は異変を感じて、空を見上げた。つい先ほどまでの晴れ晴れとした青空に、どんよりとした雲が現れ始めたのだ。
他の隊員たちもそれに気づいたようで、ざわざわとし始めた。彼らも奈美と一緒だった──雷雲がやって来たのは単なる偶然ではなく、カミトキが呼び寄せたように感じたのは。
ひときわ大きな灰色の雲が真上に来たのを確認してから、ライカはカミトキに向かってニヤリと笑った。
「……やればできるもんだな」
「……隊長。本当に遠慮はいらぬのですか?」
カミトキは自らの天力の威力を知っているがゆえに、もう一度確認したのだが、ライカの答えはもちろん決まっていた。
「いらん」
不敵な笑みを浮かべる上司を見て、カミトキは心の中で舌打ちをした。隊長に忠誠を誓うカミトキが、隊長の言いつけを破ることは許されない。彼にできるのはただ一つ、ライカが雷を避けてくれるのを祈ることだけだ。
(隊長、信じています……!)
カミトキがまるで照準を合わせるようにライカを見据えたその時、カミトキの体にかすかな閃きが走る。次の瞬間────。
「カミトキ!!!」
「────!!」
不意にライカに名を呼ばれ、カミトキは本能的に身を竦ませる。
ライカはその隙を見逃さない。拳の中に忍ばせておいた数枚の落ち葉に火をつけると、風がそれらを手のひらからさらっていった。火の玉となった落ち葉が、風下のカミトキめがけて飛んでいく。
「……く……ッ!」
突然のことに、カミトキはその場から跳ね上がる。火の玉を避けるため、後先を考える暇などなかったので仕方ないが、カミトキが着地したのは場外だった。
会場一同が静まり返った一瞬ののち、審判のダンチョウの声が響き渡る。
「勝者ライカどの!」
その一声を皮切りに、会場全体がわっと歓声を上げた。隊員たちは皆、隊長と副隊長の圧倒的な強さを目の当たりにして、興奮している様子だ。
いまだ場外で呆然としているカミトキに向かって、ライカがニヤリと笑った。
「すまんな。ただ、名を呼んだだけだ」
「……いえ! それで油断したのは、私の落ち度です」
場外へと出て行くライカの背中を見送りながら、カミトキは改めて隊長という大きな存在に敬服した。
(まさか他人に自らの天力を開発させられることになるとは……)
一方、奈美はというと、ポカンと口を開けていた。
(何、今の……。カミトキさんが、雲を呼んだ……?)
そこで、奈美は考え直すように頭を振った。
「まさか、ね。たまたま雲が通りかかっただけよ。いくら自然現象を操れるからって、まさか人間が雲までも呼びよせるなんて、できるはずないもの」
再び雲ひとつなくなった空を見上げながら奈美がつぶやいていると、ライカが試合から戻ってきた。奈美の前まで来ると、不敵な笑みを浮かべた。
「少しは天力のことがわかっただろ。……ま、本気でやれば死人怪我人が出るから、皆、手加減もいいとこだがな」
「うん。あなたの火、料理のときに便利ね。今度から手伝ってよ。イチから火を起こすのって大変なんだから」
「…………おまえな」
ライカが呆れて眉をひそめる横で、奈美は残念そうにため息をついた。
「でも、カミトキさんの天力、見れずじまいだったなー。雷、見たかったのに……」
「……俺を殺す気か」
ライカが何かをつぶやいたので、奈美はキョトンとした顔で訊ねた。
「え? 何か言った?」
「何でもない」
その時、隊員たちがぞろぞろとライカと奈美の周りに集まってきた。皆、うずうずとした顔で奈美に訊ねる。
「……で、どうだった!? 俺たちの天力は!」
「……どうって──」
それを少し離れた所から見ていたカミトキは、奈美が答える前にその場を離れようとした。奈美に拒絶的な反応をされるのは、奴を仲間だと思い始めている自分には少し酷だからだ。
(人離れした力を見せつけられて、普通の人間であるナミがすぐに受け入れられるはずがない。それほど、我々の能力は異様なのだ……)
窟に向かうカミトキの背に、奈美のあっけらかんとした声が降ってきた。
「みんな、個性的でいいな」
カミトキの足が、思わず止まった。
化け物だ。近寄るな──。それ以上に辛辣な、耳を塞ぎたくなるような言葉を予想していただけに、カミトキは驚いた顔で奈美の方に振り返った。
