先手を取られたカンドル隊
窟を出発したカンドル隊は、馬を休ませるために何度か休憩を取ったあと、通りがかった川辺で野営することになった。馬の世話や野営の支度をしている隊員たちを尻目に見てから、ライカは拾ってきた薪を組みながら訊ねた。
「旅程は予定通りだな?」
向かいで地図を見ているダンチョウが答えた。
「はい。雨が降り出した時は心配したのですが、さすがは野生馬。多少のぬかるみに足を取られることはないようですな」
それを聞いて頷いたライカは、組んだ薪に右手のひらを向けた。次の瞬間、その先にゆらりと炎が舞う。火のついた薪をじっと見つめるライカを、ダンチョウは地図越しに見た。
「気がかりですか?」
ダンチョウの突然の問いに、ライカが火を見つめながら訊ねた。
「……何がだ」
「ナミどのですよ」
「気がかりなもんか。遠征についてこられるよりよっぽど安全だろ。俺の命を握っている『鎖』など、窟に置いてきた方がいいに決まっている。窟には隊員も数人いるしな」
ダンチョウは地図をたたみながら、ふうと息を吐いた。
「私が申し上げたいのは、そのようなことではございませぬ」
「? じゃあ、何だ?」
「ナミどのは気丈に振る舞っていますが、元いた世界とは異なる場所に来てしまったのです。世界が違えば文化も違うこの世界で、たった一人、耐えているのですよ。許婚どのの生死もはっきりとせぬこの状況で……」
「俺にナミを気遣えと言っているのか?」
ライカの睨みに臆することなく、ダンチョウは続けた。
「私はナミどのが今の状況を嘆いて、おかしな気でも起こさないかと心配なのです。ナミどを害するものは他者だけではない──つまり、ナミどのが自らを傷つけたり、命を絶つ恐れがないとは言えないのですよ」
「あの女が? まさか」
ライカは鼻で笑った。自分のしたいように行動し、発言するあの女が、まさかそんなことをするとは思えないのだ。
だが、ライカは思い出した──扉の向こうの泣き声のことを。
その頃、一人の隊員が自分の馬の世話を終え、伸びをした。そのとき、すぐ近くにあった木の箱が目に入って、やるべきことを思いだして溜息をついた。
「さて、隊長にどやされる前に武器の点検でもしとくかな」
そうして、箱の蓋に手をかけて、ずらした。顕わになった箱の中身を見て、彼は目をぱちくりさせた。
「……あん?」
「隊長――!!」
部下の大きな声が、考え事をしていたライカを一気に現実に戻した。大慌てで駆け寄ってくる隊員を、ライカは睨んだ。
「なんだ、騒がしい」
「ちょっと、向こうに来てください!」
その隊員に腕を掴まれ、強引に引っ張られながら、ライカは面倒くさそうに言った。
「訳を話せ、訳を」
だが、隊員が訳を話すまでもなかった。連れてこられた木製の箱を見て一目瞭然だったからだ。
──並べられている武器の上に、二人の人間がぐったりと倒れている。
ナミとテスだ。
◇◇◇
「つまり、こうか」
野営地に建てられた仮設の幕屋に運ばれたナミとテスは、今は目を覚まし、並んで正座をさせられていた。目の前には、恐い顔をしたライカが立っている。ライカから少し離れた所にダンチョウが座り、他の隊員たちは幕屋の外で野次馬のように集まっているようで、ざわざわとした声が聞こえる。
「遠征に行きたいからと、共謀して隠れてついてきた……と。自分の仕事を放り出して、無断で」
冷酷なライカの声に、テスはますます身を縮ませるばかりだ。そんなテスをかばうように、奈美が口を開いた。
「ちょっと違うわね。さっきも言ったじゃない。テスには無理やりついてきてもらったのよ。だからテスは何も悪くないの。私のせいでここにいるんだから。わかる?」
「そう! その通りっす!」
奈美の助け舟に、テスは激しく頷く。だが、ライカには何も響いていないようだ。テスを射るように睨みながら、ライカはゆっくりと言った。
「共謀でも違いないだろう。こういった事態を何が何でも防ぐのがおまえの役目だったんだからな……。それにしても、テス……この前の東菊での一件といい、近頃だらしなさすぎるな」
「ひいいっ。返す言葉もないっす!!」
地面に顔をつけて謝り始めたテスを横目に、奈美が溜息をついた。
「もういい加減あきらめてよ。ここまでついてきちゃったんだし、えーとクタラ村だっけ? そこで少~しだけあなたたちの活動を見学させてもらったら、テスと一緒に窟に帰るからさぁ」
よくもいけしゃあしゃあとそんなことが言えるなとでも言うように、ライカが奈美をじろりと睨む。だが、ライカもそうするしかないと思ったようで、やがて諦めたように溜息をついた。
「……やむを得まい。おまえを同行させることにする。構わないな?」
ライカに問われ、ダンチョウは頷いた。
「その方が良いでしょう。他の隊員たちもナミどのが付いてきていると知り、上手い飯が食えると喜んでおりますゆえ。今、窟に返しては士気も落ちるでしょうしなあ」
