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001.魔女と簀巻き

 入宮式。

 それは、国王の伴侶を選ぶための、重要な契約の場。


「それでは、入宮にゅうぐう契約書に、サインを」


 オルタート国王城、謁見の間。

 頭上には、名匠が五年の歳月をかけて描きあげたという、太陽王生誕画が鮮やかに円形の天井に広がり、それを支える大理石柱には不変と隆盛を表す動物や天使の彫刻が彫り込まれている。

 扉から玉座に伸びる赤赤しい絨毯、壁に沿う金彩の装飾も眩しいこの部屋は、まさに隆盛を極めるオルタート国の象徴。

 脚を踏み入れた者は等しく、その美しさと荘厳さに言葉を失う。


 しかし、そんな荘厳な場は、今、珍妙な沈黙に満たされていた。


「……サイン?」


 首を傾げたのは、今ほど、サインをしろと重々しく告げた進行役本人。

 周囲のまじまじとした視線は、進行役でなく、部屋の中心に置かれた(・・・・)本日の主役に向けられていた。


「ふがっ、ふがふが!」


 注目を受けた本日の主役が、じたばたと暴れ出した。

 口には猿ぐつわ。何か不満を訴えてもがいている。近くに控えていた近衛兵たちが慌ててその身体を押さえつけた。

 抵抗を想定してではない。ソレが台の上から落ちないように、だ。


 本日の栄えある主役――ルナティナは、謁見の間の中央に丁寧に置かれた机の上に、丁寧に、ちょこんと転がされてれていた。

 猿ぐつわをかけられた……完璧な簀巻すまき姿で。


 簀巻きである。他に例えようもない、胸元から膝下まで、みっちり簀巻き。

 その姿は、中心軸から外側に向かい、ルナティナ、ドレス、布団、縄、縄、縄、となんとも丁寧な仕事だった。

 王城で使われているのか、お布団はふんわり柔らか仕上げ。着替えされられたドレスには、上質な薄紅のレースがふんだんに使われ、ただ事ではない高価さを感じる。

 このばか丁寧さに呆れる。きっと今の自分は、歴代最高の簀巻きクオリティで存在しているに違いない。


 怒りのまま、ルナティナはくねくねと抵抗した。

 身体を男たちに押さえつけられても、大きな猫目をさらに吊り上げ、正面を睨んだ。


(拉致同然に連れてきて、いきなり入宮式ってどういうこと!)


