104:静かな夜
『さて、それじゃあ私は帰るわね』
『おや、もう帰るのかい?もう少し居ても良いのに』
『そうしたいのはやまやまなんだけど私にも帰るべき家があってね。あ、一条にこの手紙を渡してもらえると助かるわ』
そう言ってサクヤは便箋を針妙丸に渡す。
針妙丸は便箋に押しつぶされないように力を入れながら運んでいく。
『承った。一条なるものが起きたらこれを渡しておこう』
『ええ、お願いするわね』
それじゃ、と言い残すとサクヤの姿が突如消える。
針妙丸は窓から差し込む月の光を浴びながら一息つく。
『なんだか静かになった途端どっと疲れがきたな……』
『お疲れさん小人さんよ』
『おや、これは魅魔殿。治療お疲れ様です』
『いいって、くだけた口調で構わないよ。かしこまられるとむず痒いんだ』
『はぁ……魅魔殿がそう言うならそうするが……あの一条とかいう人間は敬語じゃなかったっけ?』
『あいつはあれが通常だから気にすんな』
そんなもんかね、と針妙丸は肩をすくめる。
針妙丸はふと気になっていた事を魅魔に聞いてみた。
『私も結構長いこと幻想郷にいるが……君たちのような者は初めてだ。君達はもしかして外来人だったりするのか?』
『んー、私は元から幻想郷の住人だよ。お前達が来る前に姿をくらましてたから分からないんだろう。そして一条だが……あいつは幻想入りを正式に果たしてない外来人だ』
『え?幻想入りを正式に果たさないと存在が保てなくなるんじゃなかったのか?それとも人間だからそのルールは適用されないとか?』
針妙丸が言っているルールとは幻想郷での現象ともいえる理である。
幻想郷にはある程度決められた掟がある。
1、妖怪は異変を起こすことにより自分の存在を保つこと。
2、人間を恐怖に陥れる、驚かす事などは構わないが殺すことなかれ。
3、人間が異変を解決する事、妖怪が異変を解決してはならぬ。
4、人間側は必要以上に妖怪を滅する事なかれ。
5、外からのモノ(人、物全てを指す)は外での存在価値を無くした場合のみ幻想郷のモノとなり幻想入りを自動でなされる。外に存在価値がありながら意図的にこちらへ来る場合は管理人による手引きが必要である。
大雑把に纏めるとこの5つが幻想郷のルールである。
他にも細かいルールがあるがそこまでを知るのは幻想郷に深く関わる人物だけである為、今回は割愛する。
だがこれはあくまで掟である。
この幻想郷には重力のせいでリンゴが木から落ちるように明確な理がある。
これは重力だとか引力だとか地球に絶対にあるように幻想郷にも絶対の理があるという話だ。
つまり、針妙丸と魅魔が言っていたケースを一条に当てはめると、一条は幻想郷の管理人の手引きなしに時空移動などという反則技でこちらに来てるため幻想入りはしていないただの不法侵入者である。
この場合何が問題かというと、幻想郷はいわばトランプタワーなのである。
もしもどれか一枚でもトランプが崩れればトランプタワーは全て崩れてしまう。
このように幻想郷の理を無視し続けると幻想郷の崩壊に繋がってしまうためとても問題視されるのだ。
『いんや、一条の場合は中身に幻想郷の住人がいるからあくまでその住人の依り代として成り立ってるんだ。付喪神みたいなもんだよ。物から付喪神が生まれても排除されないだろ?そういう事だよ』
『ふーん、ただの人間なのに依り代としての能力があって良かったって感じか』
『そ、あいつの中身の容量が無駄にデカいのが幸いだったな』
魅魔は肩をすくめる。
針妙丸は先程自分が置いた手紙に気づいて手紙へ指を指す。
『そうそう、あの手紙をその一条に渡して欲しいそうだ。仲間のお前に渡しておくよ』
『ほー、手紙ねぇ。了解了解、預かっておくよ。あ、ついでだから今の幻想郷について教えてくれないか?昔と思いっきり変わってて結構驚いてるんだけど』
『ああ、それなら長くなりそうだから酒を用意しよう』
『お、ちっこいのにイケる口か』
『ふふん、まあね』
針妙丸は後ろにある小さい襖を開けると酒瓶が何本か収納されていた。
その酒瓶を頑張って取り出し魅魔に渡す。
『さて、それじゃあ話すと長いんだが———』




