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並行世界(パラレルワールド)は君のいる世界  作者: 方丈 治
第一章

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養生所のババアとジジイ


「おぬし、おなごじゃな」


 突然の言葉に、奈美は固まった。傍にいるライカたちも驚いた様子で、目の前の老人を見つめている。


「おぬしのような美玉びぎょくが、どうして男装しておる? んん?」


 老人に顔を覗きこまれた奈美は、思わず後ずさりした。横にいたダンチョウが平静をよそおって説明する。


「ははは、この容貌ですので確かにしばしばおなごに間違われますがな。ナミどのはれっきとした男でございますよ、ヨハイおう


 ヨハイと呼ばれた老人は、ダンチョウの言葉に眉をしかめると、一喝した。


「これっ! 妓楼通い70年のこのヨハイをあまりなめるでない! おぬしもおなご好きならわかるじゃろ? このおなごから漂う極上の色香が。……ふむ、思うに齢は30少し手前の年増と見た。けっこうけっこう! 若いおなごを好む男は多いが、女人はこの年頃が最もれておるからな。申し分ないわい!」

(な、なんなのよ、このジジイ……)


 かっかっかっと笑う老人には、さすがの奈美も引き気味だ。


「戯言はそこまでにしな、ヨハイ」


 その場の者全員が振り返ると、そこには一人の老婆が立っていた。奥の部屋から杖をつきながら、ゆっくりとライカたちの方に近づいてくる。


「しばらくぶりだね、ライカ。あんたはいつもテスのこわっぱに文を持たせてばかりだからね、いつ来るのかと待ちわびてたよ」

「都に用事があったから、ついでだ。それよりふみには何か新しい情報が入ったと書いてあったが。文では言えない内容というわけか?」

「おお、つれないねぇ。ま、いいさ。そこに座っていな、茶でも出そう。話はそれからだ。……ヨハイ、手伝いな」

「人使いが荒いな、ねーちゃんは」


 そう言うと、老婆はヨハイを連れだって奥の部屋へと戻っていった。それを見てから、ライカたちは近くにあった古びた机に向かい合って座った。


「カナイおうもヨハイ翁も相変わらずの達者ぶりですなぁ」


 ダンチョウが溜息まじりにつぶやくと、奈美がぶつぶつと言い出した。


「で、ここは何なのよ? また説明もなしに連れてきて。荷物重いんだからあんまり寄り道されると大変なのよね」


 東菊を出た後、再び人通りの多い道をしばらく歩き、連れてこられたのは寂れた通りにある古びた民家のような建物だった。


「ここは養生所ようせいじょです。先ほどのお二人──カナイ嫗とヨハイ翁は姉弟きょうだい薬師で、我々カンドル隊が傷を負った時などは世話になっているのです。養生所といっても、お二人とも高齢のため一般の病人やけが人は診ず、今はカンドル隊専用薬師のようなものですが。……おお失礼。薬師というものが何なのか、分からなかったですかな」

「ううん、分かるわ。医者のことでしょ。さっきシイラシさんに聞いたの。つまりヨーセージョっていうのは、私の世界でいう病院とか診療所みたいなものなのね」


 奈美がふんふんと頷いていると、ライカが思い出したように口を開いた。


「そういえば、シイラシに聞いたぞ。刃物を持った男の前に飛び出していったんだってな。あれだけでしゃばるなと言ったのに、おまえときたら……」

「し、仕方がないでしょ! 女の子が危なかったんだから!」


 ライカがほとほと呆れ果てた様子で溜息をつく。奈美には反論の余地がない──だが自分は何も人に責められるようなことはしていない。ライカたちを指さして言い放った。


「それにねー、肝心な時に傍にいなかったあんたたちが悪いんじゃない! あんたたちがどっか行ったりしなければ、あんな男、一瞬でやっつけられたんじゃないの!?」

「……そう、それだ」


 そのとき、ライカの鋭い視線がテスに向けられた。


「──テス、その間、おまえは一体どこで何をしていた? 別れる前に俺が何と言ったか覚えているか? 東菊でナミと待機しろと言ったのは、何も遊んでいろと言ったわけじゃないことは分かっているな?」


 確かその間、テスはランカラという意中の娘のもとに行っていたはず……。奈美はそこまで思い出すと、ちらっとテスを見た。テスは可哀そうに、青ざめた顔で震え上がっている。


「あ、あ、あにき……オレが悪かったっす……!! だから、そんな人を殺すような目で見ないでくださいっすよぉ~~~~」


 最後は半泣き状態のテスを見て、奈美は火の粉を浴びたテスを哀れに思った。


(あらら……まあ、ランカラのところに言っていたのは事実だし、まさかそのことを言えるはずもないし……ごめんね、テス)


