男だらけの新生活
岩壁に囲まれた暗い通路を少し歩くと、松明が見えた。ちょうどその先から、岩を削っただけの壁や地面が平らになり、奈美は少しだけ歩きやすくなった。どうやらここから先が隊員たちの居住スペースとなっているようだ。
いくつか木の扉を通り過ぎてきたところで、ライカはようやくひとつの扉の前で立ち止まった。ライカに連れられて入ったのは、一人用の寝床とわずかな家具があるだけの狭い部屋だった。奈美の後からダンチョウとテスも扉をくぐると、それだけで部屋がいっぱいになった。
(暗くて、じめじめしてて、何だか臭うし……あ~やだ、もう!)
奈美は新鮮な空気を求めるかのように、上を見上げた。が、低い天井があるだけで、余計に陰気な気分になった。
「この部屋の近くには俺の部屋とダンチョウの部屋しかないから、ひとまず他の隊員たちに気付かれる心配はないだろう。……それにしてもテス、いつも衣や布団はまめに洗えと言ってるだろ。臭いぞ、おまえの部屋」
ライカは眉をしかめながら、寝床とその足元に落ちている服の山を指した。
「へへ……すいません」
テスは頭を掻きながら、照れ笑いした。
その横で、奈美は思った。臭いの原因は汚れた衣類や布団だけではなくて、この男たち──というよりも、テスがその主な原因ではないかと。
「でも、兄貴。いきなりオレの部屋に入るんですもん。使うなら使うって、あらかじめ言っておいてくれないと……」
「何を言う。今この時からおまえの部屋じゃなくて、こいつの部屋になるんだからな。おまえのものは全て、後で運び出せよ」
「……えぇ!? そんなぁ、兄貴の付き人になってようやくもらった一人部屋なのにぃ……」
突然知らされた退去命令に、テスはがっくりと肩を落とした。
落ち込むテスが何となく不憫だったが、奈美ものんきにテスを慰めていられなかった。ライカは「こいつの部屋」と言うときに、確かに自分を指していたからだ。
「ちょっと待って! ……私の部屋ってどういうこと?」
「しばらくの間、この窟で俺たちと共に暮らしてもらう」
「……は!? 何よ、それ……。な、なんで私が、あんたたちとこんな場所で暮らさなきゃいけないわけ? 私をこんな所まで連れ去ったのは身代金かなんかが目的なんじゃないの? なら、とっとと私の家族か警察にでも連絡しなさいよ!」
「……金? そんなもの要るか。必要なのは、シスイと繋がりを持つおまえ自身だけだ。おまえをここに置いておけば、いつかシスイが俺の前に現れる可能性があるからだ」
「そういえば、会ったときからあんたたち、シスイシスイって言ってるけど、誰なのよそれ? 言っておきますけど、私、そんな人全く知らないですからね。私をここに閉じ込めてても、いつまでたってもそのシスイって人には会えないわよ。そういう訳だから、早いとこ諦めて──」
──早く解放してほしい。望みはただそれだけだ。だが、奈美の期待も虚しく、ライカはきっぱりと言った。
「おまえがシスイを知っていようがいまいが、そんなことは関係ない。シスイがおまえを選んだ。それで十分だ」
それに、奈美を窟に閉じ込めておかなければいけない理由は他にもある。万が一、奈美の身に危険が及べば、ライカ自身の身も危ぶまれるからだ。
(オオカミの棲む夜の森にわざわざ入り込む奴だ。愚か者を演じる策略なのか、それともただの阿呆なのかは分からないが……こいつを一人、野放しにしておけば、俺の命も長くはないだろうしな)
ライカがそう考えている間、奈美はぎりぎりと歯を食いしばっていた。
「何よ、それぇ……? ホント、ワケわかんない……!」
「ダンチョウ」
話は済んだとばかりに、ライカがダンチョウを呼んだ。
「今日からこいつの目付け役を頼む。おかしな言動ひとつでもしたら報告してくれ」
「心得ております」
奈美の存在を知る部下はテスとダンチョウの二人のみ。まともに女を見られないテスに目付け役を任すはずもなく、ライカがダンチョウにその役を任せたのも当然だ。ダンチョウが戸惑う様子ひとつ見せずに頷いたのは、自分にその役が与えられることをあらかじめ分かっていたからだろう。
「おまえの洗い済んだ衣一式はあるか?」
次に、ライカはテスの方を向いてそう訊いた。テスは足元の服の山に目を落とし、少し考えてから頷いた。
「えーっと、ありますよ、たぶん……。どうしてっすか?」
「ナミに着てもらう。この女と背丈が近いのはおまえくらいだからな」
「う~……自分の衣を女が着るって、何かヤラシイっすね」
テスは照れながら、服の山を漁り始めた。そして、めぼしいものを見つけると、ナミに渡そうとした。
