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並行世界(パラレルワールド)は君のいる世界  作者: 方丈 治
第一章

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21/67

私はあくまでも看護師で

 

 クタラ村に到着してから休む暇もなく、カンドル隊は忙しく働くことになった。煙の立つ民家の火消しに、村の男たちの手当てだ。


 先導に立ったのは、テスが急ぎ本隊を連れて戻ってくるまでの間、村の被害状況を調べていたゴソクとヒョウイだ。ゴソクの案内で隊員たちは井戸から水を汲み上げ、炎の大きい家から火を消しに回った。一方、ヒョウイは損壊のない民家を探し出し、そこに傷を負った村人たちを運ばせた。


 カンドル隊がせわしくなく動いているなか、奈美はぽつんとたたずんでいた。あまりの光景にショックを受けたのだ。


「満足したか?」


 そう声を掛けられ、奈美はハッと我に返った。ライカが隣に立つと、共に村の惨状を眺めた。


「おまえが見たかったのはこれだったんだろ? 良かったな、着いて早々目の当たりにできて」

「そんなわけないじゃない!」


 奈美はすぐさま言い返した。確かにカンドル隊がどんな仕事をするのか見てみたいとは言った。だが、破壊された村や傷ついた人々を見たかったわけでは、決してない。


「とにかく、俺はおまえの望みをかなえてやった。テスを呼んでくるから、おまえは今すぐ窟に帰れ」


 去ろうとしたライカに、奈美はエッと声を上げた。


「このありさまを見て、ひとりだけ帰れですって? そんなことできないわよ! けが人の手当てくらいなら私もできる。手伝うわ。帰るのはそれからでもいいでしょ」

「おまえが一人増えたところで何も変わらん。いいから帰れ」


 なぜこの男は、そこまで自分をここから遠ざけたいのだろう──奈美はそう思ったが、こちらだって簡単に「はいそーですか」と引き下がることはできない。人の命がかかっているのだ。


「これでも私、あっち・・・の世界じゃ、看護師だったんだからね! 確かに医者の領分には手出しできないけど……このままじゃ救える命も救えなくなっちゃう!! 悪党退治だけすればいいってもんじゃないでしょ!?」


 怒った顔で詰め寄ってくる奈美を見て、ライカは舌打ちをした。


(一体、誰のために帰れと言ってやってると思ってるんだ?)


 そう思って奈美を睨んだが、半分は自分のためだと気付いて、ライカは口をつぐんだ──そう。奈美が危険な目に遭わないようにするため、が半分。奈美に万が一のことがあったら、自分にも害が及ぶ……それを防ぎたいのがあとの半分。

 ライカは溜息をつくと、奈美をじっと見た。


「……分かった。手当てを終えたら、すぐさまここを去る。それ以上は譲れないぞ」

「上出来!」


 奈美はパッと顔を輝かせると、けが人の待つ民家へと走っていった。その後ろ姿を見送りながら、ライカはつぶやく。


「俺も自分の仕事をするか」


◇◇◇


 ライカはクタラ村の村長と話をするため、ダンチョウと共に彼の家に来ていた。村長は真っ白な髭をたくわえた老人で、幸いなことに怪我は負っていなかった。


「俺たちが来る前に、一体何があった?」


 村の長とはいえ、村長の家の中は実に質素なものだった。村がいかに貧しいのかがうかがえる。古ぼけた椅子を勧められたライカは、座りながら訊ねた。


「……奴らです。あの山脈を根城にしている悪党どもが襲ってきたのです」


 クタラ村長は窓から見える山々を見ながら、そう言った。


「つまり……ナゴリという男を頭領とした野盗集団ですな?」


 ダンチョウがそう訊ねると、クタラ村長は深く頷いた。


「その通り……。ナゴリどもが馬に乗って突然現れたかと思うと、民家に次々と火矢を放ち、慌てふためく我々を斬り伏せていったのです……。奴らはわずかに残った食糧を村中荒らしてかき集めると、女こどもを捕まえて去っていきました……村の男たちが立ち向かいましたが、敵うはずもなく……」