 睨みつけられた進行役は、ルナティナの視線をさらりとやり過ごし、無表情に眼鏡を直し、冷静に告げた。


「……サインは不要。拇印でよいものとする」


 文官は目ざとかった。

 ルナティナの手指は、辛うじて背中の縄の隙間からハミ出ていた。臨機応変な文官の指示のせいで、周囲の文官たちが意図を察し、てきぱきと拇印の準備を進めていく。


「ふんむむっ!」


 拇印を押してしまったらチェックメイトだ。えいやと回転し背中を下にして、他の文官から朱肉を受け取った近衛兵たちが近づくのをけん制した。


 屈強な男たちは、ルナティナの体勢と、猫のような威嚇に、朱肉を手にしたまま戸惑いの視線を交わす。

 力任せに実行するのは簡単。けれど、力の加減を間違えたら壊れてしまいそうで、ちょっと怖い。こんな扱いでも、正妃候補だ。

 いくつもの戦場を潜り抜けてきた兵たちが、やり場のない節くれだった手を空中でわきわきさせて、女一人に戸惑っている。


 儀式用のポーカーフェイスで様子を眺めていた進行役の文官は、じりじりと苛立っていた。

 しかしここは儀式の場。大臣を筆頭とするそうそうたる面々の前で、荒々しい発破をかけることもできない。


「……我らが王、カルブクロスは、この少女に国母となる機会をお与えになりました」


 仕方なく彼は、儀式用の口上を混ぜ、適当に話をすることで間をもたせる作戦に出た。

 公開する予定は無かったが、本日の主役(簀巻き)のプロフィールを適当に披露すれば、いくばくか時間を稼げるだろうと。


「月の姫の象徴である銀の髪は美しく、王の妃の候補として相応しい容姿であります」

「ふがふがふー!」

「おい、机から落ちるぞ、丁寧に……!」

「うひゃあ、柔らかい!」

「加減に注意しろ! お前のバカ力で握りつぶす気か」

「――オルタート国の王は太陽神の化身」


 文官のポーカーフェイスはひくつく。

 合間の間抜けな喚きと、ひそひそと指示を飛ばしあう兵の声で、厳粛な儀式は、張りぼての様相となっていた。


「――相応しく、王妃となる月の姫はただひとり」

「ちょ、指、ほっそ」

「だから力加減をだな!」

「ふぬっ、むっふー!」

「いかん、握りこぶしで防御された!」

「……太陽は天にあり、月は地上にあり。月を宿す姫はいずれにあるか。入宮にゅうぐうの儀の一連で、幾多の中から真の月を見極める」


 厳かな口上とは裏腹に、内心はやけっぱち。

 大臣たちには、徐々に白けた空気が流れ始めていた。


「……今はまだ多少戸惑いをお持ちのようですが、この『露の宮』もまだ八歳。宮姫となり、陛下にお仕えするうち、陛下の深い慈悲に感謝されることになるでしょう」


 八歳。


 文官が何気なく投げた情報に、大臣たちの間で、ちょっとした動揺が広がった。

 それを見て、ルナティナは意識の端で呆れた。臨席する大臣たちが自分の年齢すら知らないとは大したものだ。


 そう、ルナティナは若干八歳の少女。

 銀の髪は月の光を宿した星の川のように美しく、大きな瞳もこの国の名産である紅玉ルビーを彷彿とさせる美しさ。成長すれば傾国の美女になるであろうと想像させるが、いかんせんまだ八歳。

 対して、国王カルブクロスは、確か―――三十歳。

 しかも本日、欠席。


「ふんは――――!」(おかしいでしょおおおお!)


 ルナティナは、なお一層暴れた。

 式に入る前にたった一言告げられたのは、「陛下はご都合により欠席」とだけ。進行役も大臣たちも、その言葉に表情を動かしもしなかった。

 噂通り、儀式嫌いの国王陛下。けれど正妃候補がやってきたのに顔を見せないとはどういうこと。

 国王も、宰相すらいない。列席している大臣も、ルナティナが知っている、この国の大臣の席数の一割しかいない。自分のいかに歓迎されていないか分かるようなものじゃないか。


「激動の即位より、七年。ようやく国政も安定し、こうして宮姫みやひめを迎ることができるようになりました。またすでに――――ああもう、そこ、もう足の指でいい。そう、拇印のことだ。靴下? 破っとけ」


 文官が儀式の仮面を脱ぎ捨て、とうとう投げやりに指示した。

 女性の脚を公の場でさらすなど、本来ならあってはならない。けれど今は、公式なれど少人数でひっそりと行われている儀式。形式など多少破ったところで問題にならない。公式記録を作成するのも自分の部下だ。適当に誤魔化しておけばいい。


 今回の宮姫は、身分どころか家名すら明らかでない子供だった。上からは「簀巻きにしてよし」と直接命令も下っていた。こんな雑な扱いを許可される身分なら、多少の無礼は許されるだろう。

 しかも何より、文官も、兵も、参列している大臣も、いい加減疲れていた。


「ふふふが! ふはがははで!」(やめてよ! 触らないで!)


 少女の抗議はきれいさっぱり無視された。

 疲れ果て、もはや賢者の表情となった兵たちは、てきぱきとルナティナのドレスをめくり、白い脚から靴を脱がせ、小さく柔らかい親指に朱肉を塗る。

 長時間にわたって暴れ続けていたルナティナの体力はもはや限界に近く、抵抗は随分と小さくなっていた。


「ええと、何だっけな……ああそうだ――離宮には本日すでに『月の宮』もお迎えしており、この度は二人目の宮姫。益々、王の治世も繁栄するでしょう」


 複数女を持つつもりの王の下に、子供の自分が混ざる。こんな、はじめから幸福の予感もない儀式に、ルナティナが前向きになるはずがなかった。結婚するなら、好きな相手がいい。例えば、いつも自分に会いに来てくれる彼とか――――

 しかし彼の顔が思い浮かびきる前に、入宮契約書に指を押し付けられてしまった。


「――入宮の契約がなされた」


 儀式の口調に戻った文官が、高らかと宣言する。

 兵もルナティナもぐったりである。


「ルナティナ姫改め『つゆの宮』。よく国王に仕え、国を繁栄すべく勤めるよう」


 繁栄って何だ。子供を産むことですね、ハイ分かります。

 けれど、ルナティナは八歳。産める訳がない。成長したところで、顔も見たことない王の子供など断じて産む気はない。

 しかも、とルナティナは記憶を漁る。

(たしか、この国の制度って―――)


「最後に、宮姫の証を贈る」


 ぐいっと顎を持ち上げられ、ルナティナの首にカチリと何かが付けられた。

 大振りの紅玉ルビーがついた、チョーカーだった。


「これは、国王陛下自らが選定されたものである」


 まったくありがたみのない補足だった。

 赤い天鵞絨ビロードの輪がルナティナの細い首を囲っている。なんだか首輪のようで、縁起悪いことこの上ない。


「―――露の宮は、王に仕える尊い宮姫となった」


 宣言する文官の前で、空白の玉座に向かい、大臣たちが一斉に頭を下げた。


 ルナティナ・リンデール、八歳。

 今日、国王陛下の妻(仮)になりました。


 ……なんてこったい。

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