自分にできることを
奈美はその後、手当てしてやった男たちの家を訪ねまわった。その後の経過を見るためだ。
重症だった者から優先して回っていた。残念ながら奈美がさらわれて村に居なかった間に亡くなった者が三名いたが、それ以外はどの者も峠は越した様子だった。血も止まり、容体も安定していたので、奈美もこれで安心して村を去ることができそうだ。
奈美が一通り患者を見回った後に道端で腰を下ろして休んでいると、向こうからライカが近づいてきた。
「腹が空いてるだろ。食え」
ライカは奈美の隣に座ると、持っていた蒸し甘藷(※サツマイモのこと)を折り、半分を奈美に渡した。
「ありがと。どの家でもお礼を言われまくって、もうお腹いっぱいだけどね」
そう冗談を言った奈美だったが、しばらく何も口にしていないので確かにひどく空腹だ。ありがたくいただくことにする。野盗に食糧を奪われた村人たちの精一杯のもてなしであるからなおさらだ。
「受け取っといて何だけど……ここの人たちは冬を越す食糧もないんでしょ? この先どうするのかな……」
二等分された甘藷をじっと見つめながら、奈美がつぶやいた。──そういえば、部下と食事を共にすることをあれだけ避けていたライカと、こうして何かを食べるのは初めてだ。
「クザン村とクルキ村が食糧を分け与えるそうだ。どちらの村にも余力はないが、あの者たちならば──ま、何とか一冬は越せるだろ」
日暮れ時の村の中を、隊員たちの働く姿が目に入る。明朝、クタラ村を発つのでその準備をしているのだ。そんな光景をぼんやりと眺めながら、奈美は訊ねた。
「……ナゴリたちがどうして村の人に毒を使ったのか、知ってる?」
ライカが奈美を見た。何故そのようなことを訊くのかというような顔で。
「つまり……遊び半分に、毒の効果を見たかったからじゃないと思うのよ」
ナゴリはあの時、こう言っていた──本番の前に効果のほどを知っとくため、と。
その言葉が本当なら、ライカに知らせた方がいいと思ったのだ。生き延びたナゴリが、いつかその毒を使って何か悪いことを企む──その可能性はゼロではないと、奈美はずっと考えていた。ナゴリを生かすように頼んだのは自分なのだから、放っておくのはあまりに無責任だ。
奈美の心配をよそに、ライカがあっさりと答えた。
「さしずめ景の都に攻め入る魂胆だったんだろ。大事を決行する前に、毒の効果をよく知るために村人で試したんだろうな」
「……わかってたの?」
奈美が驚いてライカの方に振り向くと、ライカは最後の一口を食べながら続けた。
「女や子どもをさらう行為は、その村からはもう手を引くということだ。ここ一帯を根城にして暮らし続けるつもりならば、襲う村を死なせたりするはずがない。女子どもがいなければ、その村はもう繁栄しないからな。死にゆく村からすべてを奪い尽くし、残った男と年寄りは毒の試し斬り、さらった女たちを売った金で武器の調達……これらから考えて、あいつらがどこかで戦を起こそうとしていたと考えるのは容易だ。あいつらの窟にも、遊び半分で手に入れたには多すぎる毒が保管されてあったしな。それに、おまえもナゴリの言葉を聞いただろ。奴の、景ノ国への復讐心は異常だったからな……」
確かに10年前のヤワジ王による裏切りにより、ナゴリは復讐に狂っていた。それを知っていたのに、何故あの時、自分はナゴリの命乞いなどしてしまったのだろうか。
「……私、もしかしてとんでもないことしちゃった……?」
「おまえな……それも解っていて奴を庇ったんじゃないのか?」
固まった奈美を見て、ライカが呆れたようにため息をついた。
「ま、ナゴリの奴が万が一生き延びていようが、問題はない。小蠅をいくら追い払っても切りがないが、腐った物を取り除けば、小蠅はそのうち消えていくだろ」
「……は?」
「おまえもナゴリの戯言を聞いていただろ。……昔、あることがあって、俺は前の景王・ヤワジに激しい怨みを抱くようになった。……奴が死んだ今も変わらずな」
「そういえば、ナゴリから聞いた。確か……カンドル隊って、10年前までは景王直属の部隊だったんでしょ? でも、失脚して都を追われた。それと何か関係があるの?」
