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並行世界(パラレルワールド)は君のいる世界  作者: 方丈 治
第一章

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22/67

早すぎる再来

 

 一日がかりでようやく村人たちの手当てを終えた奈美は、民家を出ると、夜空を見上げた。


「夜も更けたわね……」


 夕方までは隊員たちに手伝ってもらっていたのだが、明朝、悪党退治のために村を出ると聞いてからは、ずっと一人で手当てしていたのだ。隊員たちは討伐のための準備があるし、体も休めておかなければならない。まあ、緊急度の高いけが人は大体手当てを済ませてあったので、一人でも間に合ったのだが。


 ずっと手当てに没頭していたので、奈美の体はすっかり凝り固まっていた。背伸びをして体をほぐしていると、ライカが向こうの方からやって来るのが見えた。どうやら奈美の様子を見に来たようだ。ライカに会うのは、三人目の死人が出たとき以来だ。


「もう手当ては済んだのか?」

「まあね。できるだけのことはやったわよ」


 手当ての中でどうしても助けてやれなかった村人は全部で12人だったが、四人目以降の死人を目の当たりにしても取り乱すことがなかったのは、この男のおかげかもしれない。


 ──手当てをしても助からない者もいるかもしれない。だが、そのまま放っておけば、助かることは絶対にない。


 そう心の中で唱え続けたからこそ、手当てをやり通すことができたのだ。

 ライカと顔を合わせるのが何だか気恥ずかしくて、奈美は目を逸らしながら訊ねた。


「明日は朝早く村を出るんでしょ? あなたも寝なくていいの? 他の隊員たちはもう休んでるみたいだけど」

「やるべきことを済ませてから休む」

「やるべきこと?」

「ナミ、よくやったな。おまえがいなければ、村人は半分も助からなかった」


 その言葉を聞いて、奈美は目をぱちくりとさせた。

(なに? 褒められてるの? 私……)


「故郷ではどのような仕事ぶりをしていたのか謎だったが……今日、見ていて分かった。おまえの腕は確かだ。先の失言は取り消す」

(失言? ……ああ、もしかしてあのこと?)


 ──「おまえが一人増えたところで何も変わらん」。村に着いて奈美が手当てをすると言った時に、言われた言葉だ。ライカがそんなことを覚えているとは。


 まっすぐ奈美の目を見て礼を言い、自らの非は素直に認める。ライカの潔い面に触れて、奈美の心が動いたからだろう。奈美の口が、いつの間にか開いていた。


「違う、あなたのおかげよ。あなたの言葉がなければ、途中でけが人を放って逃げ出してた思う……」


 奈美は夜の冷たい空気を吸った。このことを誰かに話すのは初めてだ。──そう、寛人にさえ、打ち明けたことはなかったことだ。


「看護師やってた時、自分の受け持ち患者が亡くなるたびに、いつもおびえてた……私が何か失敗したせいなんじゃないかとか、もっと上手に対応してたら死ななかったんじゃないかとか、私の観察が甘かったから急変したんじゃないかとか……。私ね、恐いの……人を死なせてしまうのが。私が死なせたんじゃないか、私が殺したんじゃないかって思うと、もうね、たまらなくなるの……」


 奈美は思い出した──思い詰めて、一晩中泣き続けた日々を。職場の人間関係とか日々勉強の毎日とか、看護師をしていて辛いことはたくさんあったが、奈美にとって一番こたえたのは、人の死に接することだった。


「でもあなたが、ああ言ってくれたから、弱音を吐いてる場合じゃないんだ、自分のすることに価値があるんだって思えたのよ。私の方こそ、お礼を言わなきゃいけないわね……」


 奈美がゆっくりと顔を戻すと、ライカと視線がぶつかった。視線を交わしたのはたった数秒だったが、とても長い時間に感じた。初対面でもないのに、何故だかライカとは初めて顔を合わせたように思えた。