「でも、今日はどうして来たの? あなたたち、ケガしてるようには見えないけど」


 いたって元気そうな男たちを順番に見て、奈美が言った。ダンチョウは「鋭いですな」とばかりにニヤリと笑った。


「ここ養生所には治療以外にもうひとつ、役目があるのです。薬師お二人の長い年月をかけて培ってこられた信頼と人脈を生かした、重要な役目です」

「重要な役目?」

「そう、それは──」

「情報収集と依頼の取次ぎ、さ」


 ダンチョウの声にかぶせるようにして、しわがれた声が奥の部屋からした。見ると、杖のついたカナイと、盆を持ったヨハイがゆっくりとこちらに向かってくる。


「こんな老いぼれ二人だが、うちの養生所はあんたたちカンドル隊を陰で支える大事な組織という訳さ」


 カナイがどっこらしょと傍の椅子に腰かけると、盆の上の湯のみを客の前にそれぞれ置いていく。ヨハイも座ったのを見て、カナイが口を開いた。


「さあ、さっそくその役目を果たしてやろうじゃあないか。本題に入るが──」

「ちょっと待った」


 いきなり話の腰を折ったヨハイを、カナイがじろりと睨む。


「一体なんだい」

「大事なことを聞いてからじゃないと話が耳に入らんからの」

「大事なことってなんだい?」


 カナイが眉をひそめて訊ねると、ヨハイが奈美の方を向いて背筋をぴんと伸ばした。


「おぬし、わしの女にならんか?」

「…………は?」


 唐突な提案に、奈美はただポカンと口を開けることしかできなかった。奈美だけではなく、その場にいるヨハイ以外の全員が──だが。


「わしのものになれば、不自由のない暮らしができるぞ。そこのカンドルの野蛮な連中のもとにいるよりかはな。ここは都で何でも手に入るし、わしには薬師として働いてきたからな、金もたんまり持っておる。なにより体の不調があれば、タダで治してやるという特典付きじゃ!」


 開いた口が塞がらない奈美を見て、ヨハイが心外だと言わんばかりに眉をひそめた。


「なに? まだ納得いかぬか? ……おお、心配は要らぬ! わしはとしてまだまだ現役じゃからのう! ──ぶふぅ!」


 突然、カナイの杖で後頭部を殴られ、ヨハイは叫んだ。


「痛てーよ、ねーちゃん! そんな目一杯の力で叩いたら、この齢じゃ、すぐにあの世に逝っちまうだろ!」

「本ッッ当にどうしようもないねあんたって子は! 大事な話だというから何だと思ってたら……」

「わしにとっちゃ、大事なことだわい! 妓楼歩きばかりしてないで、そろそろ身を固めてもいい頃合いだと思ったんじゃ!」

「85のじじいになって、今さら何ナマ言ってんだい!」

「とうの大昔に婚期を逃したねーちゃんには言われたくないわい!」

「なにをぅ!?」


 ポカポカと殴り合いをしている姉弟喧嘩を見ながら、奈美は呆れつつも思った──この状況を終わらせられるのは自分しかいないのではないかと。だから、はっきりと告げてやった。


「ごめんなさいっ。コレ、なんて言うんだっけ……愛人稼業? 私、そーいうの向いてないから……」


 奈美にきっぱりと断られたヨハイは、断った方が哀れになるほど、しゅんと肩を落とした。


「なぜじゃ? わしじゃいかんか? 他に男でもおるのか? まさかカンドル隊の誰かか?」


 何を馬鹿なことを──と奈美は鼻で笑っていたが、ヨハイは何かに気付いたようにハッとする。


「そうじゃ、それじゃ! わざわざ男装しておるのもうなずける。女人禁制のカンドル隊でわざわざ傍におなごを置くなんてことができるのは一人しかおらん。それは隊の長である──」

「そうだ、俺の女だ」


 姉弟は、ヨハイの言葉を継いだ当人を目を丸くして見つめた。テスもあまりの衝撃に口をパクパクとさせている。ダンチョウは特に驚いた様子もなく、溜息をひとつついている。


「だからこれ以上はナミに手出ししてくれるな。それにここにいる者以外への他言は──」


 ライカが真顔でそう言うと、ヨハイはしわくちゃの手を上げて制止した。


「わかっておる! 仕方がない、おぬしのおなごならば、わしも諦めるしかないようじゃ。……しかしのぅ、やはり惜しいのぅ……」


 ヨハイはまだ諦めきれないようでぶつぶつ言っているが、ライカは無事にこの暴走老人を止めることができて、ひそかに胸を撫で下ろした。


「ヨハイ翁がナミどのの正体に気付いたとき、隠しきれぬとは思いましたが……ライカどの、仕方のないこととはいえ──」


 ダンチョウが、姉弟に聞こえないように、小声で小言を言う。ライカが自ら、ナミの正体が女であることをばらしてしまったことを責めているようだ。それに対し、ライカはぶすっとした顔で返す。


「このじいさんは鼻が利く。ごまかしは無理だ」


 その一言に、ダンチョウは首をふりながら溜息をついた。

 ライカとナミを交互に見ていたカナイが、何やら満足気な表情で頷いている。


「……ふむ、今日はいい日だ。あんたの傍に女がいるなんて10年ぶりじゃないか。大体、こんないい男がずーーっと独り身なんぞ、もったいないと思ってたんだ」

ばあさん」


 余計なことを言うな──ととがめるかのように、ライカがカナイを睨んだ。カナイはライカの睨みなど効かないようだ。軽快に笑っている。


「ほっほっほ、お節介ばばあだったかねぇ」


(……10年ぶり?)