 そこで言葉を切ると、村長は悔しそうに顔をゆがめた。


「私が斬られればよかったのです……! 若い者は斬られ、さらわれ、冬を越す食糧もない……こんな役に立たぬ老いぼれが助かって何になりましょうぞ……」

「まあまあ、落ち着いてくだされ。村の再興には造詣の深いあなたがいなくては」


 隣にいた鼻の赤い老人が、肩を落とすクタラ村長を慰めた。ライカの視線を受けて、老人は深々とお辞儀をした。


「私はクザン村の村長です。お初にお目にかかります、カンドル隊隊長ライカさま。今回は、このクタラ村長とこちらクルキ村長、そしてクザン村長である私の三人が相談して、依頼させていただいたのです」


 クザン村長の隣に、もう一人老人が立っていた。その禿げ頭の老人は「クルキ村長です」とだけ言うと、黙った。


「お二人はどうしてこの村に?」


 ダンチョウがクザン村長とクルキ村長に訊ねると、赤い鼻のクザン村長が代表して答えた。


「依頼をお願いしてからカンドル隊の皆さまがいらっしゃるまでの間も、いつ悪党どもが襲いに来るか分かったものではありませんからな。この辺りの三つの村々の村長が集まって、どうやって悪党どもに立ち向かっていくか……対策を練るため、集まることにしていたのです。まさかそんな日にクタラ村が襲撃を受けるとは……」


 そう言うと、クザン村長が苦々しく自分の腕を見下ろした。ライカもダンチョウもそこで初めて、クザン村長が腕に包帯を巻いていることに気付いた。


「……貴殿も今回の襲来で怪我を負われたのですか?」


 ダンチョウの問いに、クザン村長が恥ずかしそうに笑った。


「かすり傷です。幸いにも血はすぐに止まったので、この通りピンピンしております。何事かと表に出た瞬間、飛んできた矢に当たってしまって……。ふつうならば避けられるくらいのものを……老いにはかないませんなあ」


 そう頭を掻くクザン村長に向かって、クタラ村長が頭を下げた。


「面目ない。こんな時にこの村に来なければ、あなた方が危ない目に遭うこともなかったのに……」

「あなたには非がないでしょう。頭を上げてください、クタラ村長」

「そうだ。悪いのは全て、野盗集団だ」


 ライカが口を開くと、立ち上がって窓辺に近づいた。


「奴らはあそこにいるんだな?」


 ライカは窓の外に見える細長く連なった山脈を指して訊ねると、クタラ村長が頷いた。


「はい……。奴らは、クタラ・クザン・クルキの三つの村を不定期に襲うのですが、その際はいつも、あの山脈の方からやって来るのです。ですが、あの広い山脈のどこに奴らの棲み処があるかは見当もつかないのです……」

「ところで、この村が襲われたのは何度目だ?」

「これで三度目になります。数か月に一度の頻度で奴らはやって来るようです」

「他の村もそうか?」


 その問いにまず答えたのはクザン村長だ。


「私の村に奴らが初めて来たのは、半年ほど前でしょうか……。それからはひと月に一度、やって来ては悪行を尽くすの繰り返しでしたが……そういえば、ここ三月みつきほどは来ていませんな」


 次に、あまり喋らないクルキ村長が口を開く。


「私のところは、その逆です。この三月で四度、襲来に遭いました」

「そうか……」


 村長たちの話にライカが何度か頷いていると、クタラ村長が心配そうに訊ねた。


「ライカさま……我々は幾度と襲われ、人も食糧も減り、もう持ちこたえられそうにないのです。奴らの棲み処の場所が分からないと、やはり討伐は難しいのでしょうか……」


 それに対し、ライカは肯定も否定もすることなく、山脈を眺めた。


◇◇◇


 村長の家を出たライカは、副隊長のカミトキを呼び、隊員たちにこう伝えろと命を出した──明日、日が昇るのと同時に、討伐のため村を出る。そのため、それに間に合うように準備せよ、と。