 先にライカが目を逸らすと、背中を向けてこう言った。


「……おまえももう休め。窟に帰るのは日が昇ってからでいいとテスには伝えてある」


 そう言うと、奈美を置いて去っていった。


◇◇◇


 その後、奈美が異変を感じたのは半刻ほど後のことだった。手当てをしていた民家の片付けと掃除を済ませ、寝る前に井戸のそばで血や汗で汚れた顔を洗っていたときだ。


「な、なに? この音……」


 はじめは気のせいだと思ったのだが、どんどん近づいてくる轟音に、奈美は戸惑った。今夜は新月。辺りを見渡して見えるのは、松明たいまつの明かりだけだ。

 音の正体はやがて判明した。蹄の音と共に、幾つもの灯火の集団がこちらに向かってやって来る──。


「野盗集団だ! 野盗集団が攻めてきたぞ!!」


 村の入り口の物見台で見張りをしていた隊員の一人が、突然叫んだ。ばちを掴みながら、うとうとしていたもう一人の隊員──テスに指示をする。


「おまえは、隊長にこのことを!」

「はっはいっ!!」


 一気に目の覚めたテスが瞬足で物見台の上から消えるのと同時に、桴を持った隊員が銅鑼の前で大きく振りかぶる。

 銅鑼がジャーンと鳴るのを聞いた奈美は、ただ事ではないことが起きていることを悟った。その瞬間に頭に浮かんだのは、自分が手当てしてきた村の男たちのことだ。手当ては済ませたものの、彼らの調子はいまだに良くない。気付けば、奈美は彼らが寝ている民家に向かって駆け出していた。





 テスがライカの休む民家に入ると、ライカは既に目覚めていて、腰に剣を提げているところだった。


「あっ、兄貴っ! 大変っすよ! もう、大変以外のなにものでもないっすよ!!」


 そう伝えるのでいっぱいいっぱいのテスを見て、ライカは溜息をついた。


「……成長しないな、おまえは。何がどう大変なのか、分かるように説明しろといつも言ってるだろ。まあ、今何が起こっているのか想像はつく。……考えられるのはただひとつ。ナゴリどもが襲来したんだな」


 事態が切迫していようとも、ライカは落ち着いていた。扉に向かいながら、ライカは後に続くテスに訊ねた。


「数は?」

「暗くてよく見えないっすが、灯火は10は下らないかと……」

「その倍、いやもっと多いか……」


 外に出ると、ちょうど火矢がライカ目がけて飛んできた。ライカは身を翻した隙に剣を引き抜くと、その矢を叩き折った。地面に落ちた矢先を踏みつけて、火をもみ消す。


 周りでも、銅鑼の音を聞いた隊員たちが休んでいた民家から出てくるところだった。彼らは青天の霹靂を前にして冷静さを失っている様子だったが、すぐに隊長の姿を見つけて安心した顔を見せた。


「隊長! 昨日襲ってきたばかりなのに……一体奴らはどういうつもりなんですかね!?」


 隊員の一人が、もう村の入り口にまで迫っている野盗集団を指して訊ねた。ライカはその問いに答える代わりに、持っていた剣を敵の方に向け、声を響き渡らせた。


「どうやら野盗集団どもがのこのこと舞い戻って来たようだ。喜べ、わざわざ俺たちが出向く必要がなくなったぞ。皆、武器は持っているな? 皆殺しに──いや、かしらのナゴリは生け捕りにし、村を守れ。ただし、奴らの攻撃は・・・・・・一切受けるな・・・・・・。分かったな?」


 それに対し、隊員たちが雄叫びをあげた。一斉に武器を振り上げ、村の入り口に向かって走り出した。

 ライカは後ろを振り返ると、テスと、それからいつの間にか傍に控えていたダンチョウに告げた。


「二人ではきついかもしれんが、おまえたちは火消しを頼む」


 その指示に少し戸惑った様子で、ダンチョウが口を開く。


「しかし……ざっと見たところでは、相手の数は30を超えるかと。微力ながら、我々も参戦した方がよろしいかと……」

「帰る家が燃え尽きていたら、村の者が困るだろ。それに俺たちを誰だと思ってる? 数で劣っているというだけで俺たちが負けるとでも?」

「……御意にござります」


 ライカがニヤリと笑うのを見て、ダンチョウも溜息をつきながら微笑んだ。


 ライカも隊員たちを追うように駆け出した。周りでは火矢が飛び交い、既に燃え移っている民家もある。


(食糧と女こどもを奪っていったばかりだというのに、二日続けてやって来た理由は何だ?)


