婚約破棄から学校の建て替えに至るまで
どんなチート主人公でも許せる方はどうぞ。
コルヴェスタ辺境伯。
太古の森やラウパ火山、エリシェ湖などの自然系ダンジョンを抱える領土を治める、アジェッタ国最強の名を持つ伯爵だ。
伯爵の家族はもちろん、領民は皆ワイバーン程度であれば素手で屠れる実力を有する。その中でも規格外だと領地内で囁かれているのが、コルヴェスタ辺境伯令嬢である、ルーシェンナ・フィース・コルヴェスタだ。
ルーシェンナは、3歳の頃から屋敷の裏手にある太古の森を遊び場にし、記憶持ちで生まれたがために身に着けていた強大なスキルと莫大な魔力を以て、太古の森に闊歩する凶悪モンスター――その筆頭が、成獣ともなれば山一つ分の大きさとなるベヒモスだ――を素材に変えていた。また、前世の記憶を以て様々な道具や食料品を生み出し、ルーシェンナが10歳になる頃には、コルヴェスタ領は国一番の幸福の地だと言われるようになった。
しかし、その肝心のルーシェンナは滅多に姿を現さない。普段はラウパ火山内に作った――作らせたではない、作ったである――溶鉱炉と鍛冶場に籠ったり、エリシェ湖で釣りをしたり、はたまた家族にバレないよう行動して登録した冒険者ギルドの身分を利用して他国が抱えるダンジョンに突入したり、と普通の貴族、ましてや令嬢がしないだろうことをしているため、ほとんど屋敷にいないのが実情である。
その結果、コルヴェスタ領が栄えたのはルーシェンナの働きによるものだと知られていても、その姿を知らない者が多い。そうしてルーシェンナに関する噂は、王都に届くまでに「化け物か」と言われるほどのものに進化した。実際化け物どころか破壊神レベルの戦闘力を有しているため、あながち間違いでもない。そこに付け加えるならば、百獣王ベヒモスや水龍リヴァイアサン、巨鳥ズーといった陸海空の最強モンスターを素手――ただし魔力でコーティングされている――で屠り、自ら掘り出し、自ら打ったオリハルコンの包丁で瞬く間に解体し、素材に変え、それらを使ってソファーなどの革製品はもちろん、蘇生薬エリクサーなどの薬やモンスター避けの結界展開アイテム、水棲モンスターの王国とも言われるウィンダッド大海さえ安全に運航できる船まで作る規格外、と言ったところか。さらにベヒモスの肉を使った生ハムやベーコン、ズーの肉を使った竜田揚げやチキン南蛮、リヴァイアサンの肉を使ったリヴァイアサン丼など、余すところなく使い、食らってしまう。余談だが、そのせいで舌が肥えているため、屋敷に仕える料理人の出す食事でさえ美味いと思えなくなっている。素材の問題ではあるのだが、いかんせん、彼女が口にするモンスター食材は、そもそもそのモンスターを討伐できる実力を持っていないと調理することすら不可能なものであるため、解決することはない。
閑話休題。
ルーシェンナの働きによりコルヴェスタ領が栄えてしまったため、コルヴェスタ辺境伯は娘の婚約者探しに乗り気ではなかった。
曰く。
「甘い汁を吸おうと思っているのだろうが、あの自由人に振り回されて身を亡ぼすのがわかりきっておるわ。夫と言えど容赦はせんだろうからな…せめてシーサーペントやバジリスクの変異種を素手で屠れるような男でなければ、あれのやることなすことについてはいけまい。少なくとも、私も家族も無理だ。…縁?あれにそんなものが通用するとでも?最悪「邪魔」と宣って、夫の領地に疫病を蔓延させかねんわ」
娘の成長を喜ぶどころか、成長しすぎな上にさらに成長していくことを考えて、「なぜこんな子がうちに生まれたんだろう」と悩む始末である。さらには実の娘を「あれ」呼ばわりだ。
しかし、いつまでも娘の婚約を決めないでいると、それはそれで後々面倒なことになるとわかっているため、仕方なく、仕方なく、伯爵家から婚約者を選定した。