 それから、けが人の運ばれた民家に向かった。中に入ると、所狭しと並べられたけが人たちと、彼らを手当てする者たちでいっぱいだった。部屋の中は血のにおいで充満していて、まるで戦場のようだった。いや、様子を見ていれば、戦場に違いになかった。


「おい、水がもう無いぞ! 誰か汲んで来いよ!」

「そう言うおまえが行って来い!」

「どこかに手ぬぐいはねえか!? 血が止まらねえよ!!」


 部屋のあちこちで怒号が飛び交い、隊員たちはバタバタと走り回っていた。そのとき、ひときわ大きな声が部屋の中を響き渡った。


「違うって言ってるだろ! その人は軽傷だから後!! 右手首に『一』って書いてあるだろ!!」


 奈美だ。奈美は背中に傷を負った男にさらしを巻きつけているところで、その手さばきはとても手慣れている。


「『一』『二』『三』の順で怪我が重いんだから、『三』の人から優先して手当てしてくれって、さっき教えただろ」

「お、おお、すまん……」


 奈美に叱られた隊員はそそくさと他の重傷の者を探し始めた。それを見ていた他の隊員たちが、ひそひそと話しだす。


「ナミの野郎、鬼のような形相してやがらあ。手当てを始めたらまるで人が変わったようだな」

「ああ。それにしても、手当てに相当慣れているな。一人手当てするのに、俺たちの半分もかかっちゃいねえ。それに、何ってったっけ? とりあじ? 変な名だが、そのやり方なら、確かにどいつから手当てすればいいか分かりやすいもんな」

(トリアージよ! 全然違うじゃない!)


 聞こえていた奈美は、すかさず心の中でツッコんだ。けが人の多さを目にした奈美は、手当たり次第に手当てを始めるのでなく、一人ひとりの様子をざっと見ていき、墨で緊急度を手首に記していく──まずは誰から優先的に手当てをするべきかを決める「なんちゃってトリアージ」を決行したのだ。


 奈美はさらしを巻き終えると、さきほど血が止まらないと慌てていた隊員のもとへ急いで駆け寄る。


「まだ血は止まらないか!?」

「あ、ああ……ずっと傷口を押さえてるんだが」


 奈美はけが人を見下ろした。太腿をざっくりと斬られたようで、隊員が両手で押さえつけているのに、手ぬぐいの下からドクドクと血が溢れ出している。それを見て、奈美は眉をひそめた。


「動脈が傷ついてるんだ……」


 それからは奈美も協力して止血にあたったが、それでも血は止まってくれない。


「止まれ……止まれ……止まれ……ッ!!」


 知らぬうちに、奈美は食いしばった歯の隙間から声を絞り出していた。やがて一緒に手当てをしていた隊員の手が離れるのを見て、キッと睨んだ。


「どうしてめる!?」

「……もう死んでる」


 隊員がそうつぶやくのを聞いて、奈美はすかさず男の首に触れ、胸に耳を近づけた。今度は顔の方に近寄り、閉じているまぶたを開けたり、口に耳を近づけたりしていたが、やがてそっと身を離した。

 次のけが人の手当てをするため、何も言わないまま立ち上がろうとした奈美の顔を見て、隊員が心配そうに声を掛けた。


「ナミ、少し休んだ方がいいんじゃないか?」

「大丈夫。早く手当てしないといけない人はまだいるから……」


 そう言って二、三歩進んだ奈美だったが、よろめいて何かにぶつかった。──ライカだ。


◇◇◇


 けが人の待つ部屋を出ることを拒んだが、隊長の命令だと言われ、奈美は仕方なくライカに連れられ外に出た。その瞬間、透き通った風が肌を撫で、新鮮な空気が喉の奥を通るのを感じて、自分はまた別世界に来てしまったかとのかと一瞬思った。


