両雄並び立たず
どうやら斬られたのは自分ではない。痛みはないからだ。
そして、目の前には目を見開いて立ち尽くす男の姿。ゆっくりと前のめりになっていき、そのままドサッと地面に倒れこんだ。
奈美がびっくりして見下ろすと、男はうつぶせの状態でピクリとも動かずに転がっている。その肩口から腰まで斜めにバッサリと斬られていて、背中は血まみれだ。
奈美が目の前の光景に理解が追いつく前に、剣が振り下ろされた──男の首めがけて。
「……っ!!」
あまりに無惨で衝撃的な光景に、奈美は反射的に目を背けた。
(なに……? なんでよ、なんでこんな……?)
体が小刻みに震える。だが、無理やり顔を動かして、前に立つ男を見上げた。最近は彼のことを少し見直してきたのもあって、余計に裏切られた気になってくる。やはりこの男は人殺しだったのだ。
「なっ……なんてことすんのよ、人の目の前で……!」
身がすくんでいるが、奈美は何とか声を絞り出した。近頃はふつうに喋れていたので忘れていたが、そういえば初めて会った時もこうだった。
「それが命の恩人に向かって言う台詞か?」
荒い息を整えながら、ライカが答えた。口調と眼差しがいつもより冷たく感じられるのは、ここが敵地だからだろうか。
(……まったく……急いで駆けつけてみれば、殺されそうになっている上に、開口一番がそれとは)
野盗集団の隠れ家に突入後、野盗たちの相手は部下たちに任せ、ライカは奈美を探すため、複雑な窟内部を走り回ってきたのだ。途中に見つけた部屋はすべて空だったが、奥の方から男女の話し声がしたので来てみれば、まさかの当たりだった。ちょうど、目当ての女に向かって男が剣を振り下ろす瞬間だった。
(俺が来るのが一歩遅ければ、おまえは死んでいたんだぞ!?)
それなのに、その言い草はなんだ。文句の一つでも言ってやりたい。
ライカはそんな気分に襲われたが、奈美の顔を見ると、もうどうでも良くなった。確かに今、自分は安堵している。奈美を無事に見つけることができて、心から安堵しているからだ。
「……まあ、いい。それより、怪我などはないか」
ライカは大きくため息をつくと、へたり込んでいる奈美に向かって手を差し出した。奈美は少しためらった後、その手を取った。
「し、してないわよ。──あれ、そういえば……」
手を借りて立ち上がりながら、奈美はあることに気づいた。「紅い紐」がどこにもない。きょろきょろと辺りを見渡すが、そんな気配のかけらもない。
「さっき、なんか……赤っぽい紐のようなものを見たような気がするんだけど。今は影も形もないけど……。おかしいわね。気のせいだったのかな」
その言葉を聞いて、ライカがハッとした様子で奈美を見た。
「──おまえも、見えたのか?」
「え? どういうこと?」
「いや……」
ここは戦場だ。のんきに話しこんでいる場合ではない。奈美の見た「紐」がシスイから贈られた呪いの鎖であることなど、今は奈美が理解できるまでいちいち教えてなんかいられない。
「…………あの、ありがと。その、助けてくれて」
突然、ぼそぼそと礼を言う奈美を見て、ライカが意外そうな顔をした。
「どういう風の吹き回しだ」
「別にどうもこうもないわ。あなたが助けてくれなかったら、私はもうあの世に行ってただろうし……。ここで礼を言わないのは常識人としてアウトでしょ」
「……おまえも成長しているわけだな」
「は?」
「いや、何でもない」
ライカは心の中でにやりと笑った。三方の崖から落ちてきた奈美を助けた時は、礼を言われるどころか反抗的だった。あの時と比べるとかなりの差だ。
「ところで、その恰好は──」
目の前の奈美を見て、ライカが怪訝そうに訊ねた。女物の服を着ている──しかも、あちこちが血で薄汚れている──のが気になったらしい。
「あ、この服? ナゴリって人がくれたの。クタラ村で手当てしたままの恰好だったから汚れてたし……。別にいいでしょ? あの人たちには女ってバレちゃったし」
奈美はけろりと言った。が、内心は冷や汗をかいていた。もしライカに、この血がここの野盗たちを手当てした時に付いたものだと知られてしまったら!