──が、もちろん奈美がそれを素直に受け取るはずはなかった。テスの手の中のものが洗濯済みだとは到底思えない状態であるのに加え、そもそも、なぜ彼の服を身に着けないといけないのかという疑問があったからだ。
「……何で私がこれを?」
じろりとライカを睨んでから、あっと呟いた。
「も……もしかして、女性に男物の服を着させて楽しんだりするとか、そーゆー危なげなシュミなんじゃないでしょーね?」
奈美がじりじりと後ろに下がって、ライカを訝しげに睨んだ。だが、ライカは怯むことなく答えた──にやりと笑いながら。
「無論、理由はある。それはだな──」
◇◇◇
「皆集まったか?」
広間の奥隅に腕組みをして立つライカが、横目で訊ねた。
「はっ! カンドル隊隊員二十六名、ここに!」
そう言うと、一人の男が隊長であるライカに頭を下げた。彼の名はカミトキ。カンドル隊の副隊長だ。
そして、彼の後ろには屈強な男たちがずらりと並んでいた。カミトキ合わせて二十六人もの男たちが広間に集まっているのだ。普段は広く感じるこの部屋も、今や息苦しく感じる。
「俺のいない間、皆苦労をかけたな。特に変わりはなかったようで何よりだ」
ライカは隊員たち一人ひとりの顔を見るように、顔を動かしながら言った。その時、隊員の中の一人からこう訊ねられた。
「隊長の方はどうだったんですか? シスイの野郎には会えたでんすかね!?」
その質問に、また別の隊員が続いた。
「以前、奴が言ってた『贈り物』ってのは、結局何だったんですか!?」
ライカが隊員たちの顔を見渡すと、皆、物欲しげな顔をしている。どうやら彼らは隊長の土産話が聞きたくてたまらないようだ。
(皆、知りたいことは同じ……か)
ライカはふっと笑うと、用意していた答えをよどみなく伝えた。
「予想していた通り、その『贈り物』とやらはシスイの狂言だった。俺を三方の崖におびき出して、地揺れによる崖崩れに巻き込みたかったようだ。──ま、シスイの狙いも虚しく、こうして俺は無事なんだがな」
そこで言葉を切ると、ライカは隊員たちの最後列に立つダンチョウにちらっと視線をやった。ダンチョウがわずかに頷く。
(そう、それでいいのです。ライカどの)
三方の崖での出来事について、隊員たちが知りたくてうずうずしているのは目に見えていた。だからこそ、隊員たちにはもったいぶらずに答えを与えてやるのが最善の策だと、あらかじめダンチョウはライカに助言していた。それが、本当は「贈り物」が存在したという事実を隠すのには最適なのだと。
(ナミどのことは触れずに、だが真実味を帯びた答えを与えれば、この者たちは納得するはずですからな)
三方の崖でシスイと対峙した時、地揺れが起こったのは事実だ。ライカとの話し合いの中で、シスイがライカを地揺れに巻き込みたかったと考えるのが妥当だろうという結論に至ったのだ。
「そういえば、その刻のあたり、この辺りも地揺れがあったが……まさかシスイが起こしたものだったとは!」
「あの男が天変地異を操るという噂はまことだったのですね……」
「俺たちは本当に、自然界を思い通りに動かせる奴なんかを相手にできるのか……?」
隊員たちがざわつき始め、彼らの間にじわじわと怖気が広がった。それを察知したライカが、静かに、だが堂々とした口調でそのどんよりとした雰囲気を断ち切った。
「噂は所詮、噂だ。シスイは天変地異の動きを予測する能力に長けているだけだろう。今回の一件は、奴の予想が当たっただけに過ぎない」
それを聞いた隊員たちは、ほっとした様子だ──ほんの少しだけだが。天変地異を「操る」より、「予測する」だけまだマシというものだ。
「──皆に伝えておくことが、もう一つある。今日からこのカンドルに、仲間が一人増えることになった」
そこで言葉を切ると、ライカは広間の出口に待機していたテスに目配せをした。テスがそれに気付くと、横の扉の陰に向かって、こちらに出てくるよう合図した。
「ほら、出番っすよ」
「うぅ……本気でこんなことやるわけね……」
ぶつぶつと呟きながら扉の陰から出てきたのは、奈美だった。ただし、今まで着ていたゆったりしたニットにショートパンツという姿ではない。太腿まである上衣に、穿裳──いわゆる、ズボンだ──姿だ。腰に帯を巻いて着るその衣裳は、日本の伝統衣装である着物にどことなく似ている。
ライカや他の隊員たちが着ている上衣は足首の辺りまである分、奈美の服は動きやすいのだが……汗や泥で薄汚れた、男臭さが漂うテスの服だ。着ていて気持ち良いわけがない。
(汚れてるし、臭いし、こんな可愛さのかけらもない服……どうして私がこんな目に?)