「……ま、そうだな」
遠くを見つめるライカの瞳に何が映っているのか、奈美にはわからない。自分がそれを知ることはあるのだろうか。
(──知りたい)
この男のことを知りたい。そうすれば、少しは近づける気がするから。
奈美がライカの横顔をぼうっと眺めていると、その口が開いた。ライカはいつも以上に凛々しい顔つきをしている。
「過去が原因で景の都とは距離を置いていたが、それも終わりだ。俺についてきてくれる隊員、それに今回のような貧しい村々に暮らす民のためにも、そろそろ私情は捨てて、俺にできることをしようと思う」
「もー、だから何が言いたいのよ、さっきから!」
話が見えないことにイライラしている奈美に、ライカが告げた。
「カンドル隊に王直属の部隊に復帰してほしいと、今の景王から何度か話を持ち掛けられている」
「──え」
「王の懐に潜り込めば、腐敗した朝廷に介入しやすくなる。朝廷を変えてゆけば、今回のような国内中にはびこる小悪党をいちいち潰していく手間も省ける」
「わー……一庶民の私には、何というか……別次元のお話だこと」
(……小蠅云々はそういう意味)
突然の告白に、奈美は開いた口が塞がらない。そんな奈美を見て、ライカは怪訝そうな顔をした。
「何を言う。もし王の部隊になることが決まれば、おまえもカンドル隊の一員として共に都に行くんだぞ?」
「え? 何言ってんの。異世界から来た正体不明なヤツが王様に仕える、とか出来るわけないじゃない。裏方仕事でも無理よ!」
奈美は慌てて両手を振った。以前景の都に連れて行ってもらった時に遠目に見えた城。城の中は少しだけ見てみたい気もするが、あのような場所に奈美などお呼びでないだろう。
そう、自分に合うのは一般人が暮らす世界。刺激的な暮らしは少しくらいなら体験しても良いが、ずっとは困る。
「私のことなら気にしないで。都から遠~く離れた田舎にでも暮らすから。あ、この村はどうかしら。村長さんに後で聞いてみよ──」
「おまえはどこにも行かせない」
突然のライカの力のこもった声と眼差しに、奈美はドキリとした。
「──な、なに? それってどういう……」
「紅い紐」
ライカは自分と奈美の胸を順番に指しながら続けた。
「俺の心臓とおまえの心臓は、テムルという『命の鎖』で繋がっている。それがあの時おまえが見た紅い紐の正体だ。それがある限り、俺がおまえを手放すことはない」
「……テムル? 紐……紅い……」
奈美はつぶやいた。よくよく考えてみると、赤い紐を見たのは二度あった。ナゴリの手下に襲われたときと、ナゴリの大薙刀が眼前に迫ってきたときだ。
「た、確かにあの時はこの目で見たけど……でも、それ以外の時は何か見えるわけじゃないじゃない! ほら今だって! あの時は危険な状況だったから、もしかしたら気のせいだったのかもしれないし……」
「確かに何でもないときには見えないようだ。だが、俺たちが初めて会ったとき──おまえが三方の崖から落ちた時も、オオカミに襲われそうになった時も、それを見た。これまで出現したときの状況から考えると、どうやらおまえに命の危険が迫った時のみ、赤く光るのだろうな。『命の鎖』という名に相応しいというわけだな」
そう言いながら、ライカは皮肉な笑みを浮かべた。
スラスラと説明されたものの、奈美にとっては簡単に受け入れられる内容ではない。だが、この世界では摩訶不思議な現象は普通に起こりうることをもう知っている。できるだけ受け入れようとした結果、口から出た言葉は──。
「……何でそんなモノで繋がれてるワケ? 私たち……」
「おそらくシスイに呪いをかけられたんだろう」
ライカの不服そうな声に、奈美がピクリと反応した。
「シスイ……その名前、前も言ってたわよね。シスイって人を探してて、私がいればその人が現れるかもしれないからって。一体誰なの? そのシスイって」
「俺がこの手で殺さなければならない宿敵だ」
──深く、苦々しい怒りと敵意。奈美はライカのその言葉の端々から、そう感じた。憤怒の色を帯びながらも、ライカは淡々と続ける。