ライカは相変わらず怪訝そうに、奈美の姿を一瞥した。その視線が上から下に来たところで、ぎょっとした。
「…………それは何だ」
「……ソレ?」
奈美がライカの視線を追って自分の足元を見下ろしたところで、あっと叫んだ。紗覧が破れていて、奈美のスラリと伸びた脚がうっすらと見えている。奈美は急いで紗覧を脚に巻き付けながら──それでも脚の線は隠しきれていないが──、慌てて説明した。
「えっと、もちろん、これはわざとじゃないのよ? ええと成り行き上、仕方なく……」
この世界では、女が自分の脚を男に見せることがどんな意味なのかを奈美は思い出した。そのことで一度ライカにも厳しく注意されたことがあるので、もう二度と脚など出すかと思ったものだが、すっかり油断していた。
「……『成り行き上』……と」
ライカの眉間の皺がどんどん深くなっていく。ライカは何か誤解しているようなのでそれを解きたいところだが、野盗たちの手当てに使ったなどと言えるはずもない。奈美が何と言い訳しようかうろたえていると、二人の背後から野太い声がした。
「そりゃ、血の気の多い俺たちのせいだ。ナミには色々と世話になってな。隊長さんの大事な女だってのに、俺たちにそれはそれはよく尽くしてくれたぞ?」
(何を勝手なことをーーーー!!?)
奈美が目を剥いて振り返ると、大薙刀を肩に掛けたナゴリがふてぶてしい笑みを浮かべて立っていた。
「あっ、あんたねっ、誤解を招くようなこと言わないでよね!?」
そのうろたえている姿がますますライカの不審を増長させているとは気づかず、奈美はナゴリを責め立てた。
「ん? 何か間違ったことでも言ったか?」
ナゴリは本当にわからないといった顔をしている。確かに、奈美はナゴリの仲間たちの手当てを──世話をし、尽くしてやった。紗覧が破れているのも血の気の多い彼らの怪我のために使ったからだ。だが、この状況でそんな言い方をすれば、ライカは確実に違う意味で捉える。
奈美は恐る恐るライカの顔を覗き見た。まるで人を射殺しそうな鋭い眼で、ナゴリを睨んでいる。
(ほらーーーー!!)
奈美は心の中で叫んだ。だが、弁明もできない。弁明すれば、敵を助けたことでライカに殺されるかもしれない。かといって誤解されたままで通せば、奈美はふしだらな女として烙印を押されてしまう。これまでの付き合いで感じたことだが、ライカはどうやら淫乱な女を好ましく思っていないようなので、奈美の命はないかもしれない。というか、淫乱な女と思われるくらいなら死んだ方がマシだ。
(……どっちにしろ、私はもう死ぬ運命なのね……)
奈美が一人で悶え苦しんでいると、ナゴリがあっけらかんと言った。
「そんなことよりもナミ、俺の部屋から出るなって言ったろ」
「ああ、もういいから黙って──」
ナゴリがまた何か余計なことを言いそうだ──。頭を抱えながら、奈美はナゴリの口を封じようとした。──が。
「そんでもって、どうして俺の仲間がそこに転がってるんだ? なあ知ってるか、隊長さんよ?」
逆に、奈美の方がナゴリから発せられる威圧感で口を封じられてしまった。まるで空気がピリピリと震えているかのように感じる。
「ああ。俺がやったからな」
ライカがにやりと笑うと、二人の男は向かい合い、睨み合う。ただそれだけなのに、この張り詰めた空気の中に火花が散っているかのように奈美には思えた。
「……ったく、あんたたちに一矢報いるのも一筋縄じゃいかねえってか。しかも、相手は隊長さんときた」
ちらっと奈美の後ろの扉に目をやってから、ナゴリがつぶやいた。フーっとため息をつくと、ゆっくりと大薙刀を構える。
「ま、いい。ここであんたを殺りゃ一石二鳥、いや三鳥だ」
「本気で言っているのか? おまえが俺の命を取れると?」
ライカも剣を一振りして血糊を振り落とすと、胸の前で構えた。
ライカの口の端に笑みが浮かんでいるのが気に食わないらしい。ナゴリが突然、ライカに飛びかかった。
「やってみなけりゃわからねえだろっ!」
「ナミ! おまえは離れていろ!!」
刀と刀がぶつかり合う音が響く。その音の苛烈さに、奈美は思わず耳を塞いだ。
(言われなくたってそうするわよ!)
