奈美の色仕掛け作戦
ナゴリが喧噪のする大部屋に駆けつけると、そこは血の海となっていた。斬り捨てられた仲間たちがゴロゴロと横たわる中、まだ生き残っている者が狂ったように戦っている──それは相手が、あの憎きカンドル隊だからだろう。
「な……なんで、カンドル隊の奴らがここに……!?」
カンドル隊の男たちが容赦なく手下を斬っていくのを見て、ナゴリは目を剥いた。
(クタラ村の襲撃からまだ一日も経ってねえってのに……! それに、何で俺らの居場所が分かった!?)
「……いや、そんなこと考えてる場合じゃねえ」
ナゴリは辺りをさっと見渡して状況を確認した。宴の後に仲間たちはそのままこの部屋で眠っていたので、そこらじゅうに酒瓶や杯などが散らばっている。手下がそれらに時折蹴躓き、フラフラとしているのは、まだ酔いから醒めきっていないからだろう。それにクタラ村襲撃の際に怪我をして、奈美に手当てをしてもらったものもいるので、元々身体も万全ではない。
(……クソ、こっちが不利に決まってる!!)
ナゴリたち野党集団がこれまで幅を利かせてきたのは、奇襲・急襲を常套手段にしてきたからだ。寝込みを襲われては──しかも相手はあのカンドル隊だ──たまったものではない。
「弱い弱い! おまえら弱いぜ!! こんな相手じゃ天力を使うまでもない! 昨日はもう少しマシな動きしてたと思ったんだがな!?」
高笑いをしながら大刀を振り回しているのは、グクイラだ。さすがは戦の鬼と言うべきか、グクイラはたった一人でばったばったとナゴリの仲間たちをなぎ倒している。
「そういや、おまえさんたちの頭はどこだ? 少しはいい相手をしてくれるだろ」
グクイラがきょろきょろと辺りを見回すと、大薙刀を持って立ち尽くしているナゴリとちょうど目が合った。
「……いいところに」
グクイラがニヤッと笑うと、次の瞬間にはナゴリに飛びかかっていた。大刀と大薙刀がつかり合う音が響く。
「少しは楽しませてくれよ、頭領」
「ぐ……ッ」
グクイラが口の端に笑みを浮かべている一方で、ナゴリは余裕のない表情だ。どちらも大男なので、圧巻の迫力だ。
(──このまま、俺は敗れるのか?)
ナゴリの頭にそんな考えが浮かんだが、即座に一蹴された。
(死んでたまるか!! こいつらに一矢報いてやらにゃ、おちおちあの世に行けねぇってもんだ!!)
カンドル隊の連中に一矢報いる方法──それは、この場所にはない。この大薙刀で体が千切れて動かなくなるまで暴れるのもひとつだが、もっと有効な方法がある。
ナゴリの眼光が鋭く光ったと思うと、グクイラは自分の大刀が跳ね返されるのを感じた。
「お、やる気になったか!?」
グクイラは大刀を構えなおすと、眼前を見据えた。──が、ナゴリはいない。
「……あン?」
グクイラがキョトンとしていると、目の端にナゴリの走り去る後ろ姿を見つけた。
「あの野郎、逃げやがった!」
楽しみを逃してたまるかと、猛然と追いかける。そんなグクイラを見て、ナゴリは大部屋から廊下に出たところで立ち止まった。
「あばよ」
それだけ言うと、ナゴリは大部屋を出たすぐのところに積んであった積荷を蹴り落した。ドサドサと落ち、大部屋の入り口はすっかり積荷で塞がれてしまった。念のため、近くにあった中身がたっぷり入った酒樽を力任せに動かして、二重の防塞を作る。
「あんなおっかない奴らでも、これでしばらくは足止めできるだろ」
ナゴリは大薙刀を持ちなおすと、廊下の奥を走っていった。
◇◇◇
奈美は無我夢中で廊下を走っていた。破れた紗覧のことなど、とうに忘れている。
大部屋の反対方向、外へつながる入り口とは逆方向の窟の奥に向かって、奈美は「ある部屋」を探していた。
あの時、ナゴリは確かに言った──村からさらってきた女こどもは「鍵付きの部屋に閉じ込めてある」と。
ナゴリの手下たちを手当てしている間も、ナゴリと喋っている間も、彼女たちのことが心の隅に引っかかっていた。今日中によその国に売り飛ばすつもりらしいので、助けるなら今しかない。
途中、怪しい扉が見えてきた。その扉の前に立つと、奈美は勢いよく開け放つ。だが、部屋の中は空っぽだ。
「あーーーー、もう、どこなのよ!?」
奈美は息を切らせて叫んだ。大体、この窟は複雑すぎる。幾重にも廊下が枝分かれしていて、奈美はいま自分がどこにいるのかも分からなくなっていた。
(適当に進んできたけど、この道じゃなかったのかも……)
先ほどの枝分かれで左の廊下を選んできたのだが、村の女たちがいるのはもうひとつの廊下だったのかもしれない。一度戻ろうかと悩んでいたが、奈美はやはりこのまま真っすぐ奥に突き進んでいくことに決めた。
(ここで引き返したら、私が部屋を抜け出したことがバレるかもしれないし、大部屋の方で何かよろしくないことが起こってるみたいだからヘタに近づかない方が賢明ね)
奈美は自分の進む道が当たりでありますようにと祈りながら、再び走った。