「10年もの間、シスイを追っていたが、奴は神出鬼没でな。足取りさえ掴めないでいた……。そんな時だ、俺に贈り物があると言って突然現れたのは。その贈り物というのが────おまえだ」
そこでライカは奈美を見た。が、奈美はキョトンとして見返した。
「私が……贈り物?」
「俺を三方の崖に呼び出し、おまえを与えて消えていった。長生きしたいなら、死に物狂いで贈り物を守れと言い残してな。それは、おまえに万が一のことがあれば俺にも何か害が及ぶということだ。さしずめ、おまえの心臓が止まるとテムルを通じて俺の心臓も止まるんだろ」
「何よそれ……」
奈美は眉をひそめた。そんなことをして、一体何になるというのか。シスイとかいう人物は、自分とこの男を弄びたいのだろうか。どうして他の誰でもなく、寛人にプロポーズを受けたばかりで幸せの絶頂だった自分が選ばれてしまったのだろうか。
奈美の頭にぐるぐると疑惑が渦巻いたが、シスイ本人に訊かない限り、どうせ誰にもわからないのだ。たった今、わかったのはただひとつ──。
「だから、私をカンドル隊に入れて、そばに置きたかったの?」
ライカが何故、自分を今回の遠征に連れて行きたがらなかったのか。早くカンドル隊の窟に帰したがったのか。奈美の身に危険が及べば、ライカの命も危うくなるからだ。
「……そうだ。そして、おまえを傍に置いておけば、再び消えたシスイにつながるかもしれないからだ」
『命の鎖』が目の前に現れているわけでもないのに、奈美の心臓はぎゅっと締め付けられた。今までライカが自分を傍に置き、何かと世話をしてくれたり、守ってくれたりしたのは、ライカが自らの命を守るため。そして、奈美はシスイを見つけるための手がかりだから。それ以外の何物でもないのだ。
(……別に、何か期待してたわけじゃないけどね。……けど……)
隊員たちから、ナミが野盗集団にさらわれたあと、隊長がとても動揺していたぞ、と聞かされていた。見つけるまでもっと日数がかかると思われた窟の場所も血眼になってあっという間に探し出し、真っ先に窟の中に飛び込んでいったと。
ライカが自分にほんのわずかでも特別な感情を抱いているのではないかと思ったことが、恥ずかしい。もう二度と、勘違いするものか──奈美が心の中でそう誓ったのも知らず、ライカが真面目な顔で口を開いた。
「ナミ、頼みがある。俺はシスイの首を取りたい。取らなければならない。そのために、俺についてきてほしい。それに、シスイを討てば、おそらくテムルは消える。俺とおまえが自由の身となるためにも、共に歩んでほしい」
(おかしなプロポーズ……)
共に歩んでほしいなんて、まるで結婚を申し込まれているかのような文言だ。でも、これは100%、プロポーズなんかじゃない。
奈美は切なく笑うと、頷いた。
「──こちらこそ、お願いするわ。これからは、私、危ないことに首をつっこまないように気を付ける。だって、あなたの命もかかってるんだものね」
奈美がそう言うと、なんとなくライカが安堵したように見えた。それもそうだ。今までは奈美がむやみに危なっかしいことをするので、ハラハラしていたに違いない。
奈美はその時、ライカの左手を見て気付いた。そういえば、この男の手当てをしていなかった。
「──手、出して」
「……なに?」
「あの時、剣を止めるために怪我したでしょ。私が勝手にナゴリの前に飛び出したせいで。遅くなっちゃったけど、傷の状態を見たいから見せて」
「その必要はない。血ならとっくに止まってる」
ライカは膝の上に置いていた左手を何気なく奈美から遠ざけた。手のひら位、さっさと見せれば良いのに、面倒くさい男だ。
「でも、ほっといたら化膿しちゃうかもしれないわよ。いいから見せて!」
「おい」
奈美が無理やり手を取ったのでライカは一瞬むっとしたが、それからは大人しくしている。よしよし、と心の中でつぶやいてから、奈美はライカの手のひらを見下ろした。
ライカの手は温かった。この温かさには何度か触れているので知っている。何故だか泣き出してしまいそうになったが、ぐっと堪えた。
(さ、集中集中!)
