世界を渡る悪徳商人
世界を渡る商人に必要なものといえば、きっと俺は3つの物を挙げるだろう。
それは、地図と時計と魔法の才能だ。
なぜその3つかというと、『世界を渡る』といっても、世界を旅するわけじゃない。文字通り、いくつかの世界を転移魔法を使って、『渡って』いるからだ。地図と時計は異世界の座標を特定するために必要というわけさ。
「さて、今日も商売を始めるとするか」
俺は、いつものように地図と時計に眼を通すと、転移魔法を発動させる。すると、俺の体は少し浮き、遅れて光に包まれた。
「やあやあ、お客さんはどんなものを売ってくれるんだい?」
とある世界の商会で、目の前の男は開口一番そういった。やや日焼けした中年の男の眼光は鋭く、誰が見ても歴戦の商売人というのは明らかだった。
「どんなものを、か。ならば『どんなものでも』と答えよう。情報や異世界の特産品、武器や必要ならば魔法兵器でも売ろう」
俺は自信満々に答える。この手の人間とは過去に何度か取引したことがあるが、下手に出て足元を見られるのはマズい。
ならば、あえて相手の要求にこたえるのがベストだ。そして値段の取引で主導権を握ればいい。俺は瞬時にそれを考え、相手の様子をみる。
「ほぉ、魔法兵器も扱っているのか……、たいしたものだ……」
男は表情こそ崩さないものの、歯切れが悪い。少し動揺しているな?
まあ、無理もない。魔法兵器を扱う商人なんていたら通常ならその世界の国や軍に目をつけられてしまうだろう。
しかし、俺が行くことができる世界は、座標を正確に特定できている物だけでも20を越える。俺が売った結果、この世界がダメになったころで、何の問題もないだろう。商人に魔法の才能が必要というのはそういうことさ。
「まあ、そういうわけさ。少し高いがどんなものでも売ろう。希望の品はなんだ?」
男は俺の話を聞くとしばし沈黙した。
「なるほどそういうことですか。どうやらキミは世界を超える転移魔法が使えるようですね」
どうやら、この男は今までの情報から結論を出したようだ。なに、そんな情報分かったところで何の問題もない、異世界はそれこそ星の数ほどあるのだから。
「ああ、そうだ。俺はこの世界の人間じゃない」
俺の答えを聞くと、男はひっそりと笑った。いったい何をたくらんでいるんだ?
「でしたら転移魔法の補助となる道具を売っていただきたい。そして君が欲しいものはこれではないですか?」
男は机の下に隠すようにおいてあるカバンから特大の魔結晶を取り出した。
「これはどういうつもりだ?」
確かに今日この世界に来たのは、特産の魔結晶の仕入れをするためでもある。商会で売れそうなものを売った後、バザーででも割安な魔結晶を買い叩く。それを他の世界で売るつもりだ。
というか、利益を上げるならわざわざ割引品など買わなくても適当に仕入れて他の世界で売れば利益が出る。
それほどまでにこの世界の魔結晶には価値があった。
「我が国も、転移魔法の研究が進んでいましてね。あと少しで完成するようでして。そうすればこの商会も当然儲かるというお話です」
なるほど、それならばこの報酬量も理解できるな。
「そうか、ならばこの世界はどうだ? 加工技術が盛んな世界だ。この世界からも遠くない。こちらはここの地図と時計を出そう」
俺がカバンから机に中身を見せながら出すと、男は満足そうな笑みを浮かべた。営業スマイルというやつだろうか?
「商談成立ですな。また近いうちに売ってもらうことになるかもしれませんな」
俺は男に見送られ、商会を出て行った。
「さて、なかなかおいしい取引だったな」
町から離れた、小高い丘の上で俺は戦利品の特大の魔結晶を覗いていた。別に占い師になんてなるつもりは全くない。だが、仕入れた商品をちゃんと確認するのは商人の基本というやつだ。
そうして、一通り確認が終わり。
「それにしても、かなり時間が余ったな」
仕入れる必要がなくなって暇になった俺はこれからの予定を考えていた。
「地図と時計、買いにいってくるか」
先ほどの取引で交換に出した道具のこと、時計や地図について考えるが、あの世界ならそんなに高いものではない。
そして転移魔法について考える
「まあ、時間はたっぷりある。何度か転移すれば町に着くだろ」
そうして、適当あの世界の座標に感覚的にあわせると、俺の体は転移魔法特有の浮遊感に包まれた。
「今こそ人間を滅ぼし我々魔族のための世界を作るのだ!」
歓声と咆哮がうるさいほど響き渡る、大広間に俺は転移してしまったようだ。
転移魔法の光につられて、いやはや、俺の全身に人間ではない方々の熱くて冷たい視線を全身に痛いくらいに感じます。
「そこの人間、最後に言い残すことはあるか?」
先ほど、演説をしていた。魔王だろうか、明らかに別格の魔力を漂わせている魔族が赤い眼で俺を見下した。手のひらには魔力が込められているのが分かり、どうやら逃げられそうもない。
「俺、この世界の人間じゃないので見逃してくれないか?」
ひょっとしたら、旅商人には慎重さも必要かもしれないなと思いながら答えた。
そうして俺の『人生』は終わった。
「ボス、考え込むような顔をしてどうしたんだ?」
大きな牙のある鱗をまとった、茶色い魔物が俺のほうを見ながら少し心配そうに聞いてきた。
「ああ、少し昔を思い出してな」
俺は、昼なのに太陽の出ない黒雲に包まれた空を見たまま答える。
「俺たちのボスがそんなんでどうするんですか! 幹部にスピード出世したあなた様が!」
俺の部下達は、尊敬のまなざしで俺を見ていた。
「それに過去のことなど考えてもしょうがないでしょう、じきにすべての世界は我々魔族のものになるのですから」
世界がどうなったって知ったことではない、か。
「そうだな。お前達、行って来い」
俺は、魔族になってさらに強くなった魔力で転移魔法を周りの部下達にかけた。
もしかしたら旅商人には慎重さも必要かもしれない。
そう、『世界を渡る商人』のままでいたいならね。