奈美は変わらぬ調子で、続けた。
「あと、天力って便利だなーって。おれが困ってるときは、みんな、手を貸すように」
「はっはっは! おまえなら、そんなこと言ってくれると思ってたよ!」
奈美の発言に、隊員たちが一様に笑い出した。ライカも、驚いた様子のないところからすると、奈美の反応を──術持ちに蔑みの目を向けないことを、予想していたようだ。
カミトキはその時、ライカと目が合った。ライカはニヤッと口の端を曲げてみせる。
(隊長はすでにナミを信用しているというわけか……)
再び奈美の方を見遣ると、奈美は隊員たちといつものようにくだけた様子で話している。
この世のすべての人間が奈美のようにはいかないだろうが、すべての者がそうであるわけではない。
カミトキは目を少し和らげると、誰に言い聞かせるわけでもなく、つぶやいた。
「私は……普通の人間に歩み寄る、ということを忘れていたかもしれないな」
奈美はというと、隊員たちとの話で白熱していた。
「え、つまり、生まれつきってことか?」
「おう、そうだ。天力を持つモンは術持ちの家系、そうでない家系関係なく、突然ポンと生まれる。稀にな」
「なんだ……てっきり、この国の人たちはみんな、特訓でもすればトクベツな力が使えるのかと思ったよ。カンドル隊は天力使えるやつばっかり揃ってるから余計に」
「馬鹿言え。俺たちの力は特殊なんだ。術持ちがそこらじゅうに転がってるわけねえだろ。あらゆる国から集められたんだよ、このカンドル隊にな」
その言葉に、奈美が反応した。
「集められた……?」
「というよりも、拾ってくれたといった方が正しいか……。親父がいなかったら、俺たちゃ、その辺で野垂れ死んでた。な?」
一人の隊員が同意を求めると、他の隊員たちは皆、うんうんと頷いた。
「親父には感謝してもしきれねえ。カンドル隊っていう家族をつくってくれた親父にはな」
(親父? ライカ……じゃないわよね)
「なあ、その親父って──」
奈美が訊ねようとしたとき、一人の隊員が「あっ」と話を遮った。
「ナミ、そろそろ炊事場に戻った方がいいんじゃねえか? 飯の支度あんだろ」
「俺、もう腹減ってんだ! 早く作ってくれよ」
隊員たちに促され、奈美は仕方なく窟へ戻ることにした。
(──ま。また今度聞けばいいしね)
「あ、そうそう。言い忘れていたが」
奈美が去ろうとしたその瞬間、別の隊員が思い出したように切り出した。
「個性的でいいと思うぞ。おまえの紅い髪も」
その言葉に、奈美は目をぱちくりとさせた。他の隊員も、にかっと笑って続けた。
「そうだぞ。そんだけ目立ちゃ、どんなに遠くからでもおまえだって分かるしな」
「俺は好きだぞ」
「何言ってんだ、俺の方が──」
この髪は、元にいた世界では悪目立ちしていただけで、こうやって面と向かって褒められたことはない。これまで、どうして自分だけこんな毛色なのか、何故人と違うのかと恨めしく思っていたものだが。
(ホント、あんたたちって──)
なんて残酷な世界に来てしまったのかと思っていたが、どうだろう。愚直なまでにまっすぐに言葉を向けてくれるこの世界の方が、よっぽど温かい。
思わず、目頭が熱くなる。奈美は慌てて、下を向いて涙を引っ込める。
「……ありがと」
何とかそれだけ言うと、一人の隊員が言った。
「窟にいるときくらいはその頭巾、しなくてもいいんじゃないか? 窮屈だろ」
「ううん、大丈夫。髪を抑えといた方が動きやすいし」
「なら、いいけどな」
彼らのそんなやり取りを離れた所で見ていたライカは、ふっと笑った。
(俺の出る幕はない……か)
そして、もたれていた窪地の壁から体を離し、窟に戻る前に隊員たちに一言だけ告げた。
「おまえら、窟に入る前にここ、元に戻していけよ」
「……え?」
奈美と隊員たちは、隊長のその言葉に辺りを見回した。
地面はそこらじゅうに木の葉や枝、土の塊が散乱し、ひび割れている。そして壁には大きな穴。天力を用いた試合により、窪地は散々な状態になっていた。
その後、空きっ腹の隊員たちがひいひい言いながら、窪地整備したのは言うまでもない。