奈美は心の中で叫んでから、目の前で繰り広げられる戦いを見た。二人の男が、一心不乱に刃を交わしている。
リーチの大きいナゴリが優勢かと思いきや、そうでもない。ナゴリが大振りした直後、ライカは上手くナゴリの懐に潜り込もうとしている。彼らの一太刀の一つ一つが、相手に致命傷を与えるだろう場所を鋭く狙っている。
──そう、これはスポーツでない。戦だ。どちらが早く相手の首を取るかの殺し合い。
まさか本気の殺し合いを目の前で見る日が来るとは夢にも思わなかった。本当は耳だけでなく、目も塞いでしまい。だが、何故だか彼らから目を逸らせない。
ライカとナゴリが同時に飛びのいた。少し距離を開けて、間合いをはかっている。
「どうも調子が出ねえな。酒を飲みすぎたな……」
ナゴリが首を左右に振りながらぼやいた。
「奇襲なんてするなよ。準備運動もできやしねえ」
「馬鹿言え。先に奇襲を仕掛けといて、同じことをされるとは思わなかったのか?」
「思うかよ。俺たちがここに帰ってきてからまだ一日も経ってねえんだぞ? 俺たちが宴で浮かれてる間くらい、放っとけってんだ。なのに、この見つかるはずのない窟の場所をすぐに見つけやがって……。何で分かったんだよ?」
じろりと睨んだナゴリに、ライカはにやりと笑った。
「窟には詳しい方でな。それに、俺の部下は優秀な者ばかり……このくらい何ということはない」
ライカは少し大げさに言った。ナゴリたちが窟を拠点にしているだろうと分かったときは戸惑いを覚えたし、テシジャガ山に入ってからは隊員総出で死に物狂いで窟の隠し出入口を探した。ライカをはじめ、カンドル隊は奈美を助けるために必死だったのだ。そのくらいの誇張は許されるはずだ。
「そういや、隊長さんよ。出し惜しみしてないで、とっとと隠し技を使ってくれよ」
ナゴリに突然そう言われたので、ライカが片眉を上げた。
「……隠し技?」
「隊長さんも奇妙な術を持ってるんだろ? 噂ばかりで実際に見たことがないからな。一度見てみたい」
ナゴリは期待の目を向けたが、ライカにそっけなく言われた。
「……今、使う必要はない。それに見世物ではない」
「ちっ、俺には術を使うまでもないってか」
ナゴリはつまらなさそうに舌打ちをすると、ちらっと仲間のことを考えた。
(さっきの様子じゃあいつらはもうすぐ……いや、もう全滅してる頃だろう。この男もまだ実力を出し切っていねえようだし……クソ、仲間の援護も望めねえんじゃ、このまま牽制してても、カンドル隊の連中がこっちに来れば俺が敗ける! どうするどうする……!?)
ナゴリの頭が必死に解決策を探す。やがて、ひとつの答えが頭に浮かんだ。
(気に入ってたが……仕方ねえ。生きるためだ)
ナゴリはすうっと息を吸い込むと、ライカめがけて大薙刀を振りかぶった。
ごうんという音が響く。大薙刀が切り裂いたのはライカではなく、空気だ。ライカは身を翻してその一太刀を躱したのだが、それでいい。狙いはライカではないのだから。
ナゴリは振り下ろした大薙刀をそのまま左に振り上げた。その先には、目を見開いて戦いを見守る女──奈美がいる。かろうじて刃が届く程度の位置にいるが、この華奢な女ならそれで十分死に至らすことができる。
「えっ?」
再び、奈美は「紅い紐」を見た。巨大な刃が自分めがけて迫りくるのを認識した瞬間、先ほどまではなかったはずの視界に突如として現れたのだ──。
(──やった!)
ナゴリは奈美の命を取れると確信した。ライカは刃を避けたせいで少し離れた所にいる。凶刃から奈美を救うには間に合わない。
自分の女の血を見れば、さすがのカンドル隊隊長も少しは動揺するだろう。その隙を突くのだ。この男に引導を渡してやった後、扉の鍵を開け、中に閉じ込めている女子供を皆殺しにする。そうすれば、野盗退治の依頼を受けたカンドル隊に、後味の悪い思いをさせることができる。仲間たちはやられてしまったが、あの世で喜んでくれるだろう。これでこの10年を、醜くも生き続けてきた意味があるというものだ。
