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006.魔女の決断2

宮姫制度の説明とプラスα。短いです。

 イルムとの恥ずかしい触れ合いは省き、ルナティナは昼間にあった出来事の説明を終えた。


「ということで、明日、薬作りの道具一式が手に入ります!」

「それ、信用して大丈夫なんです? 道具代、あとで請求されません?」

「……だ、だいじょうぶ、だと、おもう。たぶん」


 絨毯に座り込んでジト目で聞くパパリーに、小さな主人は目を泳がせた。不安だ。


「大丈夫……うん、大丈夫。だってイルムは、依頼されてないことでお金取ったりする人じゃないもの。きっと、無理矢理連れてきたことに対してのお詫びなんだと思う」

「そうですか。まぁ、露の宮様がそこまで言うなら」

「あと、好きなもの与えておけば変なことを考えないだろうっていう計算もあると思う」

「……そうですか」

「そう上手くいくものですか! 絶対イルムの裏をかいてやるんだからね!」


 信用してるんだか張り合ってるんだか。

 パパリーには、宮姫と商人の関係性がいまいち分からない。

 それは置いておいて。と、きちんと座り直したパパリーは、幼い主人に確認をする。


「一応聞きますけれど、本当にいいんですか。露の宮様は、宮姫様なんですよ? ここで普通、国王陛下の寵を得るように自分磨きをするものでしょう」

「それ、何の意味があるの」


 ルナティナは、長いドレスを上手に捌いて、ピョンとソファーから飛び降りた。

「意味とか、そういう問題ではなく」と窘めつつ、パパリーはルナティナの動きを眺めていた。

 森の中で暮らしていた割にはドレス捌きに慣れている。所作もきれいで、食事のマナーも申し分なかった。きっと、いい行儀マナー教師がついていたのだろう。

 それに――美しい。

 本気になればきっと、王の寵を得られる素晴らしい姫になるだろうに。


「意味って……苦労しなくてもいいじゃないですか。他の宮姫がいても、子供を産めれば安泰ですよ?」


 自分のように、借金に喘いでいる実家のために、遠く王都まで働き口を探しに出てこなくてもいい。

 自分はたまたま離宮侍女という就職先があったから助かった。けれどそうでなかったら、伝手もない王都で苦労したかもしれなかった。


「パパリー……貴女、知らないの?」


 驚きに目を剥く主人に、パパリーは首を傾げた。


「宮姫制度のことよ。この国は一夫一妻制よ。王妃以外の妻は認められないの」

「知ってますよ?」

「王妃が決まったら、宮姫は全員追い出されるのよ。子供を取り上げられて」

「え!?」

「王妃に選ばれなかった宮姫は、大概は臣下に下賜される。その後のいざこざを避けるため、子供に会うことも連絡を取ることも、王城に上がることも、一生できない。そういう制度なのよ」


 複数の女性を「入宮」させて子を産ませ、王太子を決めてから、その生みの母を正妃とする独自の制度。

 オルタート国王は太陽神の化身とされ、その妻の座は尊かった。

 生半可な女は国王の妻にはなれない。そのため、正妃の資質を見極める――ということが目的とされている、らしい。


 この制度は、元々、初代王タブロスの出身地域にあった風習を元にしている。

 元となった風習は、その土地の長(土着信仰の神の子孫とされていた)の妻を決めるための儀式だった。

 初代王は、即位前からこの慣習に従って複数の女性を傍に置いていたが、途中で現在の国教であるルータ・ルース教に改宗し、一夫一妻制で死んだ。

 慣習はそのまま廃れるはずだった。しかし、息子である二代目王の時代、王妃を決めるにあたり城内が二分するほどに揉め、抗争へ発展しそうになった。この揉め事をどう納めたらいいのか。そのとき、かつての慣習が再浮上したのだった。


「よし、時間稼ぎに仮婚義を行って、一旦全員王の物にしちゃえ」――明け透けに言えば、問題を先送りにしたい王や大臣たちの苦肉の策だったわけである。

 そうして、この風習を土台とした宮姫制度ができたという。


「つまり、神様がどうのとか言っているけど、裏では結局、派閥やら、後ろ盾となる実家の権力争いが起きているってわけ。本来なら私の入宮にだって、何かの思惑が絡んでるんじゃないかと疑うところだけど、まあ、私は賭けの景品だし? 田舎の引きこもりな子供なんて、おまけ程度の入宮なんじゃない?」