 走りながら考えていたが、思考は一時停止した。目の前に一人の男が飛び出してきたからだ。


「うらあッッ食らいやがれッッ!!」


 男が大きく振りかぶった腕を勢いよく降ろすと、斧がグサリと突き刺さった──地面に。狙った獲物は目の前にはいない。男がきょろきょろと辺りを見渡していると、上から人間が降ってきた。


「ぐえっ」


 男はあっという間に、地面の上に這いつくばっていた。もがいても背中にライカが乗っていて、起き上がることもできない。


「おまえはナゴリか?」


 背後からそう問われ、男は地面にペッと唾を吐いた。


「俺みたいな出来損できそこないを頭領に見間違うなど、おまえの目は節穴か」

「なら良かった。頭領がこの程度では三日もかけて来た甲斐がないからな」


 そう言うと、ライカは男の心臓目がけて剣を勢いよく振り下ろした。ぐったりとした男から立ち上がると、ライカは顔を上げた。

 隊員たちは野盗たちと激しく戦っており、地面に横たわる野盗の姿もちらほら見える。もちろん地面の上に自分の部下の姿はない。


「……向こうから名乗り出てくれれば楽なことこの上ないんだがな」


 そうライカが溜息をついた次の瞬間、願いが叶うことになった。二人の隊員を相手にしていた一人の男が、痺れを切らしたように突然大声を上げたからだ。


「おまえら下っ端には用はねえ! カンドル隊の隊長さんよぉ、隠れてないで出て来い!! 頭領ナゴリはここにいるぞォ!」


 そう言うと、男──ナゴリは大薙刀おおなぎなたで隊員たちをブンと薙ぎ払った。燃えるような闘志に加え、大柄で派手な衣を身に付けたナゴリに、隊員たちも易々とは近づけない様子で、じりじりと間合いをはかっている。


「カンドル隊隊長、カンナビ・ライカだ。名乗りを上げてくれて助かった」


 血の付いた剣を片手に、ライカがその場に現れた。その姿を見たナゴリが、大薙刀でドンと地面を突くと、ニヤリと笑った。


「よぉ、天下に名高いカンドル隊の隊長さん。会えて嬉しいぜ」

「ぬかせ。こうやって堂々と出てきたからには、二度と自分の棲み処に戻るつもりはないな?」


 剣を構えたライカを見て、ナゴリは慌てて手を振った。


「冗談よしてくれよ。今日はあんたたちがこの村に来るって聞いてさ、ちょいと挨拶しに寄っただけだよ。他に用もあるしな」

「……何だと?」


 ライカの眉がピクリと動いたのを見て、ナゴリはニヤリと卑しく笑った。


「村のもんがどうなってるのか見たくてな。昨日はこの村に来る前に、俺たちの刀や矢に毒を仕込んどいてなぁ……。よその国から手に入れた新しい蛇毒なんだよ。その効き目がどのくらいのものか、この目で見ておきたいだろ?」

「……貴様ら……そのために殺さず、あえて急所を外した傷を……?」


 ライカの射殺しそうな鋭い視線を受けて、ナゴリが両手を上げた。


「おっと、そんな目はやめてくれよ。大丈夫だよ、そんなに長いこと苦しまねえはずだから。聞いた話じゃ血が止まりにくくなるらしい。だから、ほっときゃそのうち死んじまうよ! こんな辺鄙な土地に薬師がいるわけでもねぇし、あんたたちがいたって、たいして何もできやしなかった。そうだろ?」