奈美の祈りは天に届いたようだ。しばらく進むと、ひとつの扉が見えてきた。そして、その前には一人の男が座っている。万が一にでも女たちが抜け出さないよう見張っているらしい。
せっかく当たりの部屋を見つけたという喜びもつかの間で、次の課題は、あの見張りをどのようにして退けるか、だ。
作戦を練る時間はない。向こうがこちらに気づいたからだ。
「おい、こんな所で何してるんだてめえは。頭領と一緒じゃねえのか?」
ナゴリの手下の怪しげな顔にびくつきながらも、奈美は適当に嘘を並べる。
「おかしらさんなら、向こうの部屋でまだお酒を楽しんでいるわよ。綺麗な女を一人連れてこいって。私じゃご不満みたい。その扉の向こうに女たちがいるのよね。早く開けてちょうだい。鍵はあなたが持ってるんでしょ?」
できるだけ平静を装って、できるだけ色っぽく。こんなことなら色仕掛けの練習でもしておくんだった、と奈美は後悔した。──そう、ライカの弱点が女であるとダンチョウから聞いた時にでも。
色仕掛けが効くかは不明だが、奈美には男を倒すだけの腕っぷしはないので他に方法はない。色仕掛け作戦は続く。
「あなたもこんな所で退屈じゃない? なんなら、私が相手してさしあげましょうか? ここならおかしらさんに見つかる心配もないし」
「ほう……おまえが?」
男はまんざらでもないようだ。顎を撫でながら、奈美を上から下まで──特に紗覧からうっすらと見える脚を、舐めまわすようにじろじろと見ている。
「そうだな……その話、悪くないな」
男がニタリと笑うのを見て、奈美の全身に鳥肌が立つ。
(あー気持ち悪い!)
だが、男は奈美の色仕掛けにまんまと乗ってきた。じりじりと奈美との間合いを詰めてくる。
「あいつらは宴だっつうのに、俺一人見張りで飽き飽きしてたとこなんだ。貧乏くじ引いちまったと思ったが、良いこともあるもんだな」
そう言って、男が手を伸ばしてきた──が、奈美はそれをさっとよけてしまった。男が不審な目で奈美を見る。
「……あ?」
「あ、ごめんごめん。つい……」
(やっぱり色仕掛けなんてやるもんじゃないわ)
後悔しても遅い。目の前には、やる気満々の男が一人、立ちはだかっている。
奈美はどこかに救いを求めるように視線をさまよわせる。すると、男の背後の足元に酒瓶が数本、転がっているのに気付いた。どうやら一人で酒を飲んでいたようだ。
(……この量なら、少しくらい酔ってるわよね……?)
できることなら暴力に訴えたくはない……。だが、そんな悠長なことを言っていられる状況ではない。自分と、村の女こどもの身がかかっているのだから。
「おいおい、早く楽しませてくれよ!」
男が今度は奈美に飛びかかってきた。奈美はすんでのところでそれを躱すと、地面に転がる酒瓶を手に取り、男の頭めがけて振り下ろした。
「──あッッ」
奈美は痛みで顔をしかめた。奈美の攻撃が男に命中するどころか、手首をしっかり捉まれてしまったからだ。男の力とは何と強いのか。振りほどこうと力を入れるが、びくともしない。こうなってしまっては、もはやなす術がない。
「……ハナから怪しいとは思ったが、やっぱりな」
男の手に力が入り、奈美が痛みで小さく叫んだ。息をつく暇なく、もう片方の手も掴まれ、そのまま地面に押し倒される。奈美に馬乗りになった男が、卑しい笑みを浮かべる。
「頭領がてめえを一人でここによこすわけがねえんだよ。この扉の鍵は頭領が持ってるんだからな」
(な……なんですってええぇええ?)
まさかナゴリが鍵を持っていようとは思いもよらなかった。それなら、自分の頑張りはすべて無駄ではないか。奈美が嘘をついていると知ってて、この男はわざと奈美の誘いに乗ったのだ──奈美を弄ぶために。
奈美が愕然とした顔をしていると、突然、男が奈美の首に顔を埋めた。
「あー……いい匂いだ」
男の酒臭い息が肌にかかった瞬間、奈美の全身に悪寒が走る。
──色仕掛け作戦はこれにて終了だ。奈美は思いっきり口を開くと、男の首にがぶりと噛みついた。
「うがあああぁっ!?」
奈美を捕まえてすっかり油断していたのか、男が痛みで飛びのいた。
(この男が鍵を持ってないなら、早くここから退散しないと……!)
男が首を押さえて悶え苦しむ間に、奈美はさっと起き上がった。そのまま駆けだそうとしたが──、足を取られて地面に手をつく。
「……逃がしゃしねえよ……」
奈美が恐る恐る振り向くと、奈美の足首を掴んだ男が血眼で奈美を睨んでいる。その首は、奈美の歯型がくっきりと付き、血がにじんでいる。
「何しやがんだてめえ────!!!!」
逆上した男が腰に提げていた剣を抜くと、勢いよく奈美に振り下ろしてきた。それを見て、奈美は悟った。
(──あ、私、死んだかも)
次の瞬間、奈美の視界に紅い紐のようなものが映った。見下ろして確認したわけではないので分からないが 、おそらく自分の胸の辺りに続いている。
そして、その紐の反対側には────。
奈美がそこまで理解したとき、顔に生温かい液体が降りかかってきた。頬に手をやり、拭って見る。血だ。