勝利を予感したナゴリは、ふと気付いた──自分の左腕がない。肘より先の部分がないのだ。
「──は?」
ナゴリがきょとんとした顔でつぶやくと、足元でゴトンという音がした。見下ろしてみると、斬り落とされた腕と、大薙刀の柄の途中から先の刃の部分が転がっている。それと同時に激しい痛みが押し寄せてくる。
「ぐああああぁああぁあッッ」
ナゴリは強烈な痛みで狂い叫んだ。その瞬間、血走った目に映ったのは、呆然とこちらを見ている奈美と、彼女を守るようにして剣を構えて立ちはだかるライカだ。
ライカは激昂していた。炎のように燃え滾る怒りが、その眼を通して伝わってくる。相手に睨まれただけで内蔵が震え上がるなど、ナゴリには初めての経験だ。蛇に睨まれた蛙とはこのことか。
(この男は────鬼だ)
息も絶え絶えに、ナゴリはそう思った。それにしても、なんという速さと力だ。絶対に間に合うはずのない距離を一飛びで詰めてきた。しかも一太刀で、腕と大薙刀の柄の両方を斬り落としてしまうとは。
ふと、ライカは我に返った。そして気付いた──ナゴリが震えていることに。自分より一回り大きな体を持ったならず者が、ライカを前にして恐れをなしているのだ。
ナゴリが奈美を標的としたと気付いた瞬間、いつもは冷静なこの頭にもカッと血が上った。それなのに、驚くほど俊敏かつ力に溢れていた。そうえいば、先ほど奈美が男に襲われていた時もそうだった気がする。
「判断を誤ったな、ナゴリ……」
──そう。「鎖」でつながる奈美に手を出す者には、死を。
ライカが剣の握る手を動かそうとした瞬間だった。真っ青な顔をした奈美が目の前に飛び出してきた。ナゴリの前に座り込み、血がボタボタと落ちる腕を取った。
「止血するから早く見せてッッ」
ライカもナゴリも眉をひそめた。たった今、自分を殺そうとした人間を助けようとする人間がどこにいるというのか。
「ナミ、そこをどけ。今から殺す相手の手当てをして何の意味がある」
ライカの言葉も聞こえていないのか、奈美は自分の紗覧をビリビリと引き裂きながら叫んだ。
「早く血を止めないと失血死しちゃうわよ!? 腕を心臓の位置より高く上げて!」
「聞いているのか、ナミ」
「ああもうっ、うるさいわね! 何よ!?」
腕の切断面からやや上部を紗覧で縛りながら、奈美が叫んだ。刃物で腕を斬り落とされる場面を目撃したせいか、今にも倒れそうだが、しなければならないことがあるために踏ん張っている──そんな顔で。
ナゴリはせっせと手当てを進めている奈美を見てから、奈美の手から腕を振り払った。
「俺から離れろ」
「ナミ」
当の本人もそう言ってるんだ──と言わんばかりに、ライカが冷酷な目を細める。そんなライカをキッと睨みつけると、奈美はもう我慢できないとばかりに叫んだ。
「~~~~っ冗談じゃないわ! こんなひどい怪我してる人を見て放っておけっていうの!? そんなことできるわけないじゃない!! あの人は間に合わなかったけど……この人はまだ助かる見込みがあるのよ?」
先ほど自分に襲いかかってきた男は、ライカによって即座に命を絶たれてしまった。彼はもう二度と動くことはない。奈美は思った──また一人、死なせてしまった、と。
「っていうか、あんたたち何なのよ!? 殺し合いなんてやめてよ! そんなこと、やる価値ないわ!!」
奈美の口から思わず出た言葉に、ライカは顔をしかめた。つい先ほどまではナゴリに向けられていた怒りが、今度は奈美に向けられる。
──誰のために、何のために殺し合いをしているのか、考えたことがあるのかこの女は? この男たちを生かしておけば、人々はこれからも苦しむ。それに、この窟からおまえを助け出すためにも、この男を倒さなければならない。そもそも、自分を害そうとした者を何故助けようとするのか、まったく意味が分からない。
(~~~~相変わらずこの女は…………!)