「座れ」


 そう命じられても座らない奈美を見て、ライカは奈美の肩をぐっと押して無理やり座らせた。

 次に、ライカは近くの井戸に寄って水を汲みあげた。傍に置いてあった桶に水を移し、手ぬぐいを浸して固く絞る。そして奈美のもとに戻ってくると、その手ぬぐいを奈美の目の前に差し出した。

 奈美はただ手ぬぐいを無表情で見つめるだけで、手に取ろうとしない。それを見たライカは、口を開いた。


「顔を拭け。血が付いてるぞ」


 それでも奈美は動かない。ライカは溜息をつくと、奈美の前に膝をつき、手ぬぐいを広げた。

 奈美は顔に、ヒンヤリと気持ちのいい感覚を感じた。ライカが自分の顔を拭いている──墨を塗りつけたあの時と同じように、優しく撫でるように。


「……ナミ。残りのけが人の手当ては隊員たちが行うから、おまえはもう窟に帰れ」


 その言葉にようやく、奈美の口がピクリと動く。


「……どうして?」

「このままだと、おまえが──……」


 ──死んでしまいそうだ。


 途中まで言いかけて、ライカは口をつぐんだ。焚火を前に話していたあの時の、ダンチョウの言葉が脳裏をよぎる。


(俺はどうしてあんな戯言を気にしているんだ? 死人のような顔をしてはいるが、手当てしているだけで死ぬわけないだろう)


 ライカが黙っていると、ライカの言いかけた言葉など気にすることもなく、奈美が堰を切ったように話し始めた。


「患者を死なせたから? 患者の命も守れないナースはお呼びでない? でも、仕方ないじゃない……私はあくまでも看護師で、医者のように治療はできないんだもの! それに医療道具もまともにない上に不衛生なこの環境! できることは限られてるじゃないのよ……」


 奈美は手で顔をふさぐようにしてうずくまった。ずっと黙ったまま聞いていたライカが、おもむろに話し始めた。


「俺は人を殺めることはあれど、人の命を救ったことはない。だから、俺が言う領分ではないが……」


 そこで、奈美の顔を見据えた。


「手当てをしても助からない者もいるかもしれない。だが、そのまま放っておけば、助かることは絶対にない。結果的に命を落とす者がいようとも、おまえは一縷の望みにかけて、この世にあいつらの命をつなぎとめようとしているんだろ?」


 奈美は身じろぎもせずうずくまっていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。


「……まさか、あんたに励まされるような日が来るとはね」


 そう言うと、奈美ははにかみながら少しだけ笑った。


「それ貸して」


 ライカの手の中にあった手ぬぐいをもらうと、奈美は自分でごしごしと顔を拭いた。先ほどはあんなにヒンヤリとしていた手ぬぐいは、ライカの熱で少しも冷たくなかったが、逆にその温かさが気持ち良かった。


(……もう心配はいらぬようだな)


 深呼吸をする奈美の表情を見て、ライカはひそかに息をついた。


「さて……と。息抜きしたことだし、私、手当ての方に戻るわ。もう窟に帰れなんて言わないわよね?」


 奈美はすっくと立ち上がると、そう訊ねた。ライカがひとつ頷くのを見て、ふふっと笑った。二、三歩歩いたところで、ふと思い出したことがあって、足を止める。


「そういえば……お願いがあるんだけど。手当てに必要な手ぬぐいが足りないのよ。どこかにないかしら?」

「わかった。手の余った隊員たちに村の民家の中を探させる」

「助かるわ。なんでか、けが人の血が止まりにくいのよね。軽傷の人でもよ。バイタル──あ、つまり、呼吸や脈拍が早いし。傷口も何だか紫色に変色しているように見えるし……部屋の中が暗いからかしら?」


 奈美のつぶやきに、ライカははっとした。何かがおかしい……。


 ライカは思い当たることがあって、不思議そうに見送る奈美を置いて、足早にその場を去った。



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