心の中でそう嘆きながら、奈美はふらふらとライカのもとへと歩いた。その間、大勢の男たちの視線が痛いほど突き刺さる──不審そうな目、好奇の目。奈美は逃げ出したい思いを抑えて、足を前へと進ませた。
頭に巻きつけた布が重いのも、奈美をさらに憂鬱にさせた。紅い髪は目立つから駄目だとライカに言われ、仕方なく髪をまとめ、頭に布きれを巻き、隠しているのだ。
やがて、奈美は隊員たちと向かい合うようにしてライカの横に立った──その前に、ライカを一睨みしてからだが。
「紹介する。こいつは、三方の崖から帰る道中で拾った。行くあてがないからここに置いてほしいと泣きつかれ、仕方なく連れ帰ったんだ」
(……へえ~……「連れ去った」んじゃなくて、「拾った」ね。……そう、「仕方なく」なのね。いつ、誰が、あんたに泣きついたのかしらね?)
ライカの説明に、奈美の顔が次第に引きつっていく。が、ライカの視線を感じて、ばっと横を振り向いた。ライカが睨んでいる。
「……何?」
「名を名乗れ」
(ああ、自己紹介しろっての? はいはい、あんたの言う通りにすればいいんでしょ。首をはねられたくないもんね)
奈美は一度深呼吸すると、顔を上げた。──が、すぐに足元に視線を落とした。自分が大勢の男たちの視線を一心に集めていることに気付いて、平気でいられるわけがない。
「……平原、奈美……です」
やっとのことで──女だと見破られないように、できるだけ低い声で──それだけ呟くと、奈美の心臓はどくんどくんと波打った。
(あ~~、やっぱり無理よ、男のフリなんて! すぐに見破られるに決まってるじゃない!!)