奈美は肩に下げていた鞄から手当て道具をいくつか取り出したところで、手が止まった。そういえば、最後の患者を診た時に清潔な布を切らしていたのだった。奈美は少し考えてから、頭に巻いていた布の端を破った。それを見守るライカの眼差しは柔らかかったが、手当てに夢中の奈美は気付いていない。
「……野盗たちの手当てをしただろ?」
集中していた奈美は、ライカの突然の発言に思わず肩がビクッとなった。
「……な、何のことかしら……?」
「窟に居た時、着ていた紗覧が破けてただろ。はじめは野盗どもに何かされでもしたのかと思っていたが……つまり、こういう訳だったんだな。今、わかった」
(……しまった)
奈美の顔からサーッと血の気が引いていく。手当て用の布がない時に、ついつい自分の服を破る癖。どうしてこんな癖がついてしまったのだろうと、奈美は自分の愚かさを呪った。
「てっ手当てを頼まれたのっ。でも看護師としては目の前に怪我人がいるのに断れないじゃない? 手当てした後にこいつらは敵なんだったって気付いて、あなたたちには悪いことしたかなって一瞬は思ったんだけどっ」
慌てて説明するあまり、自分が何を言ってるのか分からない。奈美はじりじりとライカから離れながら心の中で叫んだ。
(こここ、殺される!? やっぱり謝った方がいいの!?)
いや、テムルのおかげでこの男に殺される可能性はないに等しくなったのだが、それでも不安だ。ライカの手が上がったのを見て、奈美は思わずさっと身構えた。
「……一瞬かよ」
それを見て、奈美は呆気にとられた。──今、ライカが笑った。一瞬だったが、いつも無愛想で横柄なこの男が、無邪気な子どものように笑ったのだ。手で口元を隠したつもりだったようだが、奈美の目はしっかり捉えていた。
(え……えぇーーーー……)
奈美はガクッと力が抜けた。ズルい。この男はなんとズルいのだ。そうか、これが世に言うツンデレというやつか。
奈美の反応を見て、ライカが補足した。奈美に恐れられていると思ったらしい。
「別に怒っているわけじゃない。……ま、認めるとは言わないがな」
それから、自分の左手──布切れが巻かれている──を見下ろして言った。
「俺がそうしたように、おまえも自分の出来ることをしたまで……だろ? 『生きる』ために」
その言葉に、奈美は「あ、」とつぶやいた。
(さっきのアレ……そういう意味だったの)
──生きる。皆、信念を持ち、自分の役割を果たしながら、この世を懸命に生きている。
元の世界にいた頃は、平凡な毎日なんて、当たり前にやって来ると思っていた。こちらが願わなくとも、向こうから勝手に。
病院勤めの看護師として慌ただしく業務をこなす傍ら、医師や先輩ナースに気を配り、新人ナースの面倒も見ないといけない。勤務が明け、家に帰ったところでゆっくり休めるわけでもなく、ぐったりとした体を引きずりながら家事を済ませた後は、仕事の勉強がある。
こんな毎日を繰り返していれば、奈美がそう思ったのも、無理はなかった。
──ただただ単調で、退屈で、しんどい。
でも、溺れないよう必死にもがいていたそんな日々もいとおしく、有難いものだったと気付いたのは、すっかり変わり果てた現在があるからだ。
そういえば、母が死んだときもそうだった。
テムルという足枷に捕らえられた現在、その役割を果たしながらこの異世界で生きることになりそうだ──と、奈美は予感した。
「平行世界は君のいる世界」をお読みくださり、ありがとうございます。
ブックマーク登録や評価ポイントをつけてくださっている方!(そう!あなたです!)
本当にありがとうございます!!
本当に、励みになってるんですよ~~(涙)
本作はここで第一部完となります。
第二部はコツコツ書いているところなので、区切りのいいところまで書き上げたら投稿していきます。
その際は、またお付き合いしてもらえたらうれしいです!
それにしても、奈美とライカの関係はなかなか進みませんね。焦れったいことこの上ない!申し訳ない……
しかし!
第二部ではその関係にようやく変化が!
…のはず!
第二部に入る前に、番外編をお届けします。3話あります。
良ければどうぞ♪




