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002.父と商人と真実

 オルタート七代目国王、カルブクロス。

 クーデターを主導し、王家直系以外から初めて即位した、異例の王。


 七年前のオルタート城攻防の際は、城門を開かせた後、単身で王の居室に乗り込んだ。その道に至るまで一人ですべての護衛を全て打ち倒し、最後は片手で前王の首を刎ねたという逸話が残っている。

 前王、六代目国王は、国政よりも娯楽と快楽を優先し、贅沢に税をつぎ込む愚王だった。


「六代目国王の長年の腐敗により国は荒れに荒れ、反乱が各地で頻発。カルブクロスは反乱主導者を取り込み、城内の反王派をまとめ、指揮し、わずか数年で前王政権を打ち倒しました」


 そこまでは知ってる。ルナティナは警戒気味に聞いた。


「その後には、こう続く? ――前王の首をチョンと刎ねたカルブクロスは、その後、王の寝室に侍っていた宮姫みやひめたちの首も次々と刎ねました。ついでと前王の三人の王子、五人の姫もすべて処刑し、女たちの首と共に城門に晒しました。このような女子供への容赦ない仕打ちに、人々は新王カルブクロスを『冷酷王』と呼び、恐れましたとさ……?」

「当ったり―!」


 わーぱちぱちぱち! 金髪の青年は、陽気に拍手を送った。


「嫁入り先は厳選してほしかったぁー!」


 ルナティナは布団に顔を埋めてむせび泣く。

 ここは、宮姫みやひめとなったルナティナに与えられた屋敷の一室。

 中央に設えられた天蓋付きの豪奢なベッドの上で、ルナティナは絶望に嘆いていた。

 ベッドの横には男性が二人。見目は金と黒。

 うち、若い金髪が首を傾げ、びーびー泣いている幼い銀髪頭に問いかけた。


「でも、ルナ、冷酷王のこと知ってたでしょ?」


 心から不思議そうに尋ねる、この青年はイルム。ルナティナの実家に出入りする、地元の商人だった。

 緩く巻き癖のある明るい金髪に、精気溢れる金の瞳。黙っていれば爽やかで精悍な顔立ちだろうに、悪戯っぽい笑みのせいで幼い印象も与える。質素な皮ベストの下には、生成りのシャツ。折り上げた袖からは、程よく筋張った腕がのぞくが、その腕と長い脚をぞんざいに組み、椅子に腰掛けていた。


「確か最近ルナのところに、本を納品したと思うけど……ええと『オルタート近代史』だっけ」

「『オルタート近代国政 二十年』と、絵本『カルブクロス王のたたかい』ね。ええ、確かにあるわ」


 ルナティナは、書物の名前を正しく訂正したあと、ぐすっと鼻をすすった。


「先月お父様から入宮の話を聞いたあと、現王に関する本を持ってないことに気づいて依頼したのよ。ちゃーんと大切に、ウチの書庫に納めてありますとも。冷酷王のこと、そっくり同じことが書いてあったわ」


 涙目ながらも、八歳とは思えない利発さで青年に答えた。ルナティナは本の虫。実家にある膨大な書物を全て読み切っている彼女の頭には多くの知識があった。寂しい森暮らしで、書物はルナティナの唯一の娯楽であり、知識の元。


「じゃあ僕の説明、要らなかったんじゃないか」 

「でも!」


 ルナティナは盛大に鼻をすする。


「小さな希望を持ってもていいじゃない。冷酷王のいわれはただの作り話で、実は結構優しい王様でした、とか」


 これに対し、イルムは「うーん」と困ったように笑っただけ。

 ルナティナにはっきり答えたのは、イルムの隣に座る、みすぼらしい黒フードの男だった。


「ルナ……残念だけど、全部、本当」

「わああぁーん! ばか! 正直者! 嫌い!」


 寝具に顔を埋めて、ルナティナは大袈裟に泣いた。

 王様が優しい人なら、事情を話して宮姫を辞めさせてもらおうと思ったのに、事実は無情だった。自分の記憶力が恨めしい。


「ル、ルナ……お父様は、お父様は」


 一方、イルムの隣、「嫌い」と叫んだルナティナの言葉に傷ついた様子で、オロオロと言い訳をしようとしている男がいた。ルナティナの父だった。

 利発なルナティナとは対照的な、人見知りの学者。ルナティナの実家が森の奥深くにあるのは、この父のせいだった。

 オロオロし過ぎたせいで、父の眼鏡が落ちた。「み、見えない……」汚れて割れた眼鏡の奥は、極端な糸目。汚らしい黒のフード、灰色の髪、陰湿な顔立ち、骨ばった痩身と相まって、まるで存在感が薄めの魔術師。一般人なのにルナティナよりいかがわしい雰囲気のある壮年だった。