 パパリーは、開いた口が塞がらなかった。

 前王は、宮姫も子供もすべて離宮に置いていたと聞いていたので、入宮制度とは、他国で言う後宮ハレムのような場所だと思い込んでいた。


「それは前王が色狂いだったためで……王妃も決めてなかったのよ。二代目国王以来使われていなかった制度を復活させたのは、前王なの。女性を公に侍らせたいためだけにね」

「可憐な少女が真面目に語る話じゃない」

「事実よ。ということで、正式に結婚をするのは、あくまでも『王妃』だけ。これは、王のたった一人の妻と、多数の、後継者となる血筋を得るための都合の良い制度です」

「そ、それじゃあ、幼い露の宮様は……」

「正確な意味で、王妃候補になれるのは、子を産んだ宮姫だけだもの。私が子供が産めるようになるまであと七、八年ってとこかしらね? かなり出遅れちゃうから、王妃の座争奪レースには勝てないと思うなー。なんせおまけだからね」

「冷静に計算してる露の宮様が怖い」

「ということで、頑張るだけ無駄! 私が目指すのは、立派な魔女!」


 ついでに結婚するなら好きな人と、というのは黙っておく。

 

「大丈夫。宮姫は王に仕えるって立場だもの。制度通りなら入宮したら最低限の身分の保障はされるわ。もちろんパパリーのことは悪いようにしない――だから、ちょっと手伝ってね」


 ぱちりとお茶目にウインクする少女の姿はすごくすごく可愛かったが、自分の行先に思わず立ち込めた暗雲に、パパリーはこの仕事に就職したことを初めて後悔した。




*-*-*-*-*



 離宮『露の宮の館』。庭の木陰に肩を預け、二階の窓を見上げる青年がいた。

 窓からは、賑やかな声が聞こえる。おそらくこの館の主人であるルナティナと、侍女だろう。

 人がいるなら引き返すか。

 青年は、緩い癖のある金髪を撫でた。


「……遠慮せず、お入りになればいいでしょう」


 いつの間にか、木立を挟んだ背後に、白髪の混ざった初老の女性が立っていた。

 離宮侍女のドレスだが、パパリーより装飾が多い、上級侍女のもの。立ち振る舞いも、存在を主張せず、空気のようで、それでいて上品。だが淡々とした雰囲気だけが、眩しく生を謳歌する草木の中に違和感を生んでいた。


「――余計な者に顔を見せたくはない」


 振り返らず、二階を見つめたままイルムは言った。

 ルナティナと接しているときの、陽気な商人の声ではない。誰もを屈服させる、重々しい、権力者の空気を纏った背中だった。


「……侍女にご不満がおありですか。田舎者で無知であるものの、あの方と相性がよろしいのではと思いましたが」

「いや、それでいい」

「でしたら、堂々とお入りください。貴方様は、この離宮の主。全てを手に入れた方ではないですか。――――カルブクロス陛下」


 名を呼ばれた男は、ゆっくりと振り返った。口元には屍の道を作り上げてきたな冷徹な笑み。盛夏の空気が張り詰め、凍りつく。


「皮肉もいいところだな、シーラ。最も欲した物を手に入れていない俺に」


 女を一瞥しただけで、男は再び、館の二階に顔を戻した。

 女は無表情だったが、王の視線が外れた後、額から一筋の汗を流した。

 あまり受けることはない、王からの、串刺しにされたような殺気めいた重圧。

 耐えられる者はそういないとはいえ、初老の身には堪えた。心臓が激しく打っていた。離宮侍女頭(じじょがしら)の誇りをもって、息は乱さない。

 震えを抑え、ゆっくりと頭を下げ、その場から静かに立ち去った。

 

 木陰の下、男の背中は動かない。ややあって、長い指が、金の前髪を掻き上げた。

 いつの間にか死んだように沈黙していた夏の虫の声が、やかましく戻って来きた。


「全て手に入れた。国も地位も――このために」


 腕を組んで二階を見上げる男は、窓の向こうにいる少女へと語りかける。


「ルナ……今度こそ全てを。――二度と、離さない」


 言葉とともに吐き出した熱は、離宮の空気にじわりと溶けていった。

タグに「執着」を追加しました!(これがやりたかった)

次回更新は明日9/11の夜です。

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