奈美はそう叫びだしたいのを堪えながら、先ほどテスの部屋でライカに告げられたことを思いだした。ライカは奈美にこう言った──「今日から男として生きろ」と。
それは、奈美に女であることを隠し、カンドル隊の一員になりきって暮らせという意味だった。ライカは妙案だと思っているらしいが、奈美には到底無理な話にしか思えなかった。大勢の男たちに囲まれ、女は自分ただ一人の共同生活……。しかも、無期限というおまけつき。
自分が女だとばれてしまった時のことを考えるだけで、奈美は寒気がした。見れば、女に飢えていそうな男ばかり──しかも、犯罪者集団にいる連中だ。女だと分かった瞬間、オオカミのように襲いかかってくるに決まっている。
奈美が青い顔をしている横で、ライカがつまらなさそうな顔をして言った。
「おかしな名だが、異国出身だからだろう。まあ気にするな」
奈美は気分が悪いのも忘れてむっとしたが、ライカの次の発言には驚き呆れた。
「それと、ナミに割り当てる仕事だが、料理番をやってもらうつもりだ。料理番はこれまで持ち回りで行ってきたが、皆の負担になる上に非効率的だ。これを機にナミに一任しようと思う。……ま、こいつに出来そうな仕事と言えばそれくらいだろうしな」
「料理番……? つまり、私にあんたたちの食事を作れっていうの? 冗談じゃないわ。人を連れ去った挙句、働かせるっての?」
奈美は小声でライカに抗議した。が、ライカはそれに構うことなく続けた。
「それと、これまでは俺の付き人はテスにやってもらっていたが、それもナミに任せることにする。料理番だけではただ飯食いになるからな。それに伴って、これまで俺の横隣の付き人用の部屋にナミが入る。テスはどこか空いている大部屋にいれてやれ。──最後にひとつ、言っておくが」
ライカはニヤリと笑うと、親指で奈美を指した。
「こんなナリでも一応男だ。女のような顔をしているからって取って食ったりするなよ。──話は以上だ。解散」
言い終わると、ライカは奈美を残してさっさと広間を出て行ってしまった。ライカがいなくなった瞬間、隊員たちの口が一斉に開いた。
「やりぃっ! 料理番から解放されるなんてな!」
「料理なんてちまちましたこと、面倒だったもんなぁ。なにしろ料理番に当たってる日は妓楼に行けなかったしな!」
「しかし、テスも災難だな。やっと隊長の付き人になって一人部屋もらえたって喜んでたのにな」
「だが、隊長の付き人役から離れられたのは良かったんじゃないか? 隊長は人使いが荒いからな……」
男たちの会話を縮こまって聞いていた奈美が、ぴくりと顔を上げた。聞き捨てならないことを聞いた気がする。
(人使いが荒いですってぇ? 私に一体、何をさせるってのよ!?)
そんなことを思っていると、次第に隊員たちの興味がいまだに広間の隅で動かない奈美に移っていった。
「それにしても、新しい仲間って……あの軟弱そうなヤツが? カンドル隊の一員として本当に務まるんだか……」
「隊長の言う通り、本当に女人のようだな……。あれで男なのか?」
「剝いて確かめてみるか?」
身の危険を感じ、奈美の体に悪寒が走った。しかし、幸いなことに、男たちは笑い合ってこう言った。
「しかしよ、本当に男だったらどうするよ? 俺ぁ見たかないぜ、男のハダカなんか」
「確かに見たくないな! 娼妓の裸なら大歓迎だがなぁ」
「そうだそうだ!」
「ま、あの隊長が女を窟に入れる訳がないしな。あんなんでも、一物は付いてるんだろうよ」
奈美は冷や汗をかきながら、胸を撫で下ろした。カンドルの男たちは、とりあえずは奈美を男として受け入れてくれたようだ。だが、それはそれで悲しいものがある。
(それにしても失礼な奴らね! 自分で言うのもアレだけど、私、結構美人でしょ!? こんな恰好してるけど、どこからどう見ても女に見えるでしょお!?)
そう心の中で叫んでいると、隊員たちがぞろぞろと奈美の前までやって来た。体格の良い男たち──身長160㎝の奈美でも、見上げないと彼らの顔が見えないほどだ──に取り囲まれると、かなり圧迫感がある。奈美は思わず後ずさりした。
「ナミとか言ったな?」
一人の強面の男がそう言ったので、怯えた奈美はひたすらこくこくと頷いた。だが、その強面が一転して、くしゃっと顔を緩めると、奈美の肩をバンバン叩きながらこう言った。
「俺はセトってんだ。よろしくな! いやー、おまえが面倒な仕事を全て引き受けてくれて助かった。カンドル隊を代表して感謝するぜ」
他の隊員たちも皆同じ意見のようで、うんうんと頷いている。そのうちの一人が、こう訊ねた。