 父は、落とした眼鏡をようやく探し当てた。汚れで曇ったレンズ向こう側から、糸目をキリっとさせ宣言する。


「お父様は、ルナのこと、あいしてるよ」

「信じない」

「そんなぁー!」


 父は、絶望に殴られたような顔で寝具に突っ伏した。大袈裟な泣き方は父娘そっくり。

 ぷい、とそっぽを向いたら、その父との間を遮るように、寝具の上、ちょうどルナティナの頭のあたりに柔らかい重みがかかった。ばさり、という羽音がルナティナの片耳にかかる。

 視線だけ上げれば、真っ黒な鳥が一羽。


「アークラ……」

「カァ」


 ルナティナの友、カラスのアークラだった。艶のある黒羽に覆われた身体、その登頂に一本だけ、後ろに向かって流れる白い羽が特徴のカラス。

 アークラは賢い。心配そうに小さく鳴く。

 優しい友に、ルナティナの小さな眉が下がった。


「あなただけよ、心配してくれるの……」

「ははは。そりゃ心配だよね。簀巻きだもの」


 イルムがけらけらと笑った。

 部屋の主人が、人を招いておいて、寝転がったままの理由がこれだった。

 ルナティナ・リンデール、八歳。

 儀式は終わったのに、いまだ絶賛簀巻き中。

 儀式が終わってようやく解放されると思いきや、丁寧に部屋義に着替えされられたあと、またもや丁寧に簀巻きに戻された。

 解せぬ。


「暴れすぎていまだに解放されないなんて、ルナらしいよね」

「ルナ……暴れるの、よくないよ」


 とうとう、ルナティナが我慢の限界に達した。


「イルムもお父様も、私を王様に売っておいて! この裏切り者ぉ!」

「クァーッ!」


 同調するようにアークラが羽を広げ、叫び鳴いた。

 そう、ルナティナを王城に売り渡したのは、他でもないこの二人だった。


「だってさぁ、仕方ないよ」

「仕方、なかった、うん」


 しかし、父もイルムも、まったく悪びれない。

 イルムは頭の後ろで手を組み直し、椅子を後ろに傾かせて遊びながら、あっけらかんと言う。


「何せ、国中にお触れがでたんだもんね。――『王妃は、月の姫に相応しい、銀髪の女性にする。自薦他薦身分は問わぬ。我と思う者は王城に上がるよう』――って」

「城にも、たくさん、希望者が来てた。選考も、してた。で、でもルナの方が誰よりも誰よりも綺麗だったよ。お父様が保証する」

「だからって『冷酷王』に八歳児を差し出す!?」


 愛はあるのに、血と涙は一滴もない。

 なんだろう、この極端な情の偏り方。

 一カ月前、「入宮してもらうね」と決定事項を伝えに来たのが父だった。ルナティナは「絶縁よ!」と怒り狂い、迎えの撃退準備に勤しんでいた。きっちり一か月後、せっせと落とし穴掘りに勤しんでいたルナティナを躊躇いもなく気絶させ、王城に運んだのがイルムだった。