ナミの思い切った行動を面白がっているのか、ダンチョウは含み笑いをしている。
「ダンチョウさん、ナイスアシスト!」
奈美はダンチョウに向かってぐっと親指を立てたが、その直後、またあの大人数分の食事作りをしなければいけない事実に気付いて、うううと唸った。
「だが、ついてくる以上、俺の言うことは絶対に従ってもらうからな。ここから先は戦場だ。たった一人の勝手な行動が隊全員の身を危うくする」
「分かってるってば。そこまで馬鹿じゃないわよ」
ライカのひと睨みに、奈美は口を尖らせて答える。ライカはそのまま視線をテスに移すと、命を出した。
「こうと決まったなら出番だ、テス。早速、斥候に出てくれ。すでにヒョウイとゴソクを送っているが、合流して手伝ってやれ」
「やっぱそうなるっすよねぇ……」
奈美が遠征についていくことが決まった時点で、自分もいつものように働かなければならないことは分かっていた。だが、窟での気ままな留守番生活が夢に終わったのだ。テスはおもむろに溜息をついた。
「不満か?」
「そんなことないっすよ! 兄貴のお役に立てるならダイカンゲイっすっから!!」
ライカが睨んでいることに気付いて、テスは飛び上がった。それから何度か膝を曲げ伸ばしすると、ライカたちに「じゃ、行ってくるっす!」とだけ言うと、次の瞬間にはその場から消えていた。
奈美はダンチョウの方に近づくと、小声で訊ねた。
「セッコウ?」
「敵の状況や地形などをひそかに探ることです。テスはあのように身軽ですからな。このような時には、いつも斥候を任せているのです」
奈美がふうんと呟いた瞬間、ライカに背中をどんと押された。
「いったぁ……」
「働け、料理番兼付き人」
奈美がむすっとした顔で幕屋を出ると、野次馬たちがわっと奈美を取り囲んだ。
「で、隊長はなんて!?」
「……クタラ村に着くまでついて行っていいって」
「よっっしゃあ!」
奈美の言葉を聞くと、隊員たちがわっと歓声を上げた。
「旅の道中は以前のようなまずい飯も仕方ないと思っていたが……おまえの飯が食えるとなるとやる気が出てきたぜ!」
「俺、腹減ってんだ! 早速作ってくれよ」
「はいはい……」
奈美はだるそうに答えると、仮設の炊事場へと向かった。その途中、何やら嬉しそうな顔をしたグクイラが話しかけてきた。
「よう。置いてきぼりは嫌だからって、隊長の命令に逆らって勝手についてきたんだってな。武器に隠れて。なかなかやるじゃねえか」
他の隊員にも、もうその話が知れ渡っているのか。奈美は溜息をつくと、グクイラが頷きながら続けた。
「分かるぜ。俺も遠征の時に窟で留守番してろなんて言われたら、血が騒いでじっとなんかしてられないぜ。這ってでもついて行くだろうな。戦の鬼と呼ばれるこのグクイラが、大人しく待っていられるかってんだ。おまえさんもそうだったんだろ?」
あんたと一緒にしないでよね──そう思いながらグクイラを一瞥した奈美だったが、グクイラは気付かずに続けた。
「やっぱりおまえさんも男なんだな。実はおまえさんが本当は女じゃないかと思うこともあったんだが、この間は東菊に行ったんだって? いやー、安心したぜ」
その言葉を聞いて、奈美は二つの意味でギクッとした。ひとつは女ではないかと疑われていたこと、もうひとつは東菊に行ったことがばれていること。カラカラと笑うグクイラに、恐る恐る訊ねた。
「……何で、東菊に行ったって、知ってるんだ?」
「一昨日だったか? 遠征前の景気づけに東菊に行ってな、そのとき娼妓に訊かれたんだよ、おまえのことを。齢はいくつだの、出身はどこだの、好みの女人はどんなだの。まいったぜ、その夜の相手は俺なのにだぜ? よっ、この色男!」
グクイラに背中をバンと叩かれた衝撃で、奈美は前によろめいた。ふらふらと炊事場に向かいながら、奈美は心の中で叫んだ。
(女だってバレてないのは良かったけど……なんか、全ッ然嬉しくないんだけど~~~~!!)
◇◇◇
「ど……どういうことだ、これは」
凄惨たる光景を前にして、ゴソクが思わず唾を飲み込んだ。眼前には、いつもと変わらぬ日常を送るクタラ村があるはずだった。だが、今あるのは、全焼もしくは半焼した民家と、血まみれでそこらに横たわる村の男たちだった。
ヒョウイも驚いた様子で、村の様子を一心に観察している。
「家はまだくすぶっている……。村の中の荒れ具合といい、男たちの様子といい、事が起こったのはつい先ほどのようだ。まさか、先手を取られたか……?」
野営地を出たテスは、斥候に出た二人とすぐに合流した。周囲に気をつけながら歩を進め、クタラ村に近づいたとき、異変を感じたのだ。
テスは穏やかでない村を見て、やっぱり窟で待っていたかったと思いながら、ゴソクとヒョウイに言った。
「オレ、本隊に戻って、ライカの兄貴に報告してくるっす!」