(……そうだな。俺たちだけだったらな)


 ライカの頭に、奈美が倒れそうになりながらも懸命に手当てしている姿がよぎった。そのせいかは分からないが、むかむかとしたものが腹の底からこみ上げてくる。

 ナゴリがポリポリと頭を掻きながら、辺りを見渡した。


「しっかし、そこらに転がってると思ってた死体がねぇなぁ……。さては、家の中に運んだな?」


 その言葉を聞いて、ライカはハッとした。急いで周りの隊員たちに訊ねる。


「誰かナミの姿を見た者はいるか!?」

(肝の据わっているおまえのことだ。この騒ぎでも目覚めることなく、まだ寝床で眠っているな!? まさかとは思うが、けが人のいる民家などに向かってはいやしないな!?)


 ライカは半分祈るような気持ちで隊員たちの答えを待ったが、一人の隊員が「あっ、ナミなら」と声を漏らした。


「銅鑼がなってすぐ、手当てしていた民家に走っていくのを見ましたぜ!」

「なっ──」


 馬鹿な奴だ──と言おうとした瞬間、村の奥から男の嬉々とした声が上がった。


「頭領、頭領! 見てくださいよ! 村人が集まった家に、女がまだ一人いやしたぜ!」


 ライカや他の隊員たちが声の方を振り向いた。ナゴリの手下が、両腕を掴まれながらも抵抗する奈美を無理やり連れてくるのが見えた。男に取られたのか、いつも頭に巻いている布はなく、奈美の紅く長い髪が、男に腕を引っ張られるたびに揺れている。


「女? 女なら昨日すべて捕まえたと思ってたが、まだ残ってたのか」


 ナゴリが手下が連れてきた奈美の顔をぐいと掴み、上を向かせた。


「何すんだ!」


 じろりと睨む奈美にお構いなしで、ナゴリは興奮したようにポンと自分の膝を叩いた。


「おう、こりゃ上玉じゃねえか! でかした!」


 一方で、奈美に気付いた隊員たちが、ざわざわとし始める。


「お、おい、ナミの野郎、捕まっちまってるぜ」

「どうするんだよ……」


 味方が敵に捕まっている状況で、下手に動くのは無謀だ。戦っていた隊員たちも、次第に敵から離れ、ライカの近くに集まった。それと同時に、散らばっていた野盗集団の方もナゴリの周りに集まった。


「それじゃあ用も済んだことだし、俺たちは帰らせてもらうぜ。こんな上等な土産まで手に入るとは、今日は来て本当に良かったぜ!」


「鎖」で繋がれている奈美を連れて行かれては困る。行かせぬとでも言うような剣幕で、ライカが剣を向ける。


「その者は置いていけ。今すぐその汚い手を離さなければ──」

「俺たちは皆殺しってか? だが、そうなる前にこの女はどうなるかねぇ……」


 そう言うと、ナゴリは卑しい笑みを浮かべたまま、大薙刀の切れ味の鋭そうな刃を奈美の首に当てた。奈美の顔が引きつる。


(~~~~くそ……!!)


 ライカは歯ぎしりをした。首が斬られる前に奈美を奪い返せる足を持つテスも、いつも妙案を出してくれるダンチョウも、自分が向こうにやってしまった。一か八か自分が向かったところで、先に奈美を殺されてしまう可能性が高い。

 ライカは頭を必死に回転させたが、解決につながる道は思い付かない。ライカが八方塞がり状態なのを見て、ナゴリは高らかに笑った。


「あっはっはっは……あんたのそんな顔を拝めるとはなぁ! 今日は本当にいい日だ! 一緒に宴でも開きたい気分だが、あんたたちを俺たちの家に招待するわけにはいかねぇからなぁ。ま、もう会うこともねぇからいいか!」


 そう言い残すと、ナゴリたち一党は奈美を連れて、村の外の闇へと消えて行った。やがて馬の蹄の音が遠のき、傷ついた村に残されたのは、カンドル隊とナゴリの死んだ手下だけとなった。


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