 まさしく身内の裏切り。お願いですから、優しさをください。


「別に、年齢制限はなかったしねー」

「ルナは可愛いから、年齢なんて、関係ない」


 身勝手に、それぞれの言い分を口にする残念な男たち。

 しかし、二人は肝心な点を抑えていない、とルナティナは憤る。


「そもそも!」


 ふんっ、と腹筋と気合で身体を起こしたルナティナに、二人は「おおっ」と拍手を送った。


「二人とも忘れないでくれる? 私は魔女なのよ。魔女嫌いで有名な『冷酷王』の奥さんになんてなれるわけがないじゃない」


 それを聞いて、糸目を開いて瞬く父。拍手の形のまま止まるイルム。

 ルナティナがちょっとひるんだ目の前で、二人の表情がじんわり変わった。

 父の、残念そうな顔。そしてイルムの、何とも言えない生ぬるい笑み。


「魔女は……魔法を、使えないと」


 父の言葉が矢となってルナティナの胸を貫いた。


「……どうせ……どうせ私は魔法も使えないへっぽこよー! うわあぁーん!」


 投げやりに叫んで再び寝具に突っ伏した。

 入宮に怒っていた先ほどよりもずっと、悲哀の度合いが強い。

「へっぽこなのは魔法だけだもん」「勉強は頑張ってるもん」という言い訳が空しい。誰も慰めてくれないのが悲しい。

 おふとんだけは、ふわふわで優しかった。もうこのまま消えるように眠ってしまいたい。


「ルナ……大丈夫だよ」

「イルム……」


 ふわり。大きな手のひらが、小さな銀髪頭を包み込んだ。

 優しく撫でられ、ルナティナの猫目が細まる。

 イルムはルナティナが落ち込むと、いつもこうやって優しく頭を撫でてくれる。何度も何度も。

 ルナティナの表情が和らいでくる。イルムは、いつもどおりの屈託のない笑みに、包み込むような温かさ加え、優しく言った。


「ねえルナ、知ってるだろう? 王様は魔法を否定はしているけど、魔女狩りはしていないって。大丈夫だ。ルナみたいに可愛くて――――へっぽこな『自称』魔女は、ちょっと『痛い子供だな』って思われる程度だ」

「慰める振りしてえぐるなばかぁ!」


 腹を抱えて「ルナ最高」と笑うイルムに、ルナティナは入宮式のとき以来、最大に暴れた。だが芋虫にしか見えないくねくね踊りに、イルムの笑いのツボが最大に押されたらしい。とうとう椅子から転げ落ち、床を叩きだす。

 その隣で、めったに笑わない低テンションな父も、目を逸らし、宙に向かって何かに耐えていた。

 こんな悲壮な事態なのに笑う二人に、ルナティナは涙目で罵倒した。


「ばか! きらい! こんな子供を人身御供よろしく王様に差し出すなんて、いい年して二人とも恥ずかしくないの!?」

「だって、俺、商人だからさ」

「お父様も……色々困っていたことがあって」


 しかし当の本人たちは、至って清々しく胸を張り、聞かれもしていない理由をあっけらかんと答えた。


「利益を優先しちゃった」

「賭けに挑戦して負けちゃった」


 てへぺろ、と音がしそうな顔の二人に、ルナティナの堪忍袋が大決壊した。


「出てけ――――!!」


 庭に面した窓が、爆発したように開いた。

 屋敷の外で警備をしていた男たちが驚いて窓を振り返った。

 宮姫の部屋の窓から、二人の男が投げ出されるように逃げていき、それらを黒い鳥が激しく突きながら追いかけていくところだった。

 警備兵たちは何が起こったのか、とっさに判断できなかった。

 しばしの沈黙のあと、いつも無表情な上司が、「……あれは露の宮の身内だ」と、なんとも言えない声音で告げ、なんでもないから警備に戻るように指示をする。

 上司に命じられては仕方がない。警備兵たちは、今日入宮したばかりの宮姫の部屋を気がかりに振り返りつつ、仕事へと戻っていった。


「二人のばか……お父様はともかく、イルムのことは本当に信じてたのに……」


 誰も居なくなった部屋の真ん中、ベッドの上で、ルナティナは美しく長い銀髪を広げて泣いていた。ぐすんぐすん。鼻をすする音が、広い部屋に響く。

 午前中に行われた入宮式から、半日がたっていた。夕暮れの気配を携えた陽射しが窓の向こうから入り込んできていた。


「もう寝る……何も考えたくない……」


 今日は疲れた。もそもそと居心地のいい体勢に変えて目を閉じた。

 全部明日、体力を回復させてから考えよう。

 贅を尽くした王城の寝具だった。きっと寝心地は最高にいい。

 そういえば、思い切り叫んだせいか、最近ひどかった頭痛もなくなっていた。

 夜にはきっといい夢が見れる。

 だって、今日は満月だから――

 今夜ルナティナが出会えるのは、いつも笑って意地悪してくるイルムには、絶対に言えない、秘密の夢。


 ルナティナは目に涙を溜めたまま、夢の世界へと落ちていった。

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