 奈美はカナイの言葉を聞き逃さなかった。つまり、10年前にはライカの隣には女がいた、ということか。


(へえ~、こんな男にもカノジョがいたのねえ……)

「…………超意外」


 思わず漏れた奈美の心の声に、ライカが眉をひそめた。


「何か言ったか?」

「ううん、何でもない──って、そんなことより、」


 奈美はライカの方に身を乗り出して、声を潜めた。


「勝手なこと言わないでよね。一体、いつ誰があんたの女に──」


 そこまで言って、奈美は黙った。ライカが凄味のある顔で奈美を睨んでいたからだ。奈美はこほんと咳払いをすると、やむなく居住まいを正した。


(分かってるわよ、場を収めるために言ったってことくらい。でも、ちょっとくらい文句言わせてもらってもいいじゃない! それに、自分の『女』に向ける目つきじゃないでしょ、ソレ)


 奈美がひとり納得できない顔で座っている中、話は次に進んでいた。カナイが扉や窓に目を走らせ、きちんと閉まっているかを確認してから口を開く。


「かねてよりの動向を追っていた『ねずみ』だが……とうとう尻尾をつかんだぞ」

「……それは……! つまり──」


 驚きで言葉に詰まったダンチョウの代わりに、カナイが「そうだ」とゆっくりと頷いた。


「倭国統一の動きあり」


 カナイのしわがれた低い声が薄暗い部屋に響く。ライカ一同は張りつめた表情で、カナイの言葉を待つ。


「景王は『鼠』を使って、他国の王たちに倭国統一を働きかけているようだよ。相手はあたしらが掴んでいるだけで、かんノ国、こうノ国、れんノ国……」

「ふむむ、すでに三つの国に……」


 ダンチョウが難しい顔で考え込んでいるので、奈美は色々と訊ねたい気持ちをぐっと抑えたが、これだけは言える。ライカたちの表情からすると、何か大変なことが起こっている──。


「して、城には行ってきたんじゃろ?」


 ヨハイの問いに、ライカがにやっと笑った。


「情報が早いな」

「なめるなと言っておろう。ただ遊ぶためだけに妓楼に行ってるんじゃあないわい」

「ふん、妓楼通いは遊び目的が大部分で情報収集は二の次だろうが」


 ヨハイがくわっと怒る横で、カナイが呆れた顔でつぶやいた。


「景王が何を言ったのかは知らん。……まあ、大体想像はつくがな。それと、倭国統一の件とは何か関わりがありそうじゃな」


 ヨハイのつぶやきに、ライカとダンチョウが顔を見合わせる。二人もヨハイと同意見だった。景ノ国の王がカンドル隊を手元に置きたがっていることと、倭国統一を策していることには、関連があるとみて間違いなさそうだ。


「さ、この話はここまでだ。新しい依頼が来ておる」


 カナイはそう言うと、懐から一枚の紙を出して机の上に広げた。ライカがそれを手に取り目を通しているので、奈美も覗き込んだ。


(うわ、何これ……読めないじゃない)


 紙には文字のような形のものがずらりと並んでいた。どこか漢字を崩したもののようにも見えるが、奈美の知っている文字ではない。


(そういえば……喋ってる言葉は一応通じてるから、元の世界とこの世界は同じ日本語のはずよね。でも、不思議と書く文字は違うのね……)


 これからこの世界で生きていく身としては、文字くらい書けなくてはいけないのでは──と、奈美が若干の焦りを感じ始めている横で、カナイが説明を加えた。


「吼ノ国との境近くの村々からの依頼だ。略奪、殺し、凌辱、焼き討ちに身売り……。国の管理が行き届いていないのをいいことに、野盗集団が好き勝手しておるようだ」


 ──『依頼』。


 奈美は、先ほどカナイが言っていた養生所の重要な役目とやらを思い出した。


(なるほどね……カンドル隊このひとたちは危なげな仕事を引き受けることで生計を立ててるってワケ。なんだかそれって────)


 いつもの自分なら、こんな危険なにおいしかしない話には近づかなかったはずだ──そう、元の世界にいた時までは。しかし、今の奈美は以前とは少し違った。


(ワクワクするじゃない!?)


 何故だか目をキラキラと輝かせている奈美を不審そうに見遣みやってから、ライカが手元の紙に目を戻してつぶやいた。


「悪党退治か……久しぶりだな」

「近頃は減ってきたのですがな……まだこんな輩がはびこっているとは。嘆かわしいことですな」


 ダンチョウがふうと溜息をつくと、ライカに告げた。


「では、窟に戻って作戦を立てることにしましょう」


 頷くライカの横で、奈美はこれからどんな刺激的な出来事が待ち構えているのかと心躍らせていた──拍子抜けする羽目になることも知らずに。



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