その婚約者は、オースト伯爵令息であるアルジャン・ヴェダ・オースト。文官として宮廷に仕えるオースト伯爵の第一子で、物腰の柔らかい、大人しい少年である。彼ならば娘のことを知ると、あちらから婚約破棄をしてくれるだろう、とコルヴェスタ辺境伯は考えた。普通婚約破棄された令嬢は傷物扱いとなり、次の婚約を結ぶのが難しくなるが、自由に生きる娘にそんなものはどうでもいいだろう。本人の口から「父上、爵位をウィンダッド大海に投げ捨てたいのですが」と最低一日に一回は聞くのだ。問題はないはずだ。
そうして、ルーシェンナ・フィース・コルヴェスタと、アルジャン・ヴェダ・オーストは婚約した。
「ルーシェンナ嬢、君との婚約を破棄させてもらう」
魔法学校の卒業式にて。セレモニーホールの中央では、12歳から18歳ほどの少年少女たちが集まり、少女たちは少年たちから婚約破棄を告げられていた。
少年たちの中に一人だけ混ざる少女が、うつむきながらほくそ笑む。最後のルーシェンナの婚約破棄が終わったのだ。
しかし、ルーシェンナはそれどころではなかった。
「………」
「………」
ルーシェンナと見つめ合う人物。それは、隣国ヴァスタットの王太子、ホーティス・エルマ・ヴァスタットであった。
二人とも、周りの目を気にせず――と言うよりその余裕がない――みっともなく口を開けたまま、見つめ合っていた。まるで、「なんでお前がここにいる?」といった風だ。
「………王太子だったのか」
「まことに残念ながら…弟、早く成長してくんねーかな」
「私もとっとと爵位を返上したい。むしろウィンダッド大海に投げ捨てたい」
「全力で同意」
その会話のあと、二人は遠い目をした。ちなみに二人がお互いを知らないのは、二人とも入学一年目で卒業に必要なすべての科目の単位を修め、冒険者業に精を出してほとんど学校に来ていない上、クラスがまったく別だったためである。
その会話を聞いていたルーシェンナの婚約者であったアルジャンは、慌てて問うた。
「し、爵位を返上したいって、どういうことですか?」
「そのままの意味だが?冒険者として活動するのに、これほど邪魔なものはないからな」
「だよなー。俺なんか王族だぜ、王族。マジふざけんなっての。おかげで冒険者ギルドに登録すんのも一苦労だったんだぜ?」
「ということは、ダンジョンは?」
「ミザ砂漠なら行った。公務で。途中抜け出してサンドワーム狩りまくった」
「ミザ砂漠はまだ行ってないな…飛空船も完成したし、行ってみるか」
「は!?飛空船作ったの!?うっわいいなー。ってことはリヴァイアサン討伐済み?」
「うちの領地の湖でよく釣れるぞ。おかげでリヴァイアサンの肉が百万トンは余裕で超えておってな…」
「あー…俺、古龍捕獲してるから、そいつに食わす?」
「名案だな」
二人の会話に、周囲が静まる。二人の実力を知っている校長――御年99歳で職業は賢者、種族は仙人――からしてみれば、「こういうことさらっと言える実力者なんてそうそういないんじゃがのう」である。遠い目で、二人のやることなすことを耳に挟み、実際に目にしたことを思い出している。
なんとも言えない空気の中、先ほどほくそ笑んでいた少女がヒステリックに問うた。
「な…っ、なんなのよあんた!ホーティス様のなんなのよ!?」
「前世の師匠兼妻」
即答だった。
それに付け加える形で、ホーティスは「今世でも奥さんにしたい」とドヤ顔で宣った。
「そのためには爵位をどうにかせねば…」
「それな」
「誰にも逆らえない存在になればいけるか?」
「世界最強の存在になるとか?」
「いいな」
「…ん?ルゥのことだしもうなってんじゃね?」
「最強…か?」
「世界滅ぼせるなら最強だと思う」
「…その気になれば滅ぼせるな」
「そんでもってまた新しい世界作っちゃう?」
「…その気になれば作れるな」
「ってことはもう半人半神になっちゃってる?」
「うむ。おぬしこそ半人半天使だろう」