この女の気楽な性格はどこから生まれたのだろうか。異世界にはこんな呑気な人間が大勢いるのだろうか。この世界では、相容れない相手とはどちらかが屈服するか死ぬかのどちらかだ。そうでないとここでは生きていけない。
「……そうだな。ナミの言う通りだ」
ナゴリの言葉に、ライカとナミが振り向いた。その声にはいつものような張りがない。だが、何か腹を決めたような確固さがある。
「このままじゃ俺にもあんたにも、いいことはねえ。ここは話し合いで解決しようじゃねえか、隊長さん」
「何を馬鹿なことを。カンドル隊がおまえたちを殲滅して、村からさらわれた者たちを連れて帰る。こちらには話し合いをする理由がない」
「そうはいかねえと思うぜ。鍵は俺しか知らねえ場所に隠してある。このまま俺を殺したら、その部屋に閉じ込めてある女こどもを出せねえよ」
ナゴリの視線を追って、ライカが扉の方を見る。
「鍵がなくともあんな扉、俺たちの力をもってすれば開かないはずがない」
「無理だと思うぜ。頑丈にこしらえてあるからな。ま、何日かかければ破壊できるだろうが……中のいる人間はどうなるかね? ここに閉じ込めてから水も食料も与えてねえぞ」
それを聞いたライカが顔をひそめた。その反応を見て、ライカが話を聞くことに同意したと受け取ったナゴリは、わずかに口の端を曲げてから話し始めた。
「早速本題といくが……俺と手を組まねえか? 無敵のカンドル隊が野盗の卑劣さを得れば、天下無双だ」
「……その目的は何だ」
「決まってる! 景ノ国に復讐してやるんだよ! あんたたちもヤワジに裏切られただろ? 裏切られた者同士、助け合っていこうや」
(……『裏切られた者同士』? カンドル隊もナゴリたちみたいに、景ノ国の前の王様に裏切られたことがあるの? というか、また思いがけない話が出たわね……手を組むだなんて)
ナゴリの腕の手当てを続けながら、奈美が頭の端で考えた。しかし、ナゴリという男はすごすぎる。圧迫止血しているというのに、呻き声をひとつ上げない。それどころか平然と話し込んでいる。
「10年前に空渡城から追い出されたカンドル隊が、こんな辺境の地で残党狩りみたいなショボい仕事やってんだ。いつか景ノ国に怨みを晴らしてやろうと思ってんだろ、俺たちと同じようにな。俺たちの目指すものは一緒だ。敵対するのは得策じゃねえと思うんだが。違うかい、隊長さん?」
喋り終えたナゴリを、ライカは品定めするように睨んだ。ライカは静かに口を開く。
「……復讐か。確かにヤワジに怨みがないと言えば嘘になるな」
奈美は一瞬、ライカがナゴリから提案された和解を受け入れるのではないか、と思った。だが、それは勘違いだった。
「──だがな、おまえのような料簡の狭い男と付き合うほど、俺たちは落ちぶれちゃいないぜ。せいぜいあの世でヤワジに意趣返しするんだな」
ライカが例の冷酷な目でナゴリを見下ろしている……。それを見た奈美は「この流れはマズイ」と思った。和平交渉の決裂のすぐ先には、ナゴリの死が待っているからだ。
「……そうだ!」
──殺しの現場を再現させてはいけない。そんな思いがあって、奈美はそのとき思いついた考えをとっさに口にした。
「汚名を返上すればいいのよ! こんなところで殺し合いなんかしてないで、その方がよっぽどやる価値があるわよ。ヤワジって人は死んじゃったかもしれないけど、今の王様がいるんでしょ? 王様に会って、10年前のことはヤワジに仕組まれた罠で、いま野盗をやってるのは生きるために仕方のないことだったって話して、王様に認めてもらいましょうよ! 王様みたいな偉い人に認めてもらえれば、再起できるんじゃないの? ついでに、昔払ってもらえなかった報酬も支払ってもらって……」
奈美の突拍子もない話に、ナゴリは一瞬だけ痛みを忘れて笑った。
「景王に直訴するってか? 無駄だ。王に辿り着く前に門前で兵に切り殺されるか拷問を受けるかしておしまいだ」
「う……やっぱり無理がある?」
自分でも言いながら無理があると思い始めていたので、ナゴリに一蹴されても奈美は全然腹立たない。
「──いや、可能性はある。俺が話をつけに行けばいい」
ライカのその反応は、奈美もナゴリも予想しなかった。二人は驚いてライカの方を振り向く。
「へ……? 話しに行くって、誰のところに?」
「景王だろう」
自分から話を振っておいてそれは何だ、と言わんばかりにライカが奈美を睨んだ。奈美はもう一つの意味でも驚いた。
「……あんたって、王様に会えるような人なの? そんな友達に会いに行くみたいなノリで?」
いくら元景王直属の部隊だったとしても、そんな簡単にいくはずがないとは思うのだが。しかもカンドル隊が景王直属の部隊だったのは10年も前のことらしいではないか。現在の王と懇意な間柄とは思えない。
「だが、そんなことをしてやる義理はない。ま、当然だ。こんな些末なことで王に借りを作るよりも、この場でおまえの首を取って依頼を完遂した方が早いんだからな」
長い無駄話をしてしまったとでも言うような顔で短くため息をつくと、ライカの目に再び、冷酷さが戻った。その瞳を見て、奈美はゾッとした。
「とどめだ。楽にしてやる」
ライカが剣を握り直すと、狙いを定めるように切っ先をナゴリの喉元に向けた。振りかぶれば傍にいる奈美もろとも斬ってしまうので、突き刺すことにしたようだ。
(──ああ、ダメよ)
気付けば、奈美の体は動いていた──放たれた剣の前に。剣はナゴリの喉元の代わりに、奈美に向かって突き進む。
その瞬間、その場の全員が息を呑んだ。