「ナミは炊事は得意なのか?」
そう問われて、奈美は素直に答えた。
「ま、まあまあだけど」
「そうか! さっそく昼餉が楽しみだぜ」
奈美の答えを聞いた男たちが、わっと歓声をあげた。
「それはありがたい! これからはもう、まずい飯を食わなくていいのか!」
「カンドルの奴らはどいつもこいつも炊事が下手だからなぁ。犬でも食わないような飯で今まで生きてこれらたのが不思議なくらいだもんな……」
奈美が男たちの喜ぶ様子を呆れながら見ていると、セトが声を掛けた。
「それじゃ、俺たちはこれで行くな。これから訓練なんだ。おまえは料理番、頑張れよ」
「はあ。そっちこそ頑張って……?」
つれられてそう返事をした奈美に男たちは背を向けると、無駄話をしながら広間を出て行った。
「意外とばれないもんっすね、女だって」
ぽつんと立っていた奈美に、誰かが声を掛けた。広間には誰もいなかったはずなのに、いつの間にか奈美の横にテスが立っている。
「び……っっくりしたぁっ! ちょっと、いきなり現れないでよ! 心臓止まるかと思ったじゃないの!」
「げっ、いつもの癖で“瞬足”を使っちまった……。そういえばナミの姉貴の前では天力は使っちゃいけないんだっけ」
テスはしまったという顔をすると、今度は奈美の顔を覗きこんで哀願した。
「ナミの姉貴! オレが天力使ったこと、内緒にしてくれないっすか? このことがライカの兄貴にばれたらオレ、付き人どころか伝令の役も辞めさせられるっす!! そしたらオレなんか、カンドルに居場所が……」
「わ……わかったわよ! 誰にも言わないから! だから少し離れてよ!」
鼻がひん曲がるほどにテスが臭いので、奈美は思わずそう叫んだ。奈美にそう言われて初めて自分のすぐ目の前に「女」がいることに気が付いたテスが、ものすごい速さで後ずさりした。
「すっ、すいやせん!! ……あ」
その時、テスの鼻から血が垂れてきた。それを見て、奈美がくすくすと笑った。
「あなたって本っ当に女に弱いのね。こんなにピュアな男の子、初めて見たわぁ。うん、希少生物よ、希少生物。……あ、ごめん、笑っちゃって。鼻血拭かないとね。……えーと、何か拭くもの拭くもの……」
奈美は自分の体を見下ろしたところで、ティッシュもハンカチも持っていないことに気が付いた。今はテスから借りたおかしな服しか身に付けていないのだ。
「……ごめん。無いわ」
「大丈夫っすよ。いっつもこうやって拭いてるし」
そう言うと、テスは手の甲でぐいっと鼻の下を拭いた。それを見た奈美は、どうしてテスが凄まじい臭いを放っているのかが分かった気がした。
「……で、何か用?」
「そうそう、今から窟の中を案内するからオレについてきてください。ライカの兄貴に頼まれたんすよ」
「あああ……やっぱりここで暮らさなきゃいけないのね」
──ヤツラは本気だ。突然ライカの考えが変わって解放されるという淡い期待も虚しく、奈美はがっくりと肩を落とした。
テスのあとについて広間を出ながら、ナミは何気なく訊ねた。
「それと、あなたがさっき言ってたシュンソクって何? テンリキって?」
「うぅ、もうオレに訊かないでくださいよぉ。またうっかり喋っちまったら……」
「はいはい、分かったわよ。私が訊いちゃいけないことなのね」
奈美はぶすっとした顔で言った。だが、下手にテスが言ってはいけないことを漏らしてまた鼻先に来られても困る。
広間を出ると、通路が前方と左右に伸びていた。テスは右手の通路へと進んだ。
「まずは入り口の方から案内するっす。この窟の中で迷子にならないようにしっかり道を覚えてくださいっすよ、ナミの姉貴」
「……さっきも気になったんだけど、その呼び方はナニ?」
テスの後ろから奈美が怪訝な顔をのぞかせた。まるで彼らの仲間として認定されてしまったかのような呼び方だ。
「大丈夫っす! 姉貴が女だってことを知らない他の隊員たちの前では、兄貴って言うっすよ!」
「そういうことじゃなくて……」
「あれ? オレ、ナミの姉貴より年下かと思ったんすけど……違うっすか? オレ16っすけど」
「……16歳!?」
(明日加よりもさらに2歳若いなんて!)
奈美くらいの年齢になると、齢が一回りも違う少年と話すことなど、まあ無い。そのことに驚きながら、奈美はぼんやりと答えた。
「私? 28だけど」
それを聞いたテスが、一瞬固まってから、ぼそっと呟いた。
「…………思ったよりも、おばさんなんすね……」
その直後、奈美にぼこぼこに殴られたのは言うまでもない。