「あとちょっと頑張れば半人半神になれそう」
「では、今からこの学校を建て替えるか。それで徳を積めば進化できるだろう」
「あー、うん。いけそう。多分」
脱線する会話に、少女は開いた口が塞がらなかった。
結果として、ルーシェンナたちの婚約は破棄、というより解消された。そして、魔法学校も建て替えられた。ルーシェンナとホーティスの手によって。
「神域になっちゃったな」
「なってしまったな」
「軽くダンジョンみたいになったな」
「…素材とエンチャントがまずかったか」
「いやー、耐震化とか防護結界とか自動修復とか、大事だと思うヨ?」
「本当にそう思っているなら私の目を見ろ」
「…………」
「目をそらすな」
人間から半人半神に進化したルーシェンナと、人間から半人半天使に進化したホーティスの手で建て替えられた学校は、オリハルコンやアダマンタイト、ヒヒイロカネが贅沢に使用された上、リヴァイアサンやベヒモスの胆石や魔核も随所に使用されている。加えて「大災害が起こってもこの中なら安心安全!」を二人が目指したために、がちがちにエンチャントがかけられている。そのエンチャントの中でもえげつないのが、【創造神の加護】だ。創造神、つまり学校を建て替えてエンチャントをかけた本人――今回の場合はルーシェンナとホーティスである――の意思で、自由に形態を変化させたり、防御特化になったり、ということができるのだ。ちなみに新しくなった校舎を鑑定してそのことを知った校長は、悟った表情で気絶した。
「まあ、俺も半人半神に進化できたからよかったけど」
「おめっとー」
「おめでとうの気持ちを欠片も感じないのは俺の心が荒んでるからかな…」
「安心しろ。塵一つも込めていない」
「それはそれでひどい」
後日、ルーシェンナ・フィース・コルヴェスタとホーティス・エルマ・ヴァスタットは爵位、王位継承権を返上、放棄し、ルゥとホルスに改名してただの冒険者となった。
設定
ルーシェンナ・フィース・コルヴェスタ
前世は町工場の女主人兼冒険者。モンスター=素材で食材。前世の名前はルゥ。半人半神。作ったものにほぼ自動で【創造神の加護】が付く。寿命がとんでもなく長いため、のんびり前世の弟子兼旦那さん(ホルス)を探そうと思っていた。毎日三食のリヴァイアサン丼に飽きている。
ホーティス・エルマ・ヴァスタット
前世は町工場の主任技術者兼冒険者。モンスター=素材で食材。前世の名前はホルス。最終的に半人半神。作ったものにほぼ自動で【創造神の加護】が付く。王族という身分を捨てて、早く前世の師匠兼奥さん(ルゥ)を探したかった。最近のマイブームはズーの親子丼。
アルジャン・ヴェダ・オースト
文官であるオースト伯爵さん家の長男。将来の夢は王国筆頭魔術師になること。ルーシェンナとまともに挨拶したのは婚約破棄に至るまで一回だけ。婚約は解消されたが、次の婚約がなかなか決まらない(逆ハーレムの女王とは婚約できなかったため)。真実の愛がほしい。
マリエッタ・ジャーラ
名前が出てこなかった逆ハーレムの女王。ジャーラ男爵さん家の長女で一人っ子。見た目は超絶美少女だが、最近性格の悪さが顔に出て来はじめた。結局本命のホーティスと婚約できず、そのままいろいろあって逆ハーレムの誰とも婚約できなかった。
シャム・アゼッタ・ローファン
名前が出てこなかったホーティスの婚約者。婚約者、と本人は思っていたが、実際は婚約者候補であり、そもそも婚約していなかった。ホーティスとまともに挨拶したことは一度もない。妄想癖と思い込みが激しいことが相まって、妄想と現実の区別がついていない。
校長
誰にも名乗らず、ただ自分は「校長だ」とだけ主張している賢者。75歳で仙人になった。鑑定スキル持ちだが、対物専用で人には発動できない。ルーシェンナとホーティスが半人半神と知って以降、二人が建て替えた学校を神殿